長いタイトルなんて考えていたらのぼせるぞ
【お世話になりました】そうま
足湯でものぼせるのか?
岩手にも似たような名前の温泉があるらしいが、俺が今居るのは山口県山口市湯田温泉。作家、中原中也生誕の地である。ユニクロの登記がある佐山もここからも近いらしい。ユニクロの話を行く道ですると、飛行機の中にも関わらず連れが「本店とかあるなら行きてー!!!!!」と騒ぎ始めたのでたしなめた。残りの2日間が思いやられた。部屋を別々にしたのは正解だったかもしれない。
文芸サークルの先輩やOBに「大学で1番ゆっくりできるのは2年の時だぞ」「3年から社会人まであっという間だ」「遠出の旅行を1度はしておけ」と飲み会で毎度毎度言われていた。その時いつも自分は「そうなんですね」と聞き流していたが、酒癖の悪さゆえ参加を自粛するよう言われているこのチャラ男が何故か数ヶ月前の忘年会に顔を出し、馬鹿正直に真に受けて今に至る。サークル内での会話はペンネームなので、そういえばあのチャラ男の本名を知らない。留年か浪人かして年齢は2つ上だが学年が同じなのは覚えている。朝にでも聞こうか。なんか明日も振り回される気がするし、早めに寝よう。
「今日は……」
「2月25日月曜日、ちなみに明日は2月26日火曜日。どっちも休み」
「悪い!!!!!」
行きたいと言っていたのはコイツだからと、行く場所のことを全て任せた俺が馬鹿だった。中原中也記念館の前で男2人で立ち尽くす。俺、明日まで耐えられる気がしない、すぐさま帰りたい。
「どうすんだよ?」
「俺昼飯奢る!! 三葉のおひたしな!!!!!」
「そうじゃなくて、今日の予定だよ!!」
あと山口なんだからフグとか柑橘系のものが良い、と言いたかったがやめておいた。
このチャラ男が中原中也記念館に行きたいと言うなんて思わなかった。まあ、サークル内で詩や短歌を担当していたのは分かっていたが、ちょっと予想外だった。どっか遠く行ってついでに温泉入りてーくらいに湯田温泉を選んできたんだと思った。
とりあえず観光案内所へ脚を運ぶ。2時間400円のレンタルサイクリングでも利用するか、どこへ行くのが疲れないのか、こいつは中也の墓には行きたいのだろうか……と、考えているとニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。
「なー、新歓冊子もまた辛気臭い作品書くのか?」
「今関係ないし、別に良いだろ」
「好きな花はなんだ?」
「待て、お前酒飲んでるなら自転車乗れないぞ!?」
「どんだけビックリしてんだよ、今日はまだ水しか飲んでない」
そう言ってショルダーバッグからペットボトルを取り出し顔のあたりで振る。実はペットボトルが日本酒の熱燗じゃないかと不安になる。俺の目は大丈夫か?ちゃんとペットボトルだよな??
「……おい、『まだ』ってどういうことだよ。自転車乗るなら飲むなよ」
「はいはーい、気をつけますよー」
「あと俺桃の花見たことないからな」
詩部門の奴等はいつもこいつのこんな自由な言動に振り回されてるのか……俺小説部門で良かった。関わりが飲み会くらいで良かった。なぜ今旅行へ一緒に来てるかと言われたら、酒のノリ。それから、小説のネタになるかと思ったからとしか返せない。やっぱ無理になったわ、とか言えるほどの勇気は俺には持ち合わせてない。図体だけはでかい癖に、メンタルだけは激弱だ。
「太宰! やっぱ俺前の足湯入るわ!!」
「俺本名もペンネームも太宰じゃないんだが」
「いいじゃん! 俺の事はチャラ男じゃ無くてペンネームの一郎で呼んでね」
なんで旅のお供に俺を選んだんだよ全く……と呆れている間に自身を「一郎」と名乗るチャラ男は建物を出て足湯の方へと向かっている。俺も慌てて後を追う。背が低いのだからちょこまか動かないで欲しい。考えている間に見失い、その間に何かしでかしそうで嫌だ。
この観光案内所前を含め湯田温泉には無料で入れる足湯が6箇所ある。足湯は手軽ながら様々な効能があるらしく、観光協会としても力を入れている部分であるらしい。
「うわぁ、種田山頭火も入ったんだよなこれー」
種田山頭火は山口出身ではない。ふらっと立ち寄ったこの地を気に入り、滞在をしていた時期があったらしい。文芸サークルに入ってはいるが、本をあまり読んでいないので作家の知識もないに等しい。この話も今回ここへ来るという事でネットで見かけた知識だ。
「……そもそもあの時代に足湯の文化はあったのか?」
「ねー、そこの飲泉場の飲ませて」
「俺はお前の執事ではない、あとウズウズしてるけど煙草は喫煙所行け」
「いけずー!!!!!」
「大きな声で騒ぐな!」
誰かこの男を止めてくれ、そう思いながら備え付けられている竹筒へお湯を入れる。こいつ、いつも黒の帽子に黒の服を着て、結構オシャレには気を遣っているようだし、黙ってたらかっこいいと思うんだけどな。モテたいとか思わないんだろうか。
「なーお前入らないの?」
「入ろうとしたら君が飲みたいって言い出したんだが?」
「そうだった、めんごめんご」
「謝る気ないなら言わなくていい」
ようやっと入れた俺にチャラ男は間髪入れず質問をしてきた。
「そういえば、年末原稿落とした奴の穴埋めってどうなったのー? 30ページ超える大作だー!! なんて見栄張ってたくせに、失恋しました無理ですって笑えるよなー」
俺とこいつの所属する文芸サークルは小説・詩・広報編集という3つの部門に分かれており、部誌制作期間外は部門ごとに活動を行っている。数ヶ月前の忘年会は4月のサークル勧誘期間に配布する部誌原稿の締切翌日だった。「締切翌日って飲みたいよね? 忘年会その日でいいよね? あと最近寒いから火鍋ね」という完全な部長の独断であった。
「そっちの部門にも話広まってたのか、あいつ忘年会でも息潜めてたのに」
「さすがに約40ページ分開けといたのいきなり空いたらまずいでしょ?穴埋め手伝い頼むかもって編集部門から言われてた」
部門長が土下座して回ってたとは聞いていたが、そんなことになっていたとは知らなかった。こいつは最終的な結論を知らないらしく、無垢な子どもみたいな瞳で俺の答えを待っている。
「連載予定だった俺の作品を全部載せて長編にしたんだよ」
一瞬で「なんだ面白くない」って顔になった。コロコロと表情が変わって、面白いなぁと思い始める。
「もう書き終わってたからどうにかなった、って感じ?」
「まあそんなとこだ」
「もしかしてタイトル長くて編集が目次どうするか困ってた小説? あんなの考えてたらのぼせない?」
「残念ながら俺は普段シャワー派なんだ」
「もったいねー。ぼーっと湯船に入ってたら思いつくこととかあるのに」
鞄からノートを取り出し、サラサラとペンを走らせ始める。使いこまれているようなノートには所々付箋が貼られ、それを見返しながら現在進行性で書き進められている文章に、詩のことはよく分からない俺でも食指が動く。
「やだー、ずっと見てたのー? 太宰さんのエッチー!!」
「俺は太宰じゃないと何度言えば分かるんだ」
俺のツッコミを適当に流してまたノートに向かう。チャラ男だけど文学には真面目、現時点ではそんな印象を受ける。図書館で本を読み耽ってるって噂を聞いたこともあった。頭がいいんだろうな。この細い目で色々な本を読んで知識を吸収したのだろう。後輩がこいつに宮沢賢治を熱く布教されたって言ってたな。詩ならなんでも読むのだろうか。
「思えば遠くへ来たもんだ!」
「来て早々、まだ観光案内所の前なんだがな」
太陽はまだ真上に来ていない。旭日だと少し遅いか? 今日は長い一日になりそうだ。夜になったら1人で飲みに行って煙草でもふかそう。
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