最終話「それは不滅の始まりの物語」

 一歩一歩、砂に足を取られそうになりながら進む。逆立つ髪の毛とアーモンド色の瞳を持った彼は、ふっと後ろを振り返った。

「どうしたの? ドーラ?」

 前を歩いていた銀色のおかっぱの少女が声をかける。その少女の横を歩いていた同じ銀色の長い髪の毛をなびかせた青年も振り返った。

「いや…なんでもねぇよ」

 彼はそう答えたが、声が聞こえたような気がしたのだ。


───自分のせいにしないでくださいね───

───あなたはそのままでいてください───

───わたしはいつでもあなたのそばにいますから───


 それはファーの声だったように彼は思う。

 もう二度と会うことのないたった一人の親友。いつか目覚めてずっと一緒に生きていけると思っていただけに、彼の選択を否定するわけではないが、自分とは違う人生を歩む決心をした彼を、やはりどうしても忘れることはできなかった。

「ドーラ」

 ティナはそんな彼を見詰めた。余計なことは言わないように心砕きながら。

「ティナ」

 隣を歩く彼女の父親であるジュークはそっと首を振って見せた。

 ティナは悲しげな表情を見せたが、一人立ちすくむドーラをそのままにして、父とともに歩き出した。

 ドーラもしばらくは後ろを振り返ってじっとしていたが、再び前を向き、歩き出した。

「よかったのですか、お父さん」

 ティナが横を歩く父に声をかけた。

「何が、ですか?」

「シモラーシャさんと一緒に行かなくてよかったのかなと思ったので」

 我が子の気遣いに思わず微笑んだジュークは首を振った。

「いいのですよ。やっとマリーさんの気持ちとシモラーシャさんの気持ちが繋がったのですから、お二人だけにしてあげたほうがお二人のためになると思いましたからね」

「そうなんですか」

「それに、ペンターシャンの里に寄ったあと、すぐに魔法の塔へ向かうのですから、またそこで会うこともできますしね」

「だが、俺は気に食わねえ!」

 と、そこに割って入ってきたドーラが吠える。

「あのマリーってヤツが邪神マリスだったなんてなっ! ほんとーにシモラーシャはだいじょーぶなのかよ」

「ふふふ、あなたとシモラーシャさんは幼なじみでしたね。心配される気持ちはわかりますが、大丈夫ですよ。マリーさんもすっかり毒気が抜けてしまってますから、これからは神らしく振舞って下さいますでしょう」

「それならいいんだが…でもなんか気に食わねえんだよな、なんでか知らねえが」

 ドーラはむすっとした。

「………」

 その様子を見たジュークは何もかも熟知しているといったような表情を見せた。

 ドラディオン・ガロスの前世のギルガディオンとシモラーシャの前世であるシモン・ドルチェの悲恋はジュークも知っていた。マリスは転生してくるシモン・ドルチェをことごとく殺し続けていたが、ある時、シモンと愛し合うようになったドーラの前世の目の前でシモンを悲惨な方法で殺した。その時にシモンとギルガディオンは生まれ変わっても決して互いを愛さないと誓った。それが二人の真実の愛だと宣言して。

(しかし、私にはどうしてもその愛は理解できなかった)

 愛とは相手を慈しみ、何があっても愛する、たとえ未来永劫会えなくなったとしても、それでも愛し続け、そして、再び会えたとしたら、必ず再び愛し合う、それが真実の愛だと。

「お父さん…」

 すると、しばらく黙って歩いていたティナが父を振り仰いだ。

「お母さんもどこかの世界で生まれ変わってるのかな」

「そうですね、そうかもしれませんね」

 まだまだ母を求める年頃だ。少し不憫に思ったジュークだった。

「この世界で生まれ変わるってことは……やっぱりないのかな」

「それは…」

「わっかんねーぞ!」

 ドーラが相変わらず大きな声で言う。

「すでにもうこの世界のどこかで、お前に会えるのを楽しみにしてるかもしれねーぜ」

「なんだか、ドーラが言うと本当にそうなりそう」

 ティナがニッコリ笑った。

「さあさあ、さっさとペンターシャンの里に着いちまおうぜ。ファーのこと報告したら、すぐに魔法の塔へ出発だかんな」



 ドーラとティナとジュークがペンターシャンの里へと向かっている間、他の者たちは魔法の塔へと向かっていた。

「それにしても、ほんっと、マリーってばいろーんな悪さしてたんだ」

「えーそんなこと言わないでくださいよー。無理やり聞き出したくせにー」

 シモラーシャはマリーから今までやってきた悪行三昧を強制的に聞き出していた。サイード兄弟のこととか、シモン・ドルチェの転生体に対することとか。もちろん、転生体に対する残虐非道なことは多少オブラートに包んではいたが。

「そーよーこの私の珠のような肌に傷をつけてくれたこともあったしね」

 二人の間に割って入ってきた竜神スレンダが言い放つ。そして、彼女は「これは私からのお礼よ」と言いながらガバッとマリーに抱きつくと濃厚な口づけをした。

「!」

 シモラーシャが目を見開いて固まった。同じくマリーも振り払うこともできず固まっている。

「マリス様、知りませんでした。スレンダ様といつの間にそんな仲になられたんですか」

 呆れた表情でバイスがため息をついた。

「おいらは認めねーぞ。スレンダ様はこーんな得体の知れねーヤツなんかに本気になるわきゃねーって」

 ドランが仁王立ちして怒っている。

「本当にうるさい奴らだな」

 すると、人々から少し離れた場所でミーナがオリオンとドドスと歩きながらつぶやいた。

 それを聞きつけたオリオンは苦笑し、ドドスは「くだらない」と同じく呟いた。

 ドドスとしては、あまりマリーやシモラーシャと一緒にいたくないというのが本音だったが、ミーナと行動を共にするということは、どうしても避けては通れない問題でもあったので、諦めるしかなかったのだ。

「あーもーいい加減にしてくださいよースレンダ」

 抱きつくスレンダから身体を無理やりはがしてマリーは叫ぶ。

「あの時は本当に申し訳なかったと思ってます。この通りですから許してくださいよー」

 半分泣きが入っているマリーをニヤニヤしながら見ていたスレンダは、意外にもすぐに身体を放す。

 それから彼女は徐々にその身体を変化させていく。

「私だって新婚さんの仲を裂くほどヤボじゃないわよ」

「し、しんこん…」

 マリーが仄かに顔を赤くさせた。

「あらあら、意外な反応。いいもの見せてもらったわ」

 クスクスと笑いながら、彼女は竜の姿へと完全に変化して、翼を羽ばたかせる。

 あたりは彼女の起こす風で翻弄され、そして、その場の人々は崇拝の眼差しを向けた。

「私はとりあえずコーランドに帰るわ。何かあればその時は力を貸すから」

「あっ、スレンダ様、おいらも行くよ」

 ドランも変化すると空に浮かぶ。

 彼はクリフに向って「おいらもいつでもクリフのもとに来るからな」と言うと、クリフも力強く頷いた。



「何だか、子供の頃にキャプテン・ノンに聞いたことを思い出すな」

 そんな彼らの騒動を見ていてオリオンがポツリと呟いた。

「キャプテン・ノン…久しぶりに聞く。母の通り名だったよな」

 ミーナがそう言うと「僕にはキャプテン・ノンのほうがしっくりくるんだよ」とオリオンが言う。

 ドドスは興味深げに二人の会話を聞いていた。

「彼女は太陽のような人だった。そして、彼女の妹であるトミー、つまり、月の御子の母親なのだけど、トミーは月のような人だった。ジュークは長い間コンピューターとして宇宙船希望号の中枢として存在していたんだよ。三人には確かな絆があり、それは誰も覆す事はできなかった。君が生まれる前…」

 オリオンは傍らを歩くミーナに視線を向ける。その眼差しは限りなく優しい。

「まず、ノンが一人でアディオスの前に現れた」

「父だな」

 そう言うミーナに頷く。

「僕はそんな彼らの傍でずっと見続けていたんだ。それは刺激的な冒険だった」

 オリオンは遠い目を宙に向けた。

「そのうち、その冒険譚を聞かせてもらいたいわね」

 いつのまにかシモラーシャ達が傍で聞いていた。

「これから長い付き合いになっていくんですからねえ。僕もシモンの子供達の話は聞いてみたいもんです」

 珍しく真面目な顔をしてマリーも言う。だが、すぐにニヤニヤし始めた。

「特にジュークさんの話なんて聞いてみたいですねえ。彼が戻られる前にもっと聞かせて下さいよお」

 シモラーシャがヤレヤレといったふうに首を振った。

「そうですね。僕が知っていること、キャプテン・ノンが話してくれた不思議な冒険譚、恐らく、彼女は誰かに聞いてもらいたいと思っていると思いますから、ぜひ、話させて下さい」



 そして、語り出す。世にも奇妙な女神の神話を。それはそれは本当に神秘で不思議な話を。それはまた別の機会に。



        2018年9月15日記

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太陽の刻印 谷兼天慈 @nonavias

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