@mizuhoriann

第1話 ファイティングポーズ

荒野の砂塵は、かんそうしたこの空気の中に残るわずかな水分さえも、かっさらっていく。


「ジョン。もう諦めたらどうなんだ?」


ジョン。レイベラルト・ジョン。彼は、ヘイゼックの町で傭兵団のトップであり、剛剣とよばれ、世界では名が通った剣士であった。

ただ彼の左手は、肘から先がすでになく。そこから血が垂れることなくその断面からは、肉の焦げる独特なにおいとわずかに染み出る血の匂いが香る。

目立った外傷は、その左手の欠損以外なく金髪で堀の深い顔には、二つの黄色い殺意だけが魔を垂れ流していた。


「ソードレス・ディメンション・・・聞いたことがあるとは思ったが、思い出したぜ。おまえあの一族か!」


ジョンは、自らの記憶が正しいのだと確信すると同時に、本能的な逃走を精神力で御し、全力で闘争本能を爆発させた。

駆ける。風を読み、砂ぼこりが彼我との距離をかすませた隙を好機と観て、右手で愛刀を左下から切り上げる。しかし、一流はそこに重ねる。ジョンは、右足に仕込ませた奥の手の一つを作動させ猛毒獣魔ポセイドンから採取できる竜のうろこをも溶かし尽くす溶解液が入った小指程度のカプセルを蹴る。


「手ぬるいな」

ジョンの剣閃は、振り抜かれていた。しかも、カプセルから出た溶解液は、ソードレスと呼ばれた青年の腹をぽっかりと開け、とどまった溶解液は、そのまま彼の白を基調にした服や、太ももまで溶かし瘴気をまき散らしながら悪臭を漂わせる。

その姿で出たひと言だった。

「っな!」

残身からの流麗な立て直しでもう一度刀を構えなおした彼は、あまりの驚愕に声にならない息が漏れる。

「なんだ?きこえなかったか?『手ぬるい』と言ったんだ。なぜにわざわざこんなわかりやすい名前なのか考えてみよ。私に剣は届かないんだ。なぜなら次元が違うからだ。見えてる世界もその刀から伝わる感触もすべては、幻。今あるこの瘴気も、乾いた風もすべてすべてすべて。幻惑なのだよ。」


例えばこの場に第三者、ジョンとソードレス以外の人間あるいは、生物がいたとして、この光景を目の当たりにして、理解が及ぶのだろうか。

ジョンは、そんな現実逃避な考えが戦いの最中に過る。いつもの彼ならばこんな考えは持たずに、目の前の敵のことを考えまるで盤上の遊戯のように一手一手確実に相手を追い込むように、言葉も技も呼吸さえ最新の注意を払ってことに望んでいたことだ。

なのにだ。

なぜに、この場面においてそんな志向が頭の片隅を占領したのか、答えは明白だ。

ジョン自身、すでに勝負を半分まで、投げ出していたのだ。できるなら、今すぐにでもテーブルを返して、盤上も駒もすべて台無しにしたかったほどだった。

彼の経験では、それが最良の一手になりえるのだと、プライドをすててでもいいとさえ思っているのだ。

「なに、簡単なことだったんだ。そうさ、逃げればいいんだ。そうだった。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。こんな奴に半刻も無駄にしちまったぜ。ははっはははっ」

「っふ。そうかそれが貴様の考えか、ならば選択させてやる。私から逃げるがいい」

いつの間にか。

さきの動作で、失った左手も、投げたはずの猛毒入りのカプセルも、奴の血が付いたはずの愛刀も全身の疲労さえ、ソードレスにばったり出くわしてしまったときに戻っていた。

ソードレスにあったのは、確か依頼書にあった森の賢者暗殺任務の途中、賢者の邸宅だったはず、あの大森林は・・・あのバカでかい丸太で組まれた巨大邸宅は・・・

いや、それよりも逃げることが優先だ。そう考えに至ると、先ほどまで確かに恐ろしく感じた奴から、逃げていた。


「ふぅ・・・やっと帰ったか。」


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