第7話記憶の中にー2

 布団に埋もれたまま一向にその顔を見せようとしないミユキの姿に不安になるアキは、自分の第一印象の悪さを恨みながらもその責任をミツキへ擦り付けようとその体にすがりつく。


「ねえー、ミユキちゃんに嫌われたの? 私」

「知らん」

 ミユキに冷たくあしらわれたままのミツキは、アキのヘルプを軽く受け流し話題を転換させた。

「……そんなのいいから、ここに来たのは伝言を頼まれたからだろ?」

 手に持っていたコーヒーを机に置いたミツキはあきれたようにそう言うと、アキのヘラヘラした表情が一瞬にして真面目な表情となる。

「そうだった……お前が捕まえてきた0025番なんだがな、どうやら目を覚ましたようなんだ。一向に口を割るつもりはないみたいなんだが、果たして何が目的だったんだか」

 布団に埋もれていたミユキは、そのコーヒー染みの付いた布団から頭だけを出すと、一人だけ話についていけない状況に疑問を感じ、手を挙げアキへ質問する。

「あの………すいません、アキさんもそうですけど天使は人間なんですか?」


 目から落ちかける眼鏡を直しアキはしばらく考え込むと、その返答に聞こえるか聞こえないかわからない声で唸りを上げた。


「うーん……その質問に対しての回答は、ちょっと悩ましいかな……私達の存在アンニュイのよね、私自身も何かわかってないの。それにこのことはきっと見つけてはいけないの、おそらく見つけたら貴方達はこれから先天使、いや〈天機〉と戦えなくなる」


 理解の及ばない返答にミユキは布団を押しのけ考え込むも、アキの放った言葉の真意が一向につかめず、ミユキはその体を重く持ち上げる。

「なんだかよくわかりません……」


 ポケットから取り出した棒キャンディーを内にくわえたアキは、傷口を抑えるミユキの体を起こす手伝いをすると、少し乾いたベッドに座り込みミユキの頭をなでた。

「そうだな……いきなりそんなことを言われてもそうなる。ミユキちゃん。君はどこまで天使を知ってるんだ?」

 意味もなく頭を撫で続けるアキの質問に対し、ミユキは自身の持てる精一杯の知識を振り絞る。

「テロリスト。巨大兵器を使う。人工衛星墜落による『天地落とし』の主犯。私達の殲滅対象……ミツキの両親の敵………」

「まあ、そんな所だろうな。奴らはどう攻めてくるか知ってるか?」

「同じ周期で同じところに攻めてくる。まるでそうプログラミングされたみたいに」


 ミユキの『プログラミング』という言葉を聞いたミツキは、沈黙を守り続けていたその口を開く。

「そこが問題なんだ」


「どういう事?」

 再びコーヒーを啜るミツキは、落ち着いた様子でアキに向けて人差し指を突き立てると、アキは惚けたように後ろを振り返るが、ミツキの鋭い目線を感じすぐさま真面目な表情に戻る。


「ごめんごめん……つまり天使は私みたいに、人間と同じ見た目だってこと。それに今の天使は恐らく今のあなた達より遥かに文明が進んでいるのよ」

「全く理解が出来ないんですけど……」

「今回の一件で感じなかったか?」

 ふとミユキは、自分の経験した実戦と文献の内容を脳内で照らし合わせていくと、ミユキはそこに不振な点があることに気がついた。

「行動パターンが違う」

「その通りだ、それに………」

「それに?」

 ミツキが続きを話そうと口を開くと、割って水を差すようにアキが横から会話に入り込む。

「私達が知ってる天機とは別個体の天機が戦場に現れてきたのよね……」


「それって……」

 ミユキの脳裏には生きた屍のような個体、人馬の姿をした個体、重火器を操る機体の存在が映し出された。

「君が思った通りだ。奴らはどこかで俺たちの作戦内容を手に入れ、策略を練ってきている。でなければあの攻め方は出来ない」

「それをスパイと考えてミツキは探してるの?」

「そうだ」

 頭の回転がはやまっているミユキはここまでの話の流れをすべて理解し、ジト目でミツキの方を凝視する。

「ふーん……それで私に手伝えってことね」

「そういうことだ。頼めるか?」

 不信感を隠すことのできないミユキは、その頭の中では既に一つの回答が出ていた。



「嫌」



 そうミユキは、凍てつく氷のように寒々しい視線を向けると、返事をその一言で済ませる。


「え?」


 その返事を聞いたミツキとアキはあからさまに慌て始めた。

「どうしてよ、ここまでの話を聞いて手伝う気になるでしょ」

「そうだ、ミユキちゃんには是非とも手伝って欲しい」


 ミユキはふたりの焦りようをみて深くため息をついた。


「はぁ……あのね、私はミツキのことまだ許したわけじゃないから」

 ミユキの言葉を聞いたアキは、その原因がミツキにあることをいち早く察し、その汗をにじませた顔を凝視する。

 ミツキ自身は身に覚えがなかったが、ミユキやアキの視線や行動を見るに、自分に非があることを理解するも、その実何をしたかまでは理解が及ばなかった。

「ミツキ、あんた何したのよ! ちょっと話しが進まないから早く謝りなさいよ!」

 アキがミツキの頭を強く掴み無理やり頭を下げさせようとするも、ミツキは抵抗しないわけもなくその頭にのせられた手を必死に離そうとする。

「なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ! 俺は別にミユキちゃんに何もしてない!」

 自分自身に懸けられた火を理解していないミツキを見たミユキは、血相をかえミツキに対して指を指すと、つもりに積もった不満を打ち明けた。


「よくもそんなことが言えるわね。アキさん、こいつは初陣だった私に脅しをかけて敵の大軍がいる方へ向かわせたんです。しかも1人で! それに信用もされないのかさらに援軍をよこしたんですよ!? 女の子をぞんざいに扱って、自分が必要になったら手伝って下さいなんて、全く片腹痛いですよ!」


 ミユキは機関銃のごとくその口からミツキに対しての不満を撃ち放つと、アキはミツキの鈍感さに悲嘆の念であふれる。

「あんたね……女心ってのが全くわかっちゃいない」

「女心をわかってるからこそそういったんだが……」

 飄々とした表情で口答えするミツキの言動を聞いたアキとミユキは、死んだ魚のような目でミツキの顔を睨みつけると、何のことか理解しないミツキは不振そうに2人の顔を見返す。

「ミツキがここまで無神経だとはね、お姉さんがっかりだよ」

「誰がお姉さんだ、アキは俺の姉さんじゃないだろ」

「そういう返答は求めて無い、雰囲気を感じなさいよ雰囲気を」

 ミツキは軽く頭に一撃を入れられると、痛みにうずくまり様子すら見せずにアキの手を軽く振りほどき、ミツキは再び真面目なトーンで話し出した。


「アキのせいで話が何度も折れたが。要約するとだ、奴は俺たちこ内部から情報を盗み出して攻めてくる。領土を拡大するにはその情報を盗み出している張本人を探し当てるしかないんだ、策略を練ってくるならこっちはさらに上の戦略を練らないといけないし、そこでどうしても人手が欲しいんだ。今の所5人しか集まって居ない、最低でも6人欲しいんだ。どうか頼みたい、俺たちに協力してくれないか?」


 ミツキの必死な説得にミユキの心は折れた。

「はあ……まあ、いいわ、手伝ってあげるよ」

「そう言ってくれると有難いよ」

 ミツキは優しく笑みを返す。

「その代わり、今後私のことはミユキちゃんじゃなくて、ミユキって呼んでね」

「善処するよ………」

「若いねえ」

 アキの2人を見る目は我が子の成長を感じる見届ける温かい目をしていた。



 3人の一連の話し合いが終わったところで医務室の扉が叩かれ、外からモリタが入って来る。

「おう、嬢ちゃん起きたのか」

「おやっさんさん! この度はご迷惑お掛けしました。機体まで壊してしまって」

 モリタはにやりと笑いミユキの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「俺は最初に言ったろ? どれだけ壊してきてもいいって。それよりも俺はお嬢ちゃんが生きて帰ってきたことが嬉しいんだよ」

「ありがとうございます………」

「いいってもんよ! っとそうだった、お嬢ちゃんの専用機体完成したんだ」

「え? 私そんなの頼んでないけど」

「頼まれなくてもやるんだよ、俺達が勝利するためには。まあ、本当はミツキの頼みなんだがな」

「五月蝿い、ただでさえ無知なミユキちゃ、ミユキが足を引っ張ったら元も子もないからな、つーかそんなこと言ってないで早くその機体見せてやれよ」

 ミツキは照れくさそうにモリタの背中を押す。

「ミユキ立てるか?」

「何言ってるのあんたの手なんて借りなくたって立てるよ!」

「そりゃあ悪かったな」

 ミツキが差し伸ばした手をミユキは払い捨てると、再び険悪な雰囲気に戻る。

「あんたたち、仲が良いのか悪いのかわからないわね」

 2人に呆れたような表情を向けたアキは自分のデスクに着く。

「若いってことだな」

「そんなものなのかしら、私は眠たいからここで寝てるよ。2人をなだめておいてね、じゃおやすみ」

 モリタの肩を叩くとアキはすぐさまデスクに突っ伏して眠り込んでしまう。

 その背後で2人の喧嘩はヒートアップしていた。

「人の好意にはおとなしく甘えてろよ!」

「うっさいわ、エセ記憶喪失男!」

「まあまあ、落ち着けや、嬢ちゃんの機体はチューニングまで終わってる。早くついてこい!」

「分かりました」

「モリタの前だとそうなんだな」

「なんだって?」

ミユキ達は喧嘩をしつつ、モリタのあとを追いかけて格納庫へ向かう。



 格納庫へ広がる機械油の臭い、格納庫の奥には大きな布が被せられたABFが鎮座していた。

 布が被せられていても分かるほど分かる大型の銃器を担いだその機体は、高野を駆けるガンマンのような見た目をしていた。

「こいつが嬢ちゃんの機体、『女拳銃』ガンスリンガーだ」

「ガンスリンガーか………」

「どうやら嬢ちゃんはハンドガンやらなんやらの銃火器を使った戦闘を得意にしてるみたいだからな、この見た目にこの武器ありき、みたいな考えで作ったんだ」

「良いじゃん」

「ねえ、おやっさんさん、どうしてあなたは私たちを助けるの?」

「お前まだ話してないのか」

「だって急ぐ事じゃないでしょ」

「そうだけどよ、まあいいや、この話はまた今度にしよう」


 ミユキは二人の会話が耳な入らないほどガンスリンガーのボディを眺めていた。

「どうだい、嬢ちゃん早速乗ってみるかい?」

「いいんですか?」

「いいって事よ、これは嬢ちゃんの機体ださぁさぁ乗った乗った」

ミユキはガンスリンガーのコックピットへ飛び乗る。


今まで痛かったはずの腹部は目の前にある好奇心の前では、皆無となっていた。

「すんごい!」

 喜ぶミユキを見るミツキが異変に気がつく。

「ミツキ! これすごいよ! あんたもきなさ………ぐはっ」

「嬢ちゃん!?」


 ミユキの着ていた服の片腹がじわじわと赤く染まって行く。

 ミツキは呆れたようにため息をつく。

「だからはしゃぎすぎるなって」


 腹部の傷が開いたミユキは、その傷口から血を流し再び気を失ってしまう。

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