カラオケマンションの歌い手入居者

ちびまるフォイ

ライオン

「ここが君のカラオケ部屋だ」


「思ったより、普通なんですね」


「カラオケである前にマンションでもあるからな。

 なお、君でこのマンションの部屋はすべて埋まった」


「えっと? そうですか、ありがとうございます?」

「頑張るといい」


大学進学に合わせて引っ越した先はカラオケマンション。

部屋には引っ越しで運び込まれた家具の他に、カラオケセットが備え付けられていた。


家賃はない。

そのかわり、カラオケで支払うことになる。


「ひとりカラオケ大好きだし、お金も節約できて最高じゃん。

 私ってホントいいところ選んじゃったな」


端末で曲を選んで早速歌い始める。

採点機能を外すことはできない。


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87点!

家賃:2000円ぶんが納金されました!

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「あ、さすがに1回歌っただけで家賃免除ってわけないか」


歌ノルマをこなす必要があるみたいだが、

カラオケ大好き女子としてはそんなものは気にならない。


あっという間に今月分の家賃をカラオケ精算することができた。


「ふぅ、スッキリしたぁ。でも、ホント静か。

 カラオケマンションだけあって防音ってすごいなぁ」


おそらく隣の部屋もカラオケしているはずだけど音が漏れることはない。

これならカラオケ以外でも生活騒音も気にせず過ごせる。


それからは大学生活も充実してバラ色キャンパスライフだった。


「え!? カラオケマンションに住んでるの!?」


「そうそう。高得点狙う必要があるから、得意な歌ばかりになっちゃうけど、最高だよ。

 お金はカラオケするだけで払えるし」


「そうなんだ。私も住んでみたいなぁ」

「あーー。でも、部屋が私で満室なんだって」


安心していた矢先、体調を崩して病院に行った。



「……あーー、これ風邪じゃないですよ」


「えっ」


「声帯肺炎ですね。あなた、ノドをつかいすぎでしょう。

 カラオケかなにかやってませんか?」


「は、はい……」

「それが原因です。しばらく控えてください」


「ちょ、そういうわけにはいかないんですよ!

 私は歌わないと家賃が払えなくなるんですから!」


「あんたは売れない歌手かなにかか!?

 今無理に歌えば今後ずっと声が出なくなるんですよ!」


「そんな……!」


そうなってしまえば今度こそ終わりだ。

私はマンションの管理人室へ訪れた。


「……というわけで、今月分のカラオケ精算は難しそうなんです」

「ダメだ」


「来月にまとめて精算しますからっ」

「ダメだ」


「だったら、お金で精算しますっ!」

「うちはカラオケ以外じゃ受け取らない」


「なんでそんなに融通がきかないんですか!」


「1月でも払えないなら出ていってもらう。そう誓約したはずだ」


私は部屋に戻って頭をかかえた。

声を出せば一生声が出せなくなってしまうかもしれない。

かといって、ここを追い出されれば大学生ホームレスとしてデビューしてしまう。


悩みに悩んだ末に、私は隣の部屋のドアを叩いた。


「……はい?」


「お願いです! 助けてください!」


泣きながら事情を話すと、隣の部屋に住んでいる女性は快く受けてくれた。


「まあ、そういうこともあるよね。いいわ、協力する」


「本当ですか!?」


「ええ、今月だけ、私があなたの代わりに歌えばいいんでしょう?」


「ああ、神様仏様お姉さま!」

「ごめんちょっと気持ち悪い」


女性はやや男性にちかいハスキーボイスで私のぶんのカラオケを歌い上げた。


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65点!

家賃:1000円ぶんが納金されました!

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時間はかかったが精算を済ませると私は女性に土下座した。


「本当に、本当にありがとうございました!」


「気にしないで。困ったときはお互い様でしょう?」

「お姉さま!」

「キモいって」


それ以来仲良く――というか、私が一方的に部屋に訪れるようになった。

同級生の友達とは違うタイプの友達に私も嬉しかった。


そんなある日、部屋を訪れたときだった。


「あれ? 部屋、どうしたんですか?」


普段はクールな見た目に版下ぬいぐるみだらけの部屋なのに、

今日は部屋に物がなくこざっぱりしていた。


「実はね、私……ひっこすの」


「え!? どうして!? お姉さまも仕事でこっちに越してきたって……。

 まだ引っ越す時期じゃないでしょ!?」


「そっか、あなたはまだ知らなかったんだね」


「知らないって何をですか」


「このカラオケマンションはね、部屋がすべて埋まるとランキングがはじまるの」


「どういう……」


「どれだけ高得点を出せたか。どれだけ先にカラオケ精算ができるか。

 その能力が順位付けられて、最下位の人からマンションを出ていく。

 そして、次は私の番ってわけ」


「それじゃ、私が部屋を埋めたから……」


「いいのよ。別にあなたが悪いわけじゃないもの。

 私の歌が下手なのがいけないのよ。ほら、この声だと合う曲ないし」


「おかしいですって! 私、直談判してきます!!」


管理人の部屋は、学校の職員室のような静かな緊張感に満ちていた。


「お姉さまを追い出さないでください!!」


「それを言いにココまで来たのか?」


「なんでランキングなんて意味のわからないことをするんですか!

 そのまま住まわせてあげればいいのに!」


「カラオケ能力のない人間を淘汰し、

 優秀な人間だけでこのマンションを構築するためだ。

 それに、入居希望者は後を立たない」


「それなら――」


「私が払う、とでも言うつもりか? それは無理だ。

 それを防ぐために、月のカラオケ曲数は制限している。

 下手なやつでも何度も歌って精算させないようにな」


「でも……」


「子供のだだに付き合うつもりはない。

 歌えない鳥をかごに入れるつもりはない」


部屋に戻ると女性から逆に気遣われてしまった。


「ごめんなさい……なにもできませんでした……」


「いいのよ。しょうがないことだし。

 それに、私のために言ってくれたんでしょ? それだけで十分よ」


「でも、ここが気に入ってたんですよね!?」


「うん……友達とは離れちゃうけど……しょうがないよ。

 またどこかで会えたら、仲良くしてね」


キャリーケースを引きずって去っていく女性を私は引き止めた。


「困ったときはお互い様って、言ったじゃないですか!」


 ・

 ・

 ・



カラオケマンションに1部屋の空きができた。


管理人は次の入居希望者を選定していたとき、

ふと見慣れた顔が玄関を通ったのですぐに引き止めた。


「おい、お前! どうしてここにいる!!

 最下位で追い出されたはずだろう!?」


「はい、そうですね」


女性はにこりと会釈してそのまま進んでいった。


「こいつ……そのまま不法入居するつもりか!

 勝手なことを! いいか! お前の部屋はもうないんだ!」


管理人は女性を追いかけていった。

女性はかつての自分の部屋の前を過ぎ、その隣へと入っていった。


押しかけた管理人を見て私は言ってやった。



「デュエットなら、問題ないでしょう?」



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100点×2!

家賃:100000円ぶんが納金されました!

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