第4話 月下の橋上
青白い火の玉は、みるみるうちに一つ二つと増えていく。
中空に描き出される光の軌跡は濃厚な冷気を振りまくようで、レーティヤは身震いが止まらない。
「サク、アンタこういうの平気なクチだったっけ? ねぇ、ってば!」
完全に腰が引けてしまっているレーティヤは、その両腕でサクの腰をがっしりと掴んでいた。
「なっ?! ちょ、ちょっとサク、なにアンタ近づいてこうとしてるのよ!」
レーティヤを引きずるような形で一歩踏み出したサクは、さらにもう一歩と踏み込んだ。
「わ、っとっとっと」
つんのめるような体勢になったレーティヤは、思わずサクの腰から手が離れた。コケるまではいかなかったが、その間にもサクは火の玉の中心であろう人影に近づいていく。その歩みに恐れや怯えは見受けられない。
「なんなのよっ、もう!」
増え続ける火の玉はもう、十に届くほどの数になっていた。これまではただ不規則に飛び交っていたが、サクが近づいていく度に火の玉同士がぶつかり合って合体し、大きな火球にまとまりだした。
「ねぇサク、やばいよ、アレはまずいって! これあれだっ、絶対触っちゃいけないヤツだ、ねぇサク聞いてよぉ……っ」
一塊となった火球は人影の前に立ちふさがり、悠然と中空に静止した。棒立ちでその様子を見つめるサクと、後ろからこそっと顔を覗くレーティヤ。
「と、とまった?」
レーティヤが声を発した途端、明滅し始めた火球は鼓動を刻むように膨張し、
「あぁもう嫌な予感しかしない、ってかもうこれどう見ても爆発するよねカウントダウン始まっ、きゃぁああああああ――――!」
「――――――ッ」
ドンと鈍い音がして、火球から眩い光が吐き出され一面白の世界に包まれた。
サクはとっさに腕でガードし目をきつく閉じる。後方のレーティヤはしゃがみ込んで光から逃れていた。
一瞬のことだったのか、数秒のことだったのかは知らないが。
光の奔流が過ぎ去り、暗闇が這い寄ってきたことに気づいたレーティヤが目を開くと、辺り一面に雪のように光の粒が散っていた。
「ぇっ?」
そしてレーティヤは、ぽかんと口を開け固まった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し目をこする。しかし眼前の光景は変わらない。
「な、だ、さっ?」
なんで、誰、さっきの。混乱に口がうまく回らないレーティヤとは対象的に、サクは直前まで人影だった物体にまた一歩踏み出した。
月下に曝け出されたその正体に、レーティヤは思わずため息が出た。
「綺麗……」
亜麻色の髪を腰ほどにまでなびかせる女性が真っ直ぐにサクを見つめていた。
「あれって確か、着物服?」
狐人の伝統的な衣装とされる召し物だ。なかでも彼女が着ているそれは、袖丈が地面につきそうなほどの長さから大振り袖と呼ばれるタイプに違いない。
染め上げられた紅色の生地、肩口から足下にかけ花の文様が流麗に染め抜かれており、一目に最高級であろうことが窺える。
「藤の花……」
その大振袖には文様が描きこまれていた。それは初夏に一輪一輪花穂を連ねて咲く花で、稲穂に似ていることから豊穣の願いが込められている。
と、レーティヤは気づいた。
この柄は、藤が不死に通ずることから縁起が良いとされている。そしてよくよく見ればこの女性の頭部にはぴんと立つ獣耳が見えており、おそらく尻尾も生えているに違いない。
つまり彼女はサクとレーティヤを迎える為に
失礼がないようにしなければならないが、もう今さら取り繕うことが出来ようはずもない。
女性はその白磁の肌を月下に照らされるがまま、無言でこちらを見つめている。正確には、前に歩み出るサクの浮かべる表情にだが。
「どうする気なのよ、アイツ」
レーティヤにはもうサクの一挙手一投足を注意深く見守ることしかできない。
そうこうしているうちに、橋の真ん中で二人は向き合った。
女性はサクより頭ひとつ分ほど背が低いため、自然と顎を上げてサクを見上げる格好になる。そんな二人の影を月明かりが長く映した。
亜麻色の髪を弄んでいた風がやみ、サクが静かに声かける。
「月が、綺麗ですね」
月明かりに照らされる橋の上。ただ静かに佇んでいた女性は月を見上げる事もせず。
「えぇ、とても」
その琥珀色の瞳を細め、コンと頷き首肯した。
途端に破顔一笑、彼女の目からぽろぽろと、珠のような涙の粒が零れ落ち。サクがそっと指の背でそれを拭った。
「…………ぇ」
私は一体何を見せられているのだろうか? レーティヤは目を見開いたまま固まっていた。突如始まったメロドラマみたいな光景に脳の処理が追いつかない。
あの女心を
ただ分かるのは、私がここにいるのは場違いだということだ。でも突然し始めたのは向こうだし、他に行き場所なんて知らないし、というか置き去りにするそっちの方が悪いんじゃない? え、私の方が間違っている?
「え、ぇ、え~~~~~~?」
状況を整理してみよう。やっとの思いで狐人里に辿り着いたと思いきや、サクが女性の涙を拭いている。
やっぱり意味が分からない。
圧倒的な疎外感に
豊穣の銀河のストレルカ 葦ノ原 斎巴 @ashinohara-itsuki
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