睡殻偏愛家について

きし あきら

睡殻偏愛家について

 わたしのおかしな友人の話を聞いてくれる?

 世の中には拾った吸い殻に火をつける妙なやつがいるけど、友人もその類なわけ。

 ただし拾うのは吸い殻じゃなくて、睡殻すいがら…つまり、ねむったあとに残る殻なんだ。

 見たことない? そのひとが言うには、そういうものがあると知っていて、気を付けて見ていれば、わかるものなんだそうだけど。

 たとえば、目覚めたばかりのひとの頭や肩に、きらっとしたり、もやっとしたり、なにかが乗っているように思えることがあったとしたら、まず間違いなく殻がある…。

 ええ、そう、生きものは睡っているあいだ、薄い殻に包まれているんだって。卵みたいに。

 それで、わたしの友人は、だれかが落とした睡殻を拾うのが趣味。…まあ、笑って聞いてくれたらいいんだけど。

 殻はいろいろなところにあるらしいよ。生きものが通るところなら大抵はどこにでも。

 ただし、単純に拾っておくだけじゃ、すぐに粉になってしまうんだって。だから殻探しをするときは、近寄りがたい格好をしてるよ、あのひとは。

 お目当てのものをつまみ上げる銀の器具、それを収める硝子の容器。殻は光に弱いから、遮光鞄も持っているし。

 そんなふうにして集めたものを特殊な溶液に浸しておくと、かなり長いあいだ形を留めてくれるって。確か、いま、七年ものがあるって言ったかな…。

 でもさ、百歩譲って集めるのはいいとして、それを使っちゃうんだからおかしなものだよね。うん、吸い殻に火をってそういうこと。

 殻をひと欠片、注意深く割って、ミニビーカーで一口に飲む。え、ショットグラスじゃないよ、ミニビーカー…。中身は好きなアルコールで。

 そうすると、その晩はひとの睡りの味がわかるって話。最近、相当はまってるらしくてさ。

 わたしはやったことないよ、あのひと、試させてくれないもの。

 とにかく、世のなかにはそういう変わったひともいるから気を付けてね。うっかり外でうとうとしたりとか。家で睡っても、殻を払ってから出かけないと拾って集められちゃうよ。

 それに、…ああ、やっぱりいいや。もうこんな時間。今夜は睡らなきゃ…。

 気が向いたら、また聞いてくれると助かるな。こんな話でも、していると楽になるよ。それじゃあ、おやすみなさい。

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