デブハゲコンプレックス

@souiutokoyade

第1話

 その男。ハゲにしてデブ。一言で言うならば【醜悪しゅうあく】というものか。決して人を寄せ付けぬその風貌は、ある意味では威圧感さえ放っている。

 身にまとうう衣も伊達ではない。黄色いチェック柄のシャツの裾は、ジーパンの中へと封されており、夏なのに長袖というスタイルは、彼の姿を見る者にすら熱気を与える。

 カレーライスが好きそう、とは誰の言葉だったか。いや、誰の言葉でもない。彼とすれ違う者は皆同じことを言っていたからだ。実際この男、週に三度はカレーを食している。

 

 だからだろう。保土ヶ谷麻子ほどがやまこは目の前の光景が信じられなかった。

「嘘……でしょ」

 彼女が伸ばした手の先には、大きな穴。それは、穿たれたの壁。

「そんな……ありえない!」

 しかし彼女は、その物理的な現象に対して驚愕しているのではない。何故なら目の前の光景を作り出した張本人であり、それは意図的なものだったからだ。

 では、一体何に保土ヶ谷麻子はここまでの狼狽を見せているのか。

「出てきなさいっ!悪党!」

 そう彼女が叫んだのと同時、その男は身を現した。

「なんだ、気づいてなかったか」

 その場所は、保土ヶ谷麻子の正面。

「なっ!」

「それにしても悪党とはな、傷ついたぜ」

 彼女によって生み出された瓦礫がれきの上。そこに、あの男──

 

 ──カレーが好きそうなデブハゲチェックシャツ男、旭白哉あさひびゃくやは立っていた。

 

 

 一章『Mr.Dead-V』

 

 身体が重い。

 まさか体重のせいではないだろう。

 連日の仕事続きで疲れているのか。俺らしくもない。

「ふう……」

 毛布から抜け出してスマホを見る。時刻は午前7時丁度。

「寝坊だな」

 世間的にどうかは知らないが、この時間は少々焦る。体内時計が機能していない証拠だ。

 すぐに身支度をして家を出なければ間に合わない。

 と、その時だった。

「電話?」

 スマホから流れる無個性な着信音。画面には、よく見慣れた『金沢朱音かなざわあかね』の文字。

「もしもし、どうしたこんな時間に」

《おはよう、白哉。ご機嫌いかが》

「モーニングコールの相手としては最悪だって自覚あるか?」

《フフフ、素直じゃないんだから》

 若い女。いや、娘といった方がいい。人を小馬鹿にしたような口調は相変わらずの、よく通る声。

「悪いが寝坊の身なんだ。用がないなら切るぞ」

《用があるから電話したの。お仕事よ》

「今からか?勘弁してくれ。連日そんなのばっかで疲れてるんだ」 

《はいはい、お疲れ様。で、内容なんだけど……》

「……」

 都合の悪いことは徹底的に聞き流す、いつものことだ。諦めるしかない。

「内容は?あまり派手なことをやる時間じゃないぞ」

《大丈夫、白哉に頼みたいのは対象の護衛よ》

「護衛?」

《そうそう、簡単でしょ》

「待て待て待て」

 勝手に話を先へと進められても困る。

「護衛任務なら、俺じゃなくてもいいだろう」

 俺や金沢の所属する組織は、多くの構成員によって成り立っており、その個々人が各々得意とする分野がある。それは実働的なことから事務的なことまでと多様に存在し、例えば金沢はオペレーターとして、その『他人の話を聞かない』という能力を遺憾無く発揮している。

《あんた今すごい失礼なこと考えてなかった?》

「まさか」

 まあ、優秀なことに変わりはない。

「それより」

 話を戻す。

「護衛ならいずみみなとのが適任だろ。俺だと……」

《対象が嫌がる?》

「……そうだ」

 決して誇れることでもないが、俺は自分の容姿に関して、これまで一度もポジティブなイメージを持ったことがない。

 身長こそ180あるものの、その肉体に備えられているのは薄い頭髪、そこそこに出た腹。そして豚に例えられるような不細工な顔。豚に恨みなどないが、言われた経験がある以上仕方ないし、実際自分でも思っている。

 嫌われた相手を護るというのは、なかなかに骨が折れる。側にいてくれないからだ。

《白哉、別に私だってあんたのことイケてるだなんて思ったことはないけどね、男ってのは心よ!心で勝負なの!だから大丈夫よ‼︎》

「ありがとう。金沢も頑張れよ」

《おいテメエ豚!それは私が性格ブスってことか⁉︎》

 割れるような大声。こうなることを予想して、スマホを耳から離しといてよかった。

 金沢が落ち着いたのを見計らい、通話を再開する。

「冗談はさておき、俺は真剣だぞ。護衛対象に避けられて任務失敗なんてシャレにならん」

《フン…………》

 金沢はまだ少し怒ってるようだが、すぐに素の調子へと戻り。

《心配ならないわ。あなたのプロフィールは既に先方に送って了承済み。むしろ是非お願いしたいくらいだって》

「おいおい、あまり勝手なこと……」

《それにね、今回は白哉が一番の適任なのよ》

「俺が適任?どういうことだ」

《護衛対象の名前は青葉静香。青葉といえば?》

「青葉……思いつくのは防衛大臣の青葉源三郎くらいだが……おい、まさか……」

《そのまさか。青葉静香は何を隠そう青葉源三郎の孫娘。そして、現在の彼女の職業は学生よ。前に行ってた学校は女子校だったみたいだけど、最近転校手続きを終えたらしいわ》

「……読めたよ。お前の言いたいことが」

《いいから、最後まで言わせなさいよ》

 ここまでくれば、誰でもわかる。つまり、青葉静香という女子高生は……

《青葉静香は転校手続きを終えて、新しく共学の高校へと入ることになった。学校の名前は国立黒鉄浜学園》

 思わず出そうになるため息を引っ込ませる。

《今日からあなたのクラスメイトよ!》

 

つづく

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デブハゲコンプレックス @souiutokoyade

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ