妖怪 ゆりかご一家

@wada2263

第1話 おおやまけいこ 37才

「おい、子守唄!久しぶりの不眠症のお客さんだよ。たのんだぜ」

妖怪のおやびん、寝付けの酒造からだ。メールにはカルテが添付されていた。

「お名前 おおやまけいこ、お歳37。お職業証券会社の派遣OL、お住まい世田谷区豪徳寺...」

お悩みごとの欄には

「毎晩、毎晩、夜が来るのがこわいの。わたし眠れないんです。眠らしてくれないんです。だれかがからだにいるのよ。眼を閉じても眠られないんです。足が冷たくて寝れないんです。お姫様だっこして寝かしつけてください、この体を休ませてぇ~」

「これきてるな、『寝たらあかん妖怪』にとりつかれている」

最後に寝付けの酒造からコメントがあった

「今夜、寝たらあかん妖怪をたたきだせ。ちゃんと仕事をやれよ」

「ふざけるなよ。せっかくの花金。犬娘と三軒茶屋でのむ約束しちゃったじゃねーかよ!」

「こんな証券会社のしけた女の寝床なんかいけるかってんだ。まだ犬娘の方がいいぜ、たぶん、きっと、いやいや、まぁどうかな」

寝付けの酒造からまたメールがきた。

「追伸、そういわずに、子守唄、おめぇだけが頼りだよ。飲まずに、今夜その女の寝床へいって入ってこい。寝かしつけろ」

「ひぇー、聴こえてたのか、おやびん」


小田急線経堂駅前の商店街から抜けた路地に5階建てマンションがある。この404号室がおおやまけいこの部屋だ。人間様には見えない妖怪のくせになぜか電信柱に隠れて様子をうかがう。

「ふふん、しけたOLにしちゃ、しゃれたマンションじゃんか」

白と青のツートンカラー。バルコニーのひさしには洋風の青い瓦がのっている。

「午前零時か、まだ電気ついてんじゃん。犬娘と一杯やってくりゃよかったよ。仕事中は禁酒だけどな」

「どうせ姿はみえねんだ」

いつものように妖怪子守唄は4階まで飛んで行き換気扇からスーと台所へ侵入した。

「この瞬間がなんとも言えないんだよ~、夜這いみたいでさ」

「おっ、ラッキーふろ入っているじゃん」

子守唄はニヤニヤしながら換気扇からバスルームへ忍び込んだ。

「おっと、小柄だけどナイスボディじゃん。その泡、そうそう、シャワーで流して流して。ひぇ~ナイスヒップ、けっけっけ。おっぱいはDカップてってなとこかな。おいしそうなちくび」

「おつ、バスに入る。きれいなあんよ。気もちよさそうねぇ、うん、顔はふつう」

「湯けむりがすげ~、一足先に部屋へもどるべ」


待つこと10分。


「おっでてきた。きょろきょろしてんな。だれもいないよ。おいらだけ」

冷蔵庫を開けてレモン味の炭酸水をぐびってのむけいこ。

「ごっくん」

この瞬間、妖怪子守唄はけいこの体内に入って『寝たらあかん妖怪』を掴み取り、けいこがゲップしたときに外へ投げ飛ばした。


「げふー、なんかいつもよりこい炭酸、こんな味だったけぇ」と訝しがるけいこ。

「なんか、体があったかくなってきたわ。まっ横になるか」

「おかしいな、抱き枕みたいにわたしの体に巻き着いてくるものがいるみたい、ふわふわと気持ちいい」

妖怪子守唄が「ねんねこや~、ねんねんころりこ、ねんねこや~」とやさしく、ゆっくりとけいこの体内で唄い始めた。

「そっと胸をなでられているような、せなかをさすられているような、おしりをなでられているような、舌で首筋をなめられているような、おへそはなめないで、、」

「足があたたかい、やわらかいものでつつまれたように」

「ああ、そこはだめ、ああ、あたたかいものがはいってきたぁ~。ああ、ああ。お願いよ、お姫様だっこして~」

けいこは気が遠のいて深い眠りについた。


「くそっ、妖怪子守唄か、おれが不眠症の女に仕立て上げたのによう。そして毎晩々女が不眠で苦しんでいるのをたしんでいたのによう。よくもじゃましてくれたな、ふん、くれてやる。ほかのもっとおいしいおんな見つけるよ、あばよ」

寝たらあかん妖怪は換気扇から表へ出て行った。


「ねんねんころり、ねころりや~。お、おいらも眠くなってきた、ふぁー」




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