後日談:地獄は終わらない

 ブラックとの死闘の後、私は『神殺しの力』を使って壊れた街を元に戻した。

 そしてそのまま力尽き、倒れたのだった。

 

 その後、悪魔が私を操ってどうにか家に帰ったわけなのだが……。

 

「そういえば、すっかり忘れてたわね」

 

 私が布団の中で目覚めると、隣に金髪幼女が寝ていた。

 三石みついしサクラに託された元悪鬼羅刹、その名も影切かげきりあき。

 

 託されたってことは、これから同居が始まるってことだった。

 服に食器に歯ブラシに、新しく買わなくちゃ。

 

 って、そんなことより……。

 

「おはよう、桐花とうか。よく眠れたかい?」

 

 布団から立ち上がると、壁からぶら下がっている悪魔が話しかけてきた。

 まるで掛け時計のようである。

 

「お陰様でぐっすりよ。ってそれよりよ、それより! どうしてあきちゃんが全裸なのかしら」

 

 昨日、あきちゃんは気を失って……。

 操られた私に背負われ、帰宅したはず。

 

 だから血まみれメイド服は着たままのはず、なのだけれど。

 私もそのままバタンキューだったから、ボロボロセーラー服のままだし。

 

 まさか!

 この私が脱がせたとでも!?

 ヒロインがお縄にかかるなんて……嫌よ嫌、絶対ありえない!

 

「安心しな。あきは自分で脱いだんだ」

 

「?」

 

「寝ぼけ眼のままトイレに行った後、唐突に脱いだんだ」

 

「は、はぁ!?」

 

「寝ぼけてたのか、脱ぎ癖があるのか、定かではないけれど」

 

 ま、どっちでもいいや。

 私が法律に引っ掛からなければね。

 

 ……ん?

 待てよ。

 

「……ってことは悪魔、あなたあきちゃんが脱ぐ様子を黙って見ていたわけ!?」

 

「違うぞ、そういうわけじゃないっ! ただ不可抗力というか、なんというか」

 

「へぇ~、鼻の下伸ばしながらそう言うこと言うんだ」

 

「いっ、いや違う! 違うぞ! 断じて違う! 僕は元からこういう顔なんだよ!」

 

「どこの変態よ! もしかして、一緒にお風呂に入ったときも私に欲情してたわけ!?」

 

「それはない」

 

「なに冷めた顔してくれてんのよっ! ……分かったわ。あなたロリコンでしょ。そうなんでしょう?」

 

「違うね。だって君の胸は幼女並みだけど——ぶはぁっ!」

 

 悪魔が言わんとすることを聞く前に、私は悪魔を殴った。

 

 ほんと失礼しちゃうわ。

 まだ成長してるもん!

 

 ……。

 ……きっと成長……いや、多分。

 

「どうして朝っぱらから悲しい気持ちになんなくちゃいけないのよ! ああ畜生! このロリ魔がっ!」

 

「その右腕で殴るのはよして……くれ。くはっ!」

 

 そう言い残し、悪魔改めロリ魔は白目を剝いて気絶してしまった。

 

「その右腕って何よ」

 

 私は自分の右手を見る。

 

「なっ!」

 

 私の右腕はまだ竜化したままだった。

 肘の辺りまで硬い漆黒の皮膚で覆われている。

 

 急いで脚や腹も確認したが、そこは元通り。

 悪魔に噛まれた右腕だけが竜化していた。

 

「なんで戻ってないのよ!」

 

 悪魔を必死で揺するも、目を醒まさない。

 いつものノリが、竜化した腕のせいで相当なダメージになったらしい。

 

「ふっ。やっと左手の出番がきたようね」

 

 私は左手を手刀にし、軽く振り上げて——

 

「確かこの辺を、斜め四十五度で叩けば……」

 

 優しくチョップした。

 

「僕は一昔前のテレビじゃないっ! 時代遅れもいいとこだ!」

 

 悪魔再起動。

 ほらね、私の左手はゴッドハンドでしょう?

 

「そんなことより、私の右腕どうなってんのよ。これじゃ学校に行けないじゃない」

 

「昨夜の君は感情に身を任せて力を行使した。結果、僕の力に飲み込まれてしまったんだ。その代償がバケモノになった右腕さ」

 

 まさか全身を喰われそうになるなんてね、と悪魔は言った。

  

「何か言いたそうな顔だね」

 

「……別にないわよ。今さらああだこうだ言ったって、竜化しちゃったものはしょうがないでしょう」

 

「それを竜化と呼ぶか……面白いね」

 

「——んっ、んん~。もう、うるさいなぁ」

 

 背後から不機嫌な声がした。

 声のした方を見ると、全裸のあきちゃんが起床していた。

 ピヨンッとアホ毛を立てて、寝ぼけ眼をゴシゴシこすっている。

 

「起こしちゃった? ごめんごめん」

 

「ふぁ~ぁ、ムニャムニャ」

 

 あきちゃんはご機嫌斜め。

 むす~っと不機嫌な顔をして座っている。

 

「……あきちゃん?」

 

 ——バタン。

 

 あきちゃんは再び横になり、二度寝を開始したのであった。

 

 この子、私以上に朝が弱いみたい。

 

「しょうがないわ。リビングへ移動しましょう」

 

 一旦悪魔をリビングのちゃぶ台に置き、朝のルーチーンをこなす。

 一応新しい制服に着替え、お気に入りのマグカップにコーヒーを淹れてから、再び悪魔の元へと戻った。

 

「ねえ、悪魔。昨日ね、ブラックが組織がなんちゃらって言ってたの。あなたはなんだと思う?」

 

「組織?」

 

「神がどうとか、とも言ってたわね」

 

「……他には何か言ってなかったかい?」

 

「そういえば、娘を命懸けで守ったとかも言ってたわ」

 

 悪魔は一度、難しい顔をしてから

 

「そうか。まさか奴らの手がこんなにも早いとは……」

 

 と、独り言のように言った。

 

「やっぱり何か知っているようね。教えて頂戴」

 

「組織の名は『アリジゴク』。雇われの殺し屋集団さ。バケモノや神、陰陽師など人外的案件を専門にしている」

 

 そして、言い出しづらそうに「……君の母親を殺した奴らだ」と低い声で言った。

 

「やっぱり、そうだったの」

 

 意外にもあっさりとした私の態度に、悪魔は驚く。

 

「君にしては冷静だね。もっと取り乱すかと」

 

「昨日の戦いで薄々は気づいてたから。私はね、大事なときは冷静なのよ。それと……朝は低血圧なの」

 

「そうかい。そうならいいんだけど。……それにしてもアリジゴクか。そうなれば、奴らの後ろに黒幕がいることは必然だな」

 

「どういうこと?」

 

「奴らは殺し屋だ。なんだ。だから羅刹ブラックを復活させて利用しているのも、アリジゴクを雇っているのも他にいる」

 

「……」

 

「僕と雉紗ちさがアイツらは倒したはずなのに」

 

 影切雉紗は私の母親の名前。

 まさか悪魔とお母さんが知り合いだったとは。

 その口ぶりからすると……まだまだ私の知らないことがありそうね。

 

「あなた、私のお母さんを知っているの?」

 

「こうなった以上は教えよう。僕と雉紗は元契約者だ。契約して秘密結社『鬼灯ほおずき会』を壊滅させた仲でもある。だから君も僕と契約できた。引継ぎという形でね」

 

 何その事実!

 話についていけないんですけど!

 

「ここ最近は音沙汰なかったくせに、アリジゴクの奴ら今になって動き出したか」

 

 私は頭を抱えてしまう。

 情報量が多すぎて何から聞いたらいいのか……。

 

「そんなのって……」

 

「混乱するのも無理はない。ゆっくり理解してくれれば、それでいい」

 

 思考が停止しそうになっていると、ピンポーン、と呼び出しチャイムが鳴った。

 

 嫌な予感。

 あれもこれも、このチャイムが始まりだった。

 

 出るのよそうかな。

 配達だったら、不在届置いてってくれるだろうし。

 でもな、仮に配達だったら配達の人に迷惑かけちゃうし……。

 

 う~ん、どうしよう。

 

 ——ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポーン。

 

「出なくていいのかい?」

 

「……こんなにチャイムを鳴らすなんて、配達の人ではないわね」

 

七瀬時雨ななせしぐれ宮守みやもり姉妹かもしれないよ」

 

「だったら声で分かるわ。少し様子を見てみましょう」

 

 ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ 、ピンポ、ピンポ…………

 

「「……」」

 

 ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポーン。

 

「ったく、うるせえなあ! 俺様は寝てんだよ!」

 

 私たちが出ていく前に、寝ていたあきちゃんがドアを開けてしまった。

 私は仕方なく、右腕を後ろに隠しながら玄関へ向かう。

 

「おうおうおうおう! 俺様の眠りを邪魔するのは、どこのどいつだ!」

 

「……服」

 

「あぁん? 服だぁ?」

 

「……風邪を引く」

 

 そう言われ、身体を見るあきちゃん。

 顔を真っ赤にし、急いで私の後ろに隠れてしまった。

 

「……コレ、見て」

 

 不思議な雰囲気の少女がそう言い、何やら文字が書かれたホワイトボードを胸元から取り出した。

 そして、私たちに見せてくる。

 

 見た目年齢は時雨ちゃんよりも少し年下くらい。

 十三歳くらいかな?

 

 美しい顔立ちは人形のよう。

 もっと言うと、表情も人形のように無機質で無表情である。

 その人形少女は、綺麗な漆黒の修道服を着ていた。

 

『名前、浄土ヶ浜白堊じょうどがはまはくあ。職業、修道女シスター

 

「……シスター?」

 

 二枚目のホワイトボードを取り出す。

 

 ホワイトボードなんだからさ、書いた文字消せるのに。

 もったいないなあ。

 

『悪魔がいると聞きいて、聞き込みにきた』

 

 心当たりはないか——と小首を傾げて聞いてきた。

 

 心当たり?

 ええ、もちろんありますとも。

 

生憎あいにくですが、私は知りません」

 

 正直に言うわけにもいかないので、私は嘘をついた。

 

 ごめん、シスターちゃん。

 

 三枚目。

 イエスかノーか、二通りのボードを作っていたのだろう。

 既に文字は書かれていた。

 

『そう……それは残念』

 

 少し悲しそうな顔をするシスターちゃん。

 嘘はつきたくないけれど、しょうがない。

 

 四枚目も既に文字が書かれていた。

 その内容は、最初から悪魔がいることが分かっていたかのよう。

 

『だったら、この場で浄化するしかない』

 

「えっ?」

 

 知らないって言ったよね?

 知らないってさ。

 

『神に盾突く者はここで成敗する』

 

 そう言い、問答無用で胸元からピストルを出すシスターちゃん。

 

 え?

 ホワイトボードじゃないの!?

 

 まあ、ホワイトボードで浄化なんてできっこないけどさ。

 まさかピストルを出してくるとは……。

 

 私は咄嗟とっさに右腕で自分を守った。

 

 ——パン!

 

 シスターちゃんは無慈悲にも引き金を引いたのだった。

 

「——あれ? 痛くない」

 

 火薬の匂いはせども、焼きつくような熱さも痛みもない。

 あるのは、手にだけ。

 

 恐る恐る目を開ける。

 

 すると、シスターちゃんの隣に知っている顔が並んでいた。

 悪い顔でニヤリと笑い、使用後のクラッカーを持っている。

 

「驚いたかの、小娘。ドッキリ大成功じゃな」

 

 知っている顔——それすなわち、三石サクラである。

 

「ほへぇ?」

 

 私は何がなんだか分からず、混乱する。

 

「ドッキリじゃよ、ドッキリ」

 

 ああ、ドッキリか。

 いやー、びっくりしたぁ。

 

「ち、な、み、に、このシスターコスプレ少女は『岩っコロ』なんじゃよ。今回は趣向を変えて擬人化アンド美少女化してみたわい。いやぁ、美少女キャラなんて久しぶりじゃ」

 

 可愛いじゃろう、と自慢げな顔で言ってきた。

 

 まさか、この少女が岩ゴーレムだって言うの!?

 にわかには信じらんないわね。

 

「昨日の打ち上げとテレビゲームしにきたぜ!」

 

「……あきちゃんを愛でにきた」

 

 ジャージを着た宮守日寺    ひでり姿しずくがサクラと白堊の背後からひょこっと出てきた。

 ワンテンポ遅れて七瀬時雨も出てくる。

 

 日寺さんの目的は大方ゲームと悪魔でしょう。

 雫さんは……ツッコんだら負けね。

 

「もぐもぐ……あ、桐花しゃん……もぐもぐ」

 

 私を見てもお菓子を頬張り続ける時雨。

 

 うん。

 食べるの好きね、時雨ちゃん。

 あははは……。

 

 ……玄関先でキャラの渋滞が起こっている。

 

「……どうして、みんなここに?」

 

 聞くと日寺が真っ先に答えてくれた。

 

「決まってんだろ。休日は友達んちで遊ぶんだ。もしかして、忙しかったか?」

 

「いや、別に。暇は暇なんだけど……」

 

 だからって、連絡もせずに来るかい普通!

 まあいいけどさ!

 

「……あきちゃん、どこ?」

 

「桐花さん、お茶! お茶下さいっ! もう死にそうです!」

 

 あきを探し始める雫と、お菓子を喉に詰まらせている時雨。

 

 玄関先が面倒なことになってきた。

 とりあえず中に入れることにしよう。

 

 私が中に入るように言うと、それぞれ「お邪魔します」と言って、家に上がっていった。

 雫、時雨、日寺、白堊の順で入っていく。

 

「げっ!」

 

 あきちゃんは雫を見るなり、一目散に布団の中に隠れてしまった。

 

 家の中に入らず、玄関に残ったのは三石サクラただ一人。

 

「さっき白堊がかけた水はな、聖水じゃ。竜神から貰ってきた。見て見るがよい、お主の右腕を」

 

「?」

 

 液体がかかった右腕を見ると、元の人間の腕に戻っていた。

 

 サクラはなんでも知っているらしい。

 昨日のことも、この腕のことも。

 

 そろそろプライバシーの侵害で訴えようかしら。

 

「効き目が続くのは一時間程度じゃが……。ま、小娘どもに見られる前で良かったの」

 

 そう言えば隠すの忘れてた。

 あぶねえ、あぶねえ。

 

「聖水とは……さすが、腐っても神様ね」

 

「腐ってなどおらんわい!」

 

「ロリコン神がよく言うわ」

 

「そこまで言えれば充分じゃ! お主が喰い逃がした羅刹の肉体、明日からでも探してもらおうか!」

 

「それとこれとは話が別でしょう!?」

 

「と言うのは冗談。今日はただ遊びに来ただけじゃ。ついでにお主のお見舞いもな」

 

「そう。それは……ありがと」

 

「修羅場も乗り越えたことだし、今日は存分に遊ぶぞい!」

 

 首をぽきぽき、肩をもみもみしながら、サクラも家に入っていく。

 玄関が靴で一杯になってしまった。

 

 今日は録り溜めたアニメを観ようと思ってたのにな……。

 

「そう思っているなら、どうして笑っているんだい?」

 

「笑ってなんかいないわよ」

 

 ほんの少し前までは、私と悪魔の二人っきりの生活だった。

 

 暗い部屋に閉じこもって。

 過去から逃げる為に、他人から逃げた。

  

 自分から、逃げ続けていた。

 

 でも、薄々感じていた。

 このままじゃダメだって。

 

 それでも私は弱くって、逃げ続けた。

 非日常を私の日常としていった。

 

 でも、ひょんなことからその日常は崩れる。

 

 運命。

 神様の気まぐれ。

 

 どっちでもいい。

 事実として、私の日常は非日常に変わった。

 

 非日常が日常へと戻った。

 

 変わったのは日常、それだけじゃない。

 

「何を考えとるんじゃ~小娘~! こっちこんかい~!」

 

 過去と向き合うことの大切さ、

 

「桐花、早く対戦しようぜぇ!」

 

「もぐもぐ……とうかしゃ~ん!」

 

 友の素晴らしさ、温かさ、

 

「あきちゃん(うっとり)……」

 

「やめろ! こっち来んじゃねえ! おっ、おい! 聞いてんのか!」

 

「でへへへ」

 

「ぎやぁぁぁぁぁぁ! 変なトコ触ってんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」

 

 守るべき者がいることの心強さ。

 

 それらを知ったことで、私も変わってしまった。

『復讐』じゃない、『それ以外の生きる目的』を見いだせた。

 

 学生の本分は勉学。

 日々学び、日々変化していく。

 

 天国なんかじゃあ、つまらない。

 私はこの、鬼ばっかしかいない地獄で生きていく。

 

「桐花、早く行こう」

 

「……ありがと、悪魔」

 

 私は笑顔で振り返り、

 

「さて、今日も騒がしくなりそうね」

 

 みんなの待つ、賑やかなリビングへと向かったのだった。

 

 

 ——了。

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神殺しの獄卒少女 弐護山 ゐち期 @shinkirou

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