最終丁:神殺しの獄卒少女

 私はブラックへと駆けた。

 力の限り、自分の最速スピードで迫る。

 

「その程度の速さですか。軽く寝れますよ」 

 

 ブラックは私をぎりぎりまで引き付け、ひらりと身をかわす。

 私は勢い余って、ブラックの横を駆け抜けてしまった。

 

 しまった!

 背後に回られた!

 

「しょうがないですね、少し遊んであげます」

 

 私が横を通過する刹那——ブラックが回し蹴りを繰り出してきた。

 段違いのスピードとパワー。

 

 私のうなじにかかとが入る。

 

 足の中で一番硬い所って知ってる?

 もちろん、踵。

 

 だからと言っちゃ、なんなんだけど。

 すっごく痛い。

 

「うっ!」

 

 首に衝撃と激痛が走る。

 次の瞬間には顔面をアスファルトで擦っていた。

 

 頬が熱くて、ひりひりする。

 頬骨ほおぼねにひびが入ったらしい。

 額も割れたようで、血が流れてきた。

 

 いち早く逃げなければ。

 このままじゃ、簡単に殺される。

 

「ふふふ、弱いですね。話になりませんね」

 

 早く……神剣を……。

 

 落としてしまった神剣を拾うことも許されない。

 ブラックは間髪入れずに私の髪を掴んで持ち上げた。

 

 そのまま上へ投げられ、空中で蹴られる。

 私が彼女にしたようなサッカーシュート。

 

 鳩尾みぞおちにブラックの爪先つまさきが入り、一瞬意識が飛びかけた。

 

「ぶはっ」

 

 内臓が破裂したらしい。

 口の中が鉄の味でいっぱいになる。

 

 私は吐血しながら後方に吹き飛んでいった。

 

 後ろには警察署。

 衝突したら、あきちゃんと悪魔が危ない。

 

 だからお願い。

 衝突だけはしないで……。

 

 ——警察署が私の隣を無事通過。

 

 どうやらブラック桐花はサッカーが苦手らしい。

 私は明後日の方向に蹴り飛ばされたのだった。

 

 警察署との衝突はどうにか回避。

 とは言え、蹴りの勢いは止まらない。

 凄いスピードで飛んでいく。

 

 どこへ飛んでいくのかって?

 きっと『城跡公園』でしょうよ。

 

 こんな状況だけど、一応説明しておこう。

 以下回想。

 

 警察署の後ろには大きな公園ある。

 公園と言っても城の跡なんだけどね。

 

 昔、藩主が住んでいたとか。

 いないとか。

 

 現在は『本丸』や『二の丸』、『三の丸』は石碑として残っているだけで、建物自体は壊されている。

 

 城としては石垣と石碑のみが現存。

 やはりこの県は『岩または石』と深い関係があるらしい。

 

 桜の名所でもあり、いまの季節は『さくらまつり』が行われているのだとか(私は行ったことがないので、よく知らないのだ)。

 

 あっ、あともう一つ。

 

 この城跡公園の中(正確には隣接する『桜岩神社』)には『守り石』と呼ばれる石がある。

 古きに渡り、城と領民を守ってきた石。

 現在では一種のパワースポット的存在として親しまれている。

 

『三ツ石神——三石サクラ』の親戚でも住んでいたりして。

 

 ………………。

 

 あんなのがもう一人いるなんて想像したくないわね。

 いまのは忘れましょ。

 

 っと、のんびり説明しているのだけれど。

 久しぶりに地元案内的なのをしているけれど。

 

 そういえば、そんな状況ではなかった。

 回想している間に回復もしたところだし、そろそろ現実に戻るとしましょう。

 

 現実リアルの私は、城跡公園めがけて飛行中であった。

 私を蹴ったブラックと警察署が次第に遠ざかる。

 

 私の下を公園内の池や川や噴水が通過していく。

 

 このままだと、石垣に突っ込んでしまうだろう。

 しかも背中から。

 

 石垣にぶつかって無事に済むとは思えないわ。

 ましてや、背中からなんて言語道断。

 下手すりゃ後頭部が陥没して死ぬわね。

 

 そうならなくとも、背中からダイブしては回復が追い付かない。

 回復する前にられてしまう。

 

 ただでさえ悪魔がいないのだ。

 回復スピードは見るからに低下している。

 

 ……どうしましょうかね。

 ま、考えるまでもないのだけれど。

 

 私は竜化した右腕(なんと呼ぶか分からないので、そう呼ぶことにする)を後ろに振り、その勢いで半回転した。

 

 私はまだ死ねない。

 だって、あきちゃんと約束したのだから。

 

 あなたは私が絶対に守る、ってね。

 

 これで背中から石垣にダイブすることは避けられた。

 けれど、正面衝突してしまうという事実は避けられない。

 

 もの凄い速度で石垣が迫ってきた。

 

 右腕に賭けてみましょう。

 悪魔からもらった、この右腕にね。

 

「——っけええええええっ!」

 

 私は石垣向かって思いっきりパンチを繰り出した。

 

 いつもの私なら腕が折れ、拳は潰れていたことだろう。

 もしかしたら、空き缶のようにペチャンコになっていたかもしれない。

 

 でもいまは違う。

 今は竜化しているから。

 

 竜化した腕は硬い鱗で覆われ、筋肉も増強されている。

 パワーと硬さだけならブラックにも勝るだろう。

 

 私の腕なのにそうじゃないみたい。

 硬さもパワーも、そしてスピードも。

 

 到着と同時に、私の拳が(歴史ある)石垣を陥没させた。

 大きな石に亀裂が走り、生えていた苔が吹き飛ぶ。

 

 凄まじい衝撃と破壊音。

 拳を中心にクレーターが形成された。

 

 パンチの勢いでどうにか停止。

 停止することはできた……けれど。

 

「でもなあ……」

 

 石垣は崩れないのが不思議なくらい、ボロボロになっていた。

 かつて(そうは言うものの、つい先程まで)風格と歴史を持っていた石垣。

 それも過去のものとなり、現在は目も当てられない酷い有様となっている。

 

 あとで絶対に直さなければ。

 色々とヤバい!

 そろそろ怒られる!

 

「てか、腕がめり込んで抜けないんですけど!」

 

 私の腕(正確には手首より少し上の辺り)は石垣の中にめり込んだまま。

 

「——私としたことが、狙った警察署ゴールを外してしまいました。これが世に言う宇宙開発ですね」

 

 私が拳を引き抜ぬいていると、後ろからブラックの声がした。

 

 もうご到着ですか。

 ヤバい、早く抜かなくちゃ!

 

 ブラックは呑気なことを言いながら近づいて来ている。

 

「でもまあ、最終決戦の舞台がお城と言うのは中々風流です。今宵は桜月。桜吹雪を血吹雪に変えてやりましょう」

 

 そういえば、昨晩もこんな状況だったな。

 あのときは助かったけど。

 

 いまは——違う。

 

「それじゃ、覚悟はいいですかあ?」

 

「っ!」

 

 どうにか、じゃない。

 絶対に助かって、いや、勝ってやる。

 

 昨日の私と今日の私は違うんだから。

 たった一日しか経ってないけど、守るべきものができたんだから。

 

 そう。

 女子高生は流れる川の如く、絶えず変化し成長するもんだ!

 

「浅く深く永遠に——おやすみなさ~いっ!」

 

 ニコニコ笑いながらブラックが突撃してきた。

 邪神剣を振りかぶり、ただ一点、私の首だけを狙う。

 

 速い。

 速いけど……大丈夫。

 

 目標が明確だから、私しか狙ってないから。

 攻撃が来るって分かってんなら、対応できるっつーの!

 

「っおらぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 私は力の限りを尽くして、腕を引っこ抜いた。

 

 ただ引き抜いただけじゃない。

 できるだけ石垣の破片をまき散らして引き抜く。

 

 私の予想が当たっているのなら、きっと——

 

「!?」

 

 案の定、ブラックは戸惑った。

 大量の破片が飛んできたのを見て、動作が崩れる。

 

 私の攻撃がヒットしたのは昨晩を含め、計三回。

 ブラックになってからは一回かな?

 

 どちらにしろ、ヒットした攻撃には共通性がある。

 

 一回目、スナイパーライフル。

 二回目、ライフルからの火炎放射。

 三回目、死角からの蹴り。

 

 全て『教科書マニュアルどうりではない』と言うこと。

 

 あの夜『神喰い目玉』だったブラックは、私の戦闘を観察していた。

 離れた所から観察して

 

 武器だってそう。

 観察し、使い方を学ばなければコピーなんてできない。

 

「チッ、ちょこざいな!」

 

 私がこいつに勝る所があるのなら、それは『経験値』だろう。

 

 確かにブラックは強い。

 でも、セオリーのままにしか動けていない。

 

 教科書通りにして、データ通り。

 型にはまりすぎよ。

 

 応用はできても、臨機応変は皆無。

 圧倒的、経験値不足。

 

 まだまだ未熟。

 亀の甲より年の功だ。

 

 私はブラックの隙を突いて、真上に跳躍した。

 

 石垣の一段上は『桜林』となっている。

 桜林を抜けると本丸が待ち構えており、次いで二の丸、三の丸、そして桜岩神社が待ち構える。

 一段下りて『多目的広場』に繋がって一周……らしい。

 

 検索エンジン『グググル先生』で調べておいて良かった。

『知らないより知っている方がいいだろう』——悪魔が言っていたセリフを今さらながらに痛感する。

 

 戦闘を展開する上ではこちらが有利。

 フィールドを制する者は勝負を制すってね。

 

 ちなみに、さっきまでいた所は多目的広場。

 視界が開けており、公園の中で一番広い場所である。

 

「サッカーの次はかくれんぼですか」

 

 私は満開の桜林の中に身を潜める。

 風に吹かれて散ったのか、足元には大量の花びらが落ちていた。

 

 ——さっきから右肩がうずく。

 再び侵食が始まったみたい……。

 

「死んだら桜の下に埋めてあげますよ。だから、安心して出てきてください」

 

 ブラックは桜木の後ろを一本一本確認しながら、着実に迫っている。

 手前の桜木を通り過ぎたとき、私は動いた。

 

 右手のかぎ爪を地面に突き刺し、一気にすくい上げる。

 土と砂埃と桜の花とが宙に舞い、ブラックの視界を遮った。

 

 目隠しの壁が私たちの間に形成されたのだった。

 

 これで奴は混乱する。

 一瞬停止する。

 

 私は竜化した腕を壁に突き刺し、反対側にいるブラックを狙う。

 しかしその前に、壁の中から邪神剣の刀身が現れた。

 

「!」

 

 刀が上から振り下ろされる。

 

 とっさに右腕を出した。

 前腕を盾に、攻撃を耐える。

 

 硬く変化した腕のお陰で、負傷はしない。

 

 どうして?

 どうして対応できんのよぉぉぉ!

 

 刀に力を込めながら、ブラックが言った。

 

「その展開はもう覚えました」

 

 前腕と刀のぶつかり合い。

 私たちは一瞬、膠着状態になりかけた。

 しかしだけで、ブラックは休憩させてくれない。

 

 すかさず、前蹴りを喰らわせられた。

 ブラックの足裏に腹を押され、私は後方へ飛ぶ。

 

 思えば飛んでばっかだな、私。

 

 私は後ろに吹き飛ぶふりをして逃げた。

 

「小賢しいですね。ムカつきますね」

 

 ——根っこのような亀裂が私の身体を侵食している。

 

 肩の次は首、そして全身へと亀裂が広がっていく。

 悪魔の力が侵食を始めていた。

 

 既に下は脇腹、上は下顎したあごまで侵食された。

 なおもの竜化が進行する。

 

 覚悟はしていたけれど、ここまでとは——。

 

 ブラックから逃げながら、私はバケモノへと変貌していった。

 

「鬼ごっこは嫌いなのです」

 

 竜化に気を取られていたわけじゃないのだけど。

 モノローグ語りに夢中になってたんじゃないけれど。

 

 しっかりと前を見ていたはず。

 けれど。

 気が付くとブラックに回り込まれていた。

 

「っ!」

 

 邪神剣が私の脇腹に斬り込んでくる。

 

 そっちは防御できてない。

 まだ竜化してない。

 

 私はとっさに右手で邪神剣を掴んだ。

 そのまま力ずくでもぎ取る。

 

 私の行動はここまで。

 一瞬の時間ロスはやはり命取りだった。

 

 刀をもぎ取ったと同時に、ブラックの拳が私の頬に炸裂。

 私は完全に停止する。

 

「逃げ回られると困ります。大人しくぅ——しなさいっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 ブラックは「さいっ」の言葉と一緒に、エルボーを鳩尾めがけて繰り出してきた。

 私はそれをもろに受けてしまう。

 同時に口から色々な液体が出た。

 

「鳩に豆鉄砲を喰らわせてやりましたよ! まあ、この場合は鳩尾に肘鉄砲ですがね」

 

 と、ブラックは笑えないことを余裕の笑みで言う。

 腹を抱えてうずくまる私から、邪神剣を奪う素振りも見せない。

 

 ブラックは笑いながら拳をぽきぽきと鳴らす。

 そして、私の胸倉を掴み、無理矢理立たせてから言った。

 

「まあ確かに。あなたが素手で、私が刀と言うのは、ちとこくですかね。……しょうがない。私も素手でやってあげましょう」

 

 言い終わるが早いか、拳が早いかというタイミングで、ブラックは攻撃を再開する。

 

 回復は間に合わず、私は少しの抵抗もできない。

 顔面、肩、胸、腹に高速連続パンチを喰らいながら、後方へ押されていった。

 

 本当は本丸から順に回って、あわよくば守り石にヘルプを求めようと思ってたのに。

 城内を一周もさせてくれないらしい。

 

 私は、多目的広場まで押し戻された。

 逃げも隠れも、不意すらけない多目的広場に。

 

 ブラックは私を広場の真ん中に叩きつけ、しばし動きを封じる。

 私が回復している間にブラックはなにやら詠唱を始めた。

 

 広場が変な文字で覆われ始めた。

 変な文字がぐるぐると渦を巻いて、空間を埋め尽くしていく。

 しまいにはお椀を被せたように、私とブラックの全方位を取り囲んだ。

 

「これで逃げられませんね。さあ、最期くらい楽しくやりましょう!」

 

 身体はボロボロ。

 内蔵もボロボロ。

 そんな、最悪と言っても過言ではない状況の中、もぎ取った邪神剣を支えに、私はよろよろと立ち上がる。

 

「ぷっ」

 

 血と折れた歯を吐き出し、口を拭ってから吠えた。

 

「「上等だコラァッッッ!!!」」

 

 久しぶりに喋ると、私の声は二重になっていた。

 

「その顔、その姿……まさに、ですね」

 

「「一つだけ聞かせろ。どうして私たちを狙う。攻撃したからか?」」

 

 ブラックは首を横に振り

 

「違いますよ。あんなのが攻撃だなんて、勘違いしないでくださいよねっ!」

 

 と、何故かツンデレ風に否定した。

 そして、何事もなかったかのように話を続ける。

 

「理由ですか、そうですね……組織にとって、神様にとって、あなたたちは脅威だからでしょうか。はっきり遠回しに言って邪魔なのですよ」

 

「「神にとって……」」

 

「神と組織に対する信仰を乱し、平和と平穏を脅かす存在。それがあなた方」

 

 神に対する信仰……組織に対する信仰?

 

「命懸けで守った娘も組織に消されるなんて……これも何かの運命。いや、縁ですかね」

 

 私を守った?

 組織に消された?

 

 ………………。

 

「ま、『正義』の為に死んでください!」

 

「「っ!」」

 

 ピシピシッと亀裂が走った。

 身体と心に大きな亀裂が走った。

 

 私の身体はさらに竜化する。

 

「「——正義? 人を殺すのがあんたらの正義か。神の為に死ね? 神の為ならなんでもしていいって?」」

 

「そうです」

 

「「ふっ、ほんと笑わせてくれる」」

 

 絶対にそんなこと許さない。

 

 家族を、大切な仲間を傷付ける奴がいたのなら。

 たとえ神でも、この私がぶっ倒す。

 

「「私はあなたを絶対に許さない。たとえ神の敵になろうが、そのときはこの『神殺しの力』で大切な人たちを守ってやる」」

 

「馬鹿ですね、あなたは」

 

 ダメだ、冷静を保てない。

 頭が真っ白になっていく。

 

 もう、大切な人を失いたくはないから。

 

「「そんなくだらねぇ正義紛いの為に、神の名を気安く語ってんじゃねえっっ!!」」

 

 熱くて黒くて冷たい、訳の分からない感情が湧き上がってきた。

 その感情に飲み込まれていくのをひしひしと感じる。

 

 誰かの為にこんなに必死になったことって、いままであったっけ?

 誰かの為に自分を捨てることができたっけ?

 

 変わっちゃったな、私。

 

 私は右手に握っていた邪神剣を握り潰し、一心不乱にブラックに殴り掛かった。

 

「随分と恐いですねえ。これじゃあ、うかうか寝てもいられないじゃないですか」

 

 地面を陥没させ、風を斬り、光よりも速くブラックに迫る。

 

 竜化のお陰でスピードも格段に上昇している。

 これで互角の勝負に持ち込めた。

 

 私はブラックの足元をパンチで崩し、砂埃をわざと立てる。

 そして、邪神剣の破片(切先から中腹あたりまで)を

 

 砂煙の中、ブラックと殴り合う。

 右フック、左フック、アッパー、横蹴り、前蹴り、回し蹴り……と、両者が両者を削る。

 

 削っては回復、回復しては削る。

 永遠の繰り返し。

 

 まさにそれは地獄。

 

 ブラックな私とバケモノな私。

 鬼人少女と獄卒少女が地獄でしのぎを削っていた。

 

「おらぁぁぁぁぁぁ「「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」

 

 肉弾戦では私もビギナー同然。

 スピードもパワーも経験も拮抗した今、決着は中々着かない。

 

 時間だけが経過していく。

 

 でも、それが狙い。

 時間稼ぎができればそれでいい。

 

 もうそろそろ…………。

 

 砂煙の中に、キラリと光る一筋の流星。

 月光を反射しながら、邪神剣の刃が落ちてきた。

 

 同時刻、ブラックと私の拳が衝突する。

 互いのパワーを消し合い、一瞬、両者の腕が停止した。

 

 砂埃が吹き飛ばされ、視界が開ける。

 停止と同時に、ブラックの右腕を邪神剣が貫いた。

 

 次第にブラックの腕から力が抜けていく。

 私は拳と腕に力を込め、ブラックの肩を潰したのだった。

 

 肩を抑えながら、ブラックは私を睨んで言う。

 彼女から笑顔は消えていた。

 

「……まさか、これは予想外」

 

 辛うじてできた一瞬の隙。

 私は残っている制限時間と力をつぎ込み、一気に攻めた。

 

 右手を手刀にして、彼女を斬り刻みながら語りかける。

 誰に語りかけるというよりは、独り言に近いのだけど。

 

「「私はお母さんを失った。そして、バケモノになった——」」

 

「っ……」

 

「「でも悪いことだけじゃなかった。いいこともあったって、そう気づけた。だって、お陰で色々な人に出会えたから。友人に、大切な人たちに出会えたから」」

 

「っっ……」

 

「「引きこもりだった私が、気が付くと幸せになっていた」」

 

 ブラックが膝から崩れ落ちる。

 

「「私はあなたのお陰で幸せになれた。あなたのお陰で復讐以外に生きる目的を見いだせた——」」

 

「っふははははははははははははっっっ!!!」

 

 私は、膝立ちになったブラック桐花に微笑みかけながら——

 

「だから本当に、ありがとう」

 

 彼女の首を斬り落としたのだった。

 

 彼女が倒れると結界も解けていった。

 私の右腕も徐々に戻っていく。

 悪魔の言っていた制限時間がきたらしい。

 

 声も元の美声(自画自賛)に元通り。

 脚もお腹も元の美白肌(引きこもってただけなんだけど)になっていった。

 

 私の体力も限界。

 これ以上は戦えない。

 

 良かった、どうにか倒せて。

 後は彼女の体内から『偽神玉』を取り出すだけだ。

 

 偽神玉さえ取っておけば大丈夫だろう。

 残るのは所詮肉体なのだから。

 

 私はブラックのに、まだ竜化したままの右腕を刺し込み、偽神玉を探す。

 

 人型になっているから、あるならここなはず……。

 

「……って、あれっ!? ない!」

 

 ——ガシッ!

 

 ……ガシッ?

 

 何かに掴まれた感触。

 見ると、動けないはずのブラックに右腕を掴まれていた

 

「ほんとに馬鹿ですね」

 

 ブラックの声がした。

 気味の悪いことに、転がっている頭部の方から。

 

「そんな所にコアがあったら、殺してくれと言ってるも同然です」

 

「!」

 

 ブラックの首から蛇のような、触手のような肉が這い出し、頭を拾う。

 そのまま掃除機の巻き取りコードの如く、頭と一緒に身体へと戻った。

 

「いやぁ、正直驚きましたよ。まさか刀の破片で時間差攻撃をしてくるとは。しかも丁度よく私に刺さるなんて……運がいいものです」

 

 私の右腕を身体から引き抜きつつ、ブラックは立ち上がる。

 

「ま、それも今回で終わり。運が尽きたようですね」

 

 抵抗しようにも身体に力が入らない。

 よりによって復活するなんて。

 

 もう戦えないってのに。

 限界だってのに。

 

「時間もありませんし、お遊びはここまでですね」

 

 そう言ってブラックは私の首を掴み、持ち上げた。

 首が絞まって、呼吸がしづらくなる。

 

「……ぐ……っ」

 

「そうです。その顔です。たまりませんねえ」

 

 酸素を取り込めなくて、苦しくて、それ以上に怖くて……。

 

 悪魔も誰も、私を助けてはくれない。

 

「ゆっくりと苦しんで死ぬがいいです。私もを楽しみますから」

 

「……はな……せ」

 

「あれ、まだ喋れるんですか」

 

 ブラックがさらにきつく絞めてきた。

 両腕の筋肉が増強され、そこだけ不均衡にバケモノのようになる。

 

 どうしよう。

 もうダメかもしれない。

 

 そんなことが脳裏をよぎり、さらに死への恐怖が増していった。

 

「うぐ……」

 

「まだくたばりませんか。しぶとい人ですね。……そうだ、いいことを思いつきましたよ。ただ殺してもつまらないですからね。いいでしょう、死に方を選ばせてあげます」

 

「……」

 

「絞め殺されるか、私に喰い殺されるか」

 

 いやだ、死にたくない!

 死にたくない!

 

 私にはやり残したことがいっぱいある。

 日寺ひでりさんとの『さくらまつり』の約束だって、まだなんだから!

 

「……ふざけ……る……な」

 

 私は最後の力を振り絞って言う。

 朦朧もうろうとしてきた意識の中、最期の抵抗をする。

 

「それがあなたの答えですか。……清々しいほど馬鹿な人です」

 

「……っ」

 

「死んで治るといいですね、その馬鹿さ加減」

 

 それじゃ、さよなら——とブラックが言ったそのとき、もの凄い衝撃と共に私の世界が反転した。

 

 暗転じゃないわよ。

 まだ死んでなんかいないんだから。

 

 正確には世界じゃなくて、私の身体が反転したのだった。

 

 地面に落ちた私は、まだブラックの両手に首を掴まれたまま。

 見ると、ブラックの手首より先は綺麗に斬られていた。

 既に斬り口から粒子化が始まっている。

 

「「!」」

 

 私だけじゃなく、ブラックの方も文字通り目を丸くして驚いていた。

 

「馬鹿なのはお前の方だ。肉体の分際で俺様を怒らせたんだからなあ!」

 

 声がした方を見ると、そこには神剣を持った影切あきが立っていた。

 悪魔はと言うと、お祭りのお面のように頭の横に着けられている。

 

「どうして……死んだはずじゃ……」

 

 あきの額——金髪前髪の間からは、鋭く尖った一本角が伸びていた。

 目は紅に光り、口の中からは牙が覗いている。

 

「俺だけならまだしも、ご主人様まで傷付けるとは——」

 

 あきは鬼の形相をしてブラックを睨みつける。

 

 三石サクラが封印したはずの『鬼の力』。

 それが復活していた。

 

 ……悪魔、あきちゃんに何をしたのよ。

 

「幸い、俺には新しい肉体と鬼生じんせいがある。だから——安心して消えろ」

 

 刹那、なめらかな金髪をなびかせながらメイド服幼女が駆けた。

 

「!」

 

 神剣を振り上げ、ブラックめがけて一気に落とす。

 

 渾身の袈裟斬り。

 その波動で地面まで斬れた。

 

「っ!」

 

 ブラックは横に大きくジャンプして、あきの攻撃をなんとか回避。

 あきちゃんはブラックを追っていく。

 

 ブラックは背中から無数の触手を出して応戦。

 数えきれない程の触手があきへと迫った。

 

「こんなやわな攻撃、効かねぇんだよ!」

 

 あきは神剣を使い、触手たちを斬り落としていく。

 

 一見適当に振り回しているだけに見えるが、その狙いは正確。

 確実に一本一本斬り落としていた。

 

 ぼとぼとと音を立ててブラックの肉が地面に落ちる。

 

「まだです! まだまだです!」

 

 ブラックがそう言い、さらに背中から触手を生やした。

 

 今度の触手は先端が武器になっているタイプの触手。

 その先端はマシンガンになっていた。

 

 この武器タイプの触手は……私が仕留められた触手。

 ブラックに殺されそうになったときの触手。

 

 だからあきちゃん、どうか気を付けて。

 

 大量のマシンガン触手があきに向けられる。

 

「今度こそ、死んでくださいっ!」

 

 そして次の瞬間、マシンガンが一斉に火を噴いた。

 乾いた発砲音と重い金属音が辺りに鳴り響く。

 空気を震わせながら、無数の弾丸が風を巻き起こした。

 

 弾丸が雨の如くあきに降り注いでいく。

 地面が削られ、砂煙が上がった。

 

 この攻撃はバケモノの私でさえ回避不可能。

 最強の鬼だったとしても無傷では済まないだろう。

 

「さっさと、くたばれってんですよぉぉぉ!」

 

 あきが砂煙に巻かれて見えなくなっても、ブラックは射撃の手を休めない。

 舞い上がる砂塵の中に弾丸を撃ち込んでいく。

 

 限界まで弾丸を撃ち込んで、やっと発砲が止まった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……これで……永眠してくれましたかね……」

 

 肩で息をしながら、ブラックはそう呟く。

 

 弾丸と言っても元々は彼女の肉体。

 文字通りの身体を削った攻撃である。

 

 体力の消耗は相当なものだろう。

 

「ほんと、手こずらせやがってですよ……」

 

 マシンガン触手をしゅるしゅると背中に戻しながら言う。

 立っているだけでもやっとのようで、ふらついていた。

 

「早く回復しないと……ですね」

 

 そう言ってブラックが指パッチンをすると、砂煙の中から無数の粒子が飛んできた。

 

 粒子はブラックへと集結していく。

 私の首を掴んでいたブラックの両手も完全に粒子となり、彼女の元へと飛んでいった。

 

 ブラックは弾丸と化した自らの肉体を使い、回復していったのだった。

 

 一方、あきちゃんは未だ砂煙の中。

 顔を見ることができていない。

 生存確認ができていない。

 

 私は胸が苦しくなる。

 最悪の結末が頭にちらつき、冷や汗が出てきた。

 

 一刻も早くあきちゃんの顔が見たい。

 早くあきちゃんの頬にスリスリしたい。

 

 ——なんでもとは言えないけれど、終わったら好きなもの買ってあげるからさ。

 

 ラジコンヘリくらいなら買ってあげるからさ。

 

 だから。

 

 だから絶対に生きていて、あきちゃん——。

 

 依然として、あきちゃんの周りには砂煙が立ち込めている。

 

 駆け寄って行きたいけれど、私の脚は動いてくれない。

 力が全然入らない。

 どうやら私は、黙って見ていることしかできないようだった。

 

 ほんの数秒。

 私にとっては永遠のような時間が過ぎていく。

 

 あきちゃん……。

 

「——ケホッ、ケホケホッ」

 

 砂塵の中から可愛らしい咳が聞こえてきた。

 

「なっ!?」

 

 その咳を聞き、ブラックはたじろぐ。

 

 彼女も限界が近い様子。

 時間がないですね、とか言ってたし。

 

「そんな飛び道具で、この俺様がくたばったとでも思ったか——」

 

 ビュンッと、刀を一振りする音が聞こえた。

 それとほぼ同時に、強い風が吹きつける。

 私は砂から目を守るため、目を腕で覆った。

 

 風が過ぎ去ったので目を開けてみる。

 すると、あんなに立ち込めていた砂煙はきれいに晴れていた。

 

「「!?」」

  

 私とブラックは同時に困惑する。

 砂煙が晴れてやっと見えた驚愕する。

 

 どうしてって?

 

 だって、あきちゃんがいた場所にクレーターができていたから。

 地面が深く陥没していたから。

 あきちゃんの地面が陥没していた。

 

 まさか右足だけでこのクレーターを造ったって言うの!?

 鬼の力、ハンパねぇわね。

 

 ……確かによく考えると、砂煙の上がり方がおかしかったような。

 

 大量のマシンガンを一斉に撃ったからと言って、では砂煙は上がらないはず。

 それこそ、で巨大クレーターでも造らない限りはね。

 

 へ~え、こうやってマシンガンを回避したのか。

 弾をかわすとか、弾を斬るとかじゃなくて。

 

 隠れ場所がないなら造ればいいじゃない、ってか。

 頭いいな、あきちゃん。

 

「くっ!」

 

 ブラックはあきを仕留める為、再び触手を出す。

 

 消耗しているからだろうか、その数は圧倒的に少ない。

 十本いくか、いかないかくらい。

 しかも武器タイプではなく、ノーマルタイプの触手である。

 

 あきへ向け触手が放たれた。

 

 ズドォンと、轟音が響き渡る。

 地面が揺れ、亀裂が走った。

 

 触手が地面に突き刺さったのだった。

 しかし地面を突き刺しただけで、あきを突き刺してはいない。

 

 あきは真上にジャンプし、触手を回避していた。

 

「馬鹿がっ! 空中で串刺しにしてあげますよ!」

 

 あきの腹をめがけた攻撃。

 ブラックの触手が、あきの正面と両脇からあきを狙った。

 

 確かにその攻撃は正しいかもしれない。

 腹を貫通させれば、一撃で仕留めることはできなくとも、捕らえることくらいはできるから。

 文字通り、釘付けにして行動不能にできるから。

 

 でも。

 正しいけれど、甘い。

 

「ふんっ!」

 

 あきは跳び箱の要領で、前方からの触手に手をつく。

 そしてそのまま身体を持ち上げ、着地した。

 

 あきが着地すると同時に、両脇から触手が迫る。

 あきは触手を前方宙返りでかわすと、足場の触手をつたって一気にブラックへと駆けた。

 

 ブラックは他の触手を使ってあきを落とそうとする。

 前方、後方、上方、下方、全方位からあきを囲むように触手が放たれた。

 

 しかし、それも無駄。

 あきは迫りくる触手を斬り落とし、回避しながら駆けていく。

 

「クソォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 ブラックがそう叫ぶ。

 いままでの余裕を失い、焦っていた。

 

 あきは神剣を腰に戻しながら、ブラックへ突撃する。

 

 ブラック目前、あきが神剣を抜いた。

 抜刀術でブラックを斬る。

 神剣の切先が、ブラックの右横腹から左肩口にかけて滑った。

 

「——チッ」

 

 どうやったのかは知らないけれど、ブラックはで舌打ちをした。

 またもや、攻撃が完全ヒットする前に回避したらしい。

 逆袈裟斬りをされる前に、身体をずらしたようだ。

 

 とは言うものの、本当にぎりぎりだったのだろう。

 上半身の半分は吹き飛んでいた。

 

 私でもここまでの攻撃はできなかったのに。

 それを一撃で……。

 

「……本当に運のいい奴です」

 

 そう言いながら、ブラックは黒い霧になっていく。

 散った肉体も霧になり、闇に紛れて消えていく。

 

「逃がさねえ!」

 

 あきはブラックへと追撃を仕掛ける。

 牙をむき、ブラックを思いっきり睨みながら。

 

「いまのあなたが相手じゃ、が悪い。時間もないですし、一旦退かせて頂きますよ」

 

「待ちやがれっっ!!」

 

「——それでは、おやすみなさい」

 

 ブラックは顔半分で笑いながら闇夜に溶けていった。

 あきの神剣は、虚しくも空を斬っただけだった——。

 

 私はよろよろと立ち上がり、茫然ぼうぜんと立ち尽くしているあきの元へと向かう。

 

 角が生え、鬼化しているあきちゃん。

 顔はまだ怒っていて、我を忘れているよう。

 

 私は優しくあきちゃんを抱きしめた。

 

「——ありがと、あきちゃん。それに悪魔」

 

「……」

 

 まだ緊張しているあきちゃんを、私はもっと強く抱きしめる。

 悪魔は何も言わない。

 

「私、死ぬのが恐かった」

 

「……」

 

「また大切な人を守れないんじゃないかって不安だった」

 

「……」

 

「だから、だからね……本当に良かった。生きててくれて」

 

「……」

 

「ねえ、あきちゃん。出会ってからまだそんなに経ってないれど、命懸けで私を守ってくれてありがとう」

 

 あきちゃんの身体から、強張りが取れる。

 

「生きててくれて、本当に——ありがとう」

 

 あきちゃんは私の言葉を聞きながら、金髪幼女へと戻っていった。

 そして元の姿に戻ると同時に、カクンと眠りに落ちた。

 

 私はスヤスヤ眠るあきちゃんを抱き、あきちゃんって良い匂いするな、なんて場違いで少し変態チックなことを妄想——否——考えながら、しばらくの間あきちゃんの頭を撫でていたのであった——————。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る