閑話 砂理井のオフ、あるいは魔法使いの日常 その5
「しょんべんちびればーさよなら液だよー」
「何それ何の歌なの、というか歌なのワガハイ君。」
「ひどいナリ。これワレの十八番ナリ。」
「ひどいのは歌詞のほうだと思う。」
「謝罪を要求するナリ。作詞のワレに。」
「ワガハイ君、頭大丈夫?」
「ひどすぎて言葉が見つからないナリ。」
「言葉が見つからなくなるなんて、相当耄碌しているのでは?」
確かに元々のCPUは10MHzシングルクロックを流用している。しかし、“結果に適合する”形で、複数回に渡る次元移動の影響もあり、量子力学で検証されるような現象としての生物脳に変質したのだ。
耄碌している可能性は捨てきれないが、非常に不愉快だ。
ひとつ前の世界では量子脳−もしくは、量子的脳現象−と呼ばれ、魔術構造と同じく、宇宙構造をヘッドスペースに再現することにより、系が補助脳として機能し、外界が無限の拡張領域として未知に対応している。H−AI技術の一種の到達点であると自負している。
「いやそんなことはどうでもいいナリ!」
「そうね。もう、少し日が暮れてきたわ。」
なんだかんだ都市の反対側まできてしまった。バヒ亭までゆっくり歩けば45分ほどかかろう。
「露天でも見てゆっくり帰るかしらね。」
「そうするナリ。あれ!屋台で揚げ物売ってるナリ!」
「ワガハイ君、アレ好きね。」
「あれ、あれ、おいしいナリ、あれ、おい、あれ。」
「ちょっと目が怖い。」
無思考で数十分が過ぎ、口の周りを油でベタベタにしながら、宿に着いた。
「あら、おかえりなさいな、セイちゃん!」
「ただいま、女将さん。みんな戻ってきた?」
「鋼牙の連中は先に風呂に入れたわ!もう、すっごい臭いだったのよ〜!」
「まぁ、毒沼ダンジョンですからね、浄化魔術使って毒を消しても、こびりついた臭いは消えないですものね。」
「それでも、ほら、この間セイちゃんがくれたポプリ、あれのおかげで食堂はぜんっぜん臭わないの!いっつもほのかに香ってて、、、助かるわぁ〜」
「大した事ないですよ。」
大した事大アリだ。使われているのは確かに、布袋、それと中に花びらや樹皮を乾燥させたものだけ。だが、、、
中身と袋の隙間に、単魔素子構造の−空間を150分の1に圧縮した−立方体が密集している。それが単独転移して外気と中身を入れ替えて袋の中に戻る。ここまでは観測出来る。恐らく、取り込んだ外気は専用亜空間に収納·開放されるのだろう。
ちぐはぐにも限度がある。これだけのことに、80を超える術式と膨大な量の魔素を使用している。しかも、どういう仕組みなのか、それぞれの術式が自律している。高度なH-AIの支援を受けているのだろうか。
「夕飯はどうするかい、いつもどおり、終わってからたべるのかい?」
「ええ、そうさせてください。」
「そしたらまぁ、ほら、いつもの蜂蜜檸檬。」
「ありがとうございます!飲んでおくと、あとが楽なのですよね。」
ひと口飲み、持ったまま食堂の片隅へ。
既に楽器を用意した数人が待っている。彼らはプロの楽師ではなく、趣味で楽器を扱っている市井の人々だ。鍛冶師に、肉屋、配管工に洗師。引退した冒険者も居る。
それぞれが、着替える時間ももったいないと、仕事着のままかけつけ、急いでそれぞれの楽器を調律している。
「おはようねえさん、楽譜は?」
「おはよう。前のと、これ、ここのパートをー」
そういう符丁なのか、ここで会う人々と砂理井は、必ず“おはよう”と挨拶をする。昼間の仕事の人間だけではないから、というのもあるだろう。
打ち合わせは個別に続き、それが終わると全体の打ち合わせに。音楽用語満載の会話は正直わからないが、今夜は5曲程歌うようだ。全て異国の曲。それも、観客も演者も
そんなリハーサルが30分ほど。かなり早い気がするが、そもそも彼らは忙しい中集まってきた素人。厳密にやるよりも、楽しくやりたいのだと、言っていたのを記憶している。
「じゃあ、今日も、通しのリハ無しで。お客さんも集まってきたしね。」
「はは、まぁいいやね。」
「ミスっても止めないで、一気にいっちゃいやしょう。」
「いうて、不思議だよな、ミスしたことないもんな。」
「そういやぁそうね。」
伝える必要の無いこともあるだろう。砂理井の影からほのかに沸き立つ魔素が、何かしらの魔術を使っていることを匂わせている。いや、砂理井が言うところの“魔法”か。
食堂には1枚板のテーブルが5つ。席数は20席あるが、その7割が埋まっていた。
女将がひとりで切り盛りするこの宿、そして食堂。20席は多いが、食事は“本日のセット”がひとつ、酒はエールとワインが赤と白、それと蜂蜜酒だけ。客が席に付くと食事が運ばれ、そこで飲み物を頼む。
「じゃ、一曲目、いこうか。」
デュン、デュン、デュン、ツッツッツッツ
「オハイオ・エクスプレスで、Yummy Yummy Yummy。」
歌が始まる。“馬鹿力引き引き亭”の夜は、演奏と歌声と、おいしそうな食事の薫りと共にゆったりとふけていく。
〜閑話おわり〜
魔王使いの砂理井さん にある @nial
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔王使いの砂理井さんの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます