第ニ章 聖女 11話

「何故こちらに向かっておられるか理由はわかるか?」


「いいえ、将軍がこちらに向かった後に聖騎士団がにわかに騒がしくなりまして、理由を聞いたのですが、ただこちらに向かうとだけ言われました」


(私が陣から離れたことを不審に思ったか、いやそれでも何の確信もなく直接アンソニア様が動くとは考えずらいが…いや、まて…アンソニア様が得意としている魔法は確か…)


メイナードはアンソニアが発見の魔法の使い手だということを思い出した。発見の魔法は効果範囲にあるものを探知することができる魔法であり、熟達者になると数キロ離れた場所の状態すら把握できるといわれている。

メイナードが陣を離れたことを不審に思ったアンソニアが魔法を使い、ミア達が訪れているのを探知したのだろうと思われた。


「いつ頃ご到着される?」


「もう間もなくだと思われます」


「ずいぶんと早いな…」


本来なら貴族というのは移動するだけでも時間がかかるものなのだ、準備だけで数時間から時には数日かかる場合があり、目的地に行くのにも優雅なスピードというものを重視する。


(コーニーリアス様が動いたか…)


デズリンド=アルトハ=コーニーリアス、デズリンド伯爵家の三男であり、アンソニアの婚約者だ。今回のハラハ森の遠征を先導したのもコーニーリアスであり、決断の速さと行動力のある人間だった。


「ミア様はいかがなさいますか?」


「会ってご挨拶をしておこうかと」


「致し方ないですね」


アンソニアが来訪する理由は、ミアに会いに来たのだろうと皆が考えていた。そうなると先ほどとは違い、会わずに去るという選択肢は選べない。アンソニアは侯爵家でありミアは伯爵家なので、ミアの方が家の位は下になる。そのため訪ねて来た格上の相手に会わないというのは、失礼な行動にあたり問題になるからだ。


「まだ顔を合わせるまでには時間があります、冒険者の彼には別の場所で待っていてもらった方がよいのではありませんか?」


ミアとアンソニア達が会えば険悪な雰囲気になるのは間違いない、そこに庶民の冒険者であるアドラが居れば、ミアに嫌味を言うための口実として利用されるのは目に見えている。


「そう…そうですね」


ミアは一瞬だけ逡巡するような素振りを見せたが、メイナードの進言を聞き入れ、アドラは聖風軍が検問のために設置した、テントの中で待機することになった。



 テントの中で待機することになった俺だが、特にすることも無く手持ち無沙汰になっていた。暇な時にしている魔法の練習も、人が来る可能性のある場所ではおいそれとするわけにもいかず、仕方なくテントの中でボーっとすることにした。テントの中は特に見るべきものも無く、兵士の手荷物と寝袋が置いてある程度だった。


キーン、キーン、キーン


澄み渡る甲高い音が遠くから聞こえてきた、その音は徐々に近づいて来ているようだ。なぜこんな音を鳴らすのかは知らないが、たぶん貴族達が移動する時に鳴らすものなのかもしれない。


キーーーーン!


継続的になっていた音はある地点につくと、大きな音を一回だけ鳴らしてそこで止まった。たぶんミア達が居る場所に着いたのだろう、ミアは挨拶だけすると言っていたが、お偉いさんの話は長いと相場が決まっているので時間がかかるだろう。ここに着いたのが夕方だったのでそろそろ日が暮れるはずだ、真っ暗になる前に話し合いが終わるといいのだが。

そんなことを考えながら虚空に目を彷徨わせていた俺だったが、誰かがテントに近づいてくる音が聞こえたので座る姿勢を正した。

テントの日よけをめくって入って来たのは聖風軍の将軍だった、何やら難しい顔をして俺の事を見ている。


「まずいことになった」


開口一番聞きたくない言葉が飛び出して来た、ミア達に何かあったのだろうか?


「何があったんですか?」


「君がハラハ森の異変の原因であるとの嫌疑が掛かっている」


「はい?」


お偉いさんの話とは蚊帳の外だと思っていた俺は、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。目上の人間に対して失礼な態度だったが、将軍は特に気にしていない様子で経緯を説明してくれた。

アンソニア達がこちらに向かっていたのは、ミア達の事を知ったからではなかったそうだ。将軍が陣から出たことを知って、検問で怪しい人物が見つかったのではないか、と勘繰ったアンソニアが発見という魔法を使った。その魔法は周囲を探知するもので、それに引っかかったのが俺だったということである。

アンソニア達は着いた先にミア達が居たことに動揺していたが、協力者の聖風軍が先に容疑者を捉えたと思い勝ち誇っていたそうだ、しかしそんな人物は拘束していないと将軍が言い。それを聞いてしらを切ってミアに協力するつもりではないか、と疑ったアンソニアが再度魔法を使い、テントに上級の闇魔法使いが居ると言ったそうだ。


「私は下級でも下の方の魔力しか持ってないのですが」


「君は闇の魔力を貯められる魔道具を持っているそうだね」


「はい、持ってます」


「アンソニア様の魔法は範囲は広いが、どうやら詳細までは詳しく判断できないようでね」


「それで勘違いされてしまったと?」


「残念ながら勘違いだと彼らは思っていない、ミア様が君の事情を説明したのだがそれもまずかった。ミア様の協力者が犯人の方が彼等には都合がいいからね、もし違っていても適当な罪をでっちあげられて罪人にしてしまう可能性が高い」


「そんな…」


絶望的な状況だ俺にできることは無く、頼みの綱のミアも頼れなさそうな状況のようだ。


「君が誰か他の貴族と繋がりがあれば何とかなるかもしれないが、頼れる人がいないなら、いっそ逃げてみるのも手かもしれない。もうすぐ日も暮れるし君は闇の魔法を多少は使えるのだろう?うまく国外まで逃げきれればなんとかなるかもしれない。だがアンソニア様は発見の魔法を使えるから、かなり無謀なかけになってしまうだろうね」


「大丈夫なんですか将軍がそんなことを言って?」


立場的にかなり不味いはずだ、そう思った俺の発言だったが、将軍は別の解釈をしたようだった。


「会ったばかりで信用が置けないのは判るが信じて欲しい」


「いえ別に疑っているわけではないですけど…逆にどうして将軍は私を助けようとしてくれるんです?」


もし将軍が俺を陥れようと画策しているとしても、俺の頭ではどうにもできないだろう。しかし画策していると考えると初対面の俺を助けることに理由が無く、確かに怪しく感じてしまう。


「それはミア様が一目見て素晴らしい女性だと思ったからだ」


「え?」


「あんな素晴らしい女性が信頼を置いている君が、悪い人間なはずはないだろう」


「ああ…そうですか」


大丈夫なのかこの将軍は…俺は違う意味でこの将軍を信頼するのが心配になってきた。


「さて納得してもらった所で君はどうするつもりだい?何をするにしても時間はそれほど残されていないよ」


そう言われても俺にもどうすればいいのか皆目見当がつかない、このままでは最悪の事態になるのは解っているのだがどうしようもない。何かこんな事態を打開できる魔法でも無いだろうか、そう思い本を取り出そうとした時に、本の間に挟み込んでおいた便箋があったことを思い出した。


「そういえばこんな時のために、副ギルド長に渡された物がありました」


黒い本の関係でもし貴族とトラブルになった場合に、相手に渡すようにと言ってもらった便箋だった。中に何が書いてあるのかは俺は知らなかったが、絶対にみだりに取り出さないこと、折ったり曲げたりしないようになど、取扱いを厳重に注意されていたので、危険物として本の間に挟んで置いたのだ。


「冒険者の副ギルド長では、残念ながら力が及ばない案件だが…」


将軍はそう言うが何も無いよりはマシだろうと、本を開いて便箋を取り出し将軍に渡そうとしたのだが、何故か驚いたように将軍は唖然としていた。


「あの…」


「ああ、すまない。ミア様が説明していたが、まさかこれほど強力な魔道具だとは思わなくてね」


どうやら本を開いた時に起きる闇の魔力の吸収に驚いていたようだった。ようやく便箋を受け取ってもらえると思っていたら、今度は便箋を見て将軍の動きが止まっていた。


「なるほど…それほどの魔道具なら彼が関わっているのも納得できる。どうやら君にはかなり強力な後ろ盾があるようだ、これなら大丈夫だろう」


そう将軍は俺に言ったが、便箋を受け取って中身を見ようとはしなかった。



 検問の近くにある平原の一画に、複数の馬車と移動用のモンスターが泊っており、それに乗ってきた一団が陣を構えていた。陣といっても戦いのためのものでは無く、単に休息をとるためのもので、椅子やテーブルを設置して果実茶を飲みながら話し合っているのだった。


「ミアが居ると判った時は驚きましたが、よもやハラハ森の異変の犯人を匿っていたとは嘆かわしい事です」


一団の中心となっているのは若い女性で、冷静な顔つきをしてスラリとした体つきをしていた、衣装は白を基準として大量の金の刺繍が施されていた。


「全くですな」


その周囲に居る者たちは口々に女性に同意した、彼等それぞれ違った見た目の鎧を着ていたが、共通点として非常に派手な見た目をしていることだった。大きな角を生やした兜をした者や、クジャクの様な羽を背中に付けた者など、果たして鎧としてまともに機能するのか怪しい代物を着ている者すらいた。


彼等こそアンソニア率いる聖騎士団だった。


「これでミアも一巻の終わりですな。よくて爵位を剥奪され、最悪は死刑ということもありえる」


一団の隅で聖騎士に見張られて拘留されているミア達を見て、聖騎士団の幹部はほくそ笑んだ。


「しかしよろしいので?まだ犯人という確定したわけではございませんし、ミアが言うにはギルドで重宝されている様子です、ギルドと関係が悪化する可能性もありますが」


「貴公は心配が過ぎるな。もし犯人で無いとしても闇魔法使いなのだ、罪を犯していないなどありえない。拷問し他の罪を吐かせればよいだけだ、所属しているギルドも所詮は庶民の利用する場所、我らに楯突くことなどできるはずがあるまい」


そう言って不安を口にした者をたしなめたのは、アンソニアの婚約者であるコーニーリアスだった。彼は険のある顔をして引き締まった体つきをしており、他の貴族とは違い豪華ではあるが洗練された鎧を着ていた。


「慎重なのはいいが過ぎれば臆病者と言われますぞ」


コーニーリアスに賛同して、他の幹部が弱気な発言をした者を非難する。


「別に臆病風に吹かれたわけではございません、アンソニア様の名誉に傷がつかぬかと案じたまで…それにしてもメイナード将軍は遅いですな」


都合が悪くなり話を逸らした幹部の一人だったが、皆もそれは感じていたようで話に乗ってきた。


「聖風軍の将軍ともあろうものが困ったものだ」


「全く噂では速さにかけては右に出る物は居ないと聞いていましたが、しょせんは噂に過ぎなかったということですな」


「そもそもあんな小僧が将軍というのがおかしいのだ、神託などという不確かなもので役職などを決めている弊害だな」


本人が居ないのをいいことに幹部の者達は言いたい放題で、その中には教会そのものを批判するような内容まで含まれていた。


「メイナード将軍がお見えになりました」


下位の聖騎士の報告を聞いて、幹部達はおしゃべりを止めてメイナードが去った方に視線を移した。そこにはメイナードとアドラが歩いてくるのが見て取れた。


「なぜ騎乗していない?」


コーニーリアスの記憶ではメイナードは騎乗して向かっていたはずだ。


「おおかた庶民を乗せるのを嫌がったのでしょうな」


「なるほど、しかし遅いですな…」


アドラに歩行速度を合わせているせいか、姿は見えていても遅々として進んでいない。始めは大人しく事の成り行きを見守っていた彼等だが、徐々に焦れてきて足や手をゆすってイライラし始めていた。


「遅すぎる!誰か将軍の所に赴き罪人を引き取ってこい」


ついにコーニーリアスがしびれを切らし、聖騎士を数人派遣した。これで問題ないだろうと考えた幹部達だったが、メイナードの所に到着した聖騎士達は何かやり取りした後、何故かそれ以上はメイナード達に近づくことはせず、周りを囲んで歩いて来るだけだった。


「いったいどうなっている!」


「わかりませぬ」


「もしや闇魔法の類なのではあるまいな…」


「アンソニア頼めるか」


「はい、コーニーリアス様」


幹部の発言にもしやと思ったコーニーリアスは、アンソニアに発見の魔法を使うように指示した。


「特に魔法を使っている様子はありません」


「ではいったいどうしたのだ…」


遠くの目標では詳しい情報を得ることができずとも、この距離ならばアンソニアの魔法で見破れぬはずはなかった、事態が把握できずコーニーリアスは歯噛みした。

それから更に時間が過ぎてすっかり日が暮れた頃に、ようやくメイナードとアドラが聖騎士団の陣に着いた。


「少々遅くなりましたが件の少年を連れてまいりました」


メイナードは何食わぬ顔で、アンソニア達が座っているテーブルの前で報告をした。公の場では一番位の高い者が仕切るのが常識であり、その者の許可なく無駄に喋ることはマナー違反になる。この場ではアンソニアが位が一番高いが、彼女ではなくその婚約者であるコーニーリアスが仕切っていた。


「ずいぶん遅かったではないか、なぜ騎乗してこなかった」


「残念ながら彼女は私以外の人間を背に乗せようとしないものでして」


メイナードの乗るモンスターの変異種は非常に気難しい性格をしており、メイナード以外の人間が近づくだけでも蹴ろうとするほどだった。


「ふん、では我々が派遣した部隊になぜ罪人を引き渡さなかった」


「まだ罪を犯したと決まっていない以上、罪人と言うのは早まっておられませんか?」


「たかだか教会の将軍ごときが私に意見するつもりか!家柄も血筋も凡百であるくせに」


「申し訳ありません。確かにこの国では家柄と血筋が重要でしたね」


謝りつつも飄々とした態度が抜けないメイナードに、コーニーリアスは更に苛立ちを募らせていた。


「もうよい!早く罪人を連行してこい!」


しかしメイナード達に連れ添って歩いていた聖騎士達は動こうとしない。


「何をしている!早くしろ!」


「そ、それが!彼は便箋を持っておりまして…」


「便箋?それがどうしたというのだ」


「封蝋に印璽がしてありまして…その…」


印璽とは手紙に封をする時に蝋に押された判子のようなもので、手紙を書いた者の証を押すことが多い。この世界ではまず間違いなく貴族のものであるため、この時のコーニーリアスは、少々面倒なことになったという認識だった。


「誰の紋章が押されていた」


「バ…バルドグラン公爵家の紋章であります」


絞り出すかのように震えた声で兵士が答えた。


「ヒャアア」


素っ頓狂な声を上げて椅子から滑り落ちた者を除いて、ほとんどの者は言葉を失った。

冒険者が持っていたということで、手紙を書いた人物をアドラ以外の人間は判断することができた。

バルドグラン=ゴウル=ミラヌス=クライヴ、バルドグラン公爵家の五男であり冒険者ギルドの長を務めている人物であった。

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常闇の転生者 @avura

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