植物ホストクラブは静寂の花園

ちびまるフォイ

異なる需要と供給

「お姉さん、お姉さん。そこのきれいなお姉さん」


「そう、そこのあなたですよ。そこの素敵なお姉さん」


呼び止められた女は足を止めて振り返った。


「どうですか。少しだけ時間ありますか? 10分、いや、5分でいいんで」


「勧誘ですか?」

「ご紹介です」


「紹介?」


「実は、最近こちらに新しい店舗ができたんですよ。

 よかったら見ていってください。ご新規の方は特別に半額です」


渡されたティッシュには店の住所の紙が挟まれている。


「植物……ホストクラブ?」


女は好奇心と半額の誘惑に負けて訪れた。


「新規1名様、ご来店でーーす!」


店内は静かでムーディな曲がかかっていた。

ホストクラブ特有の飲みコールもない落ち着いた空間。

異常なのは席についているのが植木鉢に入った植物だった。


「え……植物ホストって、本当に植物なの!?」


席につくと、隣にそっと植木鉢に入った植物が置かれた。

メニューを見るとお酒の代わりに植物用の栄養剤とか水が書かれている。


「なにすればいいんだろう」


視線の逃げ先を探すようにメニューを目で追っていると、

植物ホストクラブの楽しみ方が書かれていた。


・お客様ひとりひとりに専用の植物があてがわれます

・植物にお声をかけていただけると植物も成長します

・水や栄養剤を注文していただけると更に成長します


「話せば……いいのかな」


女はおそるおそる植物に語りかけた。

幸いなのは完全な密室にされているので植物に語るヤバイ奴の姿を見られずに済む。


最初は天気とか、軽いことを話した。

植物は少し動いたような気がした。


相づちも打たなければ、アドバイスもないし、否定も肯定もしない。

どんなプライベートな話をぶちまけたところで、暴露される心配もない。


――お客様



「お客様、そろそろ閉店のお時間です」


「え!? もうそんな時間!?」


気がつけばあっという間に時間が過ぎていた。

いつしか仕事の愚痴から人間関係の悩みまで洗いざらい植物に話していた。


人間用に注文できるお酒の寄った勢いとはいえ、

自分が誰かにここまで話を聞いてほしいと飢えていたのには気づかなかった。


「またのご来店をお待ちしております」


ボーイに見送られて植物ホストを後にした。

それからそう日をあけないまま植物ホストクラブにまたやってきた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。

 "彼"もまたお話が聞けて嬉しそうですよ。そろそろお名前もいかがですか?」


私の案内された個室にはまた以前の植物が置かれている。


「名前って……私が決めていいんですか?」

「もちろんです。あなたの植物ですから」


植物ホストでは金を使った消費額でランキングを競うこともない。

派手なシャンパンタワーもない。完全に人を癒やすためだけに特化している空間。


「ねぇ聞いてよ、フラウィ。ほんと今の仕事がね……」


その日もお酒を注文して寄った勢いで何度も同じ話を植物に聞かせた。

人間相手では退屈されたりするのに植物はただそこにじっといる。


それがなによりも嬉しくて楽しかった。


『たいへんだったね』


「……え?」


『ぼくのこえが、きこえる?』


「うそ……しゃべってる! なんで!?」


前に見たメニューの言葉が頭をよぎる。



――植物にお声をかけていただけると植物も成長します



「まさか、こんな成長するなんて」


『おどろかせちゃってごめんね。ぼくもおはなししたくって』


「ううん、そんなことないよ」


『うれしいな。ぼくしょくぶつでうごけないから、そとのはなしだいすき』


「私の話なんて、面白くないでしょ? 愚痴ばっかりだし」


『がんばってるきみのはなし、ぼくすっごくすきだな』


「フラウィ……!」


勢いで高級水を追加で注文してしまった。


『わぁい! おみずだ! うれしいな。あんまりむりしないでね』


「無理なんてしてないよ。私、お金の使いみちなくって。

 友達もいないし、仕事終わって家に帰るだけだから」


『きみがきてくれて、おはなしきかせてくれて、ぼくはうれしいよ』


フラウィと話すと心の疲れが溶けていくのがわかる。

いつしか女は植物ホストクラブの開店から閉店まで毎日通う太客となった。


「お客様」


そんなある日。


「お客様、そろそろよろしければ、そちらお持ち帰りしませんか?」


「え!? いいの!?」


「フラウィ様もお客様とご一緒の時間を長く持ちたいと訴えているようですので」


「そうなの? フラウィ?」


『ぼく、きみのおうちでいっしょにすごしたいな』


「つきましては、お値段は少々はりますが、いかがでしょうか。

 卒業代金をお支払いいただいて、植物とそいとげていただけますか」


「もちろんです!」


値段を聞くことも確認することもなかった。

女は即答で植木鉢をもって、家に楽しそうに帰っていった。


その様子を見ていた新人店員は送り出したボーイに聞いた。


「先輩、あの、いいんすか? せっかくの太客逃しちゃって。

 あのまま植木鉢を渡さなければ、ずっと通ってもらえていたのに」


「うちは完全個室だからな。長居されると次のお客が入れなくなる」


先輩は客の去った部屋のテーブルを磨くと次の準備をはじめた。

すると、そこに酒に寄ったサラリーマンの男が来店する。


「おお、ココが植物ホストクラブってか! がはははは!

 なにが悲しくて、なーんも話せねぇ植物に語るんだよ。女って生き物はやっぱりバカだな!」


冷やかし目的の男は店内を千鳥足で回る。

そこにボーイがすかさず入った。


「なんだぁ? お前。なにかようかぁ?

 いっとくが俺は客だぞ、神様だぞ? 追い出すってのか?」


「いいえ、めっそうもございません。ですが、こちらは女性向けの店舗ですので」


「はっ! 女ってのはつくづく悲しい生き物だぜ。

 寂しさに事欠いて植物に語りかけはじめるんだからな!」


「お客様、こちらはいかがですか?」


ボーイはすかさず別の入口の案内が書かれた紙を手渡した。


「植物……キャバクラぁ?」


男は案内を見るなりぷっと吹き出した。


「ガハハハハ! 笑わせてくれるぜ! 何が悲しくて植物に語りかけなくちゃいけねぇんだ!」


「お客様、植物キャバクラはちょっとちがうんですよ。

 植物キャバの植物は、しゃべらない代わりに、女体の実がなるんです」


男の目の色が変わる。


「なん……だと……!?」


「感触、サイズ、すべてが人間のそれと変わりません。

 もちろん、お水や栄養剤でさらに成長しますよ。

 相手は植物。どれだけ触ろうがなにしようが、問題ございません」



「おい!! はやく案内しろ!!! 金に糸目はつけねぇ!!」


「1名様、ご来店でーーす」


男はのちに植物キャバクラの太客として開店から閉店まで通うようになった。

騒ぎをはためで見ていた女の客は自分の植物に語りかけた。


「やっぱり、男って本当に下品ね。死ねばいいのに」

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