第5話 本来の姿
彼らは人間から生まれ、人間として育ったわけではない。彼らはもともと人間ではなく、身の回りにあるようなもの、あるいは人間以外の生物であった。
話は何百年も前に遡る。ある1人の少女が、たった1人で広い屋敷に住んでいた。1人ぼっちで寂しかった少女は、魔法で近くにあったもの――食品や服、家具などに、次々と命や人間の体を与えていった。屋敷に住むネズミや虫などの生き物も同様に人間に生まれ変わり、少女が分け与える魔力によって、彼らはその生命を維持していた。
少女は日付が変わると、一斉に見えない管で魔力を送る。それからまた日付が変わるまで、魔力の供給はない。そのためだろうか、1日の終わりになると魔力が弱まり、本来の姿の影響が出てしまうことが稀にある。
ディランはもともと、少女が愛用していたペンであった。黒いインクのペンであったようで、普段は平気なのだが、夜になり疲れがたまってくると、涙、汗、血液、唾液、その他もろもろの体液が、すべてインクになってしまうことがあった。
「洗うの面倒だなぁ。」
「洗って来いよ。あと口にも黒いのついてんぞ。」
ディランはため息をついて、立ち上がった。そういえばディランがインクを出したのは、久しぶりに見た気がする。ディランは常にあの真っ黒いローブを着ているが、それはインクが出たときに服に染みても目立たないようにするためだと言っていたなと、妙なことを思い出した。
部屋の奥の水道で手を洗うディラン。洗い終わりきゅっと蛇口を閉めると、「あ。」と声をもらした。
「ハンカチ忘れた。ま、いっか。」
「よくねぇ。」
カイは素早くさっと立ち上がると大股でディランの元まで歩き、胸ポケットから真っ白いハンカチを取り出した。
「ハンカチぐらい携帯しとけ、チビ。」
ハンカチを受け取り、失笑しながら手を拭くディラン。カイは人一倍美しく、人一倍口が悪いが、人一倍神経質なのだ。2人は長い付き合いであるが、何年たってもディランは、カイの大げさな行動に笑ってしまう。
「自然乾燥だっていーじゃん。人形のくせに細かいよ。」
ハンカチを返すと、カイは舌打ちをして、「たたむぐらいしろよ。」と文句をいいながら、慣れた手つきでうっすらとついた折り目通りに、ハンカチをたたむ。その様子を面白そうに、ディランが眺めている。
「あと俺をただの人形と一緒にするな。俺は操り人形だ。」
彼の言うとおり、彼はもともと操り人形だった。ペンであったディランの人間としての外見は、彼を人間に変えた少女の想像通りになるようだが、カイの場合は人間を模した操り人形であったため、髪や服装などは操り人形時代のときのものがそのまま受け継がれた。目の下にある特徴的な隈ももちろん、そのときにもあったものだという。
「俺はただの人形じゃねぇ。歌って踊れる操り人形だ。あんなのと同じにされちゃ困る。」
「でも操る人がいなきゃ動けないし、歌ってるのはキミじゃなくて、操ってる人だろ?」
「ごちゃごちゃうるせぇ! あんまりしゃべると、唾飛んでインク切れするぞ!」
「切れたらインク飲んで補充すればいい!」
人間同士では聞けないであろう言い争いが続く。
「腹壊すぞ!」
「壊さないもん。壊したら僕のファンが悲しむから、壊さないもん。」
「誰だよ、ファンって。鉛筆とか?」
「違うよ、むしろそいつはライバル。えっと、まずカイでしょ、それから…。」
「待て待て待て、なんで俺がそこに入る。」
「えっ、違うの?」
ディランはまんまるの黒い目をきょとんとさせて、カイを見上げる。自分が「可愛い」と理解している者のみができる、小動物のような顔。たしかにそれは少女のように愛らしい。しかしカイは、無意識のうちに顔をしかめる。「知らなかった。」とでも言いたげな目だ。本気でカイが自分のファンであると思い込んでいるのかどうかは不明だが。
「俺お前のそういうこと、嫌いだわぁ。」
「えっ、なんで? どういうところ!?」
きっちりと整えられたカイの服をつかみ、ディランは抗議するため小さな口を大きく開く。カイは服がしわになるのが嫌で、はりついたディランを剥がそうとする。そのとき、部屋のドアが開いた。4つの目玉が、ドアの方を見る。
「カイ・フェルザーはいるか?」
黒い服を着た女が、部屋を見回す。ディランは渋々カイから離れた。胸に手を当て、カイが返事をする。
「ここに。」
「ドリット様がお呼びだ。来い。」
「じゃあな。」とディランにつぶやくような挨拶をしてから、カイはその場を離れた。ディランはまだ物足りなさそうな顔をしていたが、とくに何も言わず、その白い背中を見送った。
呪われたプリンス2 舞 @setamai46
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