エピソード4
ソフィアが撃ったのは実弾ではなく、麻酔薬の入った弾だった。
「はっ!」
レイジが目を覚ますと、眼前には古代神殿のようなモニュメントで覆われた暗くて広い空間が広がっている。
レイジは身体を動かそうとするが、手術台のようなものに四肢を拘束されていて動けない。レイジから10m程離れたところにはソフィアとハーディンが20m程の間隔を空けて立っている。
「ソフィア…」うわ言のようにつぶやくレイジ。
ソフィアとハーディンの姿はレイジの前に初めて現れた時とは全く対照的で、二人とも黒いマントに身を包んでいる。周囲には数本の電気松明が立っており、その光に怪しく照らされた二人は、無言のままレイジをじっと見つめている。
フロアにはペンタグラムのような文様が描かれており、その一角に配置されたレイジの背後にはレイジと同じような体勢で壁に拘束されたディヴァインが立っている。ディヴァインの動力はPMUを除いて全て絶たれているようで、通常点灯しているディヴァインのLEDは、頭部の一部を除いて全て消灯している。
「な、何なんだ。これは…」
レイジの問いかけを無視して、無言でレイジを見つめ続けるソフィア。
「ここは、どこだ!?ソフィア!俺をどうする気だ!?」
やがてハーディンが口を開く。
「ここは、光の世界への入り口だ」
「光の世界だと?」
「至高神によって創造された真の世界のことだ。我々がいるこの世界は偽の神が造った不完全な世界だ。これから我々は真の神のおられる光の世界へと向かう」
「何わけわからねーことを!ぐっ、くっ!それが俺に、何の関係があるというんだ!俺を殺す気なのか!?」
「殺す? とんでもない。君は一度暗黒の世界へと旅立ったのだが、我々が君を引き戻した…」
「引き戻した?」
「忘れたかね?セレス防衛戦で重傷を負ったことを?すっかり君は再生医療で回復したと信じたようだが、あの時君は死んでいたのだよ」
「何だって?」
「君はあの時死んだ男のクローンなのだ」
「死んだ男の、クローン?」
「そうだ。全てのディヴァインにはパイロットの細胞から培養したクローン脳が格納されている。彼の死後、そのクローン脳から培養されたのが君だ。我々は君を信じ込ませるために左腕と右足の培養を遅らせ、あたかも再生医療で治療したかのように偽装した」
「そんな…そんな馬鹿なことがあるか…本当なのか?ソフィア?」
「本当よ。ディヴァインのPMU、あれは量子コンピュータではなく、クローン脳だったのよ」
さらにハーディンが説明を続ける。
「クローン脳はリアルタイムでパイロットの記憶をバックアップする。元々彼と同じ記憶を持っていたクローンの君は、意識を取り戻した後も自分を彼だと思い続けた…。実にすばらしいことだ!!我々はこれまで多くのパイロットで実験したが、意識を継承させることはできなかった。しかし、ついに我々は成功した!!君は、人類初のリザレクター(蘇生者)となったのだ!」
「リザレクター…?」
「おっと、君は無神論者かな?キリスト教でリザレクター(蘇生者)とは死後3日目に復活したとされるイエスのことだ。しかし、それは誤りだ。君こそが人類初のリザレクターなのだよ!」
レイジは呆気にとられて言葉を失うが、ハーディンはなおも語り続ける。
「君の友人にも意識の継承を試みたが、それは失敗に終わった…」
「やっぱりあそこにはティムが!!」
「勘違いしないでくれたまえ。我々は彼を救おうとしたのだよ。成功していれば、ここには君ではなく彼がいた。わざわざ君をここへ連れてきたのは、我々の仮説を確認するためだ」
「仮説?」
「君が意識を失っている間、我々は徹底的に君を調べた。DNA塩基配列、脳波特性、神経伝達物質の生成及び分解パターン、シナプス伝達スピード等々…。それらは君が優秀なパイロットであることを裏付ける十分なデータだった。しかし、意識継承の原因となる材料は何一つ見つからなかった。そこで我々はある仮説を立てた。君の身体に起因する内的要因ではなく、あの時君を取り巻いていた外的要因にこそ決定的な要因があったのはでないか?とね…」
「説明はその位で良いだろう」
暗闇の中から突然老人の声がこだまし、黒い衣装を身にまとった大柄な老人が電動椅子に乗って現れる。
「申し訳ありません、ロズウェル様…」
「ロズウェル…こいつがあの、ロズウェル…」
「検体の意識が継承されていることは十分納得した。では、はじめよう」
「はい。おじい様」とソフィア。
「おじい様…」
ソフィアがロズウェルの孫だとわかり愕然とするレイジ。
「ロズウェルの孫だったのか…君は…俺を…ずっと俺を騙してたんだな…」
「物事には二面性があると言ったでしょう?」
「それでは、これより儀式を執り行う」
ロズウェルがそう言うと、ハーディンはコントロールパネルのようなもののボタンを押下する。すると、ロズウェルの背後の巨大な扉が開き、その奥から巨大な物体が現れる。
それは、中世の西洋人が想像した悪魔のような姿をしており、頭部に2本の角、胸には乳房、背中からは黒い翼が生えている。ディヴァインのコクピットに相当する部分は透明になっており、その中に脳や脊髄、末梢神経だけの人体が液体に漬かっているのが透けて見える。
全く予期せぬ異様な光景に言葉を失うレイジ。
ロズウェルは、脇に抱えていた分厚い魔導書のような書物を広げ、その一節を読み上げる。
「アヴェ、レ、エグゼレス、エーレー」
一呼吸置いてロズウェルの言葉を復唱するハーディンとソフィア。
「アヴェ、レ、エグゼレス、エーレー」
「おお、我が至高の神よ、我は乞う。汝のその知恵と力、全宇宙を統べる力を。全知にして全能なる神よ。その力を我に与えたまへ。ベラネン、エ、シス、バルダキシ、ル、パウマキ、アポア、ネ、エセデス、ル、ゲニィ、リアキダエ。始まりにして終わりである神よ。我は汝に乞う。今こそ我を光の世界へと導き給え。アドナ、ネ、エルロヒ、ル、ヒエヘイ、アシェル、エ、ハイエー、ツァバオ、テトラ、ル、シャダイ、我が求めに応えたまえ。アヴェ レ、エグゼレス、エーレー…」
「何なんだ、何なんだ、一体…」
ロズウェルらが呪文の唱和を終えると、ロズウェルがレイジに向かって言う。
「教えてやろう。あれは、我が至高神の像だ。あの中には私のクローンが入っている」
改めて神像を見上げるレイジ。不気味な笑みを浮かべるその顔は、悪魔のそれにしか見えない。
「何が至高の神だ!神が、こんな化け物なわけがないだろう!」
「この世界は偽りの世界、真の世界の対極にある。光は闇であり、生は死だ。全てが真逆なのだよ…」
「生が死なら、何故永遠に生きようとする!」
「限りある生など死に等しい。永遠の生こそが真の生ということだ。しかし、それを得るには代償が必要だ。君は、なぜ君だけが死後も意識を継承出来たかわかるかね?あの時、セレス基地は壊滅し、多数の死者が出た。その犠牲によって君だけが奇跡的に至高神によって救済されたのだと我々は考えている。古来、人々は神に何かを願う時、生贄を捧げた。それは、誰かが幸福になるには他の誰かが不幸にならなければならないよう、この世界が出来ているからだ。他者の犠牲、それが唯一の救いの道なのだよ」
「生贄だと?……狂ってる…おまえら、狂ってるよ…」
「狂ってはいない。これは"アレーティア"、すなわち、"真理"だ」
「ではハーディン、まずはヴェスタを捧げるとしよう」
「かしこまりました」
ヴェスタ基地の居住施設の窓から外の景色を眺めている婦人。夜空に一筋の光がゆっくり流れ落ちていく。次の瞬間、目の前が真っ白になる。巨大隕石が落下したかのように地表を吹き飛ばして広がる巨大な光の玉。
一方、地下の司令部では衝撃でクリンゲンバーグ司令が椅子から転げ落ちそうになっていた。声を上げるクリンゲンバーグ司令。
「何事だ!?」
「北緯32度・東経78度地点にマグニチュード19の地震発生!通信網が断絶しています!」「ジークスか!?」
「周囲3μAU圏内に敵機は確認されておりません!」
レーダースコープを凝視しながら叫ぶレーダー管制官。その横で何かをモニターしていた別の管制官がハッと何かの異変に気付き、声を上げる。
「司令!神の槍が!!」
「神の槍がどうした!」
「神の槍が180度反転してヴェスタの方を向いています!」
「な、んだと!?」
その直後再びドゴゴゴゴゴゴゴゴッという凄まじい地響きが起こり、よろけるクリンゲンバーグ。
「ロズウェルだ…ロズウェルの謀略だ!!」
その時、小惑星ヴェスタとレイジたちのいる月は22光分ほど離れており、通常なら電波が届くのに22分を要するが、"量子もつれ"を利用した電波テレポーテーション技術によって、ヴエスタの映像は瞬時に受信されていた。
モニターに映し出された巨大なきのこ雲を無表情で眺めているロズウェルとハーディン。
しばらくするとロズウェルがハーディンに尋ねる。
「シンクロ率はどうか?」
「まだ63.87%です。このレベルでは意識を継承できません」
「もっと犠牲が必要だ。全弾撃ち込め!」
「はっ!」
ヴェスタを取り囲む無数の神の槍が一斉に撃ち込まれる。全弾が同時に爆発すると、ヴェスタはあたかもインプロージョン(爆縮)を起こしたプルトニウム爆弾のように一瞬で莫大な光と熱エネルギーと化して消滅する。
真っ白に輝くモニター画面。数秒後、遠隔で設置されていた衛星カメラが破壊され、画面は白黒のノイズ映像へと切り替わる。
「ヴェスタ、完全に消滅しました」
「シンクロ率は?」
「78.45%です」
「いくぶん上昇したか…。やはり神は生贄を求めておられる。検体の方はどうなっている?」
「検体は90%に達しています」
「ううむ。この差はどこから来るというのだ…」
一つの天体が消滅し、数万単位の死者が出たにもかかわらず、クローンとのシンクロ率以外にはまるで関心のないロズウェル。
「何を…何をやっているんだ、おまえらは…」
レイジはあまりに大きな驚きと怒りに声が震え、思うように声が出せない。
ロズウェルはそんなレイジを尻目にノイズだけとなったモニター画面を眺め続けている。
「人の、人の命を…何だと思っているんだっ!!」
ようやくレイジが声を張り上げると、ノイズ画面に見飽きたロズウェルが再び口を開く。
「君はこの世界の理を全くわかっておらんな…。何故人類は太古からこのような殺戮を続けてきたのか?戦争とは、神に生贄を差し出すための儀式だったのだ。そうすることで人類は繁栄を許されて来た」
「それは、おまえらの妄想だ!!」
「果たしてそうかな?聡明なる我が祖先は数千年前から世界の理を見抜いておられた。我が一族が代々計画的に戦争を仕掛け、人口を調整してきたからこそ、人類は今日まで存続出来たのだ。これが誤りなら我々がこうして人々の上に立つことなど出来なかったであろう。さて…」
ロズウェルは、しばらく思案すると、「かくなる上は…」と言いながら別の大モニターに映った地球を見上げる。
「まさか地球まで」という表情でロズウェルを見るソフィア。
ハーディンは特に表情を変えずにモニターを眺めていたが、何かひらめいたような表情をすると、ロズウェルに言う。
「ロズウェル様、検体がロズウェル様に与えられるべき恵みを奪っているのではないと…」
「なるほど…そうか…」そういうとレイジを凝視するロズウェル。
「貴重な検体ではあるが、だからこそ生贄には相応しい…」
ロズウェルはそういうと電動椅子から立ち上がり、ゆっくりとレイジに近づきながら脇からピストルを取り出す。そして、レイジの3m程前まで来ると立ち止まり、銃口をレイジに向けながら言う。
「君は既に一度死んでいるのだ。もう一度死んでもらうとしよう」
自分の死が数秒後に迫っていることを悟り、硬直するレイジ。
「ここまでよ!」
突然、ソフィアの声が響く。
ロズウェルがソフィアの方を向くと、ソフィアはロズウェルに向けて銃を構えている。
何が起こったのか理解できず、唖然とするロズウェル、ハーディン、そしてレイジ。
数秒間の沈黙の後、ロズウェルが口を開く。
「どういうつもりだ」
ソフィアは、ロズウェルの顔を睨みつけながら答える。
「諸悪の根源を、絶つ!」
「ソフィア!何を!」ハーディンが叫ぶ。
「この狂った世界を終わらせるのよ!」
「血迷ったか!」
事情を察したロズウェルは銃を下ろし、ソフィアの方に身体を向き直しながら言う。
「私を殺せば世界が変わると思っているのか?私を殺しても人間の本質は変わらない。よって世界は変わらない」
「そんなことはない!」
「ソフィアよ、その手で今まで何人を殺めてきたか思い出すが良い。私を殺してもその手にしみ込んだ血は洗い流せない。お前は私を殺すことで過去を忘れたいだけなのだ…」
「違う!私は、物心ついた頃からあなたを軽蔑してた!こんな汚れた一族の子として生まれた不幸を呪ってた!私は!ずっとこの時を待っていた!!」と涙ぐみなら叫ぶソフィア。
「ソフィア…」
レイジは、これまでソフィアが欺き続けてきた真意を理解し、一瞬表情に明るさを取り戻す。
「そうか…。残念だ。ソフィア…」
「ソフィアーー!!」
ハーディンは、叫びながらソフィアに向け銃を発砲。しかし、ソフィアはそれを交わし、すかさずハーディンに向け発砲する。弾はハーディンに命中、ハーディンは「うぐぁっ」と声を上げ、苦痛に顔を歪めながらその場に倒れこむ。
ソフィアは素早く銃口をロズウェルへと向け直し、間髪入れずに銃を連射する。
パン!パン!
ソフィアが撃った弾は、ロズウェルの胸を貫通し背後の壁面を砕く。
しかし、ロズウェルは全くダメージを受けておらず、微動だにしない。
驚きと焦りの表情を浮かべながら再び銃を連射するソフィア。
パン!パン!パン!
銃声とともに何かの金属板を貫いたような音が響く。
その瞬間、ロズウェルは、脊椎標本のような物体へと姿を変え、床に崩れ落ちる。
「!!!」
ソフィアが銃を構えたまま唖然としていると、ソフィアの背後からロズウェルの声がする。
「私がそんなに不用心だと思ったか?」
ソフィアが振り返ると、背後にはロズウェルがソフィアに銃口を向けて立っていた。
「クローキング…」
自分の撃ったロズウェルがクローキングによる幻影だったと気付いたソフィア。しかし、それは遅すぎた。
「本当に、残念だ…」
ロズウェルは、そう言うとゆっくりとトリガーを引く。
パン!
ソフィアは、胸を撃たれ、床に崩れ落ちる。
『痛…』
ソフィアは苦痛に顔を歪めながらも心の中では笑っていた。それは、あらゆる希望を根こそぎに打ち崩されて、後には何もとどめない、真空な女の笑いだった。
ソフィアは思う。
――私は、今まで理不尽に失われていく人々を見殺しにした。
家族や親族に逆らう勇気もなく、自らの手で人を殺めることさえした。
私は、幾人もの男を殺めた。女を殺めた。殺した。殺した。
私がこれまで殺し続けたのは、そう、自己保身のためだったのだろう。
祖父を殺そうとしたのも、自殺未遂も、きっと、全ては自己保身のため。
私は、悪くない。幼い頃の、純真だったあの頃の、自分の心を守るため。
そうやって私はずっと生きてきて、それだけの人生を終える――。
『…それが、私…』
「ソフィアーーーーーーーー!!」絶叫するレイジ。
ソフィアの胸からは血が溢れ、床を赤く染め始める。それを無言で見つめているロズウェル。
数秒間の沈黙の後、レイジは渾身の力を込めて自分の手枷と足枷を台座から取り払おうとする。
「ぐっ、ぐうぅ、ぐううううう、うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「無駄なことを」と言いたげな表情でその様子を眺めているロズウェル。
しかし、その直後インジケーターが示すレイジのシンクロ率が一気に上昇。100%を突破し、表示限界の999.99999%に達する。レイジがカッと目を見開くと、動力を絶たれているはずのディヴァインの目が発光。各駆動部からはキュイーーーンとモーターが回るような音が発せられ、続いて金属がきしむギーギーという音がする。
やがて、レイジを縛り付けていた手枷と足枷がバキッ!ガキッ!と音を立てて弾け飛ぶと、バキン!ガキン!と重機に破壊される鉄筋ビルのような激しい金属音とともにディヴァインを固定していた金具もはじけ飛ぶ。
「ばかな!!」
レイジは起き上がると、ディヴァインと四肢の動きを完全にシンクロさせながらゆっくりとロズウェルの方へと歩み始める。
「おおおおおおおっ!」
唸り声を上げるレイジの頭上をディヴァインがまたいで行くが、ディヴァインと意識が一体化したレイジはそれを気に止めず、鬼のような形相でロズウェルを睨み続けながらロズウェルに近付いていく。
うろたえて後ずさりするロズウェル。
「そんな馬鹿な…動くはずがない…」
ディヴァインがロズウェルの前に立ちはだかると、レイジとディヴァインは同時に右の拳を振り上げる。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
再びレイジが絶叫し、シャドウボクシングのように空中で拳を突き出すと、連動して突き出された巨大なディヴァインの拳がロズウェルに命中する。ロズウェルは拳に張り付いたまま壁に激突。拳と壁の挟み撃ちとなったロズウェルは、大量の血を飛び散らせ、屠殺された家畜のようにただの血と肉の塊と化した。
「ハァハァ」と肩で息をしながら壁から滴り落ちるロズウェルの血を眺めているレイジ。
「ハッ」と我に返ると、慌ててソフィアに駆け寄る。
レイジがソフィアの上半身を抱き起すと、ソフィアはかすかに息をしている。
「ソフィア!」
レイジが呼びかけるとソフィアはわずかに瞼を開ける。
「あ…あの人は…」
「死んだよ」
「良かった…でも、やっぱり、神様は、許してくれない、みたい…」
「何を言ってるんだ!頑張るんだ!」
「うぅぅぅ…」苦痛に顔を歪めるソフィア。
「そうだ!再生医療があるじゃないか!どうすればいい?どうすれば助けらえる?」
「ここでは…無理だよ…」
「そんな…何かないのか!」そういうとレイジは周囲を見回す。
「ねぇ…レイジ…」
名前を呼ばれてソフィアの方を向き直すレイジ。
「?」
「この前の質問の答え…まだ聞いてなかったよね…」
「この前の質問?」
「あなたのタイプ…」
一瞬蘇る病室でのソフィアとの会話、その時のソフィアの表情。
『あなたは?』
『え?』
『あなたのタイプは?』
『俺は…』
『俺のタイプは…』
「もちろん、君だよ!」
レイジがそう言うと、以前の少女らしい笑みを浮かべるソフィア。
「良かった…」
しかし、その言葉を最後にソフィアはゆっくり瞼を閉じて全く動かなくなる。
「ソフィア?ソフィア?」
肩を揺さぶるがソフィアは目を開かない。
「ソフィア、ソフィア……ソフィアーーーーーー!」
ぎゅっとソフィアを抱きしめると、「ァァァァゥゥゥゥゥゥ」と、泣き声ともうめき声ともつかない声を上げながらその場にうずくまるレイジ。
レイジがソフィアを抱きしめたままうなだれていると、停止したディヴァインのコクピットからジークスの存在を警告する音声が発せられる。
『パターンX011、確率90.34%、距離ゼロ!』
「距離ゼロだと!?」
一瞬意味がわからなかったレイジだったが、すぐにその意味を悟る。ロズウェルのクローン脳が搭載されているという巨大な像は、人型ならぬ悪魔型のジークスだったのだ。
ロズウェルの意識継承は失敗したと思われていたが、動物的な闘争本能だけは継承されていた。
悪魔型ジークスはゆっくり起き上がると、倒れ込んだディヴァインに気付いてディヴァインの方に体の向きを変える。
やむをえずレイジはソフィアをフロアに置き、急いでディヴァインに駆け寄ると、キャノピーを開け、コクピットに乗り込む。ディヴァインはロズウェルを殴った体勢のまま静止していたが、レイジが操縦桿を握ると再びディヴァインの目が発光、起き上がると、すかさずジークスを右足で蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたジークスは後方の壁に激突。壁が崩れ、白煙が噴きあがる。
そこにディヴァインが突っ込んでいくと、白煙の中からジークスが構えた槍が突き出てくる。ディヴァインがそれを避けると、今度は手が伸び、首を掴もうとする。
「くそっ!」
ディヴァインは逆噴射で跳び退くが、なおもジークスの手が伸び、すがりつく。
「くっ!」
ディヴァインは宙返りからのキリモミ状態で一瞬戦闘機モードに変化し、ジークスを振り払うと、即座に機兵モードへと形態を戻す。
大きく飛び、退いたその先で膝から着地。
手を地面につき、顔を上げる。そこにジークスが襲いかかる。
「うっ!」
咄嗟に両手を突き出し、ジークスの両肩を掴むディヴァイン。ジークスは槍を突き刺そうと右手を振り上げるが、間合いが狭すぎて突き刺せずにいる。
「ぉおおおおおおおおおおおおおお!」、
レイジの全身全霊を浴びせるような叫び声。
それに呼応してディヴァインの右拳がジークスのほほを殴る。
ジークスも槍をフロアに突き刺すと、自由になった右拳でディヴァインのほほを殴る。
どちらの機体も腰を落とし、その場に踏みとどまる。
そしてまた殴る。
ガガン!という鋼を打ちすえる凄まじい金属音。
最先端の機械で行われる、最も原始的な戦い。
「戦争は、生贄を捧げるための儀式だと!?」
ガン!
「ふざけやがって!!」
ガシンッ!
「俺は!」
ガキンッ!
「そんな世界は!」
ガシンッ!
「絶対に!」
ガキンッ!
「認めない!!」
その果てに――。
ガキーンッ!
ディヴァインの左手首が折れると同時にジークスの顔が半壊した。
ジークスがひるんだのを見計らい、レイジはエネルギーゲージに目をやるが、格闘戦で最も有効なグラヴィソードへの充填が完了していない。
「まだか!」
ジークスはその空きにすっと身を引き、先程フロアに突き刺した槍を引き抜くと、バーニアを吹かして天井へ向かって飛んで行く。
「逃げる気か!?」
ジークスは薄いドーム状の外壁を突き破ると宇宙に飛び出した。
レイジはソフィアの遺体を見て、一瞬追うことを躊躇するが、バーニアを吹かしてジークスを追う。遠ざかるソフィアを見ながら呟くレイジ。
「待っててくれ。ソフィア、必ず戻るから…」
ディヴァインはジークスに追いついて向かい合うと、腰に装着された機銃を掃射する。しかし、ジークスは俊敏に右へ移動して弾を避ける。
「獣(けだもの)め!!」
そう叫びながらトリガーを引き続けるが、弾切れを起こして機銃の音が止む。
「くそ!」
その空きにジークスは右手で構えた槍でディヴァインを突き刺そうとする。
一突き目と二突き目はかろうじてよけるが、三突き目は左腕の肘関節に突き刺さる。
「うぉっ!!」
切断され、漆黒の闇へと消えていくディヴァインの左腕。
「くそぉっ」
態勢を崩しながらもなだれ込み、いまだ充填しきれていないグラヴィソードを右手で叩きつける。
バキッ!
ジークスの左肩が崩れる。しかし、ジークスはひるむことなく槍をディヴァインに向けたままその場に踏み留まる。
今、太陽に照らされた青い地球と、それに重なる巨大な月を背景に、二つの機体はじっと相対していた。永遠にも感じられる沈黙。一撃必殺の間合いをとって向かい合う二つの機体。その間を伝播する凄まじい殺気の波。
「しぶとい奴め…」
レイジは、敵のあまりのしぶとさに、その姿がクローキングによるものだと直感した。そして、ロズウェルのクローンを格納しているのはその頭部、すなわち脳の位置にあるのだと。
『充填完了』ようやくAIがグラヴィソードへの充填完了を告げる。
「トドメだ!」
誘爆も恐れず、グラヴィソードをジークスの頭部に突き刺す。
接触した物質を空間ごと破断するグラヴィソード。これを受ければ損傷は頭部だけでは済まないはずだ。しかし、頭部を失ったジークスは、なおも活動を止めなかった。
ジークスはレイジの載るコクピットを目掛け、無数の突きを繰り出す。
レイジの額に汗が滲む。
圧されながらも反撃する。ジークスにダメージを与える。しかし動きは止まらない。それどころか激しさを増す。次第にレイジの息が上がっていく。
グラヴィソードのエネルギーも残量が少ない。このままではやられる。
ビュッ!
槍がコクピットをなでる。
レイジは機体をひねり、それを避ける。それでも右足が大破する。
「ぐっ!」
しかし、その拍子にレイジは、ふとバックの星の光が微かに歪んでいる空間があることに気づく。
「あれは?」
考えるよりも先に体が動いた。
レイジはジークスの突きを交わすと、カウンターでその空間に向かってグラヴィソードを突きっ込む。
ガラスのように割れる宇宙空間。その破片に一瞬映り込んだクローンの格納部。
次の瞬間、真っ白な光を発し、それは拡散した。
衝撃波でディヴァインは吹き飛ばされるが、急いで体勢を立て直す。
「やった、やったのか?」
気づけば、目の前には巨大な光の塊が広がっている。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
息もつかせぬ戦いにレイジの呼吸は激しく乱されていたが、その光が弱まるにつれ、呼吸の乱れも収まっていく。やがてそれが完全に収まると、レイジはようやくロズウェルの消滅を確信し、肩の力を抜いた。
「ふぅーーーー…」
ゆっくりと深呼吸し、目を閉じるレイジ。しかし、安堵したのも束の間、再びコクピットに警告音と警告メッセージが鳴り響く。
『未確認飛行認物体、多数接近中! 距離2.3μAU!方位0時0分!』
レーダースコープに目を移すと、そこには100は下らない多数の光点が映し出されている。それを驚きもせず、ただじっと眺め続けるレイジ。
『未確認飛行認物体、多数接近中! 距離2.2μAU!方位0時0分!』
『未確認飛行認物体、多数接近中! 距離2.1μAU!方位0時0分!』
『未確認飛行認物体、多数接近中! 距離2.0μAU!方位0時0分!』
敵の接近にともない警告メッセージが繰り返されるが、再びレイジは目を閉じる。
そのまま眠りについたかのように静まり返るレイジ。しかし、突然カッと目を開くと、敵が現れるであろう前方の虚空を睨みつける。
『俺には神や悪魔が存在するかどうかはわからない。しかし、悪魔のような人間が存在するのは確実だ。俺は、この命に代えても奴らと戦う!』
完
ディヴァイン・ファイター(仮) ~神の戦士~ ※小説風詳細プロット @gigantes
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