エピソード3

宇宙船内のソファに腰掛けているレイジ、ソフィア、ハーディン、そして数名のアレーティアのメンバー。

レイジがハーディンに尋ねる。

「医師ではなかったんですか?」

「私はれっきとした軍医だよ。ソフィアも看護官だ。しかし、それは軍内部で活動するための肩書だ。アレーティアとしての活動をね。」

「どうして俺を?」

ソフィアが答える。

「あなたなら私達と一緒に戦ってくれると思ったから。負傷した兵士の中には連邦に反感を持ったり、ジークスや戦争に疑問を持つ者が多いの。あなたのような人をスカウトするために病院に潜り込んでいたというわけ」

「スチュワート中尉からは、単なる情報交換ネットワークだと聞いてたんだが…」

「表向きはね。実際は複数の巡洋艦を有する武装組織よ。全世界に数万人の同志がいる。中尉は下層メンバーだったから真相を知らなかったんでしょう」

「ジークスが人類製というのは本当なのか?」

「そうよ。ついて来て…」


ソフィアら数名のアレーティア・メンバーとともに通路を移動し、ある大部屋に入るレイジ。

部屋の中央には大きなテーブルがあり、その上にはPMUを中心にして金属類の破片が置かれている。

「PMU…」

「これはジークスのPMUよ。この中にはディヴァインと互換性のある量子コンピュータが入っている。同一メーカー製だから当たり前よね。2039年に完全自立兵器の製造が禁止されたけど、軍用機メーカーはその後も研究開発を続け、密かに自立兵器を使用した戦争を目論んでいた。しかし、世界連邦が発足して、ようやく人類が1つにまとまったばかりだというのに、理由もなく戦争を起こすわけにはいかない。そこで地球外の、架空の敵をでっちあげた。それがジークスよ」

「ジークスではなく、ディヴァインの残骸という可能性もある…」

「当然そう思うわよね。じゃあ、これでどう?」

装甲の一部と思われる残骸にケーブルで繋がれた端末を操作するソフィア。すると、その残骸が発光し、一回り大きな全く別の形状に変化する。


「電磁・重力クローキング装置。可視光線を含めたあらゆる電磁波、重力波を自在に変化させ、全く別の物体に偽装する装置よ。重力波によって触覚すら錯覚させることが出来る」

そういうと、ポンポンと空中に浮かぶ映像を叩くソフィア。


 空中に立体映像を表示する技術が普及して久しいが、強い発光体でない限りそれらは必ず背景が透けて見える。しかし、目の前のそれは、背景が透けることもなく、そこにその物体があるようにしか見えない。こんな技術が存在するのなら、今まで目撃したジークスが全てフェイクだったとしてもおかしくはない。その映像は、レイジにそう思わせるのに十分なものだった。


 いまだ確信には至らないレイジだったが、ようやくダリルの訴えが本当だったのかもしれないと思い始めたレイジ。

「こうやって俺達を騙して…それで、何十億という人が死んだというのか…。俺の両親も、友人も、軍の仲間も…」

 レイジがそう言って声を震わせていると、アレーティア・メンバーの1人が口を開く。

「この世界はな、おまえが考えてたような甘っちょろい世界じゃないってことだ。他人を殺してでも自分の利益を得ようとする、そういうおぞましい連中が蠢いてるのがこの世界だ。それが信じられないなら、おうちに帰ってママに絵本でも読んでもらってるんだな」

「何!?」

「キース!いい過ぎよ」

 ソフィアに注意されてキースは黙り込む。

「いいかげん、現実を受け入れて。そして、私達に協力して…」そう言うと真正面からじっとレイジを見つめるソフィア。

 レイジの頭の中で自分がこれまで信じてきた世界への認識とダリルやソフィアから聞かされた世界への認識が激しくせめぎあう。レイジは気が遠くなるが、そんなレイジを見つめ続けるソフィアの気迫に屈し、ひとまず態度を決定する。

「わかった。わかったよ!で、これからどうするんだ?」

「微光速でエリシオンまで飛ぶ」

「エリシオン?」

「木星の衛生軌道上にある人工天体よ。私達の本部があるの」

「中尉にはレイモンドというTVプロデューサーに頼んで陰謀を世界に暴露するように言われてるんだが…」

ハーディンと顔を見合わせるソフィア。

「それは、ダメよ」

「何故?」

「今暴露しても私達に彼らに抵抗する力はない。その力を獲得するまではおおっぴらにしない方がいい」

「うーむ…」

「現在木星は太陽を挟んで反対側にあるから微光速で飛んでもかなり時間がかかる。その間休んでおいて」

「わかった…」


既に亜光速による恒星間飛行に成功している人類だったが、太陽系内では亜光速での飛行が禁止されており、太陽系の横断では微光速(MSOL)と呼ばれる、光速の1000分1から100分の1程の速度で航行することが一般的である。

その微光速航行に移るため計器類をせわしなくチェックするキース。


「よし。これよりMSOL航行に移る。みんな用意はいいか?」とキース。

ソフィアたちは既に座席でシートベルトを着用して身構えている。

「OKよ」「OKだ」「OK」「オーケー」

各メンバーの返事を確認するとキースは秒読みを開始する。

「3、2、1、MSOLエンジン始動!」

すさまじいGによって後方に圧迫される各員。それに耐えるレイジ達。


反重力装置を応用した対Gスーツの進化により、一般人でも30Gまで耐えることが可能となっていたが、毎秒30Gの加速を続けても光速の100分の1に達するには約3時間かかる。

3時間連続の加速を終えて慣性飛行に移ると、キースは額の汗を拭いながら言う。

「ふぅ…。何回やっても慣れないもんだな…」

キースがふとレイジを見るとレイジはけろっとしている。

「余裕の表情だな」

「伊達にパイロットやってるわけじゃない」

「お見それしました」


ソフィアがレイジを呼ぶ。

「少尉、ちょっと来て。寝室を案内するわ」

そういうとレイジに背を向けたままツカツカと船内の通路を歩ていくソフィア。

その2、3歩後をついていくレイジ。

ようやく2人きりとなり、レイジはソフィアが何か話しかけてくることに期待しながら歩いていたが、ソフィアは一向に口を開こうとしない。

堪りかねてレイジが話しかける。

「君、ここではリーダー格なんだな。驚いたよ。病院にいた時とは別人みたいだ…」

レイジは数秒間ソフィアの返答を待ちながらソフィアの後ろ髪を見ていたが、ソフィアはなおも無言のまま歩いている。

何か不味いことを言ったのかと動揺するレイジだったが、バツの悪さに耐えきれず、さらに話しかける。

「いや、でも、君とまた会えて嬉しかったよ。てっきりもうあれで最後かと…」

レイジがそう言うと、ようやくソフィアが立ち止まって口を開く。

「ここがあなたの寝室よ」


全く期待した言葉ではなく、絶句するレイジ。

「……」

レイジが失望を顕にしていると、ソフィアはドアを開け、レイジを部屋に入るように促す。

「どうぞ」

「……」なおも絶句しているレイジ

「どうしたの?」

「いや…、あ、ありがとう」

「それじゃあ、ごゆっくり…」

ソフィアはそう言うとレイジに背を向けブリッジまで戻ろうとするが、何故かそこで立ち止まり、少し振り返って言う。

「看護官は仮の姿よ。物事には何でも二面性があるの。それじゃ、おやすみ」

「おやすみ…」

去っていくソフィアの後ろ姿を呆然と眺めているレイジ。



ブリッジのシートにもたれたまま寝ているソーテリアのクルー。突然鳴り響く警告音に飛び起きるキース。すかさずレーダースコープを見ると複数の光点が明滅している。

「敵襲!!」

ベッドから飛び起きるレイジ。通路に出てブリッジに向かおうとすると、キースが走ってくる。追い抜き際「ジークスだ!ディヴァインで応戦してくれ!」と叫ぶキース。後を追うレイジ。

ディヴァインは船の底部にドッキングしており、レイジは船から滑り降りるようにディヴァインに乗り混む。キースがレイジを覗き込みながら言う。

「船を離れても微光速で飛んでるってことを忘れるな!相対速度でゆっくり飛んでるように感じるだけだからな!」

「了解!」

「ディヴァインだけでは十分に減速できない!船に帰還できなければ、宇宙の果てまで永遠に飛び続けることになる!」

「わかってる!」

神妙な表情でエンジンを始動し、飛び立つレイジ。


「微光速で飛べるジークスが存在するとは…いや、一体デカイのがいる。アイツで輸送されたのか…」

無線で届くキースの声。

「わかってるだろうが、微光速航行中はレーダーでの捕捉が困難だ。頼むぞ!」


※中略※


光速の100分の1、マッハ8800という超高速で飛行しながらソーテリアとの距離を一定範囲内に保ち、ソーテリアを援護しながら戦うのは困難を極め、撃墜こそされないもののジークスをなかなか撃ち落とせないレイジ。

やがて周囲を包囲され、もはやこれまでかと思ったところで、いきなり前方のある一点から宇宙全体を切り裂くような無数の光線が広がり、その光線と重なった敵の一機が爆発する。

「何だ!?」

「デブリ(宇宙ゴミ)だ!前方にデブリ群!」

「!」

光速の100分の1以上という相対速度で接近するデブリに次々にに突き抜かれて爆発するジークス。ソーテリアの尾翼にも微量のデブリが貫通して尾翼が吹き飛ばされる。

「うわああっ!」衝撃で転倒するクルー。

「こっちもやられるぞ!」

「対デブリシールドを増強しろ!」

シールド増強のため前方に粒子シールドを射出すると、ソフィアたちはその反動で前方の壁に叩きつけられる。

「きゃああっ!」

「ヒジリ!今の内に船に帰還するんだ!」

「了解!」

ディヴァインがデブリを避けながら船のシールド内に潜り込むと、キースは機器を操作してディヴァインを誘導。船にドッキングさせる。

ソーテリアの遥か前方でシールドに衝突して花火のような光を放ちながら消滅するデブリ群。衝突するデブリが細かくなってくると、ソーテリアを取り囲む反重力シールドが微小デブリをはねのけ始め、ソーテリアが安定航行に戻る。

「ジークスは全滅した模様!」

「やれやれ…デブリに助けられるとはな…」

安堵の表情を浮かべるクルー一同。

「ふぅ…」レイジもコクピット内でため息をつく。


※中略※


再びレイジが自分の船室で休んでいると、船が減速してGがかかり、ガガガガがと振動、MSOLから通常航行に切り替わったことに気付く。起き上がって窓から外を見ると、何故か目の前には巨大な月と地球が浮かんでいる。

「地球?木星に向かっていたんじゃないのか?」

不審に思ったレイジが部屋を出ると、ブリッジの方からパン!パン!と数発の銃声が響き、レイジは急いでブリッジへと向かう。

ブリッジのドアを開け、中に数歩入ると、銃を構えたハーディンが背を向けて立っており、その足元にはキースら数名の男性クルーが血を流して倒れている。


「どういうことなんだ!」

ハーディンに詰め寄るが、ハーディンは振り返らない。

『ソフィア!?』

ソフィアの身を案じて不意に背後を振り返ると、ソフィアがレイジに銃を向けて立っている。

「ソフィア…」唖然とするレイジ。

「もう一度、おやすみ」

そう言うと、ソフィアゆっくりとトリガーを引く。

パン!

銃を構えるソフィアの姿。やがてその姿は左に回転しながらレイジの視界から消える。

ドサッという鈍い音を立てて床に倒れ込むレイジ。

混濁した意識の中でレイジの声がこだまする。

「何故だ、何故…、なぜ…」

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