おまけ 駆け引きサジェスト

「今日は天気予報で雨が降る、って言ってたよ」

「え! 傘持ってない。仕方ない、ダッシュで帰って傘取ってくるから秋和あわ、帰りは待ってて」

「帰るなら、わざわざ戻って来なくていいよ?」

「俺は秋和と帰りたいんだよ!」

「別に走って帰らなくても、私の傘になぎも一緒に入ればいいじゃん」

 以下、リア充が予想以上に爆発すべきリア充っぷりだったために略。こんな会話が前方で繰り広げられているのだ、目だって死んでしまったかのようになるのは不可抗力。

 前を歩くのは、俺や積雲と同じ高校に合格した幼馴染みの女子高生、岩見秋和と同じく幼馴染みの他校の男子高生、白垣しらがき凪。高校入学を境に、どちらからどう告白したかは定かではないが、いつの間にか付き合い出していた。しかも学校違うのに登下校を共にしている。

 なんでどっちもツッコミを入れないんだろう。ひょっとして俺が言うのを待っているのか。

 あきれながらも下らないことを思ってしまっていると、今日は晴れだからかハイテンションな積雲が俺の背中を唐突にバシンと叩いた。痛い。意外と力あるなこいつ……。

「雨降るんだ!? 野分くん、知ってた? 私、全然知らなかったよ!」

「いや、積雲が知らないのは問題があると思うんだが……」

「問題なんか無いよー。私はサイコロを振るだけだから!」

「そういう問題なのか……?」

 ちなみに俺は、今朝もきちんと天気予報をチェックしてきた。降水確率八十パーセント。じゃなかったら俺も、折り畳み傘なんて持ってこなかった。

「日陰ちゃんは傘、持ってるかなあ。……野分くん、ってことで帰りはよろしくね!」

「は? 何が」

「だから! 帰りはキミの傘に入れてね、ってことだよ!」

クラスメイトの心配をしたかと思えば、いきなりそんなことを言い出す。

ちょっと待て、それは本気か?

「じゃっ! 私、サイコロ振ってから追いかけるから、先に行ってて!」

「積雲!?」

 話を聞いていなかったろう前の2人は、のんきに「気を付けてね、雨月ちゃん」だの「また後で」だの言っている。……どうしたら、いいのだろうか。

 雨の積雲、ということは恥ずかしがり屋。

 アイツと俺が、帰りは、相合い傘?


 積雲とはクラスメイトだが、今日に限って学校内に入ってからというもの、顔を合わせていない。いや、確実に避けられていた。傷つくんだが、俺はどうすればいいのだ。

「絶対、今朝の話を気にしてるんだろうな……」

 テンション高かったから、勢いのままに言ってしまったであろうこと。積雲以外に友達がいないわけでもないのだが、やはり気まずくて話せないのは気持ちがいいものでもない。

「何とか話せないかな……」

「何が?」

 まさか独り言を聞かれてしまうとは。こういうときは、いつもならば積雲が目の前にいたりするのだが、今日は場合が場合だからか目の前にいたのは朧月おぼろづきだった。

 朧月日陰ひかげ。やけに仰々しい、月と日という対極の存在を名に含むクラスメイトの彼女は、実は過去に世界征服を企んでいたお茶目さんである。彼女は過去の自分を、黒歴史の塊と呼ぶ。

 それはさておき、積雲のクラスでの唯一の友達である朧月が、俺に何の用だろうか。

「積雲と一緒じゃないのか?」

「雨月ちゃんなら、三組の岩見さんとご飯食べるから、って三組に行ったよ。わたしは「だったら私は先輩方と食べてくるよ!」って、気を遣ったんだ」

「なら先輩たちと食べてこればいいじゃないか。何で教室に戻ってきたんだ?」

 朧月は、過去に中二だったころに色々あって先輩に知り合いがいるのだ。この先輩がなかなかいいキャラしていて、犬耳の付いたパーカー着てたり年中ブーツ履いていたりする。この先輩たちに校則は適用されないのだろうか。

「あいにく先輩方はお取り込み中で……。野分くんも一人なら、一緒にお昼ご飯、食べる? 悩みなら聞いてあげるからさ。食べようよ」

「……分かったよ」

 腹が減ったのは俺も同じだしな。俺の返事を聞く前に朧月が机をくっつけていたのは、見なかったことにして手を洗うために席を立った。


 朧月の弁当は豪華でしかも量が多いので、今日も今日とておかずをいただきながら。相合い傘を積雲に申請されたことを話すと、朧月は大して驚いた風もなく答える。

「すればいいじゃん。何を悩むことがあるの?」

「いや、まあ……そうなのかも知れないけど。やっぱり躊躇するだろ」

 例のごとく、高校でも積雲は多重人格者の設定だ。考えてみれば無理があるが、それ以外に誤魔化せる方法もないので黙っておく。

「躊躇する必要もないよ。彼氏彼女でもないのに、現代社会において相合い傘ができることをもっと喜ぶべきだよ」

「そんなこと言われても……」

「恥ずかしがらなくてもいいのに。そんなに嫌なら、わたしが傘1本くらい貸してあげようか?」

 傘、二本も持ってるのか? 耳を疑うが、朧月は何てないことかのように笑った。

「普通の傘を持ってきたからね。それに、置き傘に折り畳みがあるし。わたしならこがらしさんに頼むこともできるし」

「凩さんに頼りすぎだろ……お前……」

 凩さんは、朧月の遠縁にあたる人、らしい。結構へビーな半生を送ってきた朧月の保護者兼、お手伝いさんみたいな人。豪華な弁当を毎日、朧月のために作るのはこの人らしい。会ったことはないけれど、話を聞く限り相当、朧月を溺愛している人である。

「いーんだよ、凩さんはわたしに依存してるし。自分の意思で私の言うことを聞いてくれるし」

「だからそれを利用するなよ……」

 考え方が悪役チックだ。さすがは過去に世界征服を企んでいた奴の思考である。

「ま、とにかく。早く結論を出しなよね。もう午後の授業が始まるよ」

「そうだな……ありがとな、話聞いてくれて」

「いいよ、またね」

 軽く返してくれる朧月。今ごろ凪や積雲や秋和は、何をしているだろうか。何となく不意に、疑問に思った。


 いよいよその時刻が訪れてしまった。下校時、外は今朝の快晴が嘘のように真っ暗で、同じく黒色の雨が数えきれないほど落ちてきていた。

「よし」

 結局、言われたことをすべきだと。受け身しかとることのできない自分はそんな風に結論付けて。折り畳み傘を片手に、首を動かして積雲を探す。

 クラスメイトは俺らの事情を察してくれたかのように人が出払っていて、教室内には俺と積雲二人きり。ただの偶然のはずなのに、そのちょっとの“偶然”が信じられないのは鬼負の責任に違いない。

「積雲、」

「なっ! …………何、野分くん」

 あからさまにビクつかれた。悲しくなったが、そうもいってはいられない。

「帰ろう」

「…………………う、ん」

 小さく、肯定されてホッとした。

「昼、秋和と食べたんだっけ?」

「うん。野分くんは、お昼、日陰ちゃんと……食べたん、だっけ」

 会話が途切れる。特にこのことで話したいことはないようだった。

「あの、ね」

 タイミングを見計らい、教室を出るよう促しながらの、会話。出会った当初は全然会話が続かなかったっけ、と妙に懐かしく思い出された。

「野分くんは、私も日陰ちゃんも、のねなちゃんも、名字で呼ぶよね」

「俺だって名字で呼ばれてるからな」

「そっ、か。……そう、なんだ」

 何故だかモジモジしだす積雲。あまり雨の日がないからか、まだ何を考えているのやらイマイチ分からない。雨の日の自分が、一番素の自分に近い、と言っていたが、はたして積雲は、元からこうだったのだろうか。

「じゃあ、私、これから」

 積雲が再び口を開いた刹那、空に雷鳴が轟いた。

「うわっ……嘘、サイコロ振らなきゃ、なんて……」

 とたんに白く、青ざめていく顔。雷ひとつでも、それは“天候”を司る彼女には重大で。サイコロを振らなければ。

 だけれども積雲は、その行為を拒否するかのように、いやいや、と首を振った。

「“雨”じゃなきゃ、ダメなのに。“雷”じゃ、ダメなのに……」

 悔しそうに肩で息して怒鳴って。行き場のない怒りを、どうしたらいいのか迷っているのか、眉毛は下げたままに。

「…………野分くん」

「?」

 深刻そうに真面目な顔をして、深呼吸する積雲。何を言い出すのか予測もできなくて、俺も固唾を呑んで見守る。

「これからは、梨夢りむくん、って呼んでも、いいかな」

 照れたように顔を赤くして、青ざめた顔が赤みをさす。俺はすぐには答えられなかった。

「……急に言って、ごめんね」

 辛そうに恥ずかしそうに笑って、誤魔化して、俺に背を向けサイコロを取り出す。

「――――じゃあ俺も、雨月って呼んで、いいか?」

 ビクッと震える肩、サイコロは彼女の手のひらで“雷”を示していて。雷の積雲……じゃなくて雨月は、見たことがないから緊張する。

 そういえば、秋和との対戦時に一時見た天候の人格は誰だったのだろうか。“雷”だったと、言っていた気もするのだが。

「うっ、嬉しいなんて思ってないからなバカ!!」

「は?」

 雷がどこかにピシャリと落ちる。同時に叫ばれ、必死の形相の雨月にぎょっとする。

「あたしが呼びたいから梨夢くんのことは……梨夢って呼ぶけど!」

 またピシャッと叫ぶのと同じタイミングで雷が落ちる。何なんだ、“雷”の雨月ってキレキャラなの、か?

「ああもうっ! 早く帰ろうっ!」

「お、おう。待てよ雨月!」

 ポカンとする俺に気を悪くしたのか雨月はさらに声を荒らげて歩き出してしまう彼女の姿を追う。

「もう、またサイコロ振らなきゃだ!」

 舌打ちを思いっきりして、暴力的な彼女は適当に振る。こんなんで天候が左右されるだなんて、なんだか悲しくなってきた。

「………………!」

 再び戻って、みるみる顔を真っ赤に染め上げる“雨”、恥ずかしがり屋の雨月。

「雨月、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……じゃ、ないかも」

 階段でフラフラとよろめく。本当に大丈夫か? 冗談かどうかも分からない。

「とりあえず急いで帰るか」

 俺は勝手に帰路を急ぐことにして、雨月の後に続いた。

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雨の女神様 なみと @namito3

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