干物をとめ珍道中

俤やえの

第1話 極楽ペンライト


 先日、初めて応援上映なるものに参加した。

 ぶっちゃけると、私はライブやイベントには殆ど行ったことがない。

 三半規管が弱いからだ。

 どのくらい弱いかというと『ファンタスティックビースト~黒い魔法使いの誕生~』では開始十分で酔ったし、『第六九回NHK紅白歌合戦』でパフュームの最新テクノロジーを駆使したパフォーマンスを見て、元日は頭痛で起きれなくなる。──といった具合だ。

 画面や舞台を見続けるのは、二時間が限界である。

 ということで、私は観たい舞台やミュージカルは円盤鑑賞で楽しむ。

 ここ数年では、ディレイ配信やニコニコ生放送にお世話になっている。

 これがなかなかに素晴らしい。家で、部屋着のままリアルタイム観劇が叶っちゃうのだ!

 しかし、とある作品によって、満足がきかなくなった。

 二〇一九年一月から上映開始した、映画『刀剣乱舞』である。

 この映画の評判については、書くまでもないだろう。

 恰好いい若手俳優さんや大河俳優陣が、キレのある殺陣を展開し、清々しく物語を彩っていく映画だ。

 キャストの中には、舞台版の『刀剣乱舞』の役者が何人かいる。

 映画化決定当初から、私は胸の高鳴りを抑えられなかった。

「一八〇〇円で、大画面に映るキャストをじっくり見られる」

 舞台では顔を存分に愛でることは難しい。円盤はなおさらだ。

 欲望まみれの思考を言語化するには、語彙がいくつあっても足りない。

 無事映画を鑑賞できた時は、天にも昇る気持ちだった。

 降り注ぐイケメンパウダーを浴びて、心なしか肌の調子も良くなった。

 しかし、煩悩は膨らむ一方だ。

 その時点で、上映終了日は二月七日。しかも上映館数は一〇〇にも満たなかったのだ。

 原作「刀剣乱舞─オンライン─」はビッグコンテンツで、ファン年齢も幅広い。

 学生は、試験の時期だろう。ましてや、受験を控えているファンは、さぞやきもきしているに違いない。

 そもそも、近くの映画館がやっていないというファンも居る。

 私は純粋に悔しかった。

 この映画は原作「刀剣乱舞」を知らない層でも、心から楽しめる作品だ。

 しかも、三半規管の疲弊が少ない。映画館酔いする人でも、もしかしたら大丈夫かもしれない。

 映像技術には明るくないが、カメラワークやCGで酔うこともなかった。

 この点だけでも、好感は高まるばかりだ。

 是非、多くの人に、大きなスクリーンで観て貰いたい。

 その一心で、アンケートを書いたり、関連書籍を買いあさったりした。追いブロ(同じブロマイドを追加購入すること)もしてしまった。

 上映していない映画館に、問い合わせを入れるという驚きの行動も起こした。

「なるほど、私はここまでアクティブになれるのか」

 と、新しい自分を再発見しつつ、二回目の鑑賞を終えた。

 この頃から上映期間がじわじわと伸びだす。

 私は「フッフッフ」と怪しげな笑いが止まらなかった。

 見も知らぬ同志も、きっとガッツポーズをしたに違いない。

 ファンの行動が、間違いなく興行収入につながっている。こんなに嬉しいことはない。

 そしてもたらされたのが、応援上映実施の一報である。

 サイリウムやペンライトなどを持ち寄り(映画館によっては鳴り物もOKらしい。要確認されたし)、スクリーンに向かって声援をかけたり、拍手を送ったりするイベントだ。

 私は迷った。

 我が脆弱な三半規管が、果たして耐えられるのだろうかと。

 映画の音響に、人の声が混ざるとどうなるかもさっぱり見当がつかない。

 私は、猪のように突き進むのを止めて考えた。

 ひとまず〝応援上映〟がどのようなものか調べてみよう。

 そう決めて、体験レポート、観劇マナーなどを読んだ。

 結論から言うと、応援上映は好みが分かれるようだ。

 個人の意見だが、以下の項目に当てはまる人は難しいと感じた。

  ①映画は静かに観たい人。

  ②光や音を過敏に拾ってしまう人。

  ③イジりネタや野次が苦手な人。

 その日の体調によるが、私は思いきり②が当てはまる。

 しかも、応援上映の翌日は仕事だ。

 体力面から見て、ハードルが高すぎる。泣く泣く諦めるしかなかった。

 そして応援上映は無事盛況に終わり、翌日にはSNSで楽しげなレポートが飛び交った。

 レポートを読むと、自分も行った気分になれてとても楽しい。

 円盤が出たら、気の置けない友達と上映会をしよう。

 行けなかった寂しさを、そう思うことで忘れようとした。

 しかし、気を紛らわそうにも、年度末の職場は殺伐としすぎていた。

 ストレスはマグマのように煮えたぎる一方だ。

 これはちょっとやそっとでは発散できないぞ。

 頭を抱えた私に飛び込んできたのは、二回目の応援上映決定のニュースだった。

 土曜日の十九時台に開始。黙って座ったまま鑑賞するのではなく、劇場内一体となって楽しむイベント。

 ストレス発散にはもってこいじゃないか。

(ちょっと自分の殻を破ってみても良いのでは?)

 そう思った時には、もうネットでチケットを取っていた。

 出口に一番近く、前方が開けている席だ。

 考えてみれば、もし自分に合わなかったら黙って出ればいいだけの話なのである。

 この席ならば、途中退室したとしても、誰かの視界を遮ることはない。

 一気に気が楽になった私は、応援上映参加にむけて動き出した。

 こういったイベントには初参加であるから、むろんサイリウムやペンライトは持っていない。

 そもそも、この二つの違いがよくわからない。あるのは光る棒という認識だけだ。

「キンブレなるものが良いらしい」と聞き、「キンブレ 正式名称」とグーグル先生に質問するぐらいだ。

 折って使うのがサイリウム。ボタンでつけたり消したりするのがペンライトらしい。

 応援上映当日。

 まず、東急ハンズへ向かった。

 購入したのは『キングブレードアイライトピンク(八百四十二円也)』だ。

 使用方法は電池カバーを外し、グリップをつけてスイッチを押すだけ。

 おお……なんて便利な世の中になったのだろう。

 電化製品に疎い者でも、いとも容易く明かりを灯せるとは驚きである。

 私は電化製品と相性が悪い。そのせいか、よく友人から「生きてる時代がズレているのでは」と評される。

 フフン。なにさ、簡単じゃあないの。平成最後の二月から、私も電子社会の仲間入りさ!(この後、応援上映中に買いたてホヤホヤのキンブレが点滅する怪現象に見舞われることを、私はまだ知らない。やはり電化製品はニガテだ……)

 調子に乗った私は、映画館の売店で、塩味のポップコーンSサイズとジュースも買った。ポップコーンには魅惑のバターソースをかけてもらい、意気揚々と入場する。

 後で知ったのだが、応援上映は、他作品の予告なしで始まるらしい。

 コマーシャルの間にポップコーンを堪能しようと思っていた私は焦った。

 突然目の前に鈴木拡樹(主演俳優)が現れたのだ。

 溢れる歓声。ポップコーンを箱ごと抱える私。

 口の中はコーンがポップして、手は塩でべたついている。

 なんてこと。好きな人に、一番見られたくない姿を見られてしまった。(※妄想)

 塩にバターという禁断の組み合わせに、私の中で映画よりも食欲が勝ってしまったのだ。その事実に、ちょっぴり傷ついた。

 箱をポップコーントレイに戻し、手と口をウェットティッシュでいそいそと拭う。

 ジュースホルダーにトレイが設置できるだなんて、便利な世の中になったものだ。

 周りはすでにペンライトを準備していた。私も続いてキンブレのボタンを押した。

 熟練の職人がまぎれているのか、掛け声も絶妙のタイミングで入っている。

 ネタを織り交ぜたコメントが聞こえると、劇場がどっと沸いた。

 その一体感が楽しくて、夢中でキンブレを振った。

 笑い声や、呟きを我慢しなくて良い。その解放感がたまらなく心を浮き足立たせる。

 左手でポップコーンをつまみながら、私は思い切り堪能した。

 当初懸念していた劇場内にちらつく光もそこまで辛くはなかった。

 少し目が疲れたら、持っていった扇を翳して雅にやり過ごすという技を会得したからだ。

 今まで固唾を飲んで見守っていた場面で、声援を送れるのも素晴らしい体験だった。

 二時間はあっという間に過ぎ、エンドロールまで声援と拍手が止むことはなかった。 

 上映終了後、どこからともなく「お疲れ様でした」と声が上がる。

 ちょっと気恥ずかしかったが、私も隣のお嬢さんと挨拶を交わして劇場を出た。

 映画館には結構通うけれど、隣の人と「お疲れさまでした。楽しかったですね」と、話したことはない。

 はじめての経験だらけで、わくわくしっぱなしだった。

 こんなに楽しいなら、他の作品の応援上映も行ってみたいなあ。

 ストレスはすっかり霧散してすっきり爽快。

 ご機嫌で帰宅すると、家は真っ暗だった。

 こういう時のキンブレよね。

 振り足りないキンブレのスイッチを押した瞬間、トイレに行く途中の母と遭遇してお互いに悲鳴を上げた。

 もう少しキンブレに慣れなければと反省しつつ、キンブレは災害用バッグにしまい込んだ。仕舞う場所が決まるまで、あなたのねぐらはそこよ。キンブレ子ちゃん。

 今年は、今まで無理だと思い込んでいたものを少しずつ実行に移していきたい。

飛び込んでみれば案外簡単だったり、やっぱりまだ難しかったりするのだけれど。

「やってみたいな」を「やってみた」と挑戦する。

 そんな自分を、好きだと思えるから。

 心ときめく春は、もうすぐそこまで来ている。


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