ふとくす短編集
舛本つたな
1つめ:酒をのむ貧乏学生がふたり
手狭な畳敷きのボロ部屋で、学生が二人、コタツの上で顔をつきあわせている。
まるで当然のように二人とも男で、見るからに汚いなりをしていた。
綿毛がとびでた破れちゃんちゃんこを着て、まるでコタツからキノコでも生え出たように背を丸めている。その下では互いの足を蹴り合い、少しでも温暖な領土をと醜く奪い合っていた。
「君に、聞きたいことがある」
「おう」
「なぜ、こうも酒は旨いのか?」
口の欠けたガラスコップになみなみと、一升瓶を傾けた。
「それは君、難問だよ」
「難問なものか。だったら、なぜ、君は農学部なんてところに在籍している。酒のためだろう」
「決めつけるのはよくない。が、確かに酒のためかもしれん」
「おう。まずは呑め」
なみなみと注がれた向かいの学生は、酒で濡らした舌をまわしはじめる。
「しかし、君。酒というのは、つまるところ化学反応。発酵だ。うん。つまり、グルコース、フルクトース、まぁ、糖ならなんでもよい。これを酸素のないところで微生物に食わせる。酸素がなければ、君、微生物だって苦しいのだよ。やつらは苦し紛れに消化不良をおこしてアルコールを排泄する。つまり、酒とは下痢みたいなもので、」
「まてまて、そこになおれ」
コップをコタツに叩きつけ、力士の張り手のごとく手を突き出した。
「これだから理系はいかん。酒の旨さを聞いて、酒が不味くなるような話なんてあるか」
「なんだ、随分なこというね」と理系が、突き出された手をぴしゃりと払う。「だったら、革命家気取りの文学部、君ならどう説明する?」
「文系は理論を持たない」
「あの世のデカルト先生に酒瓶を投げつけられるようなことを言うんじゃないよ。まぁまて。例え、理系に理論があっても、酒で間違う学者は数多い。一方で、同じくらいの文学者が酒を歌っているだろう」
「俺に歌えと」
「馬鹿いえ、音痴なんて聞いたらよけいに酒が不味くなる」
ぐいっ、と飲み干して、また注がれる。
そうやって、貧乏な学生は貧乏なまま。身なりはいっこうにお洒落とは無縁で、青春は浪費されていき、今日も夜は更けていった。
ふとくす短編集 舛本つたな @masumoto_tsutana
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