第27話 意味もなく空は
「日向君、もう5年も前なのに来てくれてありがとうね」
「いや、違うんです。今まで来なかったのがおかしいんですよ、もっと早く来れば良かった」
僕はそう言って仏壇に手を合わせた。
「日向君は佑輝とよく遊んでくれてたもんね」
「逆です、遊んでくれたんですよ佑輝は」
佑輝のお母さんは少し微笑んだ。
「佑輝はね、日向君のこと本当に信頼していたから…」
その言葉を聞いて胸が痛む。
信頼してくれていたのに僕は佑輝を助けなかったんだ…
「あいつは俺のことを1番理解してくれてる!って佑輝言ってたから、だから5年前のあの時も…」
佑輝のお母さんは仏壇の遺影を眺めて言った。
「たぶん佑輝が決めたことだと…私はそう思ってるのよ…」
佑輝のお母さんは懐かしそうな顔をして切なげに、それでいて強く言った。
まるで自分に言い聞かせるように…。
「お邪魔しました。また来年挨拶に行きます」
僕はそう言って頭を下げた。
佑輝のお母さんはその言葉を聞いて言った。
「ありがとうね。でも、あなたは悪くない、だから次は遊びに来て欲しいの。たぶんそっちの方が佑輝が喜ぶわ」
佑輝のお母さんは優しく笑った。
たぶん、心の底からそう言ってくれた。
河川敷沿いを歩いて帰る。
時間は6時半。
夕焼けが目を刺す。
何で空は赤くなるんだろうか?
「あっ…」
河川敷の横の階段下から聞こえた。
そちらを向くと沙耶だった。
沙耶はリオンの紙袋を持っていた。
「ヒナ兄…」
「よう…沙耶…」
ぎこちない挨拶。
沙耶は階段を上がって僕の横に来た。
何か言うわけでもなく並んで歩く。
「なんだか…久しぶりな感じだね…」
話すのを始めたのは沙耶だった。
「そうだな…」
そうやって話は途切れた。
ぬるいコーラみたいな空気が流れた。
その空気は爽やかさを無駄に求めていた。
「3日後だね、祭り…」
沙耶は話す。
「3日後か…意外とすぐだな…」
「今年は花火が打ち上がるんだって、だからさ…」
僕は沙耶を見た。
「ヒナ兄、一緒にお祭り行こ?」
「うん」
考えるより先に返事を言っていた。
「良かった…」
沙耶は微笑む。
そうやってまた話は途切れた。
話が続かないのは何かがすれ違っているからだ。
「あの…さ…」
また沙耶が話し始めた。
「楓ちゃんの為に佑輝兄ちゃんのふりしてるの…?」
すれ違いは無くなった。
あぁ…そうか…そこからだったな…。
沙耶には話さなくちゃいけないな…。
「僕は…」
ミーンミーンミーン…
久しぶりに鳴いた蝉はあまりにもタイミングが悪かった。
でも、ダメなんだ。
「僕は…5年前のことがまだ許せないんだ」
沙耶は首を傾げて僕の目を見た。
「佑輝を助けなかったのは楓の事が好きだったからなんじゃないかって、思うんだ…」
夕陽はゆっくりと遠くの山に少しずつ消えていく。
「佑輝を助けなかった、助けられなかったんじゃない。助けなかったんだ」
僕は無感情に言った。
僕達の頭上をカラスが夕陽を追って山へ。
「違うよ」
沙耶の声が頭の中の蝉の声を遮った。
「ヒナ兄は逃げてるだけだよ」
僕の目をまっすぐ沙耶は見ていた。
「ずるいよ、卑怯だよ」
沙耶は僕から目を逸らした。
「皆、辛いんだよ。5年も前だけど、5年しかまだ経ってない。だから…」
沙耶は前をまっすぐ見て。
「これからも、“まだ何年しか経ってない”って背負ってくんだ。ヒナ兄と楓ちゃんはまだ逃げてるよ、佑輝兄ちゃんの死から」
僕はその言葉がすんなりと心に入った。
ずっと思っていた。
僕は何で楓を先に助けたのかって。
理由を探した。
結論は、僕の勝手で佑輝を助けなかったから。
そう思う事で僕自身を責め続ける材料を無限に供給し続けた。
その間、佑輝の死を背負わなくて済んだから。
佑輝の死は僕には重すぎたように感じたから。
だから僕は佑輝のふりをしたんだ。
佑輝が“いる”ことにしたんだ。
「ヒナ兄…私達は背負ってることが普通になるように“もう何年も前だね”って言うんだよ」
沙耶は変わらず前を見ていた。
「だからヒナ兄…言わせて?」
沙耶は僕の目を見て言った。
「もう5年も前なんだよ?」
沙耶のその言葉は強制的に僕に佑輝の死を背負わせた。
重い。
重いから。
だから…涙が出るんだね…。
僕は佑輝への涙を5年もかけてやっと泣いた。
沙耶は泣いている僕を抱きしめた。
忘れていた。
意味もなく空は赤くなるんだった。
祭りまであと3日。
あの夏の蝉はもう泣かない 土野絋 @tutinoko1925
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