第7話 謎解き
皆で待ち構えていると日が落ちてからやっとビジャは現れた。たった二日というのにさらに焦燥の跡がひどい。ガズハはちょっとだけ気の毒になった。もったいぶらずに一昨日教えてやっても良かったかもな。少しだけ困らせてやるつもりがまるで別人みたいじゃないか。
「たった二日なのにどうしたんだ?」
「良く分かりませんが、どうやら私は呪われているようです」
「呪われている? 随分大げさだな。だいたいお前に呪いをかけられる奴なんてそんなにいないだろう?」
「私も魔法と魔法防御に関してはかなりの才能があると思っておりましたが、単なるうぬぼれだったようです。もうすっかり自信を無くしました。こうなったらガズハ様に再び魔王の地位についていただくほかはないと……」
「ちょい待ち。領内の殺人事件ひとつでどうしてそうなるんだよ」
「勇者の覚醒から私の為すことはすべて裏目に出てばかり。やはり私には荷が重いと思わざるをえません」
「心身が弱ってるから呪いも効力を発しているんだろう。まあ、あの事件について俺の考えを話すから、それを聞いてからでもいいんじゃねえか」
「お聞かせ願いますか」
「最初に断っておくが、オゴリを手にかけた実行犯までは分からないんだ」
固唾を飲んで聞いていた一同がガクッとなる。
「父上。さんざん気を持たせておいて何ですかそれは」
「さすがにこの場面でその台詞はないと思います」
「ガズハ様……」
「慌てるなよ。少なくとも共犯は分かってるんだ。共犯というか黒幕だと思う。実行犯はそいつを締め上げればすぐ分かるさ」
皆の目が注がれる中、ガズハは犯人の名を告げる。
「オゴリの妻のバーガさ」
「父上、どうしてバーガなんですか?」
「あの大剣は女性の力で扱える代物ではありませんが」
「ガズハ様。適当なことを言ってるんじゃありません?」
ドゥボローを除く皆が口々に疑問を口にする。
「よし。じゃあ、順を追って説明するぞ。まず、ビジャールが犯人ってのがあり得ないんだよ。つーか、それが分からん時点でやっぱりお前は疲れてんだよ、ビジャ」
「どういうことでしょうか?」
「だって、お前も初めて訪れた他人の家には家主が招き入れない限り中に入れないだろ? だから俺んちに一昨日来た時も外で待ってたんだろうが」
「あ……」
「ビジャールに対して路上でくってかかったオゴリが家に招き入れるはずがないんだ」
「詫びを言いに来たとかなんとか言って嘘をついた可能性もありますが」
「わざわざ自分の物であることがすぐ分かる大剣を持ってか? そんなもの隠しようがないし、そんな物騒な物を持ってる相手を家に入れるわけないだろ」
「それはそうですね」
「それなのになんでバーガはビジャールのマントを見たと言ったんだ? おかしいよな。そもそも、鏡に映った姿を見たというのがもうね。そんなはずはないよなあ。吸血鬼が鏡に映るか?」
「あ、あ……」
「ようやく見えて来たみたいだな。さっきから『あ』しか言ってないぞ。ビジャ。だからな、バーガは嘘をついている。そういうわけさ。簡単な話だろ」
「父上。素晴らしい推理ですわ」
シャーナが感嘆の声をあげる。うっとりとしていた。
「父上。言われてみれば簡単な話でしたね。気づけなかった私の不明が恥ずかしいです。父上」
「ハンノは吸血鬼との付き合いがないだろ。知らなくてもしょうがないさ」
「私はまったく見えてなかった。言い訳はできません。やはり私は愚か……」
「はいはい。そこまで。ビジャ。お前は心労がたたってまともに物を考えられる余裕が無かったんだよ。俺がいつ乗り込んでくるかそればかりを気にしてたんだろ?」
「おっしゃる通りです。そのようなお考えではなかったのですか?」
「俺も当初はそれを考えないでもなかったが、お前の首刎ねたら、後任探さなきゃいけないじゃん。それはそれで面倒だし」
「ガズハ様が復位されれば」
「もうやりたくないね。俺はこの村の世話をするので手一杯。なのでそっちはそっちで好きにやってくれ。俺んとこに二度とちょっかい出さないならな」
黙り込んだビジャを見て、ドゥボローが口を挟んだ。
「ところで陛下。どうやってオゴリに大剣を刺したのでしょう?」
「あれ? それは最初に俺が言ったけど忘れた?」
訝しそうな顔をするドゥボローにガズハは言う。
「なんだ。さすがのお前でも分かってなかったんだな。この話を最初に聞いた時に俺は何と言った?」
「ダモクレスの剣と……。あああっ。そういうことだったのですね」
「そういうことだ。オゴリが入って来る前に既に空中に剣が浮いていたのさ。たぶん、店の看板を浮かせてる誰かがやったんだろう。その下には金貨を置いておく。それに気づいたオゴリが屈んだところを鍵穴から見ていて魔力を切れば……どん。見事に剣の自重で串刺しさ。天井の高い部屋なんだろ?」
皆の感嘆の眼差しに少し照れくさそうなガズハはピジャに告げる。
「これが俺の回答だ。すぐに戻って答え合わせをするんだな。きっと、皆で称賛するぜ。魔王はやはり賢いってな」
「ガズハ様。では……」
「ああ。俺はこの一件については知らぬ存ぜぬ。お前の手柄にすればいい。このことを知っているのはここにいる者だけだ。そうだな。ここに来たのは昔の諍いの和解に来たとでも言っておけばいいだろう」
ビジャが帰った後で、シャーナがガズハに唇を尖らせながら言った。
「父上の華麗な推理力が世間に知られないのは残念な気もします」
「そのせいでオレンジの種が送られてきてから叔父の様子がおかしいだの、姿をみせない下宿人の正体が気になるだの、色んな事件の話が来ても煩わしいだろ。だから、いいのいいの」
「お話が良く分かりませんが、それもシンハどのからの受け売りでしょうか?」
「そんなもんだな」
「父上が急にそんな話を持ち出されると頭をどうかされたのではないかと心配になりますのでやめてください。ところで最後に一つお伺いしたいのですが、ロダン達に何の話を広めさせたのですか?」
「ああ。ガルコーンの錠の話? こう言わせたのさ『ガルコーンの錠だろ。そりゃ性能に間違いないさ。あのガズハ様ですら喧嘩した奥方が部屋に籠ったとき、ガルコーンの錠に手も足も出ず、頭を下げて詫びをいれたんだぜ』ってな」
「父上、そんなことがあったのですか?」
「傑作だろ。もちろん作り話だ。俺はシーリアと喧嘩したことなんてないもの」
ガズハの惚気話を聞いたシャーナはその夜失意の涙に枕を濡らして眠りにつく。その八つ当たりの呪詛が向かったピジャが体調を崩して死にかけたのが、この事件の最後の余波となった。
殺人事件の解決依頼? お前どの口で頼んでるの? 新巻へもん @shakesama
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