第6話 現場検証
ロダンは自分の家に引き上げていった。ハンノに部屋を譲る形で今はガズハの家に同居していない。ロダンはほんの一瞬だけでも事件について考える気はなく、老兵達と酒盛りをしたあげく寝てしまう。ハンノは父との会話を反芻しつつ再度考えをめぐらしてみたが、ぐるぐると回るだけで新たな考えは浮かばない。
ドゥボローはガズハが一定の答えに到達していることを確信し考えるのを止めた。寝る前に家の各場所の見回りをいつも以上に熱心に行ってベッドに入る。ドゥボローが責任を負い関心があるのはガズハとその周辺の人々の安寧であり、そこにすべての注意力を向ける必要があった。
そして、シャーナは自室のベッドでビジャへの呪詛の言葉を漏らしていた。
「あと、もうちょっとだったのに。本当にタイミングの悪い男だわ。あんな奴もっと悩んで心労でやつれればいいのに」
父のお熱を測り損ねた苛立ちにどす黒い感情が渦巻く。
でも、そんなしょーもない相手の為に真剣に考えてあげる父上の横顔はとーっても素敵だったわ。隠し場所から大切なガズハちゃん人形2号を持ち出してくる。以前の1号に比べだいぶガズハ感が向上したうえ、父の古くなった枕で服を作ってあるので、そこはかとなく父の香りが楽しめるのがポイントであった。
昼間しそこねた行為の代わりを人形相手に再現する。人形の額に熱い吐息がかかり、ふっくらと瑞々しい唇がそっと触れる。その瞬間からシャーナの脳裏を占めるのはガズハ一色になった。事件のことは微塵もない。人形を抱きしめながら、より過激な夢想の世界に落ちて行った。
翌朝、ガズハは厨房に立ち、朝食の用意をしていた。得意のカーシャ作り。魔王を退位してから始めたその技も円熟の時を迎えていた。手早く器に盛りつけ、つけダレと共に食堂に運ぶ。タイミングよくロダンもやってくる。
「相変わらずいい鼻してるな」
「もう二人で朝食は済ませて来たので結構ですよ」
「お前の分も用意してあるんだ。遠慮せず食え」
全員でテーブルにつき食事を始める。みな無言で食べた。
「父上。美味しうございました」
「いつもながら見事なお味でした。父上」
誉め言葉にガズハは相好を崩す。ひょっとすると私はついにカーシャ作りの頂点に立ったかもしれない。我ながら自分の才能が怖いな。
「あー。ガズハ様。お取込み中申し訳ありませんが、そろそろ出立します。ガルコーンの件いかようにすればよろしいので?」
ロダンが空中をにらんでニヤニヤしているガズハに問いかけると、ガズハはごにょごにょと耳打ちする。ロダンは目を見開いた。
「本当にそんな話をしていいのですか?」
「噂を打ち消すにはもっと面白い話をぶつけないとな。別に俺は構わんよ」
「そう言われるのであれば……かしこまりました」
ロダンが家の外に出て身をゆすると銀狼の姿になる。ドゥボローが恐縮しながら跨ると勢いよく駆けだした。
二人が戻ってきたのは翌日の昼過ぎ。客間に腰を落ち着け、めいめいが寛いだところでガズハが会話の口火を切る。
「どうもご苦労さん。大変だったろう?」
「いや。大したことはありませんでした。2・3カ所現場を見た後は酒場をはしごして言われたように話してきただけですし」
「ふーん。それでうまくいきそうか?」
「ええ。何件目かの店では俺達が入っていったときにはもうその話題が出てました。たぶん、もうガルコーンの製品に対する疑念は消えたと思いますよ」
「そりゃ良かった」
「陛下、本当に良かったのですか。あのような話」
「いいの。いいの。それより現場見てきて何か思うところはあった?」
「犯行現場も見てきましたが、やはり正面の扉以外に出入口はなさそうです。窓もない部屋で天井こそ高いものの監獄みたいなところでした」
ロダンは酒で喉を潤すと言葉を続ける。
「部屋の床の絨毯には転送の魔方陣の痕跡も見当たらず。まったく魔力が走った跡はなし。まあ、あの部屋には被害者しかいなかったんじゃないですかね」
「廊下の鏡は?」
「ドゥボローにその先の窓辺に立ってもらって確認しましたが、一応場所によっては見えなくもないって感じでした」
「そうか。俺はもう聞きたいことはないや」
「え? もういいのですか?」
「うん。まあね」
「父上。もったいぶらずに考えを教えてくださいませんか?」
「焦るなよ。もうすぐビジャの奴も来るだろうし。その場で言った方が盛り上がるだろ」
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