第5話 話し合い

 ビジャが出て行くと、シャーナがふーっと息を吐いた。やはりどうしても吸血鬼を前にすると緊張してしまう。本来ならばそのように身構える必要などなかった。シャーナ一人でも防御に徹すればビジャから身を守ることは難しくない。師匠に徹底的に防御戦闘を叩き込まれているからだ。


 ましてや、客間にいたそれぞれが規格外ぞろいときている。父ガズハは別格として、ロダンとドゥボローも卓越した技量の戦士だ。そして、兄はその気になれば、その拳で文字通りビジャを叩き潰すことが可能だ。魔に属する者に対しては圧倒的な破壊力を有する勇者なのだから。


 色々あって実年齢よりももの知らずなところがあり、時に妙に幼く見えてしまうことがあるハンノだったが、シャーナの優しい兄であることには変わりが無い。シャーナに危害が加えられようとしたら座して見ているだけなはずはなかった。


 そのハンノがガズハと議論を始めた。

「やはりオゴリの部屋には誰かが潜んでいたのではありませんか?」

「なんでそう考える?」

「だって、誰かがオゴリに剣を刺したのですから犯人がそこにいたと考えるのが自然です」


「仮にそうだとしたら、部屋の錠がおりていたのはどう説明するんだ?」

「もう一つ鍵があってそれを使ったとかでは?」

「話を聞いただろ。ガルコーンの錠なんだ。あいつの錠に対応する鍵は一つしかない」


「では魔法で開錠し、また施錠すればいいでしょう?」

「まあ、無理だな。この俺でもあいつの錠は破れない。そんな優れた魔法の使い手がいるとも思えんが」

「でも、いないとも限らないですよね」


「それだけの力量がありながら、世に知られていないというのは無理があるんじゃないか。まあ、いいや。不存在の証明は困難だからな。仮にそのスーパー魔法使い殺人者が居たとしてその後は?」

「オゴリの妻が目撃したというように廊下の先の窓から逃げ出したんじゃないでしょうか」


「じゃあ、そいつの動機は?」

「金品が持ち出された様子はないとのことでしたので、やはり恨みと思われます」

「おかしくないか? 背後から大剣でズブリというのは一見惨たらしいけど、あっさりしすぎなんじゃないかと思うんだよな」


「あっさりですか?」

「もし恨んでいる相手がいたら、すぐには死なないようにじわじわ痛めつけたいと思うぞ。俺ならそうする。喧嘩でカッとなって刺すっていうなら分かるんだけどな」

「それだけの時間がなかったんですよ」


「そう。それならなんでわざわざ時間がないあの場所で殺したんだろうな。オゴリは金持ちだが常に誰かにガードされてるわけじゃない。家と店の往復の途中で攫ってしまえばあとはこっちのもんだ。わざわざ相手の家でというのがなあ」

「そう言われると……、では父上の見立ては?」


「俺の考えを話す前に他の人の意見を聞きたいな。ロダン?」

「さっぱり分かりません」

「というより考える気がないな」

 ガズハが苦笑する。


「ドゥボロー、お前はどう思う?」

「気になるところはいくつかありますが、考えはまとまりませんです」

「いいから、気になるところってのを言ってみろよ」


「まず、先ほど話題になった点ですが、現場から犯人がどうやって出たのかです。それと、どうして大剣を残していったのかも気になります」

「だよなあ。わざわざ自分の持ち物を残していく馬鹿はいないよな」

「はい。他の点は手際がいいのに剣を残していくのが不自然と思います」


「お、なかなか、いい着眼点だな」

 ドゥボローがじっとガズハを見つめる。

「なんだよ。そんな目で見て」

「陛下はもう答えがお分かりなのではありませんか。どうもそんな気がしてなりませんが」


「一応仮説はあるよ。だけど他の人の意見も聞いて検証したいんだよ。それに、最後に言う方が有難味があるだろ。で、シャーナは何か意見がある?」

「私も考えがまとまりませんが、吸血鬼という種族と刺殺という手口が相いれない感じがします」


「そうだな。まあそう思わせるためにわざと刺殺を選んだのかもしれないけどな」

「父上、混乱させないでください。ますます分からなくなります」

 ははは、と笑うとガズハはとりあえず打ち切ることを宣言した。

「じゃ、一晩それぞれで考えてみてよ」


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