あの件は座敷わらしのせいなのよ

桑原賢五郎丸

第1話

 3日前の朝、朝食のために卵を取り出そうと冷蔵庫のドアを開けた。


 たまごのところ、むき出しの電球が3つ並んでるんだけど。


 説明したところでわかってもらえるかどうか不安だが、卵を挿して並べる、あの穴がポコポコ空いた部分に、

 電球 卵 電球 卵 電球

 と、いわゆる普通の電球が口金を下に向け、ちょうどよく収まっていたのである。子供向けの間違い探しのようなその光景は、私の手と頭を5秒ほど停止させるには十分な威力があった。


 電球に触れないようにそっと卵のみ取り出し、静かに冷蔵庫のドアを閉める。割れたらなんとなく良くないことが起きる気がする。そんな気がする。

 目玉焼きを焼いている時、昨晩のことを思い起こしてみた。酔い過ぎてなんかしたのかと思っていた。だが、そういうわけではないはずだ。

 なぜならば、そのタイプの電球は家で使えないので買うわけがないし、何よりもその分の金額が財布から減っていない。調べたところ一つ800円ほどするのである。そんな高いものを遊び半分で買うことはしないはずだ。


 もう一度冷蔵庫を静かに開ける。やはり電球はそこにある。

 納得はできないながらも、考えるだけ時間の無駄のような気がした。静かに取り出し、タオルに包んで押し入れの一番奥に封印してから会社へ向かった。



 2日前の夜のこと。仕事がなかなかはかどらず、家に着いたのは23時を回った頃だった。

 一応説明しておくと、私はイラストレーターの仕事をしている。小説の挿絵なども描かせてもらうことはあるが、多くは未成年には見せてはいけないものだったりする。売れないイラストレーターに仕事を選ぶ権利はないのである。


 着替えながら考えるのは、入浴後のビールのことだった。テレビCMではないのだから、缶のまま飲むことはしない。通販で取り寄せた愛用の薄手グラスを20度ほど傾けつつ、ゆっくりと金色の液体を滑り込ませ、最後は少し荒々しく高い位置から注ぎ泡を立てる。そして泡が落ち着くまで30秒ほど待つ。

 この時間の為に生きているといっても過言ではない。

 三十路過ぎた女の幸せとしてはどうなのだと問われるかもしれないが、そこは人それぞれなので。


 浴室から出て、髪を拭きながらいそいそと冷蔵庫へ向かう。よく冷えた500mlのビールが私を待っている。

 冷蔵庫のドアを開けた。テニスボールの缶が並んでいた。

 冷蔵庫のドアを閉めたあと、もう一度開いた。ビールではなく、やはりテニスボール、それもボールが4個入った缶が並んでいた。

 下唇を、強めに噛んだ。血の味がした。



 そして今、食卓で腕組みをしてる私の前で、醤油差しサイズの砂時計がゆっくりと時を告げている。

 もうおわかりだろう。醤油差しが砂時計に。いや、おわかりにはならなくていいです。自分も状況が飲み込めていないのだから。

 今回の状況を説明する。給料日だったので奮発し、近所のスーパーで30%OFFの刺身盛り合わせを買った。発泡酒でなくビールも買った。シャワーを浴びた。鼻歌まじりに配膳し、醤油が砂。

 砂時計の大きさが醤油差しとほぼ同じだったので、小皿に傾けるまで気づかなかった。驚きすぎて変な声で笑ってしまった。


 塩で食べる刺し身は悪くなかったが、やはり醤油が恋しいなと思いながら砂時計を眺める。

 電球にせよテニスボールにせよ、私の生活に全く必要がないものだ。電球は使えないし、テニスはラケットを握ったことすらない。砂時計に関してはインテリアとして使えるのかもしれないが、それよりも醤油が欲しい。


 そろそろ本腰を上げて、何が起きているのか考えなければならない。

 まずこれらのいたずらは、他の誰かの手によるものか。違うはずだ。

 なぜならば昼間、私が会社に行っている時、部屋には誰もいない。金目のものも無くなっていない。

 ならば自分でやったことを忘れているのか。

 それも違う。最近は買ったものを携帯電話のカメラで撮るようにしているので、証明が残る。

 とすると、超自然現象というものか。座敷わらし的な。そんなバカなことがあるだろうか。


 視界の隅に動きがあった。

 刺身盛り合わせのパックが消えた。次の瞬間、机の上にはマカダミアナッツチョコレートが置かれていた。


 恐怖は無かった。

 というかここまで来たなら姿を見せてほしい気もする。座敷わらしなのかどうかは知らないが。

 思い返してみると、無くなったものよりは少し値段が高いものが置かれている。似たような形状である必要があるのかどうかは分からないが、やはり財を呼ぶという習性に偽りはないのかもしれない。


 だけど、元々あった卵はどうしているのだろう。電球の代わりにピカピカと天井で輝いているのだろうか。今はテニスの国際大会が行われているが、ボールが足りなくなったりしていないだろうか。家族団欒のお供がマカダミアナッツチョコレートから刺し身のパックに変わっていたら、子供は泣くのではないだろうか。

 どちらにせよ、私にどうにかできることではない。そんなことで気を病むのも、なんというかアホらしい。

 その後も、いろんなものがなんとなく無くなり、少しだけ高いものになって返ってきていた。



 ある春の午後。テレビは新元号発表の報道一色である。

 その日は日曜日ということもあり、少しだけ軽やかな気持ちになっていた。何しろこんな国民的イベントはめったにあるものではない。

 明日は依頼されていたイラストを持っての打ち合わせがある。もしかしたら、18禁だけど新刊の表紙になるかもしれない。プリントアウトし、出来栄えをチェックする。

 未成年お断りの作品は、自分で言うのもなんだが、かなりどぎついものだった。


 もう少し赤みを強くしたほうがいいかな、表情はもっと崩したほうがいいだろうか。思案しているうち、いよいよ新元号発表の時間が近づいてきた。

 官房長官が、新元号が書かれた和紙を手に登壇する。

 その時、私の指からプリントアウトしたイラストが消え、代わりに何かの漢字が書かれた紙が、あらわれた。

 テレビに目をやると、官房長官はおびただしいフラッシュの中で、特殊な、それはそれはもう特殊としか言い表しようのないシチュエーションの、18禁イラストを誇らしげに掲げていた。

 あろうことか国家的発表の場で、恍惚とした表情の耳長女性がダブルピースをしている様が、全世界に生中継されてしまった。


 テレビを消し、頭から布団をかぶってガタガタと一日中震え続けた。

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