[六]
ハッと、倖希が気がついた時にはもう窓の外は白くなっていて、朝日こそは若干の黒みを帯びた雲で見えなかったものの、ずっと遠くにある住宅地まで見渡せるほどには晴れやかな空気が漂っているようである。だが付近の道路やしまうたやに目を落としてみると、そこはかとなくどんよりとしているので、やはり雲行きは怪しいらしい。それよりもこの薄暗いのはその雲のせいだとすると、もしかしたら停車駅をいくつか逃してしまったかもしれず、倖希は今列車がどこを走っているのか気になったのであるが、いまいち頭がぼうっとするので雨の気配を心配しつつ車窓を眺めていた。と、ちょっとして、
「次は横浜、横浜、――」
という車内放送が流れてくる。ということは、次の駅は終点の東京なのか、意外と時間が経ってしまっていた。ならそろそろ、この胸に抱きついて一向に起きる気配の無いお姫様を起こさねば。…………そうは思ったもののもう少しだけ、愛しい彼女の温もりというものを感じていたかったから、二三回ゆっくりと頭を撫でた後に背中をポンポンと叩いてやる。
「んんぁ、――なに、なに。…………」
「そろそろ着くよ。初希、起きな」
「――ああぁ、…………おはよ、お兄ちゃん。…………」
のっそりと体を起こすと初希は、まだまだ寝たり無いのかひどく眠そうな目を手でゴシゴシと拭っている。
「んぁー、…………だめ、ねむい。…………ついたらおこして。………………」
そう言って再び倒れ込もうとしてくるので、倖希はそれをやんわりと拒否した。
「うちに着いたら好きなだけ寝ていいから、今は頑張って。…………」
だがやっぱり眠気が勝るのか、ほとんど正座に近い状態であるのにしっかりと体を倖希に寄り掛けつつ眠るので、彼はすっかり諦めてしまうと、結局東京駅に着くまでそのままの体勢を保ち続けたのであった。
駅に着いてみると、相変わらず天気はどんよりとしているどころか、霧がかかったように建物という建物がぼんやりと佇んでおり、これなら今直ぐに降り出してもおかしくないな、と思いつつホームに降り立った倖希であったが、初希と手を繋いでいるせいで心持ちは穏やかと言えば穏やかであった。ところが、先程急いで飲みきった酒の瓶を捨てているうちに、さぁさぁと、小雨が降り出したかと思いきやそれは段々と大降りになり、しまいには風を伴って駅の壁に打ち付け初めてしまった。周りを見ると、素知らぬ顔で歩いている人も居れば、頭を抱えて外をじっと見つめている人も居る。
「ん? どうしたの、お兄ちゃん?」
「―――いや、なんでもない。行こう」
「ん、……………お兄ちゃん」
「あん?」
「手、手だよ!」
そういえば、酒の瓶を捨てる時に離したのだった。
「おう、……すまんすまん」
と倖希は言い、差し出された手を取って歩き始めたのであるが、そういえば実家に傘を忘れていることに気がつくと、ついつい足が止まってしまった。
(おわり)
陽昇 鏡禾一楊 @ichiyau
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