The Settlement 謎テンションがもたらしたもの、それは……


 昨夜、寝る前に妻がニヤリとして言った。


「あなた。明日、お買い物付き合ってくれない?」

「…… 病み上がりなんだから、大人しく寝てた方がいいんじゃない?」

「まあ、そう言わずに。いいでしょ?」


 あのニヤリ顔は絶対何か企んでいる顔だ。

 とは言えこちらにはドでかい弱みがある。

 ここで突っぱねて機嫌を損ねると大ごとになる。


「まあ、別にいいよ。無理すんなよ?」


 そういうわけで、今日の休み、二人で家から車で1時間ほどの海底トンネルと海上橋を通ったところにあるアウトレットに向かった。


 もうすぐでアウトレットに付くという海上橋の上。

 青空、暖かい日差し、キラキラとまぶしい海。

 思いのほか気持ちのいいドライブになった。


「サングラス持ってくれば良かった。まぶしいよ」

「ふふふ、いい天気になったね」


 助手席でにっこり笑う妻の横顔。実はそれが一番まぶしいかもしれない。


「ねえ、あなた」

「ん?」

「今日はわたし、買うわよ」


 なにを気合い入れてるんだ、こいつは。


 妻のリミッターの外れた買い物は怖い。それは今までの割と長い付き合いでよく分かったいた。


 妻の経済感覚はちょっとおかしい。

 スーパーで198円と225円のじゃがいもがあったらどちらを買うか禿げるほど悩むくせに、19,800円と22,500円のワンピースだったら必ず高い方を即断する。

 金額が高くなるほどこの傾向は顕著になって、例えば198,000円と225,000円の二択になったら、安い方にはおそらく見向きもしないだろう。ひどい場合は「うーん、考えるの面倒だから両方買っていい?」とか言い出す。今のところそういう超高額二択の場面にあまりならなかったのが幸いだった。


 結婚して何年目かで妻のこのクセに気が付いた。たぶん妻は数字がでかくなると、理解ができなくなるんじゃないかと思う。思うだけで言わない。言って機嫌を損ねるとひどい目にあうことは間違いない。


 アウトレットに付いて車を止めると、まずは妻と別行動した。

 こういうアウトレットは思い付きで来た時の方が収穫物があることが多い。

 今日もちょうど手袋とマフラーが安くなっていた。今シーズンはもう出番がないかもしれないが、買っておいた。Yシャツとネクタイも意外といい掘り出し物があった。


 妻と合流してフードコートでお昼にする。妻は紙袋を3つほど抱えていた。気合い入れた割には大したことないな、と思った。


「何買ったの?」

「小物をぱらぱらとね。ここまでで2万円ちょいかな。午後はいっしょにまわろ?」

「へいへい」


 午後。


 まずは靴。妻は豪快に3万円の靴を即決して買う。


 そして有名ブランドで財布。これも3万円の財布が気に入ったと言って、こちらの表情を窺う。妻が少し前から財布を欲しがっていたのを知っていた。今の彼女の財布は隅が少し破れてきている。破れた財布なんて縁起が悪いことこの上ない。


「それでいいんじゃない?」と言ったら妻は嬉しそうにレジの列に並んだ。


 最後に有名ブランドの服。4万円のコートと6万円のコートを並べてちょっと悩んでいる。何度も試着して「どうしようかなあ。どっちがいい?」としきりに聞いてくる。さすがに宣言しただけあって買い方が豪快になってきた。が、いつもの妻なら高い方に即決するはずなのだが……。


「そりゃ、6万円の方だろ。色も形もそっちの方が似合ってる」


 多分、背中押してほしいんだろうな、と思ってそう言ってやった。妻はにこやかかつ爽やかに「やっぱりあなたもそう思う?」と言って、高い方を買った。やはり最初から6万円の方狙いだったんだな、と思った。


 そして、夕方。帰り道。


 海上橋の夕暮れはオレンジ一色。

 このローアンバーが染みてくるような風景が私も妻も好きだった。付き合っていたころ、よく用事もないのに車でここに来たことを思い出す。


「今日はたくさん買ったな」

「うん。久しぶりにアンリミテッドしちゃった感じ」


 妻は一仕事終わってビールを飲んだ時のような表情をしている。


「英語で言うとかっこいいけど、ただの爆買いじゃん」

「ふふふ」

「……実はさ、俺こないだギター衝動買いしちゃったんだ。黙っててゴメン」

「なるほどね。ギターだったのね」


 妻は知ってたよ、と言わんばかりにさらりと言ってのけた。


「割と高いものをなんか買っちゃったんだろうな、とは思ってたのよ」

「お見通しでしたか……」

「うん。パソコンかな、と思ったけど違ったね」

「いや、ほんとゴメン。お小遣いから出すから」

「そんなの当たり前よ。逆にあなたの小遣いで何買おうと別に好きにしてくれていいのに」

「そうなのか?」

「で・も・ね。買ってからわたしにナイショにしてたのは許せないわね。小さな嘘がいつの間にか大きな隠し事になってくから」

「まあ、その通り。返す言葉もないです」

「ということで。あなたには罰を受けてもらったから」

「受けてもらった?」

「うん」


 ここで妻は今日一番の笑顔をこちらに向けた。輝く夕陽がちょうど背後になって、その笑顔は怖いぐらいに美しい。


「今日の買い物、全部あなたの家族カードで払ったから。ちょうどそのギターと同じぐらいの値段になってるんじゃない?」


 えええー、そりゃないぜ。

 それで最後4万円と6万円どちらにするかしつこく聞いてきたのか。

 ということは何か。もともと23万円のギターが12万円で買えた!と喜んでいたのが、倍になってるってことか。

 なんだよ、新品買ったのと変わらないじゃん!



「ちくしょー!やられた!」

「あなたの詐欺にはもうひっかからないよ。ふふふ」



 こいつにはかなわない。これまでも。これからも。



 そう思いながら薄暗くなってきた下り坂の高速道路に向かってアクセルを踏み込んだ。




 おわり 



 ―――――――――――――――

 じゃないかもしれないんだなあ、これが。でも、とりあえずここまで。








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謎テンションが悪いんだ! ゆうすけ @Hasahina214

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