Round4 結局言い出せないまま時は過ぎる


 昨日の夜、妻は晩ごはんを食べるとすぐに寝てしまった。


 医者で「ちょっと無理してたんですね。疲れがたまってたんでしょう。インフルではないのでしっかり身体を休めてください」と言われたらしい。


 熱も夕食のころにはすっかり下がっていた。夕食は玉子とじうどんを作ってあげた。


 洗い物をしながら考えた。確かに多少忙しそうではあったけど、あの頑丈な妻が熱を出すほど無理をしていたのにまったく気が付かなかった。


 これはダメだな、夫として。

 エッセイ書くのに夢中になって、妻の様子を見逃してるようじゃ世話がない。


 食器のすすぎ水のように反省の気持ちがたまって溢れていった。

 妻の様子にはもっと気を配ろう。

 蛇口を押し下げて水を停めた。


********


 翌朝、つまり今朝。


「うわー、あなた、見て!」という妻の嬌声で目が覚めた。何事か、と驚いて洗面所に行くと、パジャマで歯ブラシをくわえた妻が体重計に乗ってにこにこ笑ってる。


「2キロも減ってる!」


…… そりゃ熱出してお粥とかうどんとかしか食べなかったんだから当たり前だ。


「見て、じゃないよ。もう一日会社休みなよ?」

「え?行くよ。もう全然へーきだもん」

「体重戻ってないじゃん。げ、3キロも減ってる!」

「2キロだよ」

「なに自分の標準体重サバ読んでんだ。3キロだろうが」

「2キロなの!」


 こういうところでミエを張る女性の気持ち、心底理解できない、と思った。


 妻は頑なに会社に行くと言って譲らなかった。

 仕方ないので食パン、目玉焼き、ベーコン、グレープフルーツ、ヨーグルトにカップスープと朝食フルコースをがっつり食べさせた。


「せっかく体重減ったのにー」


 ふくれ面を隠しもしない妻。


「今度、会社で後輩に教えてあげよ。効果てきめん発熱ダイエット!」

「やめとけって。普通の人がやったら死人が出かねないだろ」


 異常に頑丈な妻にだけ許された必殺のダイエット法だよ、それは。


 妻はるんるん気分で着替えて、いつもよりも3キロ分以上軽やかな足取りで会社に出かけて行った。


「うーん、足取りが軽いと心も軽い!今日も頑張ろうっと。じゃ、あなた、行ってくるねー」


 頭おかしいとしか思えない。世の中の女性の思考回路ってこんなもんなんだろうか。こっちとしては心配なのに。


 なんか衝動買いを打ち明けるかどうかで悩んでたのがバカらしくなってきた。


 そう言えば、衝動買いの件について事態はまったく進展していない。


 こっちの方が心労で体重が減りそうだ。





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