一八歳の誕生日

滝川創

一八歳の誕生日

『今日で、私は十八歳になる。

 思い返せば、私の今までの人生の九五パーセント以上が街から離れたこの小さな村での生活だった。

 この村の人は、皆互いをよく知っていた。なぜなら、この村には五十四人(今年の一月に池田さん夫婦の赤ちゃんが生まれるまでは五十三人だった)しかいないからである。


 私は、子どもの頃からイタズラが大好きだった。よく、ご近所の菅原さんに蜘蛛の人形を投げつけたり、肉屋の金石さんが大切にしている包丁と、おもちゃの包丁を取替えたりしたあとは、交番にいる警察官の今田さんに「この村一番のお金持ち、石井さんが大切にしているダイヤの宝石が盗まれた」と嘘をついた事もあった。そうそう、石井さんの家に忍び込んで、彼女が「世界でも有名な絵画」と村中に自慢していた絵と自分が描いた「石井さんの似顔絵」をすり替えたこともあったなあ。

 あの時は、ホントこっぴどく怒られた。


 話は変わって、私の同級生はこの村には五人しかいなかった。そのうちの一人である山崎はかけがえのない友人である。

 彼とは七歳の時に出会った。私と彼はイタズラ好きという点で似ていた。

 毎日、イタズラの計画を立て、それを実行するのが私達の楽しみだった。


 僕と彼が、行った中で一番成功したと思っているのは、十二歳の時に殺人事件を起こしたことだ。もちろん、実際に人を殺したわけではない。

 私と彼で、三週間かけて本屋の風間じいさんそっくりの等身大人形を作った。で、それに真っ赤な絵の具の入った袋をパンパンに詰め込んで本物のように変装させた。

 風間じいさんが、用事で村を出た隙に、本屋の前にその人形を立たせておいた。それから、書店の二階のベランダまで大きめのスーツケースを持っていった。僕たち二人はそこで、お化けの仮面をかぶって、人が来るのを待った。


 二十分ぐらい経って、噂好きの羽村さんが来た。彼女の知ったことは、町中の人が知っていると思った方がいい。それぐらい、何でも話してしまうのだ。

 彼女が、人形の風間じいさんに気づき挨拶をしようとしたタイミングで僕らはスーツケースを落とした。スーツケースは人形にあたり、人形の頭が破裂し、絵の具が飛び散った。

 辺りに強化ガラスさえも割ってしまいそうな、耳をつんざく叫び声が響いた。

 羽村さんは来た方向へ一目散に駆けだした。


 それから、村中が大騒ぎになった。

 皆が集まって、本当か確認するために書店に向かい始めたとき、風間さん本人がのんびり帰ってきて、一同はぽかんとしていた。その時の、みんなの顔と言ったら、額縁に入れて部屋に飾りたいくらいだった。

 私と山崎は人形の残骸を綺麗に片しておいたから、羽村さんがドラマの見すぎで勘違いしたのだと思われて事件は終わった。

 あの話をするたびに、私と山崎は腹を抱えて笑った。


 今、私のクラスにいる同級生は四人だけだ。

 山崎は、十二歳の冬、遠くの街へ引っ越してしまった。

 私は、来る日も来る日も寂しい思いをした。親友と別れることが、あれほど寂しいものだとは思わなかった。

 一人で、いたずらをしたが、全く楽しくなかった。それからというもの、私はイタズラをほとんどしなくなった。

 そして、今、静かに自分の十八歳の誕生日を迎えたのだ』






 そこまで書いて、私は手を止めた。私は今日から、日記を書くことにしたのだ。

 初回は特別に、今までの人生という内容にした。

 私は日記を閉じて、朝の散歩に出た。日曜日の朝としては最適の天気で、空はどこまでも青く澄み渡り、あちこちを冬の眠りから目覚めた虫たちが飛び回っていた。


 私は、村の人に挨拶をしてまわった。

 その後、公園でしばらく池の魚が優雅に泳いでいるのに見入っていると、背後から足音が近づいてきた。

 振り返ると、そこに箱を持った男がいた。高身長でざっと一八〇センチはありそうだ。サングラスをかけ、コートを着た男は小脇に灰色の箱を抱えて、なんだかキョロキョロしている。

 こんな、街から離れた村まで人が来るのは珍しい。誰かの親戚だろうか。

 迷っているのだろうと思い、私は声をかけようとした。

 不意に男が箱を私の方へ押しつけた。私は驚いて反射的に箱を抱えた。男はそのまま全速力で走って行った。


「あっ、ちょっと……」


 彼の脚は早く、すぐにその姿は見えなくなった。


 一体、この箱はなんだろう。

 私は、箱を開けようとフタに手をかけ、気づいた。カチッ、カチッ、カチッという音が中から聞こえるのだ。

 私は箱の蓋をそっと開けた。

 中には、長方形をの機械が入っており、カラフルな配線が絡み合っていた。

 そのうちの一つにメモ用紙が挟まっている。そこには「△×村爆破計画 爆発範囲 半径五〇キロメートル」と書かれていた。

 私は全身から、妙な汗が噴き出すのを感じた。機械には電光表示があり、そこには、5:48の数字が表示されている。数字は、今も私の手の中で着々と進んでいた。


 これは、時限爆弾だ。


 私の頭脳は目の前の出来事をやっと理解した。


「半径五〇キロメートル!?」


 私は思わず悲鳴に近い声を漏らした。手から箱が滑り落ち、私は倒れ込むようにしてそれを受け止めた。

 このままでは、この村が爆発に飲み込まれてしまう。だが、自転車で移動してどうにかなるような距離ではない。

 例え、離れたとしても持って行った自分はどうなる。

 とにかく、誰かに助けを求めよう。

 

 私は走り出した。脚が震えてうまく走れなかった。


 いつの間にか本屋の前に来ていた。

 近所の菅原さんと店主の風間さんが本屋の前で羽村さんのうわさ話を聞いている。

 私はそこへ行き、箱の中身を見せてこう叫んだ。


「助けてください! 知らない男に爆弾を渡されたんです! このままだと、この村ごと吹き飛びます!」


 三人は、顔を合わせてそれから、笑い出した。

 菅原さんが言った。


「いやー、懐かしいなあ。しばらく、いたずらをされなかったもんだから、いたずらされるのが懐かしく感じるようになっちゃったよ」

「冗談じゃ無いんです。ホントです! 信じてください」

「演技もなかなかうまくなったな。仕掛けも凄い本物っぽくなって、パワーアップしてるな。また、たまにはドッキリ仕掛けてくれよ」


 その後、何を言っても三人は耳を貸してくれなかった。

 私は諦めて走った。


 次に、肉屋の前に着いた。私は肉屋の中に飛び込み、叫んだ。


「金石さん! 大変だ! 時限爆弾だ! どうにかしないと村が吹き飛んじゃう!」


 金石さんは何かを探していた。


「待てよ、俺の大切な包丁はどこに行っちまったんだ……。ん、まさかお前が盗ったんじゃないだろうな」

「そんなことより、話を聞いてよ! 時限爆弾が……」

「そんなことより!? ごまかす気だな! 盗ったのはお前に違いない、しばらくイタズラしなかったからって、そう俺を簡単にだませると思うなよ!」


 私は金石さんに追いかけられながら、肉屋を飛び出した。


 私の息が切れた時、私は交番の前に来ていた。

 箱の表示を見る。

 1:17

 警察の今田さんが爆弾の解除方法を知っていない限り、この村は終わりだ!

 私は交番に入った。


「今田さん!」


 今田さんは金持ちの石井さんと、いなくなったネコについて話していた。


「すみません! 緊急事態です! 時限爆弾を渡されたんです! どうか解除できませんか!」


 今田さんがこっちを見るなりこう言った。


「この年にもなって、まだそんないたずらをする気か! 逮捕してやる!」


 今田さんが手錠を取りだしたので、私は焦って逃げた。

 手元の箱を見ると、0:05という表示が目に入った。


 時間が止まった様に思えた。


 私の頭の中を、今までしてきた数々のイタズラが走り巡る。

 なぜあんなことをしてしまったのだろう。

 私が皆に信用されないような自分を作ってきてしまったせいで、自分の浅はかな行動のせいで、この村の皆は今日死んでしまうのだ。


 私は、無意識のうちに箱を放り投げて、地面に伏せていた。


 箱が地面に転がり、私は力いっぱい目をつぶった。




 どれくらい経っただろう。

 辺りは静かなままだった。私は、そっと顔を上げた。


 突然、箱が開き、軽い破裂音をたてて、紙吹雪が舞った。そして、箱の中から「お誕生日おめでとう!」と言うメッセージの入った旗があがった。

 辺りを見回すと、村中の人が私のまわりを囲んでいた。


「ハッピーバースデイ トゥー ユー」


 皆が歌い出し、その人混みの中から、私に箱を渡したあの怪しい男が出てきた。


「このイタズラは昨日、ぼくがこの村に帰って来た時から始まっていたんだよ」

 

 そう言って、サングラスを外した男の顔には、古き親友である山崎の面影が残っていた。


「ただいま」

「お帰り」

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一八歳の誕生日 滝川創 @rooman

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