第二話
ウィルシュタニア王国。南アルシュタッド大陸南西部、春夏秋冬と四季にも恵まれ夏は乾燥し冬は湿潤する気候に国土を位置する王制国家。
その王国の南部、リベルタ地方にはファルドと呼ばれる都市がある。
ファルドの最大の特徴はウェルズハイ魔法学院が設置されたことによる、研究や学問といった技術関係が南アルシュタッド大陸において最も高いことによる学術都市として有名なことに尽きるだろう。
第81代国王がウェルズハイ魔法学院を建築することを決め、それとともに生まれ築き上げられてきた町、ファルド。
立ち並ぶ町は技術が高いところではあるのだが、それを感じさせない古風なレンガ造りや厳かな雰囲気を醸し出し、重厚で趣深い町並みを演出している。最新技術だけでなく、昔のことも大切にしたいという人たちの思惑が現れているのだろう。
だが、その一方で魔法に必要な触媒やら素材を盛んに仕入れており、金銭の流通が虚ろな田舎とは比べものにならないほど交易は盛んに行われている。これも全て、魔法学院の莫大な需要による影響なのは火を見るより明らかだ。
だから、人の出入りも多く、金銭の流通も多い。必然的に国内の最先端を行く―――古新一体の町でもあるのだ。
微かに香る朝の匂いが立ち込める、そんな町の一角。石畳の街道の脇に並ぶライト式の街灯、その下に一人の少女がたたずんでいた。
綿毛のような柔らかでフワフワなミディアムの銀髪と、大きな紅玉色の瞳が特徴的な、年の頃十五、十六ぐらいの少女である。きめ細やかな肌は美しき銀髪と比べるのは間違っているだろうが白く、上質なシルクのようだ。清楚かつ柔和であろう気質がその立ち振る舞いや容姿から醸し出されており、その整った顔立ちはまるで聖画に描かれている天使のように可憐で、けれども女性らしさが無いわけではない―――そんな少女だった。
一方で、すれ違う人のほとんどが振り向かせるその美しい容貌とは裏腹に、その服装は普遍と呼ぶにはいささかおかしい。涼しげなベストに膝より高いスカート、その上から羽織るどこか気高さを感じさせるケープ・ロープ……ファルドでは夜は少々冷え込む気候であるのに、少女が着てる服はあまりにも軽すぎる。これでは、風邪をひいてしまうのも時間の問題だといえるほど。
「~♪」
そんな少女は、鼻歌を口ずさみ、リズムに合わせて体を揺らしている。そこから動かないのは誰かと待ち合わせているのか。
朝、とは言っても交易が盛んであるために街道は人の行き交いは多い。少女が待ち望んでいる人物の背丈がどのくらいかは不明だが、この人混みで容易く見つけられるとは考えられない。
人、人、人。
視界のほとんどが人を映し、通り過ぎていく。見知った顔すら埋もれてしまうだろう。
「クソがァ!遅刻、遅刻ぅ~~!!」
そんな中、あまりにも、そうあえて言うなら、情けない声が聞こえてきたのは。
人混みを掻き分け、焦りながらも男は突き進む。
「キャッ」
「……チッ」
だからこそ、立ち止まっているだけの人ともぶつかってしまうのだ。
さほど、勢いよくぶつかったわけではないが人の流れも相まって少女を転ばせるのは想像に難くない。
もちろん、ぶつかった方も多少の痛みはあるが男は倒れず少しよろめいただけ。
「い、いたた」
「おい、大丈夫か?」
「へ、平気です、大丈夫ですよ!」
「んじゃあ、手ぇ出せ。いつまでと座ってたら迷惑だろうが」
自分からぶつかっておいてこの言い草。人としてどうかと思うが、まあ世の中そんな奴も多くいる。
少女が男の手を掴む。
「ん?」
「あ、あれ?」
そこで、男が怪訝そうな顔をした。
少女の顔を近くから無遠慮にジロジロと見る。少女も同様にジロジロと見てくる男の顔を、その一部を見て疑問の声を出した。
「お前、どこかで―――」
「その目―――?」
男は目と言われた瞬間、握っていた手の逆側で左目を抑える。まるで隠すかのように。
夜闇のような色合いの瞳。少女が見たその瞳はどこかズレているような気がした。
なんと言えばいいのか、少女はこのような状況に適した言葉を持ち合わせてはいない。あえて言うのなら、本来の目の部分に何かを被せているような、そのような違和感。
二人して固まっている。端から見ると手を握り合って見つめ合う馬鹿が付くカップルでしかない。
「―――さい」
だが、状況は刻一刻と変化する。
例えば、友人が今まで見たことがない異性と手を握り合って見つめ合っていたらどう思うだろう。
「―――アリアから、離れなさい!!」
「ぐぼらげばぁ!?」
まあ、人にはよるだろうが、今回の友人さんは見ず知らずの奴に遠慮無くドロップキックを決められることが出来る人物だったらしい。
人混みを掻き分け、勢いをつけたドロップキックは男を軽々と吹っ飛ばし、地面をゴロゴロと転がらせる。
珍しい光景であるはずだが、町の人たち全員息を合わせて転がる男が通る道を空けていく。それはもう、人混みが開いたかのようにバッとした感じでな。
「アリア大丈夫!?変なことされていない!?」
腰まで届く絹のようでありながら燃えよるような炎を想起させる赤髪と、猫のような紫紺の瞳が特徴的な、アリアと呼ばれた少女と同じ年頃の少女である。同年齢故か、肌のきめ細やかさなどはそこまで差異はなく、身体的な違いといえば胸の起伏が乏しい点ぐらいだろう。どことなく、勝ち気で負けず嫌いそうな雰囲気を漂わせてはいるが、アリアと同じく美少女には変わりは無い。胸の起伏も異性の趣味は人それぞれなので欠点とまではいかないだろう。
服装は、アリアと同じであることから察するにどこかの制服か何かだろう。
猫のような瞳をつり上げ、せっかくの可愛い顔が怒りの形相に大変化。
「う、うん。大丈夫だよマリー…?」
苦笑いを浮かべるには凄惨な行動すぎる。普通の人なら怪我をしない訳がない攻撃だったのだ。
「くそっ…痛ぇじゃねえか、おい!」
「ほら、アリア不審者に構ってないで学校行くわよ」
「え、えー。マリーさすがにそれは……」
人混みはいつの間にか元に戻り、男と少女たちを遮る壁となる。
男は舌打ちをしてから、自分の腕時計に目を向ける。先程までの受けた仕打ちを無視することに決めたのだ。
さて、仕事の初日から騒々しい目に遭った男は、
「あんのクソ女、俺の時計弄りやがったな!馬鹿みてぇに早起きしちまったじゃねえな、どちくしょう!!」
仕掛けられた罠に対して罵詈雑言を並べることから始まったのであった。
クズ講師は働きたくない @chino117
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