第一話


「おい、よく聞こえなかったもう一度言ってくれない?」


とある日の昼下がり。


テーブルを挟み、片手にトランプを、逆の手で頬杖をつき気怠げな表情をしていた男が目を見開く。

まるで、言われるわけがないことを言われたかのようだ。


「引き籠もったら耳まで遠くなったの?」


そんな彼に対して同じように片手にトランプを持っていた女がゴミを見る目をしていた。


溜め息を一つ。


改めて、決定事を彼女は告げる。


「働けと言ったんだ穀潰し。ちなみに就職先はもう決まっているわよ?有能な私に感謝することね」

「黙れ貧乳。寝言は寝てから言うのが常識だぞ死ね」

「あんたが死ねクズが」


女性の体の輪郭について躊躇いもなく侮蔑を述べるのへまさしくクズと言える所業であろう。


「うわぁ、人に簡単に死ねって言うとか人間性を疑うわ。だからいつまでたっても独りm―――」


刹那、彼が持っていたトランプ5枚が半ばから両断された。そして、男の喉元に添えられる、いや首輪のように纏われる水の刃。


「言い残すことは?あ、あと動いたら首が飛ぶから気をつけてね」

「ふ―――」


言葉通りの死がそこにあるが男は鼻で笑い、恐れもせずにそこから動く。

どうやったのか座ったままのはずが、いつの間にか空中に躍り出て机の上に正座した。


余りにも美しく、無駄のない綺麗な土下座だった。


「養ってください、働きたくないです」


なのに、口から出るのはクズすぎる言葉である。

どのような思考でそんな結論に至るのか理解することが出来ない。


「本当に死ねよクズ」


身も蓋もない言葉だが受けるに値する人なのだから仕方ない。


男は、いやもうクズと呼ぶか。クズは顔を上げると媚をこう笑みを浮かべ手をごま擦るように動かした。


「フェルズ、いやフェルズ様、マジ頼んます。無理っすよ今さら働くとか、ほら今まで通り家事はするんで見逃してください」

「諦めなさい。これは決定事項よ」


その決定を告げられた瞬間、媚びへつらう笑みを消し去り舌打ち。

机から降りると先程までの表情もすべて消し去りフェルズと呼んだ女性を見る。


「―――本気か?」

「何でそんなクズなことを格好よく決め顔で言えるの?」


まあ、結局言いたいことは養ってくださいだからどんな顔で言おうとクズなのに変わりはないんだが。


フェルズは頑なである。それをクズは認めなければならない。いや、再確認とでも言うべきか。

やれやれ、そんな風に頭を振ると口を開く。諦めたその言葉を。


「いいだろう。やってやる。場所は?」

「えっと、余りにも偉そうなんだけど本当何様、このニート」

「馬鹿め、働かないで生きてける奴は人生の勝ち組なんだぞ、知らんのか常識を」

「ハイハイ、そうですねー。場所だったわね」

「早くしろよ、やること効率わりぃんだペチャパイ」

「………チッ」

「はーい、お怒りは抑えて教えてねー?」


忌々しいが、フェルズはこのクズの気が変わらない内に状況をすすめることを選択した。もちろん、殺意は隠しはしないけれど。


「ウェルズハイ魔法学院の講師よ」

「へー、ウェルズハイ魔法学院ね…………おい、待てよウェルズハイ魔法学院だと?あの『ウェルズハイ魔法学院』!?」

「ええ、この国の貴族様とかエリートとか呼ばれたり才能がある若者を育成するウェルズハイ魔法学院」

「約束は無かったことに―――」


切り出そうとした瞬間。


フェルズは(平らな)胸ポケットからある機械を取り出した。


「『いいだろう。やってやる。』ふん、言質はもうとってあるのよ?」

「クソアマが嵌めやがったな―――!!」

「何もかも自業自得だも思うのだけどね」


頭を抑えてこの世の終わりを知った人間とはこのような表情を浮かべるのだろうと思わせるほどの絶望を抱えたクズは、机に置いた手を支えになんとか立っていた。


「さ、アレン。これからは国の犬として頑張ってね♪」

「皮肉にすらなんねぇぞこんなの!!うわー!不幸だー!?」


そんな叫びがある住宅街に広がったとさ。


        ☆


そして、ここに新たな講師が誕生した。


名をアレン。


問題だらけの学園生活が今始まる―――!




         ☆


部屋に戻った彼を見送り、私は椅子に座る。


「本当に変わらないわねアレン。その技量も強さも。ねぇ、そう思わない―――フィオナ?」


そう、もういない友人に向けて私は空気を振るわしたのだった。

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