第16話 放課後のトラブル
ここ数日優愛は俺を避けている。でも、俺何かしたか?ここ数日の行動を思い返してみるけど、これといって思い当たる事はなかった。
でもこの間の帰りの事にしたってひどい嫌われっぷりだったし、会ってもすぐに逃げられたり、帰り待ち合わせをして帰ることもなくなった。毎日来るのは『今日、1人で帰る。』のLINEだけだ。
そんなだからリストカットの理由も未だ教えてもらえてない。あんなに落ち込んで苦しんでる優愛のことをどうにかして救える方法はないだろうか。
優愛のことで頭をいっぱいにしながらぼんやりとしているといつの間にか教室には俺1人になっていた。シンとした教室の中に時計の秒針の音だけが響き、ほのかに木の香りがした。
窓から差し込んだ夕日を見て俺もそろそろ帰るかと思っているとガラガラと音がして教室に誰か入ってくる。
さっきまで人の気配すらなかったから俺は少し驚くが顔も知らない相手に自分の名前を呼ばれた事に更に驚いた。
「え、山内は俺っすけど…あなたは…」
「お前が山内ってことは、石原優愛の彼氏だよな?」
「…え?あ、そうですけど、名前とかなんで知ってるんですか?」
俺がますます混乱の中に落ちていく中、相手の頰がみるみるうちに真っ赤に染まった。
「もしかしてどこかでお会いしましたっけ?…すみません、覚えて──」
俺が最後まで言い終わらないうちに視界が急に真っ暗になる。続けて机や椅子がぶつかる派手な音が教室に響き遅れて鈍痛が走った。
どうやら頬を殴られてその勢いで転び、色んなところに体をぶつけたらしい。やっとの事で目を開けて彼の方を見ると顔をさっきよりも更に真っ赤に染めて怒りに満ちた表情をしていた。
彼に俺が何をしたのか、彼と俺との関係は、そもそも彼は誰だったか。考えることがいっぱいありすぎてぐるぐると考えを巡らせていてると彼の怒声が響いた。
「お前!朱音に何をしたか言ってみろ!!」
…え?高橋さん…?
「告白をされて、振って…あ、えっと高橋さんのお知り合い?それで俺なんで殴られて…」
「ふざけるな!!」
俺は何故だか胸ぐらを掴まれた。再び頬に痛みが走る。さっきはグー、今度はパーらしく、さっきのとはまた違う痛みが頬に残った。
何故こんな状況になっているかがまるで分からない。しかし、口の中が鉄の味がして、切れてしまったことだけは確かに分かった。
口の中が切れた痛みと、一体何を話せば良いのか分からない、状況も理解し切れていないふわふわした感情で居ると相手が口を開いた。
「お前が!俺の朱音を襲ったんだろ!!」
「…は?」
思わず口に出てしまった。自分でも自覚するくらい挑発する言い方になってしまって、彼の気に触ってしまい、もう1発食らってしまう。
殴り合いの喧嘩なんてした事がないから、痛みにも慣れてないし手の出し方だってよく分からなかった。悔しいけれどただただやられっ放しで、身体中に痛みが走った。
「あの…いっ…!…ごめんなさい。なんで怒っているのか教えてもらえませんか」
殴られる痛みの中でようやく言葉を発した。
「お前!自分が何したかわかってないのか!」
彼は信じられない言葉を口にした。
「お前が!石原優愛がいるにも関わらず、朱音に俺がいることも知ったうえで!朱音を襲ったんだろ!全部聞いたぞ!!」
まさか──
「それを誰から聞いたんですか」
「朱音に決まってるだろ!」
信じられなかった。彼氏がいるにも関わらず、俺に告白をして、その結果自分が振られたことを隠し、彼氏に嘘をついてここまでのことをさせたのか。
「最近石原優愛と話していないようだが。うまくいっていないから朱音に乗り換えようとして、告白をして、振られて。それで朱音を襲った。そうだな!?」
有る事無い事どころか、無い事だらけで彼に伝わっているようだった。唯一正しいことといえば優愛と話してないこと、それくらいだった。でも、嘘がどれだとかそんなことより今は彼の誤解を解く方が先だった。
「あの…信じてもらえないかもしれないですけど、彼女が…高橋さんが言っていることは全部嘘です。俺は高橋さんを襲ってなんていません」
「何を言ってるんだ!」
俺は彼の目をじっと見つめた。
「…じゃ、本当のこと話してみろ」
その効果があったのか、彼は少し冷静さを取り戻してくれた。俺は全てを一から正直に話した。
優愛と親友関係だったにも関わらず優愛を裏切り、俺に告白をしてきたこと。俺が振ったにも関わらず、抱きついてきたこと。
全て話しても、彼はきっと高橋さんを信じるだろうと思っていた。俺がもし逆の立場だったら、よく分からない男の言うことより最愛の優愛のことを信じてやりたい。
しかし全てを話し終えて彼を見つめたとき、目がキョロキョロと落ち着かず、汗をかいて動揺が隠しきれない表情をしていた。
「本当…なのか?」
「はい…」
どうやら信じてくれそうだ。彼にも彼なりに高橋さんの話の中に腑に落ちない部分があったのかもしれない。
「違うよ!」
「え…」
この声にこの後の面倒な修羅場を確信する。絶対にまた嘘をついて、彼を味方につけるに決まっている。いつからこの話を聞いていたのかわからない。だが、彼女は今間違いなく、俺と彼の見つめる先に立っていた。
──高橋さんだ。
「違うってどういうことだ朱音?」
思わぬ彼女の登場に彼もとても驚いていた。
「優希くんが言ってることこそ全部嘘なの!私がどれだけ怖い思いをしたことか…」
「俺は何もしてないよ!」
「嘘だ!優希くんは…私に…無理矢理あんなこと…」
こいつはどこまでやったら気が済むんだ。今にも泣き出しそうな弱々しい声で高橋さんは喋っていた。この時俺は頬の痛みなど忘れ、これからのことにヒヤヒヤしていた。そして、高橋さんは彼に抱きつき、彼を涙ながらに上目遣いで見つめ、こう言った。
「私の言葉と優希くんの言葉…どっちを信じるの…?」
この時彼が出す答えが俺にはわかっていた。俺も、彼も世の中の多くの彼氏と同意見だろうと覚悟を決める。
「朱音を信じるに決まっているだろ!」
ああ、やっぱり。
「こいつは俺が十分懲らしめた!おい!山内優希!お前の言葉を少しでも信じた俺が馬鹿だった!ふざけるな!!二度と俺の朱音に近づくなよ!!」
そう言って、彼と高橋さんは俺に背を向けた。
ここで俺はようやく教室の床に垂れている自分の血に気がついた。もう彼に何を言っても無駄なのだろう。俺の言葉を信じてもらえない。早く保健室に行って手当をしてもらおう。きっと殴られたなんて言ったら大事になる。階段で転んだとでも言おう。
保健室に向かおうと廊下に出ると廊下に先にまだ二人の姿が見えた。高橋さんが彼の腕に自分の腕を絡めてくっついている。
廊下の角を曲がる瞬間、こちらをちらっと見た高橋さんが口角を上げて勝利の笑みを浮かべたのが遠くからでも確かに分かった。
俺は頬の痛みと胸の苦しみを背負って、保健室へと向かった。
僕たちは何も知らなかった たお すみれ @violets_writer
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