第15話 ひとりきりの学校

 優希くんと中村さんと暗くなるまで橋で過ごして私は重たい足を引きずって家に帰った。もっと3人であそこに居たかったけど遅くなり過ぎても心配されるだろうからみんなそれぞれの家に帰る。

 私も自分お家に帰ってお布団に入って静かに眠りにつこうとした。しかし、全然眠れないし眠くなる気配も無かった。羊を数えたり、無理矢理目を瞑ってみたり…。寝る努力をしてみたけれど、結局一睡も出来ずに朝を迎えた。朝を迎えてからやっと眠くなってきたけど今更遅く、目を擦りながら登校する。

 原因は言うまでもなく優希くんと朱音ちゃんのこと。だからこそ気が重く、登校するのも憂鬱だった。

 昨日のこと、優希くんにはこれ以上踏み込んで欲しくないし、リストカットのことを聞かれてもなんて答えたらいいか分からない。けれど優希くんがリストカットしているって知って放っておくなんてことしない人だってことは私が1番よく知っていた。いつもは真っ先に会いたいって思うけど今日はどうしても会いたくなかった。

 でもそんなことは小さなこと。もともとクラスが違ってわざわざでなければ会えないから、会いに行かないで、きても自然と避ければ良いのだから。しかし、朱音ちゃんは違う。下手したら優希くんより会いたくない相手なのにクラスが同じだから絶対に顔をあわせる。

 一番信用していつも一緒に居た親友だったのに裏切って彼氏を、優希くんを取ろうとした。優希くんは私のことを追いかけて捜してくれたけどそれが朱音ちゃんを余計に怒らせてしまったかもしれない。

 あって何をされるか分からない。何もされなくてもなんだか気まずいし、どうすれば良いか分からない。会いたくない、関わりたくない。下駄箱で靴を脱いで校舎に入ってもなかなか教室に足が向かなかった。

 嫌なことから目を背けるようにお手洗いに寄ってみたり、廊下に掲示物をよくよく読んでみたり…。

「2人とはしばらく距離を置きたいな…」

 思っていたことがふと声に出た。

「何か言った?」

「うわぁ!」

…優希くん。

タイミング悪くこんなこと考えていた最中に声をかけられてしまうとは…。でも、なんとか私の独り言は聞こえていない様だった。

こっそり胸をなで下ろしているところに優希くんが続ける。

「おはよう、優愛。大丈夫?ごめん、驚かせちゃったかな」

「ううん…だ、大丈夫…」

「ん?優愛?」

「…え?」

「なんか顔色悪くない?ホントに大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ…」

 避けなくちゃ!私は頭をフルに回転させて考えた。

「…あのさ、優愛、昨日のことなんだけ…」

「あ、ごめん!私、朝先生に呼ばれてて!また今度聞くね!それじゃ!」

 私は優希くんの返事を聞かずに、その場から走って逃げた。

 すごく失礼なことをした。優希くんには本当に申し訳ない。優希くんは何も悪くないのに。それでも今はどうしても関わりたくなかった。

 人目のないところを探して中庭まで来た。もしかしてと思って振り返って見たけど優希くんは追いかけては来てなかったようだった。

 キーンコーンカーンコーン−

 予鈴がもう少しで授業が始まることを告げる。

 重い足を引きずるように教室に行くとすでに朱音ちゃんがドアのところで他に友達と喋っていた。

 今なら後ろのドアから入れば大丈夫かな…。

 気づかれないようにそっと教室のドアを開けて席に真っ直ぐ向かった。朱音ちゃんと目が合わないようにこちらからは絶対目を向けなかった。席まで無事到着してから気づかれないようにちらっと朱音ちゃんの方を確認する。朱音ちゃんがこちらに気づきませんようにと願ったのが神様に届いたのか朱音ちゃんは友達と喋り続け、私の方には来なかった。

 手早く授業の準備をして教科書に目を落とす。朱音ちゃんのことはもちろんのこと自分の身を少しでも守るように周りの何にも目を向けない。

 授業を受けて、休み時間は教科書に熱中したフリをする。そうしているうちに昼休みになった。1日で一番長い休み時間。話しかけられないうちに教室を後にした。

 今日はそう言えば木曜日。図書委員の仕事をしながら図書室に居れば朱音ちゃんに会うこともないだろう。いつもと同じように仕事をして時間が過ぎるのを待った。

「貸し出し…お願いします」

 いつも来る橋爪くん。いつものように手続きを終えて向こうも帰ろうとしたところで橋爪くんの足が止まった。

「先輩?顔色、少し悪いですよ。体調気をつけてくださいね…」

「え…?」

「先輩、僕以外と先輩のこと見てるんですよ?週一回しか会わないけどそれでも分かります。疲れた顔してるんで、休んだほうが良いです。」

「あ、ありがとう…」

 橋爪くんはそのあと何事もなかったかのように帰っていった。自分ではそれほど意識してなくても気を張っている疲れが顔に出てしまっていたのかもしれない。彼氏で良くも悪くも私のことをよく見てる優希くんに顔色を指摘されたくらいどうってことないと思っていたが、週に一回図書室でしか会わない橋爪くんにも顔色を指摘されるということはきっと余程なのだろう。

 でも、そうだ。いつも友達に囲まれて笑って彼氏に大切にされていて。学校が楽しいと思わせてくれる要素が次々と私の手から放れ、自分から手放した。今は心がダメージを負ってしまっているということはあるにせよ、今日は一ミリも楽しくなかった。

 今まで恵まれていた。いつも一緒で楽しいこと一緒にしてくれる親友がいて、私のことをこれでもかと言うほど大切にしてくれる彼氏がいて。先生だって悪い先生なんか居なくって。自分は悲劇のヒロインだと思っていたけど振り返ってみると私って意外とリア充していた。

 してたからこそ、こう言う状況になった時彼らと顔をあわせるのが辛い…。

 でも、あと二時間授業に出れば帰れる。あと少し。お昼休みが終わっても自分に言い聞かせるように唱えていた。5時間目が終わり、6時間目が終わる。さあ、これで帰れる!と教室を出ようとしたところで朱音ちゃんに呼ばれたような気がした。けれど振り返りたくなくて聞かなかったフリをした。

 下駄箱を、校門をと外を外を目指して小走りになった。

 駅まであと少し。他の学校の制服も入り混じるようになって人も多くなってきた。

人の間を縫って進んでく中で見知った背中を見た。その背中から顔をそらすように横を通り過ぎようとしたところグッと腕を引かれた。

「キャ…!!」

 いきなりのことに悲鳴をあげてしまう。腕を掴んだ相手なんて分かってるし、親しい人に変わりはない。でも一瞬にして頭が真っ白になった。

 周りは変質者だのなんだのとザワザワし始めてしまう。声をかけてくれる人とか警察とか、おおごとになり始めてしまった。

「あ…えっと。この人知ってるので…平気で…警察とかいらなくて…ごめんなさい…!」

 周りの人に頭を下げて、私は駆け足でその場を去った。

 優希くんはゴタゴタした周りと悲鳴とに驚いて手を離してくれたけど、すごく悲しそうな目をしていたのを私は一瞬見た。

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