第14話 彼女の秘密の友達

 優愛のことをぎゅっとして、わずかながらに甘えた様子を見せる優愛の頭を撫でる。

「そう、こうやって甘えてくれば良いんだよ。上手に出来るじゃん。話、いつでも聞くからね」

 口を固く閉ざして弱音を吐かないかと思えばスリスリ甘えてきたりする。気ままな猫みたいだ。

 そんな子猫と戯れていると遠くから見慣れない制服の男の子が歩いてきた。

 こんな所になんの用だろう。何度も言うがここは自殺の名所。興味を持ってここを訪れる人は限られてくる。優愛からは方向的に男の子のことは見えなくて、俺も男の子について何も言わなかったから優愛は相変わらずスリスリ甘え続けている。

 俺は無意識に男の子のことを目で追ってしまう。

 今日初めまして、名前も年齢も何も知らない。でもここに来たからには飛び降りて死んでしまわないかとか、何を思い詰めてるんだろうかとか、他人ながら色々気になった。

 橋を乗り越えちゃうかなとか色々考えてたのに男の子はすとん、と近くの縁石に座って遠くを眺め始めた。あまり動かず遠くを見つめる。

 俺が気になって見つめすぎたのか男の子はふっと俺たちの方を見た。

 少しの沈黙の後男の子が声を発した。

「石原さん・・・?ってことは、石原さんの彼氏さん、ですか?」

「え、あ、はい・・・。優愛のこと知ってるんですか?」

 見ず知らずの初めましての相手から声をかけられて俺と優愛の関係性を言い当てられてただただ驚き、戸惑った。

 優愛もまた、俺から離れて後ろを振り返って驚いた顔をしている。

「あ、ごめんなさい・・・。初めましてですもんね。中村大智です。あ!石原さんとは何もありませんからね!?」

「そう。さっき話したここで会う人」

「ああ、優愛から聞いてます。初めまして。優愛がいつもお世話になってます。彼氏の山内優希です、よろしくお願いします」

 中村さんにぺこっと頭を下げて軽い挨拶を交わす。

 俺の受けた印象としてはだいぶ大人しそうな子だと言うこと。物静かで教室の隅に良そうな男の子だった。

「今日はどうしたの?」

「石原さんこそ。彼氏さんまで連れてどうしたの?」

「色々あってね…」

「大丈夫?」

 心配してくれてる様子は優愛のことをちゃんと考えてくれて大切に思ってくれる良い人だった。彼氏の俺が居なくても優愛のことをこんなに大切に思ってくれてる人が居るのは嬉しい。

「でも、彼氏さんに甘えられてるみたいで良かった」

「うん…」

 優愛は甘えたり突っぱねたり忙しい。中村さんは何だかホッとしてるようだけど、むしろいつもの優愛は俺相手なのに気を遣ったり、自分の気持ちを隠したり。会った今日の甘え方が珍しい方だと思う。

「…時間、ある?石原さんに話聞いて欲しい」

「いいよ」

 優愛と一緒に俺も中村さんの話を聞くことにした。皆で縁石に肩を並べて座る。

 優愛と中村さんは目の前の橋を眺めながら言葉を交わし始める。それを習って俺も橋を眺めた。橋の向こうに凄い勢いの川が見える。夕日が水しぶきに反射してキラリと光った。

「今日、久しぶりに…学校、行ったんだ」

 不登校…。大丈夫だったのかなとか、そういう、いろんな気持ちが出てきたけどどう言葉にすればいいか分からなくて結局押し黙ってしまった。

「何にも、変わってなかったよ。みんな楽しそうで、みんな笑ってた。僕が嫌いなあの人も…。僕が居てもいなくても変わらない。僕ってさ、存在する意味あるのかな。僕にもし勇気があったら今すぐ目の前に落ちるんだけどね…」

 そう言って中村さんは下を見下ろした。俺は一瞬焦ったが、優愛は焦る様子などなく中村さんもその後すぐそんなに勇気はない、と続けた。

「僕っていつもこうだよね、君よりここに通ってる期間は長いのに…」

「それで、いいよ…中村さんのお陰で、今…死なないで居られるんだから。ね!?」

 静かに聞いていた優愛も慰めて思い留まらせるように声を発していた。

「いつもと反対だね、いつもは僕が大丈夫っていう方なのに…」

 優愛と中村さんは2人してニコリと微笑んだ。そしてその後、中村さんはふと悲しそうな顔に戻ってしまった。

「ごめんね。こんな、迷惑かけたくなかったのに。石原さんも何かあって、ここに来てたんでしょ?僕みたいにただなんとなくここに来るなんて石原さんしないし…」

「別に、気にしないで」

「でも…。僕の暗い話なんか聞かせて…。本当にごめんなさい。でも…僕も、今日は心の余裕なくて」

 その後中村さんは涙をぽろぽろとこぼして泣き始めてしまった。俺にはどうすれば良いか分からなくなってやっぱり何も出来なかった。

 相手が優愛だったらまだ良かったのかもしれないけど中村さん相手にどうするべきかいくら思考を巡らせても分からない。対して優愛は中村さんの背中をそっとさすって大丈夫大丈夫と慰めている。しかし、中村さんが泣くのはやはり珍しいのか優愛もいくらか動揺していた。

 優愛がしばらく背中をさすっていると中村さんも落ち着いてきたみたいで涙も止まった。

「もう、大丈夫!ありがとう」

「本当に?無理しなくていいんだよ。いつも中村さんにはお世話になってるし」

 中村さんは気を使うように帰ろうとした。立ち上がって歩き始めようとしたところを優愛が止める。

「中村さん?今日珍しく話聞いてって言ってきてくれたじゃん。もう終わりはちょっと物足りないでしょ?もう少し一緒に居よう?」

 優愛が中村さんの目を覗き込もうとすると中村さんは顔を伏せて優愛から顔を隠してしまった。しかし俺からは中村さんが再び涙を流しているのが見えた。

「あの…!」

 俺は勇気を振り絞って声を発する。

 優愛も、中村さんも。今まで黙っていた俺が声を出したことに少し驚いてこちらを振り返った。

 中村さんはまだ落ち着いてないようでこちらを見つめながら時々しゃくりあげている。

「あの…中村さん?何があったとか中村さんの性格とか、色々。俺は知らないけど、これだけは…!本当に、無理はしないでください。俺も、優愛だって。話聞いたりだとか、少しは力になれると思うので…」

「あ、いや。気を使わないでください。僕は、大丈夫なので…」

 中村さんはまたすごく気を使ったような振る舞いを見せた。俺は最初中村さんにどうせすれば良いか分からなかった。優愛へなら簡単に言葉が見つかって何かしら声を掛けられるけど、中村さんにはそれすら出来なくて悩んだ。しかし、中村さんも優愛と同じで相手にすごく気を使う、それなら少し接し方も分かる気がした。

 俺だって少しは力になれるかもしれない。きっとできることは優愛以上に限られているだろうけど100%何もできないことはないと思った。

「今日ここに来て、心の余裕がない、って言ってましたよね。そういう日くらい他人ひとに甘えてもいいんじゃないんですかね。心情とか分かんないですけど、俺個人としては、大切な優愛をたくさん助けてもらってるからあなたの力にもなれるならなりたい。」

「じゃあ…もう、会話しようとかそういう気使わなくていいんで一緒に居させてもらってもいいですか?一人で寂しくないように」

 そうして俺と優愛と中村さんは3人で目の前の景色を暗くなるまで眺めていた。

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