『藍乃原コトハ』

「あ、リノちゃんだぁ!」


昇降口について傘を仕舞おうとしていると後ろから名前を呼ばれた。

振り返るとそこには身長の低いボブカットの女の子が立っている。


「あぁ、えっと…」


「あれ、名前まだ覚えてくれてないのぉ」


そう言って頬を膨らませている彼女はその見た目は小さな子リスのように愛らしかった。


「ごめん、まだクラスメイトの顔と名前が一致してなくて……」


「もぉ、私の名前は藍之原 コトハだよ、出席番号前後なんだから覚えとくよーに!!」


ふん、と鼻を鳴らして名前をいうと背伸びをして下駄箱に手を伸ばす。


この高校にはだいたい地元の4つの中学校から来る生徒が多いのだが、残念ながら私のクラスはほとんどが他校からの生徒であったために入学から4日経っているが未だに名前をまったく覚えられてない状態である。


「上履き取ろうか?」


ふくらはぎをぷるぷるとさせながら背伸びをするコトハに声をかける。


「こっ、このぐらいなら、まっ、まだ届くから」


そういってこちらに向けるその表情はとても苦いものだった。


「下駄箱って絶対に名前順から背の順に変えるべきだと思うんだよね」


お互い上履きを履き替えながらぶつくさとコトハはそう言っていた。

なんでも、彼女は苗字の頭2文字が「アイ」であるせいで基本的に名前順が先頭になってしまうそうだ。


私の学校は下駄箱が男女混合で割り振られているため、例のごとく彼女は1番上の段の左隅なのだ。


ちなみに私はその右隣である。


「リノちゃんはいいよねぇ、身長も高いから「ア行」なのに簡単に下駄箱に届いて。

しかも顔もかわいいし、クラスの男子にも狙われるんじゃないのぉ?」


下駄箱の横にある階段をのぼり、3階にある教室へ向かう途中にコトハがそう呟く。


「ちょっと、変なこと言わないでよ。男子とかまだほとんど話したことないって」


「そーなのぉ?リノちゃんの隣の席の子とか、けっこう面白い子だったよ!」


隣の席の子と言われても残念ながら思い出せない。


「ごめん、どんな子だっけ」


「ほら、野球してそうな見た目の、小泉くん!」


そう言えばそんな名前の子だったような気がする。


3階の教室につくとコトハは目が合ったひと皆におはようと言ってまわった。


私はその後についていき、窓ぎわの自席に向かう。


「お、おはよう…!」


自分の机にカバンを置くと同時にそう声をかけられた。


すこしドキッとして声の主を見るとそこにはこちらの顔色をうかがった様子の、スポーツ刈りの男の子がいた。


「あ、おはよう小泉くん」


突如、彼の顔が晴れやかな笑顔に変わる。


「もしかしてもう名前覚えてくれてるの?!

入学式から全然話してくれなかったから名前知られてないと思ったよ!」


「そりゃ隣の席だし、覚えてるよ」


正直、さすがに少し胸が痛んだ。





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雨恋 天井香織 @Kaori_1001

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