『折リタタミ傘』
「あ、ごめんなさい…!」
彼は焦った表情をして手を合わせた。
「いや、大丈夫ですよ」
手の甲についた水滴をカーディガンの裾で拭きながら返答する。
別に、わざわざ目くじらをたてることではないだろう。
少し気まずいくうきがながれて、また、
バス停には雨音だけが響き始めた。
「…」
「……」
「…っ……っくし!」
驚いて私は音がした方へ目を向ける。
「へっ…っくしゅ!」
髪もブレザーもびしょびしょのままの彼。
この人は体を拭くということを知らないのだろうか。さすがにここまでびしょ濡れだと目も当てられない。
「あの、タオル使いますか?」
私はバックからくまのイラストの入ったフェイスタオルを差し出す。
「え、いいんですか?」
「まぁ、うん」
ありがとう、といって彼は髪の毛をガシガシと拭き始めた。
素朴な疑問を聞いてみる。
「傘、どうしたんですか?」
「親と妹に持ってかれて家になかったんですよね」
家族分の本数揃えとけばいいのに。
「折りたたみならあった筈なんですけどね」
だったらなんで持ってこないんだろうか。
私の表情で何となく察したのか弁明をし始める。
「探すのめんどくさかったから
走ってきました」
どうしてそんな考えに至るのか私には分からなかった。
顔はいいのに(むろん個人的な意見だが)
少し抜けた考えの持ち主なのだろうか。
「よかったら、折りたたみ傘も
貸しましょうか?」
初対面でそこまでする義理もないし向こうも不審に感じるだろうと思ったが、どうにも放っておく気にはなれなかった。
「傘もってるのに、折りたたみ傘も持ってるの?」
「まぁ、何があるかわからないですし」
私は常に天気に関わらず折りたたみ傘を持ち歩くようにしている。昔、母がよくそうしていたからだ。
「でももうバス停ついてるし」
彼は残念ながらという顔をしながらそういう。
「バス降りてから学校行くまでに
必要じゃないですか」
「たしかに、そうだった」
そう言うと、彼は自分の可笑しさに耐えられなかったのか1人でクスクスと笑い始めた。
「不思議な人ですね」
「見知らぬ人にものを貸す貴女に言われたくはないですよ」
まぁ、それはさっき自分でも思ったこと
だが。
「じゃあ、やっぱり傘はかさないでいいですかね?」
「ああ、ごめんなさい。貸して欲しいです」
やっぱり面白い人だ、私はそう思った。
そんなことを話していると遠くから水しぶきをあげて1台のバスがやってくる。
「来ましたね。」
「そうですね。」
そうして私達はバスに乗る。
その後、バスの中でも少し話しているといつの間にか私の降りる停留所のすぐ近くまで来ていた。
「それじゃあ、これ。」
そう言って花柄のついた折りたたみ傘を差し出す。
「また女の子らしい傘ですね」
「そりゃ私は女ですし。嫌ならいいですよ」
「いや、そうとは言ってないですよ!」
すぐさま彼がいいかえす。
私は可笑しく思って少し笑ってしまった。
「また今度、雨の降った日にでもバス停で返してください。」
「じゃあその時にくまのタオルも返します」
彼がそう言い終えるとちょうどバスが停車した。
『
降りる方は足元にご注意ください。』
アナウンスが入ってドアが開く。
「行ってらっしゃい」
彼が声をかけてくれる。
「行ってきます」
私はそう返して学校へと足を向かわせた。
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