片想い中の幼馴染(の友人)に薬を盛られて女の子になった話

武藤かんぬき

本文


「ああー、マジで彼女欲しいわー」


「まずは痩せろ、話はそれからだ」


 俺のさりげない告白に向けての話題誘導、初手で失敗。バッサリと叩き斬られた。幼稚園からずっと片想いしている幼馴染は、眉根を寄せて言葉を続ける。


「そもそも本気で彼女が欲しいなら、まず見た目をどうにかしなきゃでしょうよ。アンタさぁ、逆の立場で考えてみなさいよ。デブで清潔感もない地味な女の子を好きになる?」


 つまり俺は清潔感もない地味なデブって事ですか、そうですか。


美幸みゆき、お前よくそこまでボロカスに言う男の部屋に入り浸れるね」


 週3日の頻度で遊びに来るんだもんよ、俺に気があるのかと思っちゃうじゃん。いや、美幸は可愛いし学校の男どもにも人気があるし、万が一にもそんな気はないんだろうけど。


「だってアンタの持ってるマンガとかアニメ、面白いんだもん。私がオタ趣味になった原因はアンタなんだから、それくらいは都合しなさいよ」


「それは否定せんが……」


 友達に噂されたら恥ずかしいし……とか思わないのか、思わないんだろうな。というか、誰もこいつと俺がどういう仲かなんて疑う事もないのだろう。


 幼稚園からの片想いだから、もう12年か? 同じ高校に入学したら告白しようと決めて受験勉強を頑張り、めでたく同じ高校に入学した。しかしいざとなると勇気が出ず、結局これまでと同じ様に幼馴染という関係に甘んじていた。


「じゃあ、痩せたら俺と付き合ってくれるのかよ」


 でも、もうこうやって好きな子を前に足踏みしている生殺し状態は嫌だ。そう思って、俺はまるで清水の舞台から飛び降りるぐらいの覚悟を持って、一歩踏み込んだ。


「いいよ」


「……ファッ!?」


 短い彼女の答えに、思わず耳を疑った。


「だから、いいよって言ったの。ずっと一緒に過ごしてきたアンタなら、無理に自分を良く見せようとしなくてもいいし。オタ趣味も隠さずに済むでしょ」


「打算だらけじゃねーか!」


「恋愛なんて打算の産物でしょうが。それに恋愛的な感情は今はないけど、私としてもアンタは気のおけない大事な幼馴染だもん。もしも恋人って関係になっても、きっとうまくやっていけると思う」


 まぁ、痩せたらの話だけどね、と彼女は意地悪そうな笑みを浮かべて言った。そしてカバンをガサゴソと探り始めると、一本のペットボトルを取り出した。


「もし本気で頑張るなら、これあげる。舞子からもらったんだけど、痩せるサプリが入ったジュースなんだって」


「お前、それ大丈夫なのか? 舞子ってお前のクラスのちょっとマッドみたいな子だろ? なんか変なクスリとか入ってないだろうな……」


 そのシチュエーションだと『ダメ、ゼッタイ!』なモノしか浮かばないだろ普通。胡散臭そうな視線を向けると、美幸はそれをポイっとこちらに投げてきた。


「大丈夫だと思うよ、多分。もともとあの子、私経由でアンタにこれを渡すつもりだったらしいし」


「はぁ? なんで俺にあの子がそんな怪しいジュースを渡そうとするんだよ」


「知らない。明日にでも本人に聞いてみたら、話しかけづらいなら私が聞いてあげてもいいけど」


 『どうする?』と小首を傾げながら言われる、かわいい。美幸の友達の事はもうどうでもいいや、ここまで来たらやるしかないだろう! 痩せてやるさ、ああ絶対に!!


「……痩せたら本当に付き合ってくれるんだな?」


「いいよ、本当に痩せられたら恋人になってあげる」


 よし、言質はとった。あとは俺が精一杯頑張るだけだ。物心ついた頃からずっと一緒にいた脂肪達だが、俺の恋の成就の糧になってもらう。


 今日は帰るね、と部屋を出る美幸を見送りながら、俺は決意を固めるのだった。










 ピピピピ ピピピピ ピピピピ


「んぅ、もう朝かぁ……」


 目覚まし時計のアラームに夢から現実へと引き戻された俺は、目をつぶったままいつもの様に目覚まし時計を手で探る。


「んん~?」


 しかしいつまで経っても目的の物に手が触れず、パタパタとシーツを無駄に叩くだけになっている。あれ……シーツ?


 俺のベッドは頭の上に小さな棚の様なものが備え付けてあって、そこに目覚まし時計や充電中のスマホなんかを置いているのだ。そして普段であれば、俺が手を伸ばせば簡単に目覚まし時計に届き、アラームを止める事ができるはずだ。


 なのに今日は手を伸ばしても何も手に触れられず、力尽きてシーツの上にバタンと腕が墜落するという事を繰り返していた。


 猛烈に嫌な予感がして、ガバッと体を起こす。勢いよく体を動かしたので、バフッとホコリが舞い上がる。いつもならキラキラ舞うホコリに朝日が当たってキラキラ光るだけで終わるのだが、今日はパサッと首筋に細い毛の様なものが被さる様に降ってきた。


「ヒェッ、虫か!? もしかしてGじゃないだろうなオイ!!」


 思わず声を出してしまった俺だが、耳に入ってきたのは明らかに俺の声じゃなかった。まるで鈴の音を転がした様な、可愛い女の子の声。少し舌っ足らずなところが可愛いと思う……これが自分の口から飛び出した声でなければ。


 『女性シンガーのアニソン歌い放題か!』なんて一瞬頭をよぎるが、それどころの話じゃない。足がもつれて転けそうになりながらもなんとか耐え、部屋に備え付けてある全身鏡の前に立つ。するとそこには中学生ぐらい、贔屓目に見て高校に入学したてならこれくらい幼さの残った少女がいても不思議じゃないくらいの、愛らしい少女が立っていた。


「えっ……これが、俺ぇ?」


 いやいや、ちょっと待ってくださいよ。意味がわからない。えぇ……昨日なんか変なモノ口に入れたっけ?


 そこまで考えて、俺は思わずものすごい勢いで勉強机の上に置いてある空っぽのペットボトルに視線を向けた。アレだ、アレしか原因が考えられない。そう言えば夕食後にアレを飲んでから急に眠くなって風呂も入らずに寝たんだった。


 これからどうするか、そもそもこれって元に戻るのか? なんて事が頭をぐるぐる巡っていると、部屋のドアがバーンと勢いよく開かれた。


「おにぃ! もう、なんで起きてこないの!?」


 部屋に入ってきたのは俺とは似ても似つかない可愛い妹だった。いや、今の姿だとちょっと似てるか? 人間って余裕がない時ほど余計な事を考える様で、言い放った状態でこちらを見て固まっている妹を見ながらそんな事を思う。


「えーと……どちらさま?」


 妹からすればデブでキモオタの兄の部屋に、全裸に限りなく近い半裸な美少女がいたという限りなく事案に近い状態。それだけの言葉を絞り出しただけでも称賛されるだろう。


 半裸なのは仕方がない、明らかに標準サイズより小さめな女の子に5Lの男性用パンツやTシャツがフィットするはずがないのだ。おかげで下半身はスースーするし、Tシャツなんて襟部分がギリギリ肩に引っかかってるからずり落ちていないだけだ。裾部分がスネの下まで来てるから、ノーパンでも今のところ問題ない。


「うわぁぁぁん! あかりいぃぃぃ」


 あー、もうダメだ。非現実的な事が起こりすぎて、理性が感情を抑えられなくなった。俺はしがみつくように妹のあかりに抱きついて、泣きわめいた。












 ここは我が家のリビング。ソファの上に座らされて、対面には妹のあかりと母親、そして何故か制服姿の美幸がいた。おそらく登校前にあかりに捕まって連れてこられたのだろう、不憫な。


「にわかには信じられない話よねぇ、あの息子がこんな可愛いらしい女の子になっちゃうなんて」


「おにぃ、ギルティだよ! どこからさらってきたんだろう、こんな可愛い子」


 上から母と妹の言葉である、どれだけ俺って信用がないんだ。役に立たない親族に見切りをつけて、俺は美幸に視線で助けを求めた。すると美幸は少しだけ考えた様に目を瞑って、それから口を開く。


「……約束。昨日あいつと私はひとつの約束をした、それは一体何? 本人なら答えられるはずだし、あの事は私とあいつしか知らないから本人である証明になるはず」


 ほんの少しだけ頬が朱に染まっている。そりゃそうだろう、幼い頃から知られている幼馴染の母とその妹にあんな青臭い約束の事を暴露しなきゃならんのだ。あ、俺も恥ずかしくなってきた。


「痩せたら……付き合ってくれるんだろ、この状態は予想外だったけど」


 俺はソファに座ってて、美幸は立ってるからどうしても上目遣いになってしまう。しかも今の俺の顔はおそらくきっと真っ赤っ赤だ。どうやらその姿が彼女の琴線に触れたのか、勢いよく抱きついてきた。その勢いに美幸より体の小さな俺はむぎゅっとソファの背もたれと美幸の体に挟まれてしまう。


 ふわりといい匂いが漂ってきて、ドキリと胸が高鳴る。体は女の子になっても、この子に抱いてる恋心までは変わっていない事が唐突にわかった。それがなんだか嬉しくて、元の俺がいなくなってない事が有り難くて。


「いいよ、付き合ってあげる」


 耳元でくすぐる様に呟く美幸の声に、熱くなっていた目頭が限界を迎えてポロリと涙が溢れた。嬉しかったからなのか、それとも違う理由なのかは俺にもわからないけれど。


「いいのかよ、女子になっちまった俺でも」


「中身がアンタなら、男でも女でもどっちでもいいよ。うまくやれるよ、私達なら」


 突然こんな告白シーンを見せつけられた母と妹には申し訳ないが、今の俺は長年の片想いが実った喜びがこれからの不安よりも勝って幸せだった。だから勘弁して欲しい、そんな事を考えながら、美幸の柔らかな胸元にそっと濡れた目元を押し付けた。



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