「反省の街」
神城弥生
第1話反省の街
ここに来た人は皆こう思う。『ここはどこだろう』『自分は誰なんだ』と。
ここは通称『反省の街』。
いや、そもそも街なのか、国そのものなのか、島なのか、大陸なのか。それすら誰も知らない。
別に謎かけをしているわけじゃない。本当に誰も知らないし分からない。
これはそんな場所の『中心街、第五地区』と呼ばれている場所のとある少年のお話。
「ってぇなクソガキ!!こんな所で蹲っているなよ!邪魔だ!」
「おいおい、こんなガキ相手にキレんな。っておいこいつよく見ろよ。腕輪が真っ白だ。こいつは新入りだろ」
「ああ?ありゃ本当だ。こんな真っ白な奴は久々に見たぜ。ったくこんなガキがこんな所くるなんて世も末だな」
「ギャハハハ!『世も末』ってこんな場所で使う言葉かよ!」
「ギャハハハ!ちげぇねぇ!ようこそ『反省の街』へ!精々良く反省することだな!」
男達は愉快そうに去っていく。何が起きたのか、何故男たちに蹴られ笑われているのか分からない少女は未だに蹲っている。 俯き目には涙が溜まり今にも泣きだしそうな少女に影が差す。
「大丈夫?来て早々災難だったね。ほら、立てる?」
少女が顔をあげるとそこには優しそうに微笑んでいる少年が手を差し伸べていた。
「僕の名前は浩太。よろしくね」
少女は自分の名乗ろうとして、そして気が付く。自分の名前も、どうやってここまで来たのかも、何も思い出せないことに。そんな様子を見た少年は頷き優しく話を続ける。
「うん。来たばかりだから分からないよね。とりあえず立てる?此処がどこなのか俺が説明してもいいけど、それよりも適任者がいるから案内してあげる。丁度僕も彼女に会う予定だったし」
浩太の優しさに安心したのか少女はその差し伸べられた手を掴み、そして彼に手を引かれながら街を歩いていく。
道中少女は辺りをキョロキョロと慌ただしく見渡しながらも少年の手をしっかり握り小走りで彼に着いていく。まるで中世のヨーロッパのような街並み。石畳の道にレンガ調の建物。車は勿論なく、だが馬車などの乗り物もない。街は様々な人種の人で賑わい、だが誰もかれもどこか元気がないように感じた。
「こっちだよ。手を離さないでね。初めは迷子になりやすいから。でも次からは一人で来れる様に道順はしっかり覚えるんだよ」
浩太はかがみ少女と目線を合わせながら優しく教える。少女が頷くと少年は少女の頭を優しく撫で、そして立ち上がり少女の手を引き路地を進んでいく。
路地は複雑で二人は何度も角を曲がる。少女はそのたびに何か目印を探し、忘れないように必死になりながらも浩太に着いていく。
10分ほど歩いた時、不意に少年は路地裏にある一枚の扉の前で立ち止まる。
「さ、着いたよ。まずは彼女に挨拶をしよう。優しい彼女はきっと君の力になってくれるから」
浩太は優しくそういうと扉のドアノブに手をかける。ギィィっと音をたてながら古い木の扉が開き、二人はその中へと入っていった。
「いらっしゃいコウちゃん。あら?そっちの子は?」
「こんにちはレイラさん。こっちの子は恐らく今来たばかりの新人さんだよ」
室内は古びたBARのようだ。と言っても客はおらず、カウンターでレイラさんと呼ばれた綺麗な女性が腰をかけグラスを傾けているだけだった。全体的に古く木造りな為、二人が歩くとギィィ、ギィィと床が鳴く。
「まぁ、可愛らしい新人さんだこと。それに新人なんて見たの何年ぶりかしら。コウちゃん以来?」
「そんなことないでしょ。僕がこの街に来たのはもう50年くらい前だよ。レイラさんならその間にも何人も新人を見てるんじゃないんですか?」
「50年かぁ。もうそんなに経つかね。此処を知ってる人間なんてそういないから、多分コウちゃん以来で間違いないわ」
レイラさんはグラスの淵を指でなぞりながらそう答える。浩太が50歳以上という事実に少女は驚く。見た目はまだ10代後半。だが彼らが嘘を言っている様には見えなかった。
「で?コウちゃんの方はどう?今回の件で思い出せた?」
「思い出せたら此処にはいないよ」
「そうよねぇ。そろそろ思い出せてもいい頃なのに」
「僕は一体何をしたんだか」と少年はどこか遠くを見るような、悲しい表情でそう呟く。二人が一体何の話をしているのか少女は分からず、ただ二人の顔を交互に眺めるだけだった。
「ああ、ごめんなさいねお嬢ちゃん。コウちゃんこの子に説明は?」
「まだ何も。そう言うのはレイラさんの方が上手だから」
「全く。まぁいいわ。私も暇してたし。さて、二人とも。少し長い話になるからこっちに来て座りなさい。お水でも飲んで」
レイラさんはそう言うとゆっくりと立ち上がりバーカウンターの中へ入り、グラスを二つ用意する。浩太は小さく「やった」と呟き少女が椅子に座るのを手伝い自身も腰をかける。
「さて、どこから話したものか。そうね。まずここは『反省の街』と呼ばれる場所よ。まぁ街と言っても、島そのものなのか、大陸なのか、それは知らない」
レイラさんはグラスに水を注ぎながら話し始める。浩太は嬉しそうに、そして大事そうに水をゆっくり飲み始める。だが少女はレイラさんが何を言っているのか分からないという表情をし、それを見たレイラさんはくすっと色っぽく笑う。
「そうね。何を言っているのか分からないわよね。まずは前提を話さないと。まず貴方は記憶がない。それは間違ってないわね?」
レイラさんが少女に聞くと、少女は一度考えてからゆっくりと不安そうに頷く。どうやらもう一度何かを思い出そうとしたようだが、結果として何も思い出せなかったようだ。それを見てレイラさんはゆっくりと頷き話を続ける。
「貴方みたいな幼い子にこんなこと言うのは酷だけど、だけどいずれ知ることだし此処では知らなきゃいけない事だからはっきり言うわ。まず貴方は地球という場所で生まれ、そして死んでここに来たの」
「……え?」
此処に来て少女は初めて口を開く。といっても開きたくて開いたわけではなく、思わず開いてしまったという感じだが。
「信じられないだろうけど事実よ。貴方にとって辛い話かもしれないけど、こんな話の序盤でつまずいてたら時間がいくらあっても足りないから続けるわね」
少女が隣を見ると、浩太は透き通った水の入ったグラスを未だ大事そうにちびちび飲んでいる。彼が驚いていない事から少女は子の話は事実なのだと感じた。
「地球で死ぬ人間は二種類いる。罪を犯した人間とそうでない人間。そしてこの街にやってくる人間は皆罪を犯した人間よ」
またも衝撃的な事実に少女は開いた口が塞がらない。罪を犯した人間?犯罪者だと言うのか?
「何らかの罪を犯した人間はこの街にやってくる。皆等しく記憶を失ってね。さっきも言ったけどこの街は『反省の街』。知らない人も多いけどこの街では善行を積んだ人間は少しずつ記憶を取り戻す。そして死んだ原因、つまり何故死んだのか、何の罪を犯して死んだのか、それを思い出した時初めて天国に行ける。まさに言葉通り『天に召される』わけ」
放心状態になった少女だったがグラスに入った氷が少し溶け『カラン』と音が鳴り、その音でハッと放心状態から戻る。
この街にいる人間は皆罪人?つまり目の前にいる優しそうなレイラさんも、隣で水を愛おしそうに眺めている優しい少年も何か罪を犯したという事か?
「……つまりここは『地獄』で此処にいるのは皆犯罪者?」
「うーん、半分正解ってところかな。正確には此処は地獄の一歩手前って所。此処では記憶をある程度取り戻しても、罪を犯し続ければまた失い、そしてそれが続けば消えて正真正銘『地獄』に落ちるわけ。そして此処にいるのは罪を犯した人間だけど、地球で言う犯罪者かどうかは分からない」
レイラは立ちながら話すのが疲れたのか、カウンターに肘を立て頬をつきながら話を続ける。妖艶な彼女のその何気ない仕草に同性でありながら少女の頬は少し赤らんだ。
「地球で『犯罪者』って言うと、つまり『法律』を『人間の決めたルール』を破った人間の事を指す。だけど此処にいる罪びとの罪は『世界』が、『神様』が決めるの。だから例え人を殺さなくても、もしかしたらただ道端にいた動物を殺しただけかもしれないし、他人を死に至らしめなくても多数の人を言葉で傷つけただけの人もいるし、それこそ様々よ」
二人が真剣に話をしている隣で少年は小さな声で鼻歌を歌い始めた。その歌は少女の聞いたことのない歌であり、聞いたことのない言葉だった。
「そう言えばこんな人もいたわ。ネットの掲示板とかSNSで他人の悪口を書きまくって此処に来た人。その人は知らなかったらしいけど、その悪口によって本人の知らない所で沢山の人が傷つき、そしてそれが直接の理由じゃないにしろ自殺した人もいる。地球ではそれは罪にならない。でも人を沢山傷つけたのは事実。それでここに来る人もいる」
「あー、そう言う人本当に増えたよね。ネットで相手の顔見えないからって好き放題書いて死んだ後此処に来る人。そう言う人って罪の意識がないからここから抜け出せない人多いんだよね」
少年はグラスから目を逸らさずに話に入ってくる。少女は話の内容より、少年がちゃんと話を聞いていたことに驚いてしまったが、それを表情に出すと失礼かと思い真面目に聞いているふりをする。
「そうねぇ。ネット関連でここに来る人は本当に増えたわ。というか最近はほとんどそうなんじゃない?」
「あ、あの、質問いいですか?」
少女が声を出したことにレイラは一瞬驚いた顔をするが、年の功か彼女はすぐに優しい笑顔に戻り「どうぞ」と促す。
「ここはつまり『地獄』の一歩手前で、皆反省をして記憶を取り戻せば天国に、取り戻せなかったら地獄に行く。だから『反省の街』って事ですか?」
「んー大体あってる。だけど一つ間違ってるのが記憶を取り戻せなくても、ここでまた罪を重ねなかったら地獄にはいかない。その場合は永遠にこの街にいることになるわ」
「そうそう。レイラさんは確か4000年はこの街にいるはずだよ」
「4000年じゃないわよ。確かもう5000年は経つわ。正確には覚えてないけど」
5000年も此処にいるというあまりも壮大な話に、そのすごさがピンとこなかったが、とてつもなく長い事だと少女は理解した。
「ああ、それでね。その腕輪あるでしょ?それは此処に来る時誰もが着けていて、そして絶対に取れない仕様なの。そしてその腕輪が黒く濁れば濁るほど、その人は罪を犯し地獄に向かう。逆に蒼くなればなるほど記憶を取り戻し天国に近くなるって訳」
少女は自分の腕輪を確認する。何の変哲もないその腕輪は真っ白だ。まだ記憶がなく、そして罪も犯してないまっさらな状態という事だろう。ちらりと少年の腕を見ると、彼の腕輪は空のように澄み切った綺麗な青をしていた。
「ああ、コウちゃんはもうほとんどの記憶を取り戻してるの。あと一歩で天国行きね。だけどどうしても何の罪を犯したのか、それだけが思い出せないんだって」
「そうなんだよねぇ。名前も、経歴も家族構成も、地球の頃の住所だって言える。なのになんでなのかなぁ」
「ふふ。そこまで来たらもう焦ることないわ。あとはきっかけがあればすぐよ」
「きっかけねぇ」と呟く少年を、まるで我が子のように優しく見るレイラさんの腕輪はしっかりとした明るい青だった。
「あれ?レイラさんの色でもまだ足りないんですか?もうちゃんと青いように見えますが……」
「ああ、私?私は実はもう記憶を全て取り戻してるの。天国にも一度行ってるしね」
「え?」
「貴方には特別に教えてあげる。私ね、好きな人が居るの。といってももうこの街に来ているのか、まだ地球で生きているのかは分からないけど。その人を待っているのよ」
そう語るレイラさんはどこか遠くを見ているようだが、その眼は本当に大切な何かを思い出し見つめているようだ。
「私達は地球で罪を犯し、そして私が先に死んじゃったの。でも死ぬ時あの人と約束したの。「あとで絶対会おう。俺もすぐ行くから待っててくれ」って。だから私は神様に罪を償ったけど、それでもここであの人を待ちたいってお願いしたの。そしたら案外あっさりOKが貰えてね。というか私の会った神様は女神様だったんだけど、そう言う恋愛話が好きみたいで。泣きながらOKしてくれたわ。あれには驚いちゃったわよ。女神様といってもやっぱり女性なんだって」
ふふっと笑いながら語る目の前の女性の顔を少女は一生忘れないだろう。といってもすでに死んでいるが。優しく愛を語る彼女は、少女には女神様のように美しく優しさに満ち溢れている女神その者に見えた。
その瞬間少女はあることに気が付く。
「あ、私の名前。そう、私の名前はエリー。私の名前はエリーよ!」
その言葉に浩太とレイラは驚き固まる。少女は自分でも何故こんなことを忘れていたのか疑問だが、それでも思い出せたことに安堵する。
「驚いた。こんなに早く思い出せるなんて。もしかしたらエリーの罪はかなり軽いのかもしれないわね」
「マジかよ。僕が僕の名前を思い出すのに2年はかかったのに……」
「あれ?でもどうして私善行を積んでないのに名前を思い出せたんだろう」
レイラの話と矛盾していることに少女は驚くが、その答えは案外早く解決する。
「さっき『善行を積んだら記憶を取り戻す』って言ったけど、それはあくまで最短でって事。実は何もしなくてもある程度は記憶は戻るのよ。まぁ本来時間はかかるけどね。でも時間が経てば全部思い出せるわけじゃないわ。途中までは思い出せても、何もしなければ全部は思い出せない。そしてほとんど思い出せても、『心から反省』し、『心から思い出したい』と願わなければ記憶は絶対に戻らないわ」
少女は無意識に自分の腕輪を確認する。するといつの間にか先ほどまで真っ白だった腕輪はほのかに青色に変化していた。
「あの、最後にこの街が島か、大陸か分からないという話をしていましたが……」
「ああ、それはね。誰もこの街の端を見たことがないのよ。昔それを試した人が居たんだけど、大通りを真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ500年歩いた人が居たのよ。だけどその人は1000年後帰ってきてこう言ったの。「どこまで行っても様変わりしない街並みだった」って。どこまでも街は続き、そしてどこまで行っても罪人が居たらしいわ。」
つまりその人は1000年旅を続けたことになる。なんて気の遠い話だ。そして少女は一つの事に気が付く。
「え?じゃあレイラさんの想い人さんは死んでも出会えるか……」
「そうなのよ。一応常時『情報屋』に情報を集めてもらっているのだけれど。もしかしたらまだ死んでないかもしれないし、もうこの街にいるかも。もう天国にいるかもしれないわね」
どうやら地球とここでは時間の流れが違うようだ。そんなの辛すぎる。5000年も待ってすれ違いなんてあんまりだ。
「でもね。それでもいいの。もしすれ違っても、あの人がそれで天国まで行けて幸せになっていたなら、それでいいの。でももしこの街に来て、どうしても記憶が取り戻せなく困っていたら彼の力になる。私はその為に此処にいるの。少しでもあの人の力になれたらそれだけでいいの。例えこの先5000年纏うが、1万年まとうが、私はそれでいい。まぁ惚れた女のって奴ね」
レイラはまっすぐそう言い切り、その顔には迷いなど一切見えないように感じる。何と愛の深い事か。少女はこんなに優しくしてくれたレイラさんの為に何とかしてその男性の事を探そうと心に決める。
「さて、話はこんな所かしら。で、コウちゃん仕事の方は?」
「説明ありがとうレイラさん。やっぱりあなたにお願いして正解だったよ。仕事の方はしっかりこなしてきたよ。はい、これ」
浩太はそう言うとレイラに手紙を一枚渡す。レイラはそれに目を通すと「ふぅ」とため息をつき、残念そうに近くのごみ箱に捨てる。
「それは?」
「ああ、これはコウちゃんにいつもお願いしてる仕事よ。依頼内容は色々。まぁ何でも屋って所ね。その報酬でコウちゃんには食事と寝床を提供してるの。そして今回の仕事内容は『情報屋』の手伝い。代わりにあの人の情報を提供してもらっているんだけど、どうやらまだ見つかっていないみたい」
板ずらっぽく舌を出すレイラは、先ほどまでと違いどこか寂しそうに感じた。やはり彼女の力になりたいと少女は改めて思う。
「さ、今日は来たばかりで疲れたでしょ。二階で休むといいわ。コウちゃんエリーの案内お願いできる?」
「ああ、いいよ。おいでエリー。ここは何もない場所だけど、部屋は綺麗だよ。ベッドは少し硬いけど」
「あら、コウちゃんも言うようになったわね。何なら床で寝てもいいのよ?」
「勘弁してくれ。こっちは一日中『情報屋』にこき使われてへとへとなんだ」
「ふふっ。冗談よ。さっさと寝て明日に備えなさい。明日からは教会のお仕事でしょ?」
「そうだね。そうさせてもらう。さ、エリー行こう」
浩太は優しくエリーの手を取り二階の部屋に案内する。部屋はいくつかあったが、どうやら浩太の隣の部屋らしい。部屋に入るとそこには机が一つとタンス、そしてベッドがあるだけの質素な物だった。
少女はベッドに倒れる様に横になると、自分でも気づかない程疲れていたらしく、すぐに睡魔が襲ってくる。
「私、死んじゃったんだ。私の犯した罪ってなんだろう」
少女がそう呟くが、その事を考える間もなく夢の中に誘われた。
まだ明るい時間に寝たはずなのに目覚めると既に部屋には朝日が差しこんでいた。一階に降りると既にそこには三人分の食事が置かれており、浩太とレイラさんはすでに席に着いている。エリーには食卓を囲い楽しく幸せそうに話す二人は何となく本当の家族のように見えた。
食事はパンと味の薄いスープ、それと水だけだ。だがこの街ではこれはかなり贅沢な方らしい。この街の食事はほとんどが砂を食べているような味がするものばかりみたいだ。昨日浩太が水を愛おしそうにしていたのはそれが理由みたいだ。中心街から離れるとほとんどの食事が馬の餌より酷い味がすると浩太は苦い顔で語った。
その後三人で食事をとり、食後に一息ついていると二人から昨日話していたなかった話を聞かされる。
此処は「中心街第五地区」。比較的犯罪の少ない場所らしい。「第四地区」「第七地区」「第八地区」はこの辺りでは罪の重い人間が来て毎日犯罪で溢れているという事だ。人はそこを「犯罪街」と呼ぶ。そして「第一地区」「第二地区」「第三地区」は生産者が多く農業も盛んでここら辺の食物や衣服、生活用品は残部そこで作られているらしい。所謂生産地区と呼ばれる場所だ。
「まぁ細かい話は覚えなくていいわ。兎に角「第四、第七、第八」地区は危険。それだけ覚えておいてくれれば」
「そうだね。できれば関わりたくないけど、仕事によっては行かなきゃいけない時もあるし」
二人はそう言い話を締めくる。
「これでこの街のルールは大体話したかしら。さて、エリーはどうしたい?」
「どうって?」
「エリーのこれからの事よ。今は流れで此処にいるけど、それは強制じゃない。エリーが良ければここでコウちゃんみたいに寝床も仕事も提供することもできる。もし一人で生活したいっていうならそれは止めない」
テーブルに肘をつき、金髪をかき上げながらレイラはエリーに尋ねる。だがエリーにはレイラの表情はすでにエリーの答えが分かっていて、それを確認している様に感じる。
「私は、私は此処にいたい。どこに行ったらいいか、何をしたらいいのか分からないし……。レイラさん。浩太さん。どうか私を此処において下さい!できる事なら何でもしますから!」
エリーは話しながら声がだんだん大きくなっているのを感じながら、必死に二人にお願いする。原因は昨日見た街の様子だろう。ここにきていきなり絡まれ、そしてどこか生気のない人々。そんな場所で一人で生きていくなんてエリーにはできない、自身でそう感じたからだ。
「ん。その方が利口ね。コウちゃんもそれでいい?」
「勿論。僕は元々そのつまりだったし。僕はきっともうすぐ天国に行くから。そしたらレイラさんは一人になっちゃうからね。というかレイラさんも初めからそのつもりだったんでしょ?」
「まぁね。でも一応本人の意思確認はしなくちゃ。という事で決まりね。これからよろしくね。エリー」
「は、はい!よろしくお願いします!」
此処ならうまくやっていけるだろう。エリーはこの街に来た時とは違い、屈託のない笑顔を二人に向けていた。
それから三カ月、レイラに仕事を貰いエリーと浩太は毎日仕事をこなす。と言っても始めは一緒の仕事をしていたが、一週間ほど経つとバラバラの仕事をこなすようになる。それからどうやらこの世界の住人は食べ物を食べなくても生きていけるらしい。ただ食べなければ元気が出ないのは地球と同じだ。だから死んでからも働くしかない。
エリーは段々とこの世界の事を覚え、そして腕輪の色は以前よりも濃い青に近づいていた。
今日のエリーは機嫌がいい。久々に浩太と同じ仕事をすることになり、数少ない知り合いと話をしながら仕事ができるとあって気が楽だった。
二人がたどり着いたのは「第五地区」のはずれにある教会。今日はここの手伝いをすることになっている。
此処では沢山の子共とシスターが一人いるだけだ。こんな世界で子供が働くのは難しい。そこでレイラさんの紹介の元子供達は衣服などで使う糸を造り生計を立てている。それを顔の広い浩太が生産街に売りに行っている訳だ。
浩太が教会に入ると出迎えてくれたシスターに挨拶し、出来上がった糸を取りに行くと、どこからともなく子供たちが集まり浩太に突撃していく。これは抱き着いているわけではない。誰が見ても突撃だろう。もしその標的がエリーだとしたら彼女は一人目の突撃で倒されてしまうほどの勢いいで皆浩太に突撃していく。だがそこに悪意があるわけではないのは分かる。浩太もそれが分かっているからそれらを受け止めたり、少し大きい子は受け流したりして対処している。
「じゃあ、今月の分確かに受け取りました」
「ええ、よろしくね」
シスターや子供達に挨拶をし、教会を出ようとしたところで教会の扉が勢いよく開かれ数人の男が入ってくる。
「邪魔するぜ?シスターは……お?なんだよ丁度いいじゃねぇか」
先頭にいた男を見て浩太は舌打ちをする。この中心街で彼を知らなければそいつは新入りか中心街の人間じゃない、とまで言われる男だ。と言っても悪い意味で、だ。
先頭の男が「おい」と後ろの男に声をかけると、他の男達は頷き浩太の持っている大きな鞄に入った糸を奪い取る。
「やめろ!それは僕たちが作った糸なんだ!!」
「駄目よ!!」
一人の少年が奪われた糸を取り返そうと男達に向かって走っていき、同時にシスターの悲鳴のような声が教会に響く。と同時に、教会内に破裂音が響き渡る。
「ったくガキが邪魔するんじゃねぇよ」
先頭にいた男がいつの間にか銃を構え、次の瞬間男たちに向かって走っていた少年はそのまま倒れこむとピクリとも動かなくなる。
少年がエリーはその光景を身動き一つ取れずにただ見ていた。人が死んだ。目の前で子供が殺された。その瞬間自分の中で何かが動くのを感じる。
だが浩太は一人別の事を考えていた。「もしかしたら」。浩太のそのつぶやきを聞いたエリーは何故浩太がこんなにも冷静にいられるのか分からなかった。人が死んだ。いや、ここは『反省の街』。すでに皆一度死んでいる。ならもう一度死んだならどうなる?その答えを知らないエリーは怖くてたまらなかった。
「ジンさん。何も殺す必要ないんじゃない?」
「あ?浩太か。俺の時間を奪おうとしたそいつが悪い。だろ?」
どうやら浩太とジンと呼ばれた男は知り合いらしい。浩太はこの「中心街」では有名な「何でも屋」だ。レイラさんの事は一部の人間しか知らないようだが、その仕事は幅広く、犯罪街のにも顔見知りは多いらしい。
「ああ、そうだね。確かにジンさんの時間を奪う奴は愚か者だ。だけど子供を殺すのは俺も我慢がならない」
「おいおい、いつも冷静な「何でも屋」が俺の時間を奪おうってか?」
「ああ、どうやら俺もその「愚か者」らしい」
浩太はニヤッと不敵な笑みを浮かべる。浩太に何か秘策があるのだろうか。一瞬その笑みにジンも険しい顔をするが、すぐにニヤッと笑うとその銃口を浩太に向ける。
「まぁいい。お前にはいつも世話になっているが、俺の時間を奪うやつにはいつも通り思い知らせないとな。お前がどう踊ってくれるのか見ものだぜ」
「ああ、楽しませてやるよ」
二人の行動を皆がかたずを飲んで見守る。この状況で浩太はどんな秘策に出るのか。何もなければ殺されるだけだ。
10秒ほど二人は睨みあった後、ジンがその沈黙を破る。
「ま、後で訳を聞かせろや」
ジンがその引き金を引こうとした瞬間、浩太はジンに向かい走り出す。だがジンは顔色一つ変えずにその引き金を引き……そしてジンは一瞬のうちに消えてしまった。
誰もが何が起きたのか理解する前に、持ち手を無くした銃が地面に落ちる前に浩太が掴み残った男たちにその銃口を向ける。
「さ、これで形勢逆転だ。その荷物を置いてさっさと出て行きな」
浩太の声に何が分からず呆然としていた男が正気に戻り口を開く。
「お、おい何でも屋。お前何をしたんだ?」
「何って俺は何もしていないぞ。『この街で人が消える』理由と言ったら二つしかないだろ?ジンは少しはしゃぎ過ぎたんだ」
その言葉でこの場にいるエリー以外がその答えに気づき、男達は素直に荷物を置いて出ていく。
撃たれた子供を近くの長椅子の上に寝かせ、浩太はシスターに話しかける。
「で?いつからあいつらがここに関わってたの?なんで黙ってた」
「ごめんなさい。あいつ等がここに関わってきたのは一年前……」
この街に子供が来る確率は低いがそれでもそれなりには来ることがある。それを保護していたシスターだったが、それでもこの街に気てからこの教会に来るまでに『何も』なく無事たどり着く子供は少ない。それはエリーが経験したように、蹴られ笑われるだけならまだしも、騙されもっとひどい目にあう子供も珍しくないようだ。
そこでジンがある提案をしてきた。「見つけ次第子供を保護し、この教会を守ってやるからその代わりに糸を一部よこせ」と。初めはジンに渡す糸の数は決まっており、子供達がそれで無事でいられるならとシスターはその条件を呑んだ。
だが時間が経つにつれその渡す糸の数は増え、そして今回はすべてを奪いに来た、という事らしい。
「チッ、だから最近子供の増加と糸の数が合わなかったのか。なんで気付かなかったんだ俺は」
「ごめんなさい。こんな事であなたを頼るのは申し訳なくて」
この街は犯罪者が訪れる街だ。警察などいるはずもない。自分のみは自分で守るしかない。
「ね、ねぇ。なんで皆そんなに冷静なの?人が一人死んだのよ?」
そこでやっと状況を理解できず固まっていたエリーが口を開く。彼女の言っているのは先ほど撃たれた少年の事だろう。
「ああ、それは平気だよ。ここでは「人は死なない」」
驚き混乱したエリーに返ってきた答えは意外な物だった。一度死んだ人間が訪れるこの街でもう一度死ぬとどうなるか。その答えは「死なない」だ。例え銃で心臓を撃ちぬかれても、ナイフで首を切り落とされても、大きなものでその身を潰されても、その身を焼かれようとも、ここでは人は死なず、きっかり一時間後に元の体に戻り意識が戻るそうだ。
「だけどその時は勿論痛みはある。だからここは下手をすれば何度も『死ぬような思い』をする。言葉通りね」
と浩太は言い締めくくる。
「じ、じゃあなんでジンって人は消えちゃったの?」
その答えも浩太からすぐに帰ってきた。
此処では死なないが、『消える』ことはある。その理由は二つ。『天国』に行くか、『地獄』にいくかだ。天国に行くときは腕輪が青くなり、そしてゆっくりと消えていく。地獄に行くときはその腕輪が黒くなり、そして一瞬のうちに消えるそうだ。
「あの子を撃った後のジンの腕輪は真黒くなり、そしてヒビが入ってた。地獄に行く一歩手前の状態だ」
だから俺はジンにもう一度『罪を犯して』貰い消えてもらった。浩太は顔色一つ変えずに話す。
「他の男達は、いや、この街の人達の中でそれを知っている人間は少ない。見たことある人はいるが、その事に気づいている人間は少ない」
「私達もその情報はレイラさんから聞いたのよ。ここであの人より長生きの人なんて見たことないし、あの人よろ物知りは見たことないわ」
「男達も驚いたろうね。何故ジンが消えたのか、その正確な理由が分からないから。だから俺が何かしようにも見えたはず。消えたくないあいつらは逃げたって寸法さ」
それでも、エリーはそう言いかけるが言葉を飲み込む。
何故それでも子供が撃たれてシスターも子供達もあんなに冷静なのか。そう言おうとしたがここは『反省の街』。犯罪者が集まる場所だ。犯罪が居に一歩足を踏み入れば人が死ぬのは日常茶飯事目にする。だけどここは「第五地区」。犯罪はそう多くはない。だけど良く犯罪街に足を踏み入れている浩太は除き、シスターや他の子共達がその光景をよく目にしているとは考えにくい。
ならどうしてそんなに冷静なのか。
その答えは簡単。ここで人の死に慣れていなくても、地球ではどうか。
その答えは分からないが、彼女たちが冷静ならそう言うことだろう。
此処にいるのは皆犯罪者。そう改めてエリーは認識せざるおえなかった。
その後二人は無事産業街に糸を届け、教会にその収益を渡すとレイラのいる宿に戻る。
「そう、ジンがね。まぁそろそろだと思っていたけど」
今日の出来事をレイラに話すと、彼女は納得と言った表情をした。
「それで?エリーはどこまで思い出したの?」
レイラは頬杖をつき、エリーの腕輪を見ながら話しかける。エリーの腕輪はすでに浩太と同じくらい澄み切った空のような青色をしていたからだ。
「うん。私、何をして死んだのか。大体思い出したの。理由以外は」
その言葉に反応したのは浩太だった。無理もない。彼は何年もかけ、様々な努力をしてそこまで達したのだ。だがエリーはここにきてまだ三カ月。あまりにも早すぎる。
浩太の顔を見たレイラが彼が口を開く前にその答えを教える。
「まぁ、それだけ彼女の「罪は軽い」という事よ。ここまで早いとは思わなかったけど、だけどそう言う人が居ない事もないわ」
5000年此処にいるレイラがそう言うならそうなのだろう。納得のいかない浩太だったが、レイラがそう言っているので納得するしかなくその開きかけた口を無理やり閉じた。
「で?話を聞かせてくれる?」と本人は意識していないだろうが、どこか楽しそうで妖艶な表情をしたレイラの質問にエリーは頬を染めながらゆっくりと頷き答えた。
「私、私は事故で死んだの。何故か分からないけど、家族と別れて、施設で暮らしていて。死ぬときとても悲しい気分だった。後悔してた。でも何で悲しかったのか、後悔してたのかは思い出せないみたい」
エリーはその後ある程度要約して自分の人生の話をする。それを悔しそうに聞く浩太とは違い、レイラは優しく、そして時々相槌を打ちながらもその言葉を邪魔せずしっかりと話を聞いた。
「なるほどね。ならやっぱりエリーが死んだ理由はその『思い出せない家族との最後の別れの瞬間』にありそうね」
エリーの話では家族の中はあまりよくなかったそうだ。家に帰ればいつも夫婦喧嘩をしていた両親。それは時に暴力を伴い、そしてそれがエリーに及んだこともあったそうだ。
自分の話をし、頭の中や気持ちが整理されたエリーはふと疑問に思った事を素直に聞いてみる。
「浩太さんはどんな人生だったんですか?」
突然話を振られ驚いた浩太だったが、レイラの「話してあげなさい」という一言で素直に口を開く。
「俺の場合は割と普通なんだよね。普通に学校行って家に帰ってゲームして」
ただ浩太の母親は小さい頃に病気で亡くなり、男手一つで育ててくれた父親は殺人を犯した。浩太は国からの援助金を貰いながら一人ひっそりと暮らしていたらしい。「まぁよくある話だよ」と締めくくり遠くを見ている彼の顔からは悲しみなのか懐かしんでいるのか、その心情エリーには分からなかった。
そんな話を聞いたエリーは浩太の気持ちを理解し泣きそうになる。理由は違うが彼も一人だったのだ。そんなエリーをレイラは母親のように優しく抱きしめ、そして反対の手で浩太を抱きしめる。
親の愛情を知らない二人にとってそれは恥ずかしくもあり、そして泣きそうなほど嬉しく暖かいものだった。死んだ世界で、死んでから初めてそのぬくもりを知った二人は「一度くらい死ぬのも悪くない」とそうひっそりと思ったのだった。
次の日浩太はレイラに頼まれた仕事でとある男に会いに行く。
男はとあるBARで一人酒を煽りながらマスターと話していたが、浩太を見つけるとマスターに相槌をうち話を切り上げる。
「話途中悪いね」と言う浩太に対し「気にすんな。大した話じゃねぇよ」と軽く手を振りながら答える。浩太は一枚の髪をカウンターに置くと男はそれを受け取り、代わりに一枚の紙を渡す。二人は紙を懐にしまうと濁った色の酒を煽る、
「そう言えば今日は新人の嬢ちゃんを紹介してくれるんじゃなかったのか?」
「ああ、彼女は昨日色々思い出してね」
「成程。そりゃ休んだ方がいい。色々思い出した後は割と疲れるからな」
「だねlと相槌をうちお互い再びグラスを傾ける。詳しい話は聞いてこない。浩太もわざわざ聞かれない話はしない。何故なら彼は『情報屋』。他人の情報を聞くのにも他人に話すにも「情報料」が発生する。その為お互い余計な話はしない。
浩太が彼と出会ったのはこの街に来て割とすぐの事。レイラの紹介で知り合ったわけだが、その頃から彼の腕輪は青かった。つまり彼も一度は天国に行ったことのある数少ない人間だ。
数少ない、というか浩太はレイラと彼しか見たことない。天国に行って戻ってくるなんて正気じゃない。なんせここは地獄の入り口でもあるのだから。
以前一度彼に「何故戻ってきたのか」聞いたことがある。その答えは「まだ自分に反省が足りないから」だそうだ。この街に来たばかりで金のなかった浩太がおごった酒一杯で得られる情報はそれだけだった。
そんなことを思い出していると彼から予想外の言葉が出てくる。
「そう言えば少女の名前を聞いていいか?」
彼から情報を聞き出してくることは珍しい。その事に驚きつつも「エリーっていう少女さ」と答える。その答えを聞いた彼は一瞬固まった後、マスターに向かって指を日本たてる。それを見たマスターは年期のはいった木の棚からグラスを二つ取り出し酒を入れてこちらに置く。これが今回の情報料という事だろう。彼がこの情報にはこれ位の価値だと決めたなら浩太はそれに反対するつもりはない。残っていた酒を一気に煽り、今来たグラスに手をつける。
「珍しいね、ケイトがなんな事を気にするなんて」
浩太は言葉を選びながらさりげなく聞いてみる。具体的に聞いてしまったら情報料が発生してしまう。この聞き方なら答えるかどうかはケイト次第。
ケイトは「まぁ、な」となんとも歯切れの悪い返事を返す。それからしばらく二人で黙って酒を煽っていたが、不意にケイトはポケットから硬貨を数枚取り出すとケイトの目の前に置く。
「なんだ?お前こそこんな事に金を払うなんて珍しいな。あの『魔女』の依頼でもないんだろ?」
「レイラさんは関係ないよ。ただ俺自身関わってる少女、それも一つ屋根の下で暮らしてる子だ。気にならないと言ったら嘘になる」
その答えに納得したのか、ケイトは硬貨を掴みポケットにしまう。
因みにレイラは一部の人間から『魔女』と呼ばれている。千年此処にいる人間自体珍しいのに、彼女は五千年だ。その上いつもどこから仕入れた情報か分からないが様々な事を知っている。その理由を知らない人間からしたら彼女は魔女と呼ぶのにふさわしいと思う。
「そうだな。まぁ俺の生きていたころの話になるからつまらない話しだがいいか?」
と前置きしてからケイトの話が始まる。
彼は生前結婚して子供も一人いたそうだ。だが彼は仕事を頑張りすぎて家庭を顧みなかった。それが原因で妻は家事と子育ての精神疲労から蒸発。そしてその事で妻の両親からも子供からも友人らからも責められ、そしてケイトは追い詰められ自殺したという。
「俺の罪は妻を追い詰め死に追いやった事とまだ幼い子供を残して死んだことだ。だから罪が償われたと言われても俺自身は納得できず、自分を罰するためにここに残っている」
彼は顔をしかめ辛そうにそう締めくくる。
「エリーの事を尋ねた理由は?」
「お前の話を聞いた時、あの子もそろそろそのくらいの年になっているかと思ってな。何となく気になっただけだ」
「そう」と浩太は何げなく呟きその後二人は特に会話をするわけもなく酒を呑む。そしてしばらくして解散となった。だが彼の話を聞いた浩太の中で何かがうずく。だがそれが何なのか今の浩太には分からなかった。
それからまた仕事の日々が始まる。浩太はあの日から何かを掴みそうな、思い出せそうな感覚があるがそれが何なのか分からないでいた。
とある夕食の時間、「コウちゃんどうしたの?」というレイラの言葉で浩太は最近の悩みを話してみることにした。
「そう。ならもしかしたらその話のどこかにコウちゃんの死んだ原因に似た話があったのかもね」
だが浩太は何度考えてもその答えは見つけられなかった。するとエリーも気になっていたんだけど、と話をきりだす。
「以前訪れた教会の子達の事なんですが。あの子達は私よりも年下のように見えましたが、あの年齢の子達が犯した罪ってどんな事なんでしょう」
エリーはあの時の子供たちの表情が忘れられないようだ。人の死を見てもなんとも思わない子供達。一体どんな人生を送ってきたのかエリーには想像もできなかった。
「そうね。あの年の子供たちは罪の意識がないけど罪を犯してしまった場合が多いわね」
例えば、といいレイラは記憶を探りながら話しを始める。
「育った場所が罪を重ねなければ生きていけない場所だったとか。確か「ただそうしなければ生きていけなかった」という事ならこの場所に来ないはずよ。そうしなければ自分が死ぬ場合。だけどその事に慣れてしまい罪の意識を失いその事に甘んじて好き放題生きる子達も沢山いる。その場合は此処にくるらしいわ」
いつもながら何故レイラさんはそんなに此処に詳しいのか。その理由は分からないが、今分かることは犯した罪は死んでも消えない。
この街には数えきれない人が居る。そして死んでなお罪を犯し続ける人間は少なくない。そこに罪の意識があろうがなかろうが罪は罪。それを真剣に感じ考え行動しなければ、永遠にこの街から出られないという事だ。
ある意味地獄よりも地獄な『反省の街』。エリーは改めてこの街が心底怖いと思った。
「ああ、良く来てくれた「何でも屋」。互いに時間のない身だ。単刀直入に聞く。ジンさんをどうやって消した?そしてジンさんは「どっち」に行ったんだ?」
次の日浩太とエリーは犯罪街の一角、ジンが元々いたマフィアのアジトにいた。仕事に行こうとした二人は取り囲み此処に連れてこられた。
「最初の質問には答えられない。もう一つの方は、まぁ言わなくても分かってるんだろ?ジョン」
薄暗い建物の地下にある一室。複数人の男達の中心にいる、ソファーに深々と腰をかけて綺麗な女性を二人両手で抱き話すジョンと呼ばれた男に浩太は恐れることもなく話す。
「って事はジンさんは地獄行きか。まぁ当然と言えば当然だが」
ジョンは代々この街に君臨するマフィア、ジンの後釜として組を率いているようだ。
「まぁ恐らくだが他人をどちらかに落とす事なんてできない。この街では昔からそう言われているからな」
「悩みが解決したなら俺たちは帰ってもいいかい?まだこれから仕事をしなくちゃいけないんだ」
「まぁそう急ぐな。せっかく来たんだ。俺のボス就任祝いという事でゆっくり話でもしてこうぜ」
面倒なことになったと呆れ頭を掻く浩太に比べ、エリーはなぜ何も知らない自分も此処にいるのか分からず、ただ姿勢を伸ばし彼らに失礼のないように振舞おうとしている。だが誰が見ても彼女は震えながら今にも泣きだしそうであり、とても行儀正しいようには見えなかった。
「なら質問を変えよう。この腕輪の意味を知りたい。色の濃さは何を意味する。それによってどちらかに行くことが判断できるのか?」
エリーはその質問を疑問に思う。何故この街に長く君臨する組織の彼らがそれを知らないのか。だがその一瞬の表情をジョンは見逃さなかった。
「ふ、やはりお嬢ちゃんも一緒に招待して正解だったな。何でも屋の表情は変わらなすぎる。だがお嬢ちゃんはとても素直な性格をしているようだ」
そこで初めて浩太の表情が崩れる。エリーを逃がせなかった自分に後悔しているようだ。何をどう応えていいか分からないエリーの言葉を彼らは待ち、部屋に沈黙が続く。だがその沈黙を破ったのは浩太だった。
「その質問は情報屋に聞くべきだろ。ルール違反だ」
「ああ、そうだな。だが以前それを聞いた時「情報料として1万ドルよこせ」と言われてな。生きてる頃はそんなはした金近所のジジィでも殺して奪えば一瞬だったが此処では大金だ。それも此処にいる連中が10年は遊んで暮らせるほどにな。確かに除法を無理やり聞くのはルール違反だが「お嬢ちゃんがうっかりしゃべってしまい、それをたまたま此処に居合わせた俺たちが聞いてしまう」事は決してルール違反ではないさ」
「だろ?」とジョンは大げさに肩をすくめ周りの男達に同情を求め、男たちはゲスに笑って見せ同意する。
屁理屈だ。だが此処は犯罪者が集う街。皆暗黙の了解で自然にできたルールに従って生きているが、元々そんなものに従って生きてる人間ならこの街にはこない。秩序なんてあってないようなものだ。
「はぁ、そんなに怯えてちゃ出るもんも出ねぇよお嬢ちゃん。まぁ黙って待っているのも暇だし余興でも楽しもうか」
ジョンが指を鳴らすと彼の後ろにいた男性が頷き後ろの部屋に消えていく。このタイミングで行われる余興なんてシャンパン片手に眺めるような楽しい物のはずがない。浩太は背中に流れる冷汗を感じながらもどうすることもできずに手を強く握りしめる。
そして浩太の予想通り、いや、それを見た浩太は自分の予想していたよりも酷い未来が待っていることを確信する。
「連れてきたな?何でも屋は分かったようだがお嬢ちゃんはまだピンと来てないようだから説明しよう。今連れてこられた「ガキ共」は中心街の教会で生活している奴らだ。こいつらは最近ちょっとした「イタズラ」をしちまってな。それでうちのお得意さんが激怒しちまってな。それこそ地獄の閻魔大王もビビっちまうほどな」
エリーも見たことある以前浩太と共に訪れた教会の子供たちが10人ほど両手を縛られて怯えた表情で壁際に並ばされていた。これから一体何が起きるのかエリーは分からずただただ困惑する。
「だがここには地獄の大王はいない。だから俺たちがこいつらにお仕置きをしようと思うんだ。だが俺もこんな子供たちにおお仕置きなんてできればしたくない。子供が傷つくなんてこれほど悲しいことはない」
わざと辛そうな表情をするジョンの言葉に、周りの男達もニヤニヤしながらもつらそうな顔をする。
「神様も分かってくれるはずだ。ここは『反省の街』。子供のしつけも此処にいる大人たちの仕事なはずだ」
そう言うとジョンは懐から拳銃を取り出し、一番端にいた子供の太ももを表情一つ変えず打ち抜く。
悲鳴を上げるエリーを無視して彼は倒れる少年のもう一方の足も正確に打ち抜いて見せる。ここでは死にはしないが痛みは感じる。それを思い出したエリーの瞳にはすでに止められない程の涙が流れていた。
「おいおい泣かないでくれお嬢ちゃん。俺も辛いんだ。だがこうでもしないとお得意様も納得してくれなくてな」
「こんな事をしなくてもそのお得意には俺から話をつける。だからやめてくれ」
「ほう、いつも冷静な何でも屋がそこまで言うとは。それは子供への同情、じゃなさそうだな。お嬢ちゃんの事が心配か」
自分の表情から的確にその心情を見抜かれた浩太は苦虫を嚙み潰したよたような表情をする。その間もジョンは次の子共の足を打ち抜いている。
「だが駄目だ。お得意様は俺の話しか聞かないだろう」
「ならやったことにしてやめればいい。アンタだって辛いんだろ?」
「ああ辛いさ。今にも泣きだしそうだ。だが仕方ないんだ、分かってくれ」
ジョンはそう言うと銃を後ろの男に渡し、そして受け取った男は次の子共の足を打ち抜く。部屋にはエリーのすすり泣く声、子供のうめき声だけが響く。
「だが確かにそうだ。情報屋の言うことにも一理ある。俺が嘘をつけばお得意様も納得してくれるかもしれない」
「なら「だが!そんな事をして俺に何の得がある?ここは『反省の街』なのに何故俺が反省することなく嘘をつかなければならない?嘘は罪だ、だろ?」
ジョンがそう言い終え後ろの男に合図を出すと、男はさらに次の子共、そして次の子共と足を打ち抜く。
「だが俺も男だ。時として黙って罪をかぶり子供を助ける事もするだろう。だがそれには俺がそう思えるだけの利益がないとな」
ジョンが話を終えると同時に何度も部屋に響き渡っていた銃声音が鳴り止み再び部屋に沈黙が流れる。子供達は全員その足に穴を空けて地面に倒れているからだ。
この街にいれば嫌でも目にするこの街の廃人たち。この街では死なないが、人によっては死ぬような思いを何度もする。何度も心を傷つけられる。そうすればどうなるか。死んでも死ねない彼らは心を失いそれこそ死んだ様に動かなくなる。そうなればこの街の薄暗い路地で永遠に終わらない時間を過ごし続けるしかない。
「……欲しい情報は何だ?」
そんな沈黙の中最初に口を開いたのは浩太だった。浩太にとって今最悪の事態なのが、一緒に暮らしているこの少女が廃人になることだ。この街では他人に同情すれば自分の身も危ない。だが一つ屋根の下暮らす少女を浩太は見捨てることが出来なかった。
「流石何でも屋、話が早い。俺が知りたいのはこの街の情報だ。この腕輪は何のか、どうしたら天国に行けるのか、この街は一体何なのか、何故犯罪者ばかりが集まるのか、どうすればこの地獄よりも地獄でくそったれなこの世界を終わらせることが出来る!?全てだ!!」
ジョンがそう言い切ると再び部屋に沈黙が流れる。浩太はしばらく考えた後、口を開こうとする。が、その沈黙を破ったのは意外な人物だった。
「ねぇジョン?こんな事しなくて「魔女」って言われてる女に聞けばいいんじゃない?その女は何でも知ってるんでしょ?だったら……」
沈黙を破ったのはジョンが両脇に抱える女性の一人だった。だが女性は全てを言い終わる前にその事を後悔することになる。
「クソアマてめぇ!!二度と魔女に手を出すなんてことを考えるな!この街であの魔女だけは敵に回しちゃいけねぇんだ!!そんな事も知らねぇのかテメェは!!」
ジョンは女性が話を終える前に、女性に馬乗りになり女性をボコボコに殴り始めた。女性はジョンに弁明する隙も与えられず、その顔は見る見るうちに血で真っ赤に染める。
彼の仲間達でさえそれを止められなかったが、その手を止めたのは意外な人物だった。
「や、やめて!!もう止めて!お母さんを殴らないでよお父さん!!」
その言葉を聞いたジョンはぴたりと止まり、そしてその真っ赤に染めた悪魔のような顔でエリーを睨みつける。
「ああ?何言ってんだガキ?俺はテメェの……」
ジョンが何か言おうとした瞬間彼は、いやこの部屋にいる全員がエリーを見て固まる。
「ああ、そうか。お父さんはケイト。お母さんはミリア。私はお父さんを自殺に追い詰めた罪で此処にいるんだ。お母さんを追い詰めたお父さんを、私は追い詰めたんだ」
エリーは誰に言うわけでもなくそう呟く。そしてその瞬間浩太は全てを理解する。もうエリーには、そして浩太自身にも時間がない事を。だが浩太は自分自身に対しては無理やり納得しまいとし、時間を稼ぐ。
その瞬間浩太は行動を開始する。以前ジンから奪いそして護身用に懐にしのばしていた拳銃を取り出し誰にも当てないように乱射しながら、『青い光に包まれたエリー』の腕を掴み無理やり走らせる。
ジョンを含め男たちは突然青い光に包まれたエリー、そしてその手を掴み銃を乱射しながら走る浩太に驚き身をかがめその身を守ることしかできないでいる。
浩太はエリーを連れ階段を駆け上がり、ドアを蹴り破り目的の場所に走る。
今の二人には時間がない。時間がどれほど残っているかなんて浩太にだって分からない。だが今急がねば後悔する。そして彼は一生此処に残ったままだろう。
後ろから男たちが追ってくる様子はない。恐らく何が起きたか分からず何もできないでいるのだろう。そして後日今日の事を聞きに二人を探し回る。もうこの街にいない少年と少女を。
エリーの光はだんだん強くなり、そのタイムリミットを知らせてくれる。間に合え、浩太はそう祈りながら全てを思い出し呆然としているエリーを連れ街を駆け抜ける。
「情報屋!!ケイトはいるか!!??」
目的のバーの扉を蹴り破り浩太は叫ぶ。まだ少女を掴んだ右手に人のぬくもりを感じる。何とか間に合ったようだ。
突然の事にバーの中は静寂に包まれ、そしていつも通りマスターと何か話していたケイトが振り返る。そして彼も一瞬で状況を理解する。
「……エリー、なのか?」
「……パパ」
間に合った。何とか間に合った。その事に浩太は安堵し、二人が走り抱き合うのを嬉しそうに眺めている。
「ごめんなさいパパ。私お父さんを追い詰めて自殺させちゃった。お父さんを殺した、それが私の罪だったの!!ごめんなさい、ごめんなさい!」
「いいんだ。お父さんが悪かったんだ。ごめんな。ごめんな」
二人は何度も謝り、そして抱きしめあいながら再開を泣きながら喜んだ。その瞬間ケイトの体も青い光に包まれる。
「何でも屋、浩太。ありがとう。君のおかげで俺はまた娘に会えた。この街から出ていける」
「浩太さん。色々お世話になりました。おかげで全部思い出せました。本当はレイラさんにもお礼を言いたいけど、時間がありません。代わりにお礼を言っておいてもらえませんか?」
エリーの言葉に対し浩太は強くうなずき答える。
「浩太。これを」
ケイトは小さく折りたたまれた髪を浩太に渡す。
「これは?」
「情報屋として不確かな情報を渡すわけにはいかないと思い今まで渡さないでいおいた。だがもう俺はいかなくては。彼女に伝えてくれ。「もしかしたら彼かもしれない」と」
その言葉で全て理解した浩太は再び頷き答える。
「マスター、悪いが俺は先に逝く。長い事世話になったな」
「いえいえ。こちらこそお世話になりました。長い間ご利用ありがとうございました。貴方が二度とうちの店に来ない事を祈ってます」
マスターは彼に対し丁寧に頭を下げ、最後の別れを告げる。
「そして浩太。本当にありがとう。こんな世界だが、お前に会えて本当に良かった。どうやらお前も時間がないようだな。さっさと彼女の所に行って別れを済ませてこい」
ケイトは青く光る浩太に向けてそう別れを告げる。
「浩太さん本当にありがとう。今度は私が天国で待ってます!!」
エリーの言葉を聞き頷くと浩太は青く光り笑顔で互いを見つめている親子に別れを告げ走る。
青く光る少年は全速力で街を駆ける。人にぶつかりながらもその足を止めず必死に動かす。
残されたわずかな時間で浩太は頭を整理する。
エリーは蒸発した母親を追い詰めた、父親を自殺に追い詰めた。例えその手で人を殺さなくてもそれは罪。そしてジョンが隣にいた女性に暴力をふるったことが生前の記憶と被りトリガーとなり、生前の記憶が戻り全てを思い出したのだろう。
その親がケイトであるかどうかは賭けだった。だが合ってて良かった。そのことに安堵する。
エリーがその手を汚さず人を殺めてしまった事。つまりこの世界に来る人間は他人を殺さなくても此処に来ることがあるという事だ。それは他の人でも証明されていた。
そしてケイトの話で何か引っかかっていた事。それは奥さんの死因だ。奥さんは蒸発している。人が蒸発するという事はどこかで生きていることもあるが、すでに自殺しているケースがほとんどだ。
だがそんな簡単な答えに浩太はたどり着けなかった。そしてケイトの死因を聞いて全てを理解した。
浩太は、少年は生前『自殺』をした。
例え他人を殺さなくても、『自分自身を殺した』。
人間を一人殺したんだ。
それが浩太の犯した『罪』。
母親が居なくて、父親が人を殺して、学校で、近所で、何もないわけがない。
少年は学校で虐められていたんだ。近所の人々に後ろ指さされ嫌がらせをされていた。
自分は何もしていない。
何故そんなことをされなければならないか理解できず追い詰められた少年は自分自身を殺した。
それが少年の犯した罪だ。
改めて全てを理解した少年の体の光は強くなる。
急がねば。
少年はその足を必死で動かし急ぐ。
「レイラさん!!」
勢いよく扉が開かれ自分の名前を叫ばれたレイラは驚き振り返り、そして少年の体を見て全てを理解する。
「そ。良かったわね。全てを思い出せたのね」
少年はまるで我が子が旅立つのを見守るような温かい表情をしている彼女を無視してその手に無理やり紙を渡す。
「レイラさん。不確かな情報だけど、彼かもしれない」
その言葉を聞いた彼女は急いで紙を開きその中身を確認する。
「それとごめん!エリーも、ケイトも先に逝ってしまった。そして俺ももう時間がない。レイラさんを一人にしてしまう。だけど……」
少年はそう言いかけて、そして柔らかく暖かい彼女にに包まれる。
「馬鹿ね。私事は気にしないで。私は大丈夫だから。安心して逝きなさい。ありがとう浩太」
初めてその名を呼ばれた浩太は、泣きながらレイラを強く抱きしめる。
「不確かでも、それでも彼の情報が手に入っただけで十分よ。それにあなたが来て、私は十分楽しかった。幸せだったわ。本当にありがとう」
彼女も少年を強く抱きしめ、そして離れ数歩下がる。
「さ、お逝きなさい。あっちで待ってる必要なんてないからね」
「うん。レイラさん。今まで本当にありがとう。それと……俺は貴方の事が大好きだった」
浩太の最後の言葉にレイラは一瞬驚き、そして涙を流しながら笑顔で「ありがとう」と呟く。
その言葉を聞いた少年はゆっくりと光の中へと誘われる。
長い間世話になった一人の女性に別れを告げられた。
長い間想い内に秘めてた事を言えて、これでもう少年に思い残すことは無くなった。
『反省の街』に来て約50年と半年。
少年が最後に見た光景は一人の女性の、優しくも美しい笑顔だった。
「反省の街」 神城弥生 @_yayoi_kamisiro_
★で称える
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