第4話 コーヒーの味
大地が「フレンドシップ」をやめることになった。
夏休みが終わる直前に本人から電話が来て、その衝撃事実を知らされた。
いや、どこかで予想はしていたような気もする。大地のような現実主義者があの安い時給でいつまでも続けるとは思えなかったから。
「なんでやめるの?」
「時給安いから」
ほらね。
(ダテに10年も友達やってないわ)
(でももう友達じゃないんだっけ?)
「もったいないんじゃないの。せっかく楽しそうだったのに」
「まあ、でも楽しいだけじゃ」
だけじゃダメですか。大地にとっては。
「ところで空、今『もったいない』って言ったっけ」
「言ったっけ?」
「忘れるの早すぎ。言ったでしょ、『楽しそうだったのにもったいない』って」
「あー」
「そしたらさ、空君、僕の後を継いでフレンドシップでバイトする気ない?」
思えばこんな自然な流れだった。
何でも宇宙人は、大地がやめる条件として「代わりのバイトをまた面接して決めるの面倒だから、仲良しの友達を一人紹介して」って言ったんだと。
なるほど、それで店名が「フレンドシップ」(まさかね)どこかのお昼のTV番組みたい。
「もしもし、空、聞いてる?」
「ハイ聞いてます」
「またさァ、『友達を紹介しろだなんて、テキトーな店長だ』とか考えてたんでしょ」
「まあそんな感じ」
「やっぱり。ダテに10年も友達やってないな~俺も。あ、それで俺もう次のバイト先決めちゃって、来週からそっち行かなきゃいけなくなったから。よって自動的に空はフレンドシップのバイトに行かなきゃいけなくなったから」
「えー!?」
「シフトは、(日)(月)(水)(木)の18:00からね」
「(日)(月)…?」
「(日)(月)(水)(木)。とりあえず、次の日曜の18:00ちょっと前にお店に行けば大丈夫」
「あのさあ、ひとつ聞いてもいい?」
「何」
「俺と大地って、まだ‘仲良しの友達’でいいんだっけ」
かくして、俺は大地の後を継いでフレンドシップのヘンなエプロンをして働くことになった。電話で聞いた通り8月最後の日曜日17:55ぐらいにお店に行って、すぐにカウンターに立たされていた。
春以来、客としてちょこちょこ出入りするうちに顔見知りも結構増えていたので改まって挨拶する感じでもなく。初日にコンビを組んだ未智さんは、早速あたりまえのように仕事の手順を説明し、容赦なくこき使ってくれました。
「空君は物忘れがすごいって聞いてるから、ビシビシいくからね」
大地のヤツ、また余計なことを。
でも、おかげで俺にしてはサマになるのが早かったみたい。
「やっぱりわかんないな…」
横で仕事の様子を見ていた未智さんが、首をかしげながらつぶやいた。
「何か違ってました?」
「ううん、大丈夫。ごめん。ちょっと思い出してたの。大地がアルバイトをやめるって水元さんに話した時ね、ものすごくあっさりOKした…っていうよりむしろ待っていた感じだったんだ」
「水元さんって、誰だっけ」
「あ、店長…っていうか、ここを開いた人」
宇宙人ってそんな名前だったんだ。
「大地と店長って仲悪かったんですか」
「そんなことなかったと思う」
「じゃあどうして」
「大地がやめる時の条件が‘代わりに友達を連れてくること’だったのは聞いてると思うけど、それで紹介されてくるのは空君だってほぼ確信があったのね。それが楽しみだったってことかな」
仮に大地が普段宇宙人に多少俺のことを話していたとしても…
「でも俺、店長と一回も会ってないし。」
「ただ、ここに来ると大地と喋ってたでしょ。その内何回かは店長聞いてたもん、奥の事務所で。こっそり仕事しながら」
仕事って言うか、それただの立ち聞きでしょ。
「その後私が事務所に行くと、いつも上機嫌なの。『未智ちゃん、俺、一人見つけちゃったかも知れないな』とか言って。
『見つけた』っていうのは水元さんが東京で音楽プロデューサーしてる頃からの口癖でね。事実、仕事上での人を見る目は確かだった。ただ、空君に関して何をどう『見つけた』と思うのかは私も分からない。…お店に来た時、大地とどんなこと話してたっけ」
「さあ…」
「物忘れの激しいキミに聞いても覚えてないかー。でも店長がドア越しに聞いた大地との会話が、実質、空君と水元さんの‘面接’ね」
じゃなくてー。それは、ただの立ち聞き。
「なんかコワいんですけど」
「コワイついでに言うと、そもそも大地を採用した時からちょっと狙ってた可能性もあるかも。」
「俺を?」
「空君自身のことはさすがに知らなかったとしても。もし水本さんが“探してる”人物像が、新聞の求人広告をチェックして真っ先に応募してくるしっかり者…ではなくて、その友達でちょっとヌケてるタイプだとしたら。結構当てはまるんじゃない?」
「そこは、確かに…」
探してるって何?見つけたって何?ただのバイトでしょ。
楽しみだった割には、全然俺の前に現れないし。
もしかして、今日もどこかに隠れて…
「未~智~!! ただいまぁ~!」
その時、階段の下からけたたましい声が聞こえてきた。
「うわー、また来た」
未智さんが顔をしかめる。
「誰?」
「私の妹」
「妹ォ?」
姿を現した声の主は、確かに未智さんと顔が似ている。
その後ろには夏井さんを含め、ここのバイトらしき数人が一緒だった。
「いちいち帰りに寄らなくていいから」
未智さんはそう言って、フロアに返却済のCDを戻しに行ってしまった。
俺は、とりあえず唯一知っている夏井さんに向かって
「今日からよろしくお願いします」
と声を掛けてみる。
「あ、今日からだったんだ。俺、今度の水曜日一緒だからよろしくね」
で?
「あの、夏井さん今日はシフト入ってないですよね」
「そう!今日はね、ボーリング大会」
夏井さんが答える前に、未智さんの妹がデカい声で答えた。
「昨日は大地のお別れカラオケ大会!一昨日は…その前の日だっけ?は、貴石団地の緑地公園で星を見る会!!」
「こいつら毎日がお祭りなのよ」
戻ってきた未智さんが呆れたように言う。
「妹は先月からここで働いてるの。昼間ね。そして夕方仕事が終わると、一緒に上がった人やシフトに入ってない遅番メンバーを集めてひと遊びして、だいたい今頃の時間に戻って来るの」
「だから、バイト休みの日でもだいたい毎日ここには来ることになるんだよね」
夏井さんが付け加える。
「そうなの。そのうち空君もそうなるよ!」
いつの間にか俺の名前を把握している未智さんの妹は、続けて
「明後日の火曜日、空君の歓迎カラオケ大会だから。17:00ぐらいにフレンドシップ集合ね!」
と、またもやデカい声でに言い放つと一階に降りていってしまった。
「元気いっぱいですね」
「私の妹とは思えないでしょ」
ため息交じりの未智さん。
「まあ、顔は似てますけど」
「似てるのは顔だけ。あのとおり遊ぶことしか考えてないし」
「妹さんは、ずっとこの町にいるんですか」
「そうよ。去年高校を卒業してから、進学もしないでフラフラしていて。『そのうち大学に行って、未智よりも立派になるからね』なんて言ってるけど」
「あんな感じで大学行けてたら、真面目な大地が怒りそうですけどね」
そうだよねーと未智さんは笑った。
「未智さんの妹だから、ここの店で働き始めたんですか」と聞くと、どうもそれだけで決まったわけではないらしい。紹介したのは未智さんだけど、宇宙人がちゃんと面接したそうな。
「未智さんの妹こそ、無条件で決まったっておかしくないのに」
「ホント、選び方がマチマチなのよね。それなりに意味はあるみたいだけど」
「ふーん」
「妹の場合は、コーヒーのテスト」
「コーヒー?」
ええと。ここって喫茶店でしたっけ。
「面接中にね、『なんか、コーヒー飲みたくなったなー』なんて言って妹に頼んだらしいの。」
「自販機で缶コーヒー買って来いってこと?」
「事務所ので淹れてってこと。」
やっぱり、ここ喫茶店でしたっけ。
「その時、雪は…あ、雪って妹の名前ね…特に確認もしないでミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを淹れたんだって。」
なら、缶コーヒーでいいじゃん。
「それを水元さんはすごく気に入ってしまって。普段ブラックしか飲まないのに。『こんなの初めてだなー。ミルクと砂糖の量、何でこれにしたの?』って聞いたら」
「聞いたら?」
「『今日は初めて会った、店長さんのイメージです』って雪が言ったんだって」
ほー。喫茶店じゃなくてBARでしたか
雪さんの作るカクテルいやコーヒーは以来、宇宙人から「魔法のコーヒー」と呼ばれていて、その味は淹れるたびにちょっとずつ違うそうな。
ちょうどその時飲みたい味に絶妙に調節されていて、疲れが取れたり良い発想が浮かぶというので評判になり、雪さんがお店に立つ日には「魔法のコーヒー」を飲みたいお客さんが列を作り、売り上げは上々。そして伝説のコーヒーショップ「フレンドシップ」により、貴石町の名は全国に知れ渡ることに。
めでたしめでたし。
・・・
んーと。何の話だっけ。
「店長にとっては、まさに『見つけた』って感じですか。雪さん」
「それが、雪のことは『見つけた』という言葉は使わなかったの。『ぜひ必要だね』だったかな」
「見つけた」と「必要」って何か違うんすか。
求人広告で応募して来た初期のメンバーはあっさり手放して、そのマヌケな友達を面接なしで「見つけた」と採用。
一方で、面接したと思ったらレンタルショップと一切カンケイない「コーヒーの味が気に入った」という理由で「必要」と即採用。
ミステリーだ。
それにしても、宇宙人のイメージってそんな「甘い」感じなのかな。
(絶対ブラックのイメージだけど。苦さ3倍ぐらいの)
謎多き宇宙人は、結局初日は現れなかった。
日曜日の22:00過ぎにわざわざCDを借りに来る客はほとんどなく、返却日スレスレで慌てて返しに来る数人だけ。
大きなガラス窓の外側から大きな光を見上げていたはずの俺が、いつの間にかその内側から外を見ている。
吹き抜けの手すりとその向こうのガラス越しに見える町は、眠ってるみたいな静けさだった。
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