第11話 記憶

何気に大学4年の冬を迎えていた夏井さんの

就職がやっと決まった。


実は年内に決まるかどうかの瀬戸際で、本人は相当焦っていたらしい。

そんな状態で、初雪の日の帰りにハリネズミの話を出した俺は、かなり間の悪い奴だったということになる。

4つも年下の幼馴染が早々に内定をもらって羽を伸ばしているのはずっとプレッシャーだったんだろう。

どうりでいつものツッコミもなかったわけだ。



「あとは卒業出来るかどうかだね」


と言っている割には、にやけ顔の夏井さん。余裕が出ると謙遜を始める。

最近ちょっとだけ、夏井さんのことが分かってきた。


「ここもせっかく楽しくなってきたのに、もうすぐ明け渡すの淋しいなあ」

「卒業する気満々じゃないですか」

「いやーまだわかんないよ」

スナオじゃないんだから、もう。




「あの、卒業決まってからで構わないんだけど…」


いつからいたんですか。宇宙人店長。


「ここを辞める時は、次の人を紹介することになってるからよろしくね。夏井君」


そのルール、まだ生きてたんだ…。


「はい。でも大地君の時みたいにおもしろい奴は紹介出来ないかも知れませんけど」


“大地君が紹介してくれたおもしろい奴”だったんだ、俺。


「いいのいいの。おもしろい奴は一人で充分。ぜひしっかりした友達連れて来てよ。夏井君の友達なら、期待出来そうだけど」


それ、俺が“おもしろいけどしっかりしてない奴”っていう風に聞こえるけど、気のせい?


「空君、聞いてた?おもしろいけどしっかりしてないってさ」

「え?聞いてなかった」


気のせいじゃなかったみたい。




「海がもし進学だったら文句なしで連れて来るんだけどなあ」

宇宙人が帰った後、夏井さんは言った。


「海君が仕事の帰りにここでバイトしてくれるなんてことは、ないですよね」

「あのね空君、それが出来るんなら、僕もここ辞めなくて済むんだよね」

「あ、そっか」

どうせしっかりしてないですよーだ。




「海君って、こないだの朝のピアノ少年でしょ」


ほーら、登場の仕方まで宇宙人そっくり。


「いつからいたの。雪さん」


雪さんは俺の言うことを全く聞かずに話を続けた。

「ねえ夏井さん、海君の就職やめさせるってこと出来ないの?」

「それは無茶でしょ」


うん。それは無茶でしょ。


「でも、他に紹介出来る人なんているの?」


ねえ、それ“夏井さんは海君以外に友達がいない”って聞こえるけど気のせいかな。


「確かに、僕あんまり友達いないからね」


気のせいじゃありませんでしたー!

にや。





雪さんが会話に混ざってきたのは、ハリネズミが「未来の歌」をピアノで再現した時のことを夏井さんに話すためだった。



「へーえ。めずらしいこともあるんだね。海がピアノなんて」

「めずらしいの?」

「そうだよ。僕でさえ一回聴いたことがあるかどうかだよ」


あの朝の出来事が割とただ事じゃなかったことを再認識した雪さんは

「私、思うんだけど。きっと海君はフレンドシップで働いて“空バンド”に入る!何か、ただのお客さんで終わる気がしないんだもん」

まるで確信、いや直感じみたセリフをいつもの大音量で。


「雪ちゃん、でも海はね…」



夏井さんの言葉を遮るように、一階から北里泉のピアノが聞こえてくる。


「あれ?今日いたんだっけ」

「ううん。さっき来たばっかり。それまでは私と一緒に“ふたば”にいたから」

「今日は、何の会?」

「何言ってるの。私と泉ちゃんが揃ったら、勉強会に決まってるでしょ」


最近この“仮面浪人コンビ”は、夕方以降“ふたば”とフレンドシップの一階を行ったり来たりしている。冬休みの時期なので、いつもより人が多くて勉強に集中出来ないのが悩みなんだって。


そしてひとしきり勉強(?)した後、北里泉は一階のピアノで好き勝手な曲を弾くのが日課になっている。


営業時間内でも平気で弾くので、レンタルショップのお客さんの中にも帰りがけに聴いていく人が出てきた。その間は、お店のBGMもOff。リクエストをすれば大抵の曲は即興で弾くので、昨日は試しに「ユニコーン弾ける?」と聞いたら「ミルク」を弾いてくれてちょっと感動した。


今日もまるでジュークボックスのようにいろんな曲が聞こえてくる。

七曲目の確かジュディマリの時、途中で音が途切れたのでどうしたのかと一階を覗くと



「あ、ホントだ。忘れてたー」


北里泉がケラケラ笑いながら、大人しそうな客から水色の傘を受け取ったところだった。

どこかに忘れたのを届けに来たんだろうか。どこかって言っても、“ふたば”ぐらいしかないだろうけど。


「あれ、誰だっけ」

雪さんなら知ってるだろうと振り返りながら聞くと、雪さんは手すりに駆け寄って来て


「あ、ミキくーん!どうしたの?」

と下に向かって叫ぶ。


「知り合い?」

「うん。私はさっきから。んとね、あの子泉ちゃんの高校のクラスメイトで“ふたば”の一人息子。西山樹にしやまみき君」


“ふたば”の?


「ミキくーん!こっちこっち。ねえ、泉ちゃんの傘届けに来たの?」


女みたいな名前のそいつは、やっと雪さんに気付いて言った。


「雪さんも忘れてますよ。ノートと参考書」

質問の答えを一個飛び越えてる。


「よかったですね!今日、未智さん休みで」

笑い転げながら俺が言ったら、雪さんは笑顔で人の背中をぶっ叩いた。





しばらくして、雪さんの提案により「未来の歌」を樹君にも聴いてもらうことになった。

北里泉は弾き始めて3秒ぐらいで手を止めて


「私、思うんですけど」

何故か俺の方を見て言う。


「…歌が入らないと“未来の『歌』”にならないですよね。東野さん」


だから何で俺に言うの?


「そうだよ。歌と言えば空君でしょ」

雪さんが後ろから追い打ちをかける。俺はピンと来たね。


「君たち二人、“ふたば”で勉強しないでそんな話ばっかりしてたでしょ」

「三人!」

急に最初に会った日みたいな最小限の字数で、几帳面に人数を訂正する北里泉。



「あのね、今日はミキくんがお店手伝ってて、途中から三人で喋ってたの」


てことは、途中から手伝えてないじゃん。


「それで、泉ちゃんのピアノと空君の歌の話になってね。“空バンド”結成計画会議に移行して…」

「ほらやっぱり、勉強会じゃないし」


だいたいさっきから聞き流してたけど、何ですか“空バンド”って。

仮のバンド名(しかもダサいの)まですっかり使い慣れてるってことはさぁ、そりゃ参考書も忘れるよね。



「それでね、ミキくん楽器出来るんだって。ドラム」

「中高の吹奏楽部でパーカッションやってて。ドラムは最近始めたんですけど」

樹君は控えめに付け加えた。


「これで三人。空君が歌って、ピアノが泉ちゃんで、ミキくんはドラム。どう?」

「どうって…」



北里泉は思い直したように続きを弾きだ出した。

今度は10秒ぐらい続いたけど、また手が止まった。



「雪さん、大変!」

「どうしたの」

「この歌、歌詞がないんだった!」


今気付いたの?(遅)


「歌詞ないんですか」

樹君が意外そうに聞き返した。


「そうなんだよ」

「じゃあ、“未来の歌”っていうタイトルはどうして付いたんですか」


それを聞かれて俺も雪さんも一斉に北里泉を見た。

ヤツは首をかしげてほんの少し考えていたけど、予想以上に短い答えを返してきた。


「勘」


あの、もっと分かるように説明しないと樹君が…


「あ、そうなんだ」


えー!?今ので分かったんですか、謎の同級生。


「僕、好きな詩があるんですけど、タイトルが偶然“未来の歌”っていうんですよね」

「誰の詩?」

「中学の同級生です」


今度は中学の同級生か。


「国語の授業で、ちょうど今ぐらいの季節に“初雪”をテーマにした詩を書きましょうっていうのがあって」

「その時にクラスの誰かが書いた詩を…?」

「はい。憶えてました。たぶん最初から最後まで言えますよ」


まじでぇ?



「でもさあ、樹」

北里泉がすごいこと気付いたとばかりに質問。


「“初雪”がテーマの詩で、どうしてタイトルが“未来の歌”ってなるの?」



本当は、“初雪”の日に突然ピアノを弾いた後、窓の外を見ただけで“未来の歌”って(しかも勘で)曲名を付けるような人物がする質問じゃないけど、しっかりしてないボクはそこまで気付けませんでした。


「たぶん詩の中身を聞けば何となく分かるかも」

樹君は答えて、北里泉は「ふーん」と言いながら再びピアノに向かい、最初の和音で鍵盤を押さえたまま


「最初の一行、言ってみて」

「…♪あおい風は吹き抜けた」


樹君から聞いた詩のはじまりが、ピアノのメロディーにピッタリ乗っていく。

俺も雪さんもびっくりして声が出なかった。


「次は?」

「♪いちばん最後の雨音を閉ざしながら」


詩とピアノのフレーズが交互に俺たちの前を通り過ぎて、気が付くと同時に最後までたどり着いていた。



「ぴったり」


雪さんが口を開けたまま俺の方を見る。

その向こうで


「なるほど。確かに初雪の詩だよね」

「なるほど。確かに未来の歌っぽいね」



北里泉と樹君は、お互いに納得して満足そうに笑っていた。


*******************************

「未来の歌」(前半)


蒼い風は吹き抜けた

いちばん最後の雨音を閉ざしながら


舞い降る冬の夜明け 眠る君の傍に

凍りついた夢のかけら

幼かったメロディ


君が目覚める頃 外は

全てを包む白の世界

それまで僕は

手のひらに残る記憶を集めて

最初の言葉を描くよ


*******************************


フレンドシップのピアノを囲むメンバーが、また一人増えた。


この日がきっかけで、後にフレンドシップで働くことになる樹君は、楽器の腕前はまだよく分かんないけど記憶力が人並外れていることだけは確かだった。


無事、後継者が決まりそうな夏井さんはますますホッとした表情を浮かべ、何故か知らん“空バンド”結成に向けて躍起になっている雪さんは、とにかくメンバー候補が増えたことで相当盛り上がっていた。



「でも、もう一息何か足りないのよね」

雪さんが首をかしげる。


「それに歌詞も。今のままだとワンコーラスで終わっちゃうもん。この倍ぐらいの長さがあるといいんだけどな」

「この詩を書いた本人に、続きを書いてもらえば?」

「そうだよミキくん。そのさ、中学の同級生と連絡取れる?」

「どうかな…」

「電話番号、卒業アルバムとかに載ってるでしょ」

「どこにしまったか忘れました」


き、記憶力~!!



「こうなったら、やっちゃいけないことやっちゃう?」

夏井さんが不敵な笑みを浮かべる。


「そうねー。やるか!」

さすが宇宙人の弟子(!?)だけあって、雪さんもあっさり賛成。

間違いなく止める未智さんは…あ、今日休みだった。忘れてた。



「名前だけ分かれば検索出来ちゃうもんね。住所と電話番号は出てくる」

「ウチの店の会員だったらだけどね」

端末のある二階へ雪さんと夏井さんは階段を上り始める。

一階に残る樹君と俺。



「で、名前何ていうの?その同級生」

「南田君っていうんですけど…」


階段の途中から雪さんが俺を見た。

俺は夏井さんに目をやった。

夏井さんは、まさかという顔で樹君に確認する。


「南田…何君?」


「南田、海君です」



その時、雪さんも、俺も夏井さんも、たぶん同じことを考えていた。

“無茶なことが、実現しないかなぁ”って。








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