第3話 チカチカ

春になって、関東よりもワンテンポ遅れて桜が満開になった町で、俺の生活はあまりにも予想通りに展開している。


4月から通い始めた専門学校では早くも遅刻常習組に定着。

口の悪いクラスメイトからは「重役」などと勝手に呼ばれ、授業は頭に入らず、家に帰ってもつまらないのでナケナシのお金でゲームセンターかカラオケに行ってもそれほど気は晴れず、遅くに帰って母親に叱られ、フテ寝して、寝坊して、また遅刻。


一方、俺との決別宣言をして人生の立て直しを図っている大地君はと言えば、無遅刻無欠席、成績優秀、先生や友達からの信頼も厚く、たぶん家では自慢の息子をご両親があたたかく迎えるんだろうな。

そこまで徹底しなくてもいいんじゃないの?っていうぐらいムキになって爽やかな生活を送ってて。


例の、フレンド・・・なんだっけ?


とにかくあの宇宙ステーションみたいなところのバイトも順調なようで、接客も板について、力の抜き具合も覚えて、宇宙人みたいな店長ともうまくやってるみたいだし。



そんな訳であまりにも差がついたのを目の当たりにするのも辛いから、こっちも自立しようと踠いてみた。

だけど、何せ行く場所のローテーションが


カラオケ・ゲーセン・ボーリング・・・カラオケ・ゲーセン・カラオケ・ゲーセン・カラオケ・ボーリング・カラオケ


カラオケ・カラオケ・ゲーセン


カラオケ・カラオケ・カラオケ



・・・


さすがに飽きたな。

カラオケ屋のオヤジに「またお前か」って顔で見られるのも飽きてきたし。


だけどもうちょっと、家に帰らないで誰かと喋りたいなーって気分の時に

電車を降りると目に飛び込んでくるのが、チカチカ光るあの看板。

駅前の信号を待ってるより、そのまま線路沿いの県道を150m歩いて

チカチカに引き寄せられる方が、たぶん自然な流れ。



そんな流れに身を任せた俺が「フレンドシップ」(←思い出した!)に足を踏み入れるまで、思ったほど時間はかからなかった。

それでも最初は二、三度引き返していた。でも四度目で大地に見つかった。

大きいガラスの向こうで、奴はニヤニヤしながら俺を眺めていた。



「空く~ん、どうしたの。カラオケの帰り?」


相変わらず感じ悪いものの言い方。

そっちこそ、どうしたの?そのヘンなエプロン。



大地は片手に、自販機で買ったばかりの缶コーヒーを持っていた。


「ちょうど休憩だから」


と言って、そのまま一階の奥の方に歩いて行く。

オープンしてからも、こっちは小さなテーブルと椅子が何個かあるだけだ。




「やっぱり使ってないの?一階は」

「うん。今は専ら休憩場所。店長はいつか使うって言ってるけど」


まあ宇宙人が考える「いつか」とか「何か」とか、俺が考えて分かるレベルを超えてるだろうし。よく見ると、隅っこの方に段ボールや機材みたいなものも雑然と置いてあるけど、誰もあんまり気にしてないみたい。



ただひとつだけ、いやにきちんと設置されているものがあった。


ピアノ。



螺旋階段の、のぼり始めるすぐ横。階段の一段目とほぼ同じ高さで小さく丸いステージ状になっていて、その真ん中に置かれたグランドピアノ。


俺が今座っている一階の椅子からも、二階の吹き抜けの手すりからも、そして外からも、ちょうどよく見えるように計算された位置。

この場所に置くことはきっとはじめから決めてたんだろうなと思える。



「さっき外にいた時から気になってたんだよね。あのピアノ」

「ああ、あれね」

「誰か弾くの?」

「いや、誰も弾かないよ。たぶん」

「じゃあ何であんの?しかもあんなに目立つところに」

「知らないよォ。俺が置いたんじゃないもん」


そうだけど。


「店長の趣味?」

「そうなんじゃないの?ほら、‘音の象徴’とか言ってさ」

「確かに」



ボクが言うのも何ですけど、この店余分なものが多いですよね、店長。

使わないフロア、大きすぎるガラス、そして誰も弾かないピアノ。


今のところ完全に飾り物のピアノは、それでもいつ誰が弾いてもいいようにピカピカに磨かれ、椅子の高さも位置も絶妙に調節されているように見えた。



大地の休憩時間も終わったので、二階のレンタルショップに付いて行って覗いてみる。思ったより普通の、居心地のいい店。板張りの床にCDのディスプレイ棚がいくつもあって、そこにびっしりと並んだジャケットの絵柄がこっちを向いている。見ているだけでワクワクしてきた。


「空、何聴きたい?」

「え、かけていいの?」

「店内のBGMは、ここにあるCDから選び放題。その日のバイトが好きなのかけていいの」



楽しいバイトだね!大地君。


「何がいい?」

「ユニコーン」

「出た。またか」

「じゃ、聞かないでくれる?」

「いや、いいんだけどさ。だって空、カラオケでも散々歌って来たんでしょ。よく飽きないなと思って」


いいでしょ。放っといて。




「あれ、大地君の友達?」


気が付くと他にもう一人エプロンがいた。


「あ、夏井さん、コイツが空です。前に何回か話した…」

「もしかして、あの腐れ縁の?」

「そうです」

「看板に激突して新聞に載りそうになった…」

「そうです!」

「だけど新聞を自分では絶対読まない、あの空君?」

「そうです‼」


いないところでずいぶん詳しく人のこと話してくれていたみたいですけど。


「前に何回か」ってそんなに何回も話題にしてたってことはさ、大地君、もしかしてボクがいなくて淋しかったんじゃないの。


正直に言ってみ?


だいたい、俺の情報だけでもここまで浸透してるってことは、それだけ時間に余裕があるってことで、したがってこの店はヒマだってことで…。


「そんなに話ばっかりしてて大丈夫なの?」


ま、俺がわざわざ心配することでもないケド。


「大丈夫大丈夫。どうせヒマだから」


夏井とかいうインテリ風のバイトが、もうすっかり知り合いのように答えてくる。同じ時給ならヒマな方が儲けもんってことか。

この人も宇宙人に選ばれてここにいるんだろうけど、基準がますます分からなくなる。(新聞だけは読んでそうだけど)




「夏井くん、ヒマで得したとか思ってる?」


今度は早口の、ハキハキした声が会話に入って来た。

俺の言いたいことを代わりに言ってくれたのは、色白で髪の短い、少し気の強そうな女の人だった。


「ヒマなら帰ってもいいよ。あと私やるから。

って言うより、この辺も片付いてないし、明日の準備も手伝ってもらいたいし。声かけてくれたら仕事なんてたくさんあるんだけど!」


と言いながら、カウンターの後ろに置きっぱなしの返却済CDを片づけ始める。

おそらく東京とかそっちの方のイントネーション。


「それとね、ただでさえお客さん少ない日にバイトが 二人も三人も固まって話が盛り上がってたら、せっかく来たお客さんも居づらくて帰っちゃうでしょ」


二人はバイトで、三人目(俺)客なんすけど。




後で大地から聞いた話だけど、そのハキハキした姉さんは未智さんという名前で

宇宙人が唯一東京の元職場から連れてきたスタッフ。

向こうでここに来る話をしていた時に「偶然、自分の地元が貴石町」というのがバレて、おそらくは「偶然」が宇宙人の中で「奇跡」に変換されて、「やっぱりキセキ(貴石=奇跡)だ!」とかなったんだろう。

「ほぼ強制的に連れてこられた」という方が正確みたい。



「本人は納得して地元に帰って来たわけじゃないからさ、いつも何かイライラしてるんだよね」

と大地。


確かに、意味はまったく分かんないもんな。




しばらくして、未智さんはいつもと違うBGMに気づいた。

「めずらしいね、ユニコーンなんて。大地君の明菜ちゃんは、今日はお休み?」


「ユニコーンは、コイツのリクエストです」

大地が俺のことを指さした。



「あ、ごめんなさい。お客さんひとり混じっていたのね。あまりに違和感がなくて気付かなかった」

未智さんはちょっとだけ笑いながらこっちを見た。



未智さんのその感覚が、俺の未来を軽ーく言い当てていることにはなるけど

まだこの時は誰も気付いていなかった。











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