第ニ部「快楽主義・木更津壮一」

 小さい頃から、俺は人の困ったり苦しんだりする顔を見るのが好きだった。

 木更津壮一、24歳。独身。職業、中学校の教師。

 担当科目は美術。今は私立潮川中学の2年C組の担任教師もつとめている。


 別に科目はなんでもよかった。教師になれればそれでいいと思っていた。

 一番可能性があったのが美術なだけであって特段美術にもそこまで思い入れはない。

 教師になりたかった理由も子供たちを導きたいとかそんな御大層なものではない。


 ただ、合法的に誰かを苦しめる事が出来る職が教師だったってだけだ。

 学校には子供たちがたくさん集まる。

 子供たちは大概無知で、自分の意志を持つものは極少数。

 大抵のものは周りの雰囲気やら何やらに流される生き物だ。

 そんな有象無象どもは俺の言葉をただ教師だからと丸呑みにするような奴ら。

 だから俺はちょっと手を加えてるだけでいい、後は放置しておくだけで、自然とそいつらは人間社会に犯され苦しみ始める。


 例えば、クラスの問題児。


 学業に取り組まずただ毎日遊び続けてなんの努力もしない奴がいるとする。

 そういう奴は大抵心のどこかでこのままじゃダメだと分かっていても動かない事が多い。

 俺はそいつに「お前は将来どうするつもりなんだ」とちょっと問い詰めるだけでいい。

 たった一言、けどそれはそいつにとって一番聞かれたくない質問だ。


 だって答えが分からないから。


 顔に出る、そんな事は分かってるけどどうすりゃいいんだ、と

 そんな奴の顔を見るのが最高に楽しくて仕方がない。

 俺は他人が苦しむ様を見るのが大好きなんだから。


 表向きは生徒を心配し、導いている教師としても通る。

 とても都合がいい、まさに天職だと思った。


 が、現実はそう思い通りにいかなかった。


 教師になり、当初は俺の理想通り生徒を苦痛に溺れさせる事は容易だった。

 だが物足りない、満たされない。

 生徒たちは確かに苦しい表情を見せてくれる。

 だが、それだけだ。大体の奴らは大体同じような顔をする。


 流石に飽きがまわってくる。

 例えるなら毎日朝昼晩カレーを食べているようなものだ。

 俺はその先が見たいんだよ、苦しみ、どのようにして壊れるのかを俺は見たい。

 だが俺はあくまで教師、生徒を導くものが生徒を陥れる事は世間が許さない。

 全力で痛めつける事が出来ないんだ。

 俺は欲求不満に陥っていた。


「今日も今日とて平和だな……」

 ここは美術準備室。美術の授業に必要なものは大抵ここに置いてある。

 俺はそこにデスクを導入し、授業や会議がない時間はここで大抵のタスクを消化してる。

 コンコン、とドアからノックが聞こえた。


「空いてるぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは俺が担当しているクラスの生徒、綾瀬沙希だった。

 成績優秀で容姿端麗、14歳とは思えない発育を迎えてるそのスタイルはモデルも顔負けである。

 生徒だけでなく教師からも人気が高い。


「なんか用か?」

「HRの時間、10分過ぎてます」

「……ほ?」


 俺は時計を確認する。時計の針は確かにその時間をさしていた。

「やっべ、すぐ行くわ」

「もー、しっかりしてくださいよ。教師なんですからねッ」

 可愛らしく頬を膨らませ、綾瀬は俺に注意する。


「はは、生徒に注意されるたぁ俺もまだまだだな」

「はやく来てくださいね、皆待ってるんですからッ」

「はいはい」


 俺は綾瀬を見送り、HRの準備をする。

 綾瀬沙希、年齢が10歳離れた俺でも可愛いと思える容姿を持った女子生徒。

 人相も良くて勉強も出来て可愛くて大人も顔負けのスタイルをした完璧人間。

 常に笑顔を振りまいていて、彼女の暗い表情は教師の俺でも見たことがない。


 俺は、そんな綾瀬を気持ち悪いと思っていた。

 あいつを痛めつけてやりたい、あいつは苦しむ際にどんな表情を見せてくれるんだろうかと思ってしまう。


「我ながら、気持ち悪い人間だねぇ」

 一人つぶやき美術準備室を後にする。

 俺は生徒たちの待つ教室へと向かい始めた。



「えー、最近ストーカーがこの付近に出没してるみたいだから、お前ら寄り道せず真っすぐ帰るんだぞ。寄り道してる生徒がいたらそいつの胸揉むからなー」

 HRの時間、俺は教壇に立って連絡事項を伝えてゆく。

 その中で適度な冗談を交えながら生徒たちと適当な距離感を作っておく。


「きめー」

「ちょ、それ先生がストーカーなんじゃないのー?」

「きゃはは」


 目の前で生徒たちがくだらない談笑をする。

 くだらねえ、何がそんなに面白いんだお前ら。

 そんな楽しそうな顔をいくつも俺に見せるなよ、吐き気がする。


「お前らそんな風に思ってんのかー? 流石の先生でも傷つくぞ」

 あー、はやくこの時間を終わらせたい。こいつらはいつも俺の話を聞くこともなくただヘラヘラ呑気に笑っている。

 もっと苦しむ顔を見せてくれよ、俺へのあてつけか?


「酷いなぁ、そう思わんか? 泉」

 HRの度に貯まってゆくストレス。

 俺はそれを泉に話を振ることでなんとか発散していた。


 泉愛梨。

 こいつはクラスの中でも特に人見知りな生徒だ。

 人に話しかけられるとめちゃくちゃテンパって困惑した表情を浮かべる。

 人が怖いのかどうか、そんな事はどうでもいいが俺にとって泉は都合の良い生徒だった。


「ふぇっ!?」


 そら来た、さっきまで機械のように無表情だったのに一瞬で顔を赤らめて困惑し始めた。

 このクラスを受け持った当初、泉の事を知った俺は毎日必ず一回はHRで泉に話を振るように意識していた。


 泉の表情は何故か俺を飽きさせなかった。

 こいつの表情を見るだけでHRのストレスが一瞬でなくなる。

 本当に良い表情だ、お前はずっとそのまま人見知りでいてくれよ?


「センセー、泉が応えられるワケないじゃーん」

「そうそう。万年陰キャの泉に無茶ぶりすんなよな!」

「チッ」


 俺は生徒たちに聞こえないようにバレないように舌打ちを打つ。

「お前ら……」

 邪魔すんなよな、今俺の至福の時間だったんだから。


「センセーまだ終わらないの? 早く帰りたいんですけどー」

 それはこっちのセリフじゃクソボケが。

 お前らのブサイクな顔を毎日眺める俺の気持ちにもなってみやがれ。


「あーわったわった。んじゃ解散解散。明日から土日だからってお前ら問題起こすんじゃねーぞ、はい日直!」

「きりつ、れー」

「はい解散」


 生徒たちが各々の放課後を迎える。

 俺は教室を出ようとした所で泉の困惑の表情が目に留まった。

 目の前にいるのは、綾瀬か? 何やら手を差し伸べている。


「え……と、その……だいじょうぶでしゅ……」

「でしゅ?」

「~~~~~ッ!」

「……ッ!」


 泉はこれでもかと顔を赤くして羞恥にまみれた。

 なんだよ今の表情、いつもと違う。もっと上があるのか……!

 久々に刺激が走った気がした。

 どうやら、まだこの学校は俺を楽しませてくれるようだ。


 直後、泉が瞬足の如く廊下を駆けていった。

 一瞬で消えた泉の後を追うようにゆっくりと歩きだした。

「廊下を走るなよ……。ちょっとしか見れなかったじゃねぇか」



「木更津先生、今日この後お食事でもいかがですか?」

 放課後、職員室にいた俺は犬目先生に声をかけられた。


 犬目隷子。27歳。

 担当科目は音楽。とても大人っぽい印象で誰もが羨む美貌の持ち主だ。

 ワンちゃん先生やレーコ先生という愛称で生徒たちからも親しまれてる。

 あまりの人気の高さに校内ではあ犬目派と綾瀬派とかいう訳分からん派閥まで出来てしまっている。


「あー……。まあ、はい」

 周りの男教師から視線を感じる。

 まあこんな女性から誘われていたら羨ましくも思うんだろう。


「ちょっとやる事あるんで、その後でもいいですか?」

「はい♪ お待ちしてますね?」 

 その後、犬目先生は通り際に

「2時間後いつもの場所で、ね」

 と、甘い小声で耳元に囁いた。


「……はあ」

 憂鬱だ、とても憂鬱だ。

 俺と犬目はカラダの関係を紡いでいる。いわゆるセックスフレンドである。

 キッカケは職員の飲み会だ。


 不覚にも酔いつぶれてしまった俺は犬目にお持ち帰りされ、そのままカラダを重ねてしまったのだ。

 その時、酔っていた俺は犬目の苦痛に歪む顔を見たいという欲望が芽生えてしまい、とてもハードなプレイをした。


 どうやら、それがいけなかったらしい。

 この犬目、なんと生粋のドMだった。

 俺のサディスティックなプレイを気に入った犬目はその後もカラダの関係を迫り続けているのである。


 しかもこの女

「断ったら盗撮したこのプレイ動画を校内中にばら撒きますね?」

 なんて脅しを入れてきやがった。

 犬目本人はSとM、お互いの欲求を解消出来る関係だと思っているらしいが、勘違いもはだはだしい。


 俺はSではない。

 キッカケはどうでもいい、俺はただ他人が苦しむ様を見るのが好きなだけだ。

 犬目に対してサディスティックに応じたのも奴の苦しむ顔を見る為の手段に過ぎない。


 本人が喜んでしまっている以上、俺がどうサディスティックに動いても犬目の苦しむ様を見る事は出来ないワケだ。

 だから俺は犬目との関係を楽しいと思った事は一度もない。

 俺にとって苦痛の時間でしかない、犬目との時間はただひたすらにサディスティックに徹しなければならないのだから。


「チッ、イケメンはいいよな……」

 どこからか妬みの声が聞こえてくる。

 仮にも教師なんだから子供っぽい事言うんじゃないよ……

 それに代われるもんなら代わってもらいたい。


「この関係もどうにかして終わらせないとな……」

 俺は犬目との約束を果たす為、残りの業務を終わらせにかかった。



「ん……っふ」

 時刻は23時05分、場所は街外れにある俺の家。

 犬目とのキスも何度目だろうか。俺と犬目はカラダを重ねている最中だ。


「ほら、舐めてください」

 俺はSになりきり、犬目の髪を掴んでイチモツを舐めるように命令する。

「んむ……っ」

 犬目は俺のイチモツをなんの躊躇もなしに咥え、舐め始めた。

 何度もぺろぺろと舐め続けるその姿は犬を連想させる。


「んぐ……っ!?」

 俺は固くなったソレを犬目の喉奥にねじこんだ。

 犬目は嗚咽しながらもそれを受け入れる。

 腰を前後に動かし、それに合わせるように動いて咥え続ける。


「そろそろ射精ます。全部飲んでください」

「……ッ♪」


 犬目は嬉しそうに俺を見上げて俺の命令に応じる。

 俺は絶頂を迎え、犬目の口内に自身の精液を注ぎ込んだ。

「……ッぷは」

 白濁の液体全てを飲みこみ、トロンとした表情で余韻に浸る犬目。

 嬉しそうな顔をしやがって、こっちは苦痛なだけだ。


「よくできました、ご褒美です」

「アァ……ッ!」

 余韻に浸っている犬目に未だ硬い姿を保った俺のイチモツを正常位で挿入する。

「これ……っ、最ッ高……!」

 ああキモチワルイ、こいつの喜んだ顔を見る度に吐き気がしそうだ。


 ……ちょっと仕返しをしてやるか


「分かりますか? 今、生で挿入しています。確か、今日は安全日ではないですよね?」

「……ッ!」

「このまま、僕がこのままイったらどうなっちゃうんでしょうね?」


 一瞬、犬目の表情が固まった。

「そんな、そんなのダメ、赤ちゃんが出来ちゃいます……!」

 初めてこの時間を楽しいと思えたかもしれない。

 流石の犬目でも妊娠はこたえるようだ。

 今は自分を喜ばせる為のSプレイだと思い込んでいるみたいだが。


「じゃあ、このまま動きますね?」

「あ、ッあぁん!」

「とてもダメとは思えないような反応ですね。そんなにコレが好きですか?」

「しゅきぃ、チ〇ポしゅきぃ……!」

「呆れたものです。将来の危機よりも目先の快楽ですか?」

「だって、だってぇ……! 木更津先生の、とても良い、アァ……ッ!」

 動きを止め、俺は犬目に体重を預けて耳元に囁く。


「冗談だと、思ってます……?」

「え……?」

「僕は本気ですよ、犬目先生。僕の子供を産んでください」

「ちょっ、アァ……ッ!」


 犬目は喘ぎながらも、まだ冷静さを保っている。

 大方、所持しているピルを使えば大丈夫だとでも思っているんだろう。

 俺は続けて犬目に言い放った。


「もちろん避妊薬も許しません。明日から土日、ちょうど僕の家ですしこのまま受精するまでの72時間犬目先生を監禁しちゃいましょうか? 犬目先生なら仮病を使えば2日ぐらいは休みをいただけるでしょうからね。」

「冗談、ですよね……?」


 犬目の声が震えているのが分かる、今こいつはどんな顔をしてるんだろうな?


「本気だと言ったでしょう。一回でダメなら二回、二回でダメなら三回。この2日間、犬目先生を犯し続けます。もちろん避妊はいっさいしません。確実に僕の子を孕んでもらいます。愛してますよ、犬目先生」

「やめ……キャッ!?」


 犬目が拒絶を起こした瞬間に俺は彼女の首を両腕でしめつけ、抑えつける。

「……ッ!」

「逃げるなんて許しませんよ、僕をこういう風にさせた責任取ってください」


 犬目の顔が明らかに歪む。紛れもない苦痛の類に。

 そう、その顔だ。もっと見せてくれ。


「続き、始めますね?」

「ァ……ッ!」


 首をしめつつ、俺は再び腰を動かす。

 犬目の中を突く度に彼女のカラダがビクンと跳ねる、中の締め付けも強くなる。


「おや、どうやらカラダは受精したがってるようだ。正直なものですね」

「~~~~ッ! ~~~~ッッッッ!!!!!!!!」


 犬目の表情が更に歪む、歪む、歪む。

 彼女の頭は今、パニックに陥っているハズだ。

 唐突な俺の告白、妨げられている呼吸、そして妊娠の危機。

 複数の恐怖が犬目を本当の苦痛へと誘っている。

 俺が絶頂に近づくたびに犬目の顔は呼応するかのように歪み続けた。


「あぁ、いいですよ犬目先生。そろそろイキます。先ほどのように、しっかりと、僕を受け止めてくださいね?」

「……ッ!」


 もはや普段の原型を保てないくらい、壊れた表情を見せる犬目。

 やれば出来んじゃねぇか、初めてお前を好きになれそうだ。

 折角なのでこのまま絶頂を迎えさせていただこう。


「射精る……ッ!」

「~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」

 俺は、そのまま犬目の中で朽ち果てた。


「感じますか? 犬目先生の中に、僕が流れ込んでいくのを」

 俺は犬目の首から手を離す。

「げほっ、ごほっ」


 せき込みながら犬目はすっかり恐怖の表情に染まり切っていた。

 俺が馬乗りになっているから逃げだす事も出来ない。

 この後自分がどうなるのかを想像して恐怖に陥っている。


「ほら、感じます? 今、アナタの中にある僕が新たな命の種となるんですよ」

「いや、いやぁ……!」

 このままギリギリまで恐怖を刻むのも面白そうだが、こいつの子供なんぞ俺は欲しくもなんともない。

 ここら辺が潮時か、俺は立ち上がって犬目を解放する。


「……?」

「楽しんでいただけましたか? 先生を喜ばせたくて考えたのですが……」


 俺は思ってもいない事を口走る。


「もちろん、犬目先生を妊娠させるなんて嘘です。監禁もしませんよ」

「それって……」

 どうやらまだ理解できてないようなので俺は付け加える。

「楽しんで、いただけましたか?」

「……ッ!」


 犬目の顔に笑みが灯る。

 それは安堵ではない。喜びの笑み。

 犬目は今、さっきまでのシチュエーションを思い出して脳内自慰に浸ってるのだろう。

 息を荒げ、犬目は自身の秘部をぐちゅぐちゅとかき乱す。


「あっ……あぁ……!」

 そして犬目は崩れた笑みを浮かべながら

「最ッ高……!」


 それはもう、とても嬉しそうに。さっきまでの恐怖が全て歓喜に変わるかのように。

 犬目のとろけた声は、俺の耳元に這い寄るかのように流れ込んできた。

 ああ、ホントウニキモチワルイ────



「だるい……」

 土曜の昼前、俺は自身のベッドの上で怠けていて。

 犬目のヤロウ、あの後6回戦まで付き合わせやがって。

 流石に昨日の妊娠プレイはやり過ぎたか?

 もう、今日は何もする気起きねぇ……


「んあ?」

 ふと、PCにメッセージが届いている事に気付く。

 送り主は大学の頃、よく一緒に行動していた友人からだった。


《これ、お前の所の生徒だよな?》


 意味不明なメッセージと共に添付されてる一つのリンク。

 俺は不審に思いながらもそのリンクをクリックした。

 リンク先はMETUBE。

 万国共通の動画閲覧サイトだった。

 俺もよく授業の参考動画とか見るのに使うから、そのページには見慣れていた。


「生配信だぁ?」

 あいつ、何いきなりこんな意味わからんページを送りつけて……


『よし、何でも歌っちゃうよ。ど、どんと来ーい!』


 ふと、ここで俺の思考は停止した。

 声の主は俺が担任を受け持ってる生徒の一人、泉愛梨だった。

 マスクで顔を隠しているが、間違いない。


 俺はいつもこいつの事を見ていたので一瞬で分かった。

 それに後ろの壁にはうちの制服がかけられている。

 間違いなく画面に映ってる少女は泉愛梨だ。


「おいおい……。何やってんだよ……」

 俺は呆れていた。

 最近のガキは平気で自分の顔をネットに晒せるのか……

 しかもめっちゃハキハキしているし。こいつの嬉しそうな顔なんて初めて見たぞ。


「ブッサイクな顔だなぁ……」

 画面の前で嬉しそうに歌を歌う泉。こいつも笑うんだな。

 いつもつまんなそうな顔や困った顔しか見ないから少し新鮮だった。

 このままブラウザを閉じるか、いや問題でも起こされたら教師である俺の立場も危ういかもしれない。


「メンドクサイが、監視しとくか。サービス残業サービス残業っと……」

 その後は資料制作をしながら適当に泉の生配信を流し見ていた。

 どうやらリスナーのリクエストした曲を歌ってゆくというコーナーらしい。

 意外にも泉の生配信は結構好評であり、徐々にリスナーは増えて行った。


『うへぇ、もう歌えないよー……』


 歌い疲れた泉は次のコーナーリクエストを募集している。

「ま、この分なら問題は起きなさそうだな」

 もう十分安全だろう、そう思ってブラウザを閉じかけたオレの目に一つのコメントが目

に入った。


 >リスカ見てみたい<


「……ッ!?」

 おいおい、ネットの住人はやばいな……

 こんな小さい少女にそんな事要求するのかよ……

 どうやら泉もそのコメントが目に入ったらしい。

 モニター越しでもたじろいでいるのが分かる。


『ぇ、で、でも、リスカ、って、危なく、ない……?』


 >リスカしたら、もっとリスナー増えると思うよ<


「まさか、本当にやったりしないよな……?」

 ダメだ、もし失敗でもして死んだらどうする。

 教師である俺にも非が及ぶことになるんだぞ。

「ふざけんなよ泉……!」


 >リースーカ! リースーカ!<

 >絶対流行る<


 コメントの流れは完全にリストカットの流れだ。

 だめだ、なんとかして泉を止めないと。

 俺は即座にキーボードに打ち込んだ。


 >お前らその辺にしとけよ<

 

 これでなんとか流れを断ち切って────


 >↑偽善者ぶるなよww<


「ダメか……!」

 泉もノせられてカッターを取りに部屋を出た。

 その後も何回か辞めさせるようにコメントを打ったが結果は同じだった。


「くそ……ッ!」

 俺は席を立った。

 泉の住所は把握している。ここからなら車を飛ばせば15分程度で着くハズだ。

 部屋を出ようとした瞬間、パソコンから正確にはパソコンに繋いでいるスピーカーから

泉の大声が鳴り響いた。


『いッッッッたあぁ~~~~~~~ッッッッッッッッ……!!!!!!!!』


 くそ、遅かったか。ヤバいことになってないよな……?

 俺は泉の状態を把握する為に一度パソコンに目をやる。


「────」


 映っていたのは、大量の血を流しながら息を荒げる泉の姿。

 そして、泉の顔は苦痛と、歓喜?

 正反対の表情が混ざったかのような、ごちゃごちゃした表情を浮かべていた。


 俺は、そんな泉の表情に目を奪われていた。

 やがて、泉は自身の腕から溢れ出ている血に気付きパニックに陥った。

 泉の表情はみるみる内に恐怖に染まり切った。


 これから死ぬ恐怖の顔。

 普段の困惑しきった顔なんて生ぬるい、昨日の犬目程度じゃ話にならない。

 正真正銘恐怖の顔。

 俺が、求めていたモノ。

 ああ、なんてキレイ────


「い、ずみ……」

 気が付けば、俺は自身の股間に手を触れていた。

 そして、ソレをしごき始める。

 犬目との夜を過ごし、既に疲弊しきっているハズの俺のソレはかつてない程、最高潮に膨張していた。


「はぁ、ハァ……ッ!」

 達するのに、5秒も要らなかった。

 俺は泉愛梨によって即座にイってしまったのだ。

 地に浸る俺の子種。その量は普段の優に3倍はあった。


「……」

 最高に、気持ちよかった。

 今まで溜まりに溜まった鬱憤。犬目や生徒ごときじゃ全く満足出来なかった俺の欲求を泉はいとも簡単に叶えて見せた。


 この快感が、もっと欲しい。 

 泉を、もっと見たい。

 苦しむだけじゃない、アレは何かに対して喜んでいた。

 今までも痛みに快感を覚えるマゾヒストは何人も見てきたが、泉は痛みに対する快感を覚えていたワケではない。


 もっと、別の何か。

 泉の中にある欲求に対する喜びだろうか。

 その何かは俺には何なのか分からない、いや、分からなくていい。


 俺はその何かに喜ぶ泉の未知数の感性にも惹かれてしまったのだから。

 その何かを俺が理解してしまえば、俺は泉に抱いている魅力も消えてしまうかもしれない。

 だから、分からなくていい。


 死に対する恐怖と未知の感性を混ぜ合わせた泉の顔は、最高に俺を興奮させてくれた。

 画面には、既に気を失い血を流し続ける泉の姿が映っている。

 このままでは間違いなく失血死する。


「泉を、助けなきゃ……」

 俺は当初の目的を遂行するため動き出す。

 だが、その目的に対する理由は変わった。

 最初は面倒毎を回避する為だったが、今はせっかく見つけた快楽の対象を失いたくないという強い気持ちが、働いていた。



 俺は今、病院の一室にいる。

 あの後、泉の家まで向かい泉を救出した俺はそのまま救急車に同乗した。

 幸い間一髪の所で助けた為、命に別状はないらしい。

 何故か泉の家に鍵がかけられていなかったのが幸を成した。


「ネットに顔晒したり戸締りしなかったり、不用心なガキだ……」

 そんなガキに俺は性的感情を抱いてしまった訳だが

「教師失格だよな……」 

 生徒が死ぬかどうかの瀬戸際に瀕しているというのに、それを見ていたにも拘わらず俺は自分の快楽を優先してしまった。

 教師どころか人間としても失格案件だ。


 だが、そんな事はもうどうでもいい。

 俺は泉愛梨という新しい玩具を見つけた。

 彼女がなんの為にこんな事をしたのか分からないが、生配信を通して快楽を得ていたのは間違いない。


 快楽は人を虜にする。


 俺も、泉も、快楽の為に動いていたのがその証拠だ。

 快楽を求める限り、泉愛梨は懲りずに生配信をするだろう。

 そしてその度に俺を楽しませてくれるに違いない。

 その為なら、俺はいくらでもお前に協力してやるよ。


「これから、楽しませてくれよ?」

 俺は安らかに眠る泉の耳元でそう囁いた。


「ん……」


 しばらくして泉の意識が戻った。

 目覚めた泉は天井をぼーっと見つめている。

「お、気がついたか」

 とりあえず声をかける事にする。


「せん、せい……?」

 泉は俺の方を向いて不思議そうな顔をした。


「まだちょっと混乱するか? まああんだけドバドバ血を出してたらムリねぇか」

「血……?」

「なんだ、覚えてないのか? お前血まみれで倒れてたんだぞ。あと少しで失血死で死んでたとよ」

「……ッ!」

 どうやら思い出したらしい。泉の顔は急に強張り、やがてえづき始めた。 


「ッはぁ、はぁ、う……!」

 それはそれは苦しそうに。死に直面した記憶を蘇らせた泉は一人苦しみ始めた。

 苦しみと恐怖、それらを混ぜ合わせた泉の表情は俺を興奮させるのに充分だった。


「……」

 ああ、こいつの苦しむ顔が、怖がる顔が、リストカットをした時のあの未知の顔がもっと見たい。

 俺はそう思いながらしばらく黙り込んで泉の表情を堪能していた。

 落ち着きを取り戻し、表情も元に戻り始めた所で俺は声をかける。


「……大丈夫か?」

「……ッ」

 首を縦に振り、泉はジェスチャーで俺の問に答える。

 これ以上苦しむ泉を見てると俺の理性が抑えられなくなりそうなので、俺はあえて話題を振った。


「ったく驚いたぜ。渡し忘れたプリントを届けに来たら、血まみれで倒れてる泉を見つけたんだからな」

 俺は息をするように嘘をついた。

 実は泉の生配信見ていましたなんて言ったら泉は生配信をやめてしまう可能性がある。

 だから俺は教師らしい理由で偽っておくことにした。


 ついでだ。教師っぽい事しておくか。

「なんか、悩みでもあるのか?」

「ふぇ?」

「いや、聞くところによれば大量出血の原因はリストカットらしいからな。なんか悩みでもあったんじゃねぇかってな」

「……ぁ」


 うん、これは教師っぽいだろう。

 リストカットが原因なのもどうしてリストカットしたのかも全部分かってるので俺から

したら大茶番だが、泉から見れば生徒を心配している教師として見えているはずだ。


「ぁ、え、と……ぅ……!」

 やがて、泉はパニックに陥り始めた。

 ……なんか顔赤いし息荒くなってないか? もしかしてコイツ今発情してんのか?

 とりあえずもう少しだけ教師っぽい事言っておくか。


「担任なのに、気づいてやれなくてごめんな。……担任失格だよなオレ」

 担任どころか人間失格だ、と心の中で自分にツッコミを入れたのは内緒である。

 一方泉は更に顔を赤くしていた。まるでトマトだ。

 そうか、泉は俺が教師として本気で心配していると思いこんでいるのか。

 なのにリストカットの理由が生配信が原因とか恥ずかしくて言えないとか、大方その辺りで困っているのだろう。


 つまりコイツは俺が教師っぽい事を言えば言うほど困惑した姿を晒す訳だ。

 その後、もう少しだけ泉の困惑した姿を見たくなった俺は教師っぽい説教をし始めた。 

 10分くらい経ったか。一通り満足した俺はひとまず帰る事にした。

 泉の家に車置きっぱなしだしな。


「じゃ、先生帰るから。明日には退院出来るらしいからそれまでには安静にしとけよ。大事を取って月曜は学校休んでいいからな」


 そう言い残して俺が病室を後にしようとすると、

「あ、あの……!」


 泉が俺を呼び止めた。

「?」

 俺が振り返ると泉は

「あ、えっと……そ、の……」


 一度どもって


「た、助けてくれてありがとうごじゃいました……ッ!」

「────」


 病室に響く泉の声。

 その声量、トーン、響き。

 普段の泉からは想像もつかない思い切りの良さ。

 いつもは周囲と距離をとっている泉が自分からコミュニケーションを取ろうとしている。

 自分から手を伸ばしている。

 この手を、ここで俺が振り払ったらコイツはどんな顔を魅せてくれるのだろう。

 だが、それをしてしまえば俺は本当に教師としていられなくなる気がした。

 だから、俺は教師として泉に応えた。

 俺はわざとらしく笑顔を作る。


「……あぁ、お大事にな」

「~~~~ッ!」

「……ッ!」


 泉の顔に光が宿った。俺が腐る程見てきた心からの歓喜の表情。

 昨日の犬目と同じ、心の底から純粋に喜んでいるだけの表情。

 まるで、人と直接コミュニケーションを取れた事に喜びを覚えたかのような。


 お前も、そんな顔をするのか。

 キモチワルイ。

 一気に気が滅入った俺は病室を出る。


「はぁ……はぁッ」

 しばらく俺はその場に留まった。

 落ち着け、あそこではああするのが普通だ。

 俺は間違っていない。教師として真っ当な応え方のハズだ。

 この時、俺の思考は目まぐるしく変化した。

 一種の賢者モードだろうか、俺の中に、ナゼか教師としての責任感が芽生えていた。


 そうだ、俺は教師なんだ。

 例えどんな性癖を持とうとどんな理由があろうと、教師である以上生徒を導く義務があるハズなんだ。


 だから、俺は泉を止める義務があるハズだ。

 自分の快楽よりも、生徒を優先するのが教師だ。

 泉に本当の事を打ち明けよう。生配信を見ていた事も。

 そして二度とこんな事はしちゃいけないと言わなければ。


 意を決した俺は再び病室に入るべく、扉を開ける────

「は、はははははははッ!」

「……!?」


 突如聞こえた少女の笑い声。

 その正体は他でもない泉の声だった。

 泉は自分のスマホを見ながら引き裂かれたような笑顔を浮かべていた。

 さっきの笑顔とはかけ離れた、狂気の笑顔。

 俺が惹かれた泉の表情の片鱗。


 あれだ、あの笑顔だ。

 リストカットの恐怖の表情と混ざっていいたのはあの笑顔だ。

 きっと、あのスマホの画面に泉が喜ぶ何かがある。

 泉が生配信を始めた理由。そして俺を魅了する泉の表情の源。


 あの顔を見た瞬間、俺は確信した。

 泉愛梨は、俺と同類だ。


 自らの快楽を追求し続ける思想の持ち主。

 目的の為なら何がどうなっても構わない思想がある。


 こいつは絶対に生配信を続ける。

 そして、その度に俺を魅了する表情を見せてくれる。

 俺は、ソレガミタイ。


 止めるなんてバカバカしい。

 教師としての責任感? クソくらえだ。その辺のヤギにでも食わせておけ。

 ようやく見つけた最高の快楽を手放すような愚行は俺には出来ない。

 俺さえ気持ちよければ、もうどうなっても構わない。


 あぁ、泉の配信が待ちきれない。早くあの顔を見たい。

 そうだ、METUBEには過去の生配信を視聴できる機能があったハズだ。

 次の生配信まではそれを見返すとしよう。

 何度でも、何度でも……。俺を満たし続けてくれる泉の生配信を……



 二ヶ月後、夏もいよいよ本番直前。

 俺はいつもどおりHRを終え、美術準備室に向かった。


「木更津先生、今日お食事でもいかがですか?」

「すいません、本日中にやる事がありますので」


 犬目の夜のお誘い。俺は即答で断り美術準備室に入った。

「んもう、最近付き合い悪いんだから……」

 そんなもん俺の知ったことか。お前のお遊戯に付き合う暇はない。


 俺は美術準備室のデスクに腰掛け、パソコンを起動する。

 そして手慣れた動きでMETUBEを開き、待機を始める。

「そろそろ、か……」

 俺は腕時計を確認し、目的の時間になった事を把握する。

 夕方17時、泉愛梨は決まってこの時間に生配信をする。


『や、やっほ~……。キリギリスだ、よ~』

 配信が始まった。泉は視聴者に命名されたユーザー名を名乗る。

 泉はこんなクソ暑い時期にも関わらずカーディガンを羽織っている。


 そして最初のコーナーが始まった。

 最初は、ゲーム実況か。興味ないな。

 俺は生配信を聞き流しながらタスク処理を始めた。

 一時間後、一通りタスクを終えた俺は生配信を確認する。

 ちょうどゲーム対戦を終えた頃だった。そろそろ、か。


「さて……」

 俺はMETUBEの課金システムを使い、泉の目にハッキリ入るように演出を加えながらコメントを打った。


 >そろそろいつものアレ、見たい<


 泉がピクッ、と反応した。

 間違いなく俺のコメントが目に入ったんだろう、泉は照れくさそうに言い放った。


『……え~~? もうする、の……?』


 俺は無意識に口角を緩めていた。

 これが今の俺の唯一の生き甲斐の瞬間。

 得体の知れないナニかの為に傷つき苦しみ悦ぶ泉を見るコトが唯一の楽しみだ。

 コメント欄も完全にその流れに変わる。

 

 >お前のアレを待ってたんだよ!<

 >昨日のした所見せて<

 >はやく見たい!<

 >初だけど、アレってなに?<

 >↑お前何でこの配信来てるの?<


『もう……、仕方ない、なぁ……』


 口ではそう言いながら泉は嬉しそうに服を脱ぎ始める。その動きに躊躇いはない。

 泉は下着以外全ての服を脱ぎ捨て、その肌を晒す。

 その肌には至る所に包帯が巻かれ、切り傷があった。


 それら全てが泉がカッターで切った箇所である。

 腕、足、胸、腹、背中、そして────

 中学生の少女の身体に確かに刻まれた傷を目にして、俺は高揚感に溢れる。

 この傷が出来る瞬間を、俺は全て目の当たりにしている。

 どこを切っても、泉は一つの例外もなく痛み、苦しみ、壊れてゆく。

 だが、泉は泉にしか見えないその先に見えるナニかに喜んでる。

 その未知の、得体の知れないナニかは俺の加虐心を更に昂ぶらせ、滾らせ、満たしてくれる。

 気付けば俺は再びコメントを打っていた。


 >包帯、増えたね<



『うん……。これも、皆のせい、だよ……? 暑いのに、カーディガンで隠す、の、大変なんだから、ね……?』


 泉はまたもやコメントを拾ってくれた。

「よく言うぜ……。快楽主義の怪物がな」

 思わず呟いた独り言。

 その独り言に俺は笑ってしまう。

 快楽主義は俺も一緒だろうに。

 やがて泉がカッターを取り出す。


『じゃあ、始める、よ? 今日、は、どこを切りたいの、かな?』


 至福の時間が始まる。

 泉も、俺も、快楽にまみれる瞬間。目的は違えど互いを満たす瞬間が。

 さあ、今日もお前のキレイな表情を見せてくれ。

「楽しませてくれよ? 今、俺を満たしてくれるのはお前だけなんだからなぁ」

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自己顕示欲にまみれたJCが生配信でリスカして失血死しかけた話 宝条Pect @inaba_0913

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