自己顕示欲にまみれたJCが生配信でリスカして失血死しかけた話

宝条Pect

第一部「自己顕示欲・泉愛梨」

 僕の名前は泉愛梨。私立潮川中学に通う二年生。

 あ、僕なんて言うけれど立派な女子だよ。

 なんで僕なのかって? うーん、なんかこっちの方がしっくり来るから、かな?


 季節は5月。春と別れを告げ、夏の姿がちらりと見え始めている。

 今は放課後のホームルームの真っ最中。先生が皆の前で連絡事項を伝えている。


「えー、最近ストーカーがこの付近に出没してるみたいだから、お前ら寄り道せず真っすぐ帰るんだぞ。寄り道してる生徒がいたらそいつの胸揉むからなー」

「きめー」

「ちょ、それ先生がストーカーなんじゃないのー?」

「きゃはは」


 くだらない。何も面白いと思えない。早く終わらないかなぁ……


「お前らそんな風に思ってんのかー? 流石の先生でも傷つくぞ」

 担任の教師、木更津先生は特になんとも思ってなさそうな顔で適当な事を呟く。


 ただ教壇に立つだけ。それだけで生徒たちから注目を浴びる先生を見て

「いいなぁ……」

 僕はポツン、と呟いた。


 人に注目されるって、とても気持ちよさそう。

 僕は今まで人に注目された事もされるような事もした事がないから憧れを抱いていた。


「酷いなぁ、そう思わんか? 泉」

「ふぇっ!?」


 先生が僕に話を振る。

 僕を除いた生徒全員の視線が一気に集まった。

 ゾクゾクと、全身が震えた。


「あ……ぅ、えっと、その……」

「センセー、泉が応えられるワケないじゃーん」

「そうそう。万年陰キャの泉に無茶ぶりすんなよな!」

「きゃはは」

「お前ら……」


 生徒全員の視線が一気に先生に戻る。

 むり、ムリムリムリ!

 あんな大勢の前で話すなんて、絶対ムリ!


「センセーまだ終わらないの? 早く帰りたいんですけどー」

「あーわったわった。んじゃ解散解散。明日から土日だからってお前ら問題起こすんじゃねーぞ、はい日直!」

「きりつ、れー」

「はい解散」

「ねぇねぇ、カラオケ行こ?」

「お、いいな。んじゃヒト集めっか!」

「おい部室まで競争しようぜ!」

「おい走んなって」

「スクバいこスクバ!」


 解散した生徒達がそれぞれの放課後を送ろうと席を立つ。

 僕も帰ろうと教室を出ようとすると


「えー本当ー?」

「きゃ……ッ」


 女子生徒の集団の一人。綾瀬沙希とぶつかってしまう。

 小柄な僕はつい勢いに押されて尻もちをついた。


「あ……」

 綾瀬さんは僕の目の前で立ち尽くしている。


「ぅ……」

 沈黙。綾瀬さんはぽかんと僕を見つめながら動かない。

 こ、怖い……。なんで何も言わないの……?


「サキー? なにしてんの? そんな鈍くさいの放っておきなって」


 名前を呼ばれた綾瀬さんはハッとして

「ごめん、今行くー!」

 綾瀬さんはそう答えて僕に手を差しだす。

 僕はついその光景にビクッとカラダを震わせた。


「えっと、ごめんね? 怪我とかない?」


 話しかけられた。

 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。男子にモテて女子からの人望も厚い。

 学園のマドンナと言わせしめるほど完璧人間な綾瀬さんが僕を見ている。


 ゾクゾクと背筋に何か走る。

 やばい、僕今興奮している。

 学校のマドンナである綾瀬さんが僕を見ているだけなのに、それだけで興奮している。


 ふと隙間風が吹いた。綾瀬さんの髪が揺れてふわっと甘い香りがした。

 う、うわあぁ~~~~……! すごくいい匂い、これが女子ってやつか!

 いや僕も女子だけど!! ってそんな事はどうでもいい。

 今はこの場をやり過ごさないと……


「え……と、その……だいじょうぶでしゅ……」

「でしゅ?」

「~~~~~ッ!」


 噛んだ、噛んでしまった。僕は恥ずかしくなってついその場を跡にする。

「うわっ、い、泉ちゃん!?」

 後ろで綾瀬さんが僕を呼んでる気がしたけど、無視して全速力でダッシュした。



「ただいま……」

 学校から15分程歩いた住宅街にある、大きな一軒家。コンクリートのキューブ状で出来てる家が僕の家だ。

 とても広い家で昔お友達に羨ましがられた事があるけど、何も良い事はない。


 だって、僕はこの家に一人で住んでいる。


 正確には家族が帰ってこないだけ。

 ママもパパもいつも仕事で海外に出てて、帰ってくる事なんて年に一、二回あるかないかぐらいだ。


 だから、僕はいつもこの家で一人ぼっちだ。

 自分の部屋に入って、僕はベッドに身を投げる。


「今日もまともに喋れなかったな……」

 僕は今日の出来事を振り返る。

 今日は2回も人に注目されちゃった。

 一度目はホームルーム。二度目は綾瀬さん。


 人に見られるって気持ちいい。

 誰かの目に私が映っているってだけでもう興奮しちゃうよ。

「ん……ふ……」

 僕は今日あった出来事を思い浮かべながら自分の秘部を弄る。


 これは僕の唯一の趣味。

 人に見られるだけで興奮する僕はその日に見られた現場を思い出しながらこうして自慰に浸るんだ。

 こんな異常性癖所持者、僕以外にいないと思うよ?


「あ、すごい濡れてる……」

 ハァハァ、と息を荒げ、僕は弄る手のスピードを早める。

 僕の秘部に快感が流れ込み、僕の自慰は更にエスカレートする。

「ん、んぅ……ッ!」


 そしてその瞬間を迎えた。


「はぁ、ハァ……」

 荒くなった息を整え、僕はぐったりと横になる。

 もっと、人に見られたい……。どうすればもっと人に注目されるだろう。


 僕も人と会話出来るようになれば、もっと見てもらえるのかな……

 でも、人前で話すなんて僕には出来ない……

 そんなの恥ずかしいよ……


「どうやったら、人前以外で注目されるんだろ……」


 僕は暗い部屋で一人呟きながらスマホをいじる。

 僕はスマホをいじりながらイチゴオレにストローをさす。

 口の中を甘い液体が満たす。イチゴオレを飲むと気分が落ち着く。


 僕はイチゴオレが大好きだ。

 好きすぎてイチゴオレの為だけに小型冷蔵庫を購入してストックしてる。

 僕はイチゴオレを飲みながらスマホの画面をスクロールしていく。


「……」

 ふと、僕はスクロールされる画面を止める。


「……これだ」


 目に留まったのは、ツイットーの拡散で流れて来た一つのツイート。

 そのツイートには動画が添付されてあった。

 動画の内容はカメラの前で誰かが顔を出して視聴者のコメントと話をしているという内容だった。


「これだ……!」


 僕はつい二回同じことを呟いた。これなら、注目されながらも人の顔を見ないで済む!

「えへ、えへへ……!」 

 嬉しくて変な笑い声を出してしまう。


「決めた、決めた! 僕、配信者になる!」

 そうと決まれば、やる事は一つ!



「ちわーっす! 田沢急便でーす!」

「あ、あぅ……えっ、と……」


 次の日、チャイムで叩き起こされた僕は配達員の目の前で固まっていた。

「こちら、ご注文の品です! こちらにハンコお願いします!」

 元気な配達員さんが僕に受領書を渡す。


「ひ、ひぇえ……」


 落ち着け、落ち着くんだ僕。

 ただハンコを押すだけじゃないか。

 そう、喋る必要はない。

 ハンコを押すだけ、ハンコを押すだけ……ハン、コ……


「……ッ!」

 ハンコ、持ってきてない……


 どどどどうしよう。ハンコがないと品を受け取れない……!

 待て、待てよ。ハンコはリビングにあるハズ。配達員さんに事情を説明して待ってもらえれば1分経たずに取りに行けるハズ……


 どうしよう、喋る必要性が出て来た……!

 しかも結構量ある……。ムリ、絶対ムリ!

 どうしよう、どうしよう……!?

 僕はわなわなと配達員さんの顔を見る。


「?」


 配達員さんは笑顔で僕を見つめかえす。

 やめて、僕を見ないで! いや見て欲しいけど今は見ないで!

 あっ、どうしよう涙出て来たし濡れて来た。配達員さん困ってるよ。早く喋らないと……!


「あ、ぁの……はん、こ……な……でしゅ」

 はい噛んだ。また噛みました。デイリー達成だやったね!

 じゃなくて! 早く伝えないと!


「あ、あぅあぅぁ……!」


 ダメだ、やっぱり言葉が出ない。もしまた失敗して伝わらなかったらどうしよう。

 そう考えると怖くて声が出せない。

 うぅ、どうしよう……!


「はいッ」

 配達員さんが僕にボールペンを差し出した。


「……?」

「ハンコが無ければサインでも結構ですよ」

 配達員さんが笑顔で僕にボールペンを渡す。


「神しゃま……!」

「へ?」


 つい声に出してしまった。それを自覚した僕は慌ててサインを書いて誤魔化す。

「ありがとうございます! こちらお荷物です!」

 僕は配達員さんから荷物を受け取る。


「ありがとうございました! またよろしくお願いします!」


 配達員さんは僕にお辞儀をしてその場を後にした。

 ハキハキと話せてすごいなぁ……

 僕とは大違いだ。僕なんかあんなにハキハキ出来る自信ないよ。


 あ、いけないいけない! また自己嫌悪に陥る所だった。

 切り替え切り替え。何はともあれ目的の品は手に入った。

 注文した品が次の日が届くだなんて世の中はなんて便利になったんだ。

 アナゾン様様だね。


 僕が注文したのはヘッドセットやカメラ等、配信に必要な器具一式。

 全部揃えるのにとてもお金かかっちゃった。

 そんなお金どこにあるのかって?


 自慢じゃないけど、僕の家はお金持ちの部類だ、と思う。

 普段家にいない両親が、せめて生活に不自由がないようにとパパ名義のクレカを僕にくれたんだ。

 大体の買い物はそれで済ませてるし、何を買ってもママたちからは追及されないから何でも買えちゃう最強のカード。

 僕はそれを遠慮なく今回の買い物に使いました。


「さて」

 ひとたびセットアップを終えて、僕はイチゴオレを冷蔵庫から取り出してパソコンの前に座った。


 僕はインターネットブラウザを開いてあるサイトにアクセスする。

 その名もMETUBE。

 万国共通の動画閲覧サイトで、動画の投稿や閲覧が無料で出来る所だ。


 サイトの機能として生配信機能がある。

 この機能では配信者とリスナーがコミュニケーションが取れるよう、リスナーのコメントが動画に流れるシステムになっている。


 そう、これこそ僕の理想の注目の的。


 これを使えば、僕はリスナーの注目の的になるし、人前に立つ必要もない。

 それでいて人とコミュニケーションを取れるだなんて素晴らしいにも程がある。


「準備完了、後は……」

 機材の稼働確認を済ませ、僕はいよいよ配信開始ページにアクセスする。

「今から、配信始めるよっ、と……」

 ツイットーで告知ツイートを呟き、マスクで顔を隠して準備万端!


 いざ……!

「配信、開始!」


 ……

「……」

 ……


 ……あれ、これってもう始まってる? 始まってるよね?

 モニターには僕の顔が映っている。タイマーも動いてるし始まってるのは間違いない。

「あんまり、実感沸かないな……」

 

 >来たよー!<

 >本当に配信してる!<


「!」

 ぴょこん、とコメントが流れた。

 うわ……、本当に来てくれた!

 リスナーの数を見てみると、0から3に数字が変化していた。

 ツイットーのフォロワーの何人かがリンクを踏んでくれたんだ……!


 >めっちゃ可愛くてびっくりした<

 >返事がない、ただの屍のようだ<

 >なんか喋ってw<

 

「ぅあ……!」

 コメントに反応する。そうだ、今は僕が主役なんだ。僕が喋らないと!


「すぅ~~~ふぅ……」

 深呼吸。落ち着け、目の前には誰もいない。

 僕を見る目はどこにもいない。

 いや正確にはこの地球上のどこかに3人いるけどってやかましいわ。


 大丈夫、独り言、独り言……!

「ぁ、来てくれてありがとー……」

 喋れた、喋れた! ほぅーら、やっぱり人さえいなければ僕は喋れるんだ!


 >声きゃわわ<

 >うわ、なんか初々しいなw<

 >もっと何か喋って!<


「……ッ!」

 ゾクゾクと、僕の背筋に何かが走る。

 今、僕注目されてる……!

 そう思えるだけで嬉しくなってしまう。アソコが少し濡れているのが分かる。

 たった3人だけでこれなんだから、もっと人数が増えたらどうしよう。


「えっと、ね? 今日は僕、初めての生配信なんだけど、何していいか分からないや」


 >あるあるw<

 >初々しいぞもっとやれ<


「だから、ね? 今日は記念に何かしていきたいと思うんだけど、リクエスト、ある、か

な……?」

 しばらくして


 >なんか歌ってみて!<


「ふぇ、歌?」

 歌、歌……。う~~~~ん。いきなりレベルが高すぎないかな?

 でも、ここで断ったら雰囲気悪くするかも……

「い、いいよ? あ、アカペラでも、いい……?」


 >wktk<

 >全然おっけー!<

 >百本桜歌って!<


「あ、百本桜知ってる! 僕も大好き!」

 

 >ボクッ娘でござったか<


「~~~~ッ!」


 なんだ、ちゃんと喋れるじゃん僕。これなら歌も歌えるハズ……!

「じゃあ、歌う、ね?」


 いくぞ、いくぞ、いくぞ!


 >くっそ上手かった<

 >もっと評価されるべき<

 >ちょっと宣伝してくる<

 >歌う姿も可愛いね<


 歌い終わったら以外にも評価が高かった。ちょっと恥ずかしいけど、これで嫌われずに済んだかな……?

「ぁ、リスナー増えてる……」

 気付けばリスナー数が10人を超えていた。

 僕の歌を気に入ってくれたリスナーさんが、何人か知り合いに宣伝してくれたみたい。


 今、僕は10人近くの人に注目を浴びている。

 ゾクゾクゾクっと、鳥肌が立った。

 これ、ダメだ……! 僕の全身が人の注目を求めている。足りない、もっと……!

 もっともっと沢山の人に注目されたくて仕方ない……!


 >わこ<

 >めっちゃ可愛くない?<

 >チャンネル登録したー!<

 >もっと歌って!<


 流れるコメントに、つい頬が歪んでしまう。

 今マスクを取ったら僕はどんな顔をしているんだろう。

 興奮を抑えきれなくなった僕は声を高らかに


「よし、何でも歌っちゃうよ。ど、どんと来ーい!」

 調子に乗ってはっちゃけた。



 あれから1時間くらい歌い続けたかな。気付けば時間はとっくに夕方になっていた。

「うへぇ、もう歌えないよー……」

 心なしか声が枯れて来た気がする。そして


 >もう終わりー?<

 >めっちゃ人増えてて草<

 >チャンネル登録しました<

 >マスク取って!<

 >わこ<

 >歌い手のルーキーがここに<

 >おつー<

 >可愛い<


 リスナーは30人に増えていた。

 人数にして一クラス分。僕、今クラス全員の人数と同じ数の人たちに注目されている!

 僕のアソコは軽く洪水を起こしている。

 30人も僕を見てくれている。そう考えるだけで疲れなんか吹っ飛んだ。

「じゃ、じゃあ、次は、何かリクエストある……?」


 >パラライカ<

 >腹筋爆発ボーイ歌って!<


「もう、歌以外でだよぉ」

 僕はコメントを見てついツッコミを入れてしまう。

 あぁ、やっぱり生配信を選んで正解だ。ここなら僕はムテキになれる!

 歓喜に浸りながら、僕はリスナーのリクエストを待機していた。

 ピコンと、一つのコメントが流れた。


 >リスカ見てみたい<


「……え?」

 一瞬、コメントの意味が理解できなかった。

 リスカ、って、腕を切る事だよね?


 >リスカすんの? まじ!?<

 >これは期待<

 >おいおいお前らw<

 >くっそえげつないリクエストしててもはや竹<

 

 コメント欄がリスカを拾い、リスカを強要してくる。

 顔が青ざめるのが分かる。

「ぇ、で、でも、リスカ、って、危なく、ない……?」


 >リスカしたら、もっとリスナー増えると思うよ<


「……ッ!」


 一つのコメントが目に留まった。

 リスナーが増える。その言葉だけで、僕の頭は真っ白になった。

 コメントの中にはやめておけっていう静止コメもあった気がするけど、頭の中には入らない。


「ほんと、に。そう、か、な……?」


 >まあ増えんじゃね?<

 >リースーカ! リースーカ!<

 >絶対流行る<

 >お前らその辺にしとけよ<

 >↑偽善者ぶるなよww<

 >見たい見たい!<


 ごくりと、僕は虚無を飲み込んだ。

「い、いい、よ……? ちょっと、待ってて、ね?」


 >キター!<

 >服脱いだ<

 >オレちょっと宣伝してくるwww<

 >悪い事は言わんからやめとけマジで<

 >偽善者まだいるの草<


 僕は一旦部屋を後にして、リビングにカッターを取りにいった。


「か、カッター取って、来た。じゃ、じゃあ、始める、ね?」

 カッターを取り、部屋に戻った僕はさっそく腕をまくり、カッターに手をかける。


 チキチキチキと、カッターは音をたてて鋭利な刃を面にする。

 僕はカッターを腕にあて、再び深呼吸をした。


「すぅ~~~ふぅ……」


 心臓の音が聞こえる気がする。いや聞こえる。僕は今から腕を切る。

 い、痛いのかな……? 痛いよねきっと、でもこれもリスナー確保の為……

 ちょっとのガマンで成果が得られるなら、少しくらい我慢しなきゃだよね……!

 チラッとコメント欄を見ると、


 >はよはよ<

 >怯えてる顔も可愛いね<

 >今北産業<

 >リスナー確保の為にリスカするって<

 >その位置危なくね?<

 >まだかなまだかな?<

 

 も、もう後にはひけない……!

 ここでやめたら雰囲気悪くなるし……!

 えーい、こうなったらヤケだ! 一気にやっちゃえ!


 いけ、行け! スパッと切っちゃえ!

 僕は、カッターを持つ手に力を込め、思いっきり腕をひいた。


「いッッッッたあぁ~~~~~~~ッッッッッッッッ……!!!!!!!!」


 なんだこれ、めちゃめちゃ痛い。

 苦痛で顔が歪んでしまう。マスクをしていなければ今頃僕の不細工な顔が映ってたかもしれないな。

 こんな事をやれだなんて狂ったリスナーもいたものだ。

 冗談抜きでめちゃめちゃ痛い。あまりにも痛くてつい呼吸が乱れてしまう。

 

「ふぅ、ふぅ……」

 なんとか僕は呼吸を整えて心を落ち着かせる。

 本当にとても痛いけど、これで……


「へ、へへ。どう、かな? リスカ、したよ……? 満足、した?」

 僕はそう言いながらモニターに顔を向ける。


 >腕!腕!<

 >やべえwww<

 >腕ー!<

 >苦痛に歪む顔も可愛いね<

 >気付け!腕!<


「ふぇ、腕……?」

 リスナーのコメがやけに腕を指摘している。

 一体なんだ、と僕はリスカした腕に目をやると────

「……え?」


 ドクドクと、カッターでつけた傷から僕の中の赤いソレがあふれ出ていた。

 見れば辺り一面に赤い液体が広がっている。

 これ、全部僕の血……?

「うわ、うわ……!」


 >はやく止血して!<

 >ばか、これは救急車だって<

 >110だ!<

 >119だボケ<

 >おい、やばくね?<


 そうこうしてる間にも僕の血はまだ溢れて出ている。

「し、止血、はやくしないと……!」

 僕は慌てて近くにあったタオルで腕を抑える。

 白いタオルはあっという間に赤く染まった。抑えた隙間から尚も僕の血は溢れ出ている。


「止まらない、止まらないよぉ……!」


 顔が青ざめていくのがハッキリ分かる。

 この時の僕はパニックに陥っていた。

 赤い液体が僕の不安を煽るように無限に溢れ続ける。


「だ、れか……た、す、け……」

 意識が遠のく。このままじゃ出血多量で死んでしまうのに、僕の身体は言う事を聞いてくれない。

 視界がブラックアウトする。

 薄暗い部屋の中で、生配信を続けるモニターの光だけが部屋に広がる僕の赤い鮮血を照らし続けていた。



 目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に映った。

 なんの変哲もないシンプルで、少し黄ばんだ白い天井。

 同時に映った少し開いた窓から流れるそよ風がなんとなく心地がいい。


「……?」

 あれ、ここはどこだろう。僕は何をしていたんだっけ……?

 僕は天井をぼんやりと眺めながら直前の記憶を思い出そうとする。


「お、気が付いたか」

 ふと声が聞こえた。

 いつも学校で飽きるほど耳にしている聞き慣れた声。

 僕は声のする側に顔を向ける。

 声の正体は僕の担任教師、木更津先生だった。


「せん、せい……?」

 なんでここに先生が? というか、ここはどこ?

「まだちょっと混乱するか? まああんだけドバドバ血を出してたらムリねぇか」

「血……?」

「なんだ、覚えてないのか? お前血まみれで倒れてたんだぞ。あと少しで失血死で死んでたとよ」

「……ッ!」


 思い出した。

 そうだ、僕は生配信中でリストカットして大量出血して────

「ッはぁ、はぁ、う……!」

「……………………」

 思い出した途端、僕は反射的にえづいてしまった。


 あの時、僕は、死に直面していたんだ。


「……大丈夫か?」

「……ッ」

 コクンコクンと、僕は先生の問いにジェスチャーで応える。


 少しして、ようやく平静を取り戻した僕はここが病院だという事に気付いた。

 僕は、搬送されたのか。

 でも、誰が僕を搬送したんだろう?

 家には僕以外誰もいないし……

 もしかして、先生が?


「ったく驚いたぜ。渡し忘れたプリントを届けに来たら、血まみれで倒れてる泉を見つけたんだからな」

 どうやら、運よく僕の家に訪れていた先生が僕を発見してくれたらしい。

 でも、どうやって家の中に?


「あと、泉は少し用心が足りないな。家の鍵が開いていたぞ?」

「え、でも鍵……ぁ」


 思い当たる節が一つ。

 配達員から荷物を受け取った時かもしれない。

 僕は配達員とのやりとりと荷物を運ぶのに必死で、鍵を閉め忘れていたんだ。

 幸か不幸か、それが僕の存命に繋がった訳だけど……


「あ、ぅ……」

 なんて事だ。先生は僕を助けてくれた。命の恩人じゃないか。


「なんか、悩みでもあるのか?」

 唐突に先生はそんな事を聞いてきた。


「ふぇ?」

「いや、聞くところによれば大量出血の原因はリストカットらしいからな。なんか悩みでもあったんじゃねぇかってな」

「……ぁ」


 先生がすごい心配そうに僕を見ている。

 ……やばい、こんな時なのに興奮して来ちゃった。


「ぁ、え、と……ぅ……!」

 ああああああああああああああああせせせせ先生が僕をみみみみ見ている……!

 こんな時にも興奮するなんて僕のあほ! いっそ死んでしまえ本当に!

 しかもこんなに先生が心配してくれてるのにリストカットの原因が生配信のパフォーマンスだなんてバカバカし過ぎて言えない! うん、絶対に言えない!


「担任なのに、気づいてやれなくてごめんな。……担任失格だよなオレ」


 やめてええええええええ! そんな優しい言葉を僕にかけないで!

 僕が悪いんです! 特に悩みも何もありません! 

 欲にまみれた僕が圧倒的に悪いんですううううううううう!!!!!!!!


 その後も、先生の謝罪とか命は大事にして欲しいとか、そういう話をしていた気がするけれど、羞恥心でまみれた僕の頭には全く入らなかった。


「じゃ、先生帰るから。明日には退院出来るらしいからそれまでには安静にしとけよ。大事を取って月曜は学校休んでいいからな」

 先生が病室を出ようとする。


「あ、あの……!」

 僕は慌てて先生を呼び止める。

「?」

 先生は不思議そうに振り返る。先生の視線が僕に注目する。


「あ、えっと……そ、の……」

 僕は一度深呼吸して思い切って


「た、助けてくれてありがとうごじゃいました……ッ!」

 声を大にして、僕は先生に感謝の意を伝えた。


「……」

 先生は沈黙していた。


 あ、あれ? もしかして、変だった?

 しばらくして、先生は笑顔で

「……あぁ、お大事にな」

「~~~~ッ!」


 背を向けて病室を出る先生。

 人と直接コミュニケーションを取ったのはいつ以来だろう。

 数年ぶりに人に自分の言葉で意思を伝える事が出来た僕は、嬉しくてその場で喜びを噛みしめていた。


 ピロンと、僕の耳にスマホの着信音が入る。

 見ればそこには僕の着替え一式と家の鍵。そしてスマホが置いてある。

 先生が持ってきてくれたのだろうか。

 僕はスマホを手に取ると


「わ!?」


 思わず声をあげてしまった。

 スマホのロック画面に無数の通知が届いている。

 通知内容は全部ツイットーかMETUBEの通知だった。

 アプリを開くと、僕のチャンネル登録者数とフォロワーが爆発的に伸びていた。


「わ、わ……!」


 どうやら、僕の生配信を見たリスナーの一人が某有名掲示板に拡散したのがキッカケで話題になっているらしい。

 ツイットーのリプ欄を見ると、そこには色んなリプライが来ていた。

 

 >生きてるか!?<

 >めっちゃフォロワー増えてるw<

 >ちょwwwお前有名人じゃんwww<

 >ご冥福をお祈りいたします<

 >生配信で失血死した女<


 他にも、数えきれない程のリプで埋め尽くされていた。


 この人たち全員、“僕”を見ている。

 もはや30人とかそんなレベルじゃない。

 百、千、万。それを超える数の人物が僕に注目している……!

「あ、あ……!」

 ビクンとカラダが跳ねる。

 それが何を意味しているのか一瞬で理解する。


 


 ただ大人数に見られていると思っただけ。

 それだけで僕は絶頂を迎えたんだ。

 自分の秘部に手を入れると、ぬるりとした愛液が指を一瞬で覆い尽くした。


「は、ははは、はははは……!」

 武器を、手に入れた。

 ゲームで例えるなら、唱えれば勝ちが確定するような最強の呪文を覚えて、とても興奮したあの感覚と似ている。

 そう、僕はリストカットという武器を手にいてた。

 失敗こそしたけど、あの放送事故のおかげで僕は大量の人間から注目を浴びた。


 なら後は単純だ。


 このリストカットを工夫をしていけば、もっと多くから注目を得られる……!

「はは、ぐっちょぐちょだ……」

 アソコに目をやると、今まで見た事ないくらいに僕の愛液でまみれている。

 あまりにも濡れすぎて、ベッドのシーツにも及んでしまっているくらいに。


「ダメだこれ、もうこんなに気持ちいい……! こんなの、出血多量の前に腹上死で死んじゃうよ……! はは、ははははは……ッ!」


 もう、それで構わない。そう思ってしまう僕がいる。

 もっと、もっとたくさん、生配信を通じて大勢から注目を集めよう。

 行けるところまでドンドンドンドン注目を浴びて、快楽にまみれて死のう。


 注目を浴びる事こそが、僕にとって媚薬のシャワーなんだ。



 あれから二か月が経った。

「う~……。今日は暑いなぁ……」

 7月に入って、まさに夏直前といった高気温。


 下校して部屋に入った僕はエアコンをつけてパソコンを起動する。

「さて、と……」

 僕はマスクを着用して、画面に映る配信開始のボタンをクリックする。

 画面にはもはや見慣れてしまった僕の顔が映っている。


 >わこ<

 >待ってた<

 >今日も可愛いね<

 >おはつです~<

 >今日は何やるのー?<

 >こんな時期でもカーディガン着てるんだね<


「や、やっほ~……。キリギリスだ、よ~」

 僕は流れるコメント、僕は既に定着した挨拶を口にする。

 キリギリスというのは僕のユーザーネームだ。


 あの放送事故がキッカケで、リストカットのヤベーヤツのイメージが定着した僕にリスナーの一人が命名しのが気に入ってそのまま使わせてもらっている。

 切るとリスト(手首)をかけているらしい。僕にはピッタリだ。


 僕は今でも生配信を続けている。

 あれから生存報告をした僕は更に話題になって、チャンネル登録者数がうなぎ登りで増えた。

 それもあって、今ではVIPユーザーとしてサイト機能の課金システムが使えるようになってしまった。

 どうやら、配信者の目に留まりやすいよう、コメントを派手な演出で表示したりする為に必要な課金システムのようだ。

 それが解禁されてから、たまに僕の配信でも課金システムを使ったコメントが流れてくる。


 お金には困ってないんだけど、まあありがたく受け取っている。

 でもごめんね。僕見られる事は大好きでも見る事にはあまり興味ないんだ。

 皆はただ僕を見てくれているだけでいい。僕はそれだけで満足だ。


「じゃあ、今日、は、スマブロの、凸対戦実況から、始めよう、かな?」

 ちなみに今の時点で僕のアソコはビッチャビチャである。


 あれから、僕は色んな配信を行っている。

 歌をはじめ、ゲーム実況や踊ってみた。電話凸等様々だ。

 配信内容は基本僕の気分で決まるけど、一つだけ必ずやる内容がある。


「あーーーー! もう、サイトさん強すぎー!」


 1時間ほどゲーム実況をやった辺りで、一つのコメントが課金システムによって派手な演出で流れ込んだ。


 >そろそろいつもの、見たい<


 ドキっと、僕の心臓の鼓動が早くなる。


「……え~~? もうする、の……?」

 

 >お前のアレを待ってたんだよ!<

 >昨日のした所見せて<

 >はやく見たい!<

 >初だけど、アレってなに?<

 >↑お前何でこの配信来てるの?<


「もう……、仕方ない、なぁ……」

 僕は制服を脱ぎ、下着姿でカメラ前に立つ。

 最初はとても恥ずかしかったけど、驚くことに今ではなんの恥じらいもない。

 慣れって怖いなぁ……


 >包帯、増えたね<


「うん……。これも、皆のせい、だよ……? 暑いのに、カーディガンで、の、大変なんだから、ね……?」


 僕の全身には、至る所に包帯が巻かれている。

 別に誰かに怪我させられたりとかそんな事はない。


 これは全部、僕が傷だ。


 あれから、僕は毎日のように自分の身体をカッターで切っている。

 僕の配信に来ているリスナーの大半は、このコーナーが目的で来ているんだ。


 苦痛に歪む女子の顔をオカズにするヒト。

 人の身体が壊れる瞬間を見たいヒト。

 失敗して今度こそ死ぬかもしれないというスリルを堪能したいヒト。

 ただ興味本位で僕の配信を見ているヒト。


 目的は分からないけど、そんな事は正直どうでもいい。

 ハッキリしているのは、リスナー達は僕が身体を切る瞬間を見たいって事だ。


 期待には応えなきゃ。


 僕が身体を切るだけで、皆は喜んで僕を見てくれる。

 それだけで僕は快感を得る。ギブアンドテイクさ。

 あの放送事故から二ヶ月。僕は生配信中に何度絶頂を迎えただろう。


 このカッターで身体を切れば、みんなが僕を見てくれる。

 それだけで僕はイッちゃうカラダになっちゃった。

 僕のカラダはリスナーの皆に開発されたんだ。責任、取ってくれるよね?


「じゃあ、始める、よ? 今日、は、どこを切りたいの、かな?」

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