五話 洗礼
「できる。」
私を変貌させたのは、幼女であった。
服装から背丈、そして髪の一本一本の細部まで完璧な少女に仕立て上げ、驚いたことに、声色まで少女のものに変貌させた。
(冗長な為後書き記載【投稿者】)
目的地に危険があるのであるならば、危険を排除してから導けばよい。
目の届かない間に少女に危険が迫る可能性も、人払いの術式と不思議な猫のおかげでどうにかなる。ひとまず、排除(危険がそもそも存在しない可能性もあったが)の大前提である、潜入の算段は整ったのであった。
少女の説明に従い、門に手をあてる。
しばらくすると中央に、丸に斜めに二重線を引いたアイコンが表示され、音一つ立てず開く。
目の前に広がったのは暗闇であった。
幼女を肩に乗せ、恐る恐る足を踏み入れると、赤い光が目に飛び込んできた。
フォンフォンと何かが風を切りながら回転する音が木霊し、思い出したかのように無音が訪れる。
そんなことを3回ほど繰り返したのち、ズダンズダンと何かが外れる音がする。
そしてゆっくりと目の前に光が広がった。
何が起きていたのかは今もよくわからない。
外からの様相と異なり、中は異空間が広がっていた。
まず広場に出迎えられた。
中央には白地に所々青色が差し込まれたオブジェが鎮座しており、絶えず水を噴き出していた。
その噴水とでも呼ぶべきものの周りを、何台もの黒ハイヤーと厳かな牛車が立ち並んでいた。
まるで進むべき道を示しているかのようであり、私もそれに従った。
磨き上げられた車体と吹き上げられた水に反射した光はやけに艶めかしく、私に向けられたいくつもの視線を覆い隠していた。
当時の私は、術回路も身体構造も大幅に異なる少女の姿であった。
今襲われたら流石に分が悪い。
そんな心持で辺りをキョロキョロ警戒しながら進むと、バンッと館の扉が勢いよく開かれたのであった。
階段の縁で踏み切ると、あっという間に距離を詰めてきた。
「よくぞご無事で。」
言葉を聞きいれたと同時に、私の頭は胸に沈められていた。
敵意は無く、歓迎の意思表示であった。
私を呼吸困難に陥れたのは、館の主の従者であった。
髪は黒く、後ろで束ねられ、馬の尾のように歩くたびに揺れており、白を基調とした給仕服によく映えていた。ピンっと伸びた背筋のせいか背丈は少女よりこぶし二つほど大きく、胸も少女のモノより豊満であった。
彼女は、少女と呼称するには少し大人びていた。
私が感心したのは、その体幹であった。
彼女は護衛任務を主とした従者らしく、腰ほどの長さはあるだろう刀(剣と呼ぶと彼女は激怒した)と鉄状の筒を、左腰に差し込んでいた。
それにもかかわらず体重移動に全くぶれがない。それに加えて所作に無駄がない。
一挙手一投足に不愉快な点がなく一つの芸術作品となっていた。
しかし彼女を見ると不可解なことが生じていた。
胸に視線がいくたびにとある感情に襲われたのであった。
一文無しで朝から水しか飲んでおらず飢えに襲われ、ごまかすために散歩を始める。そんな道中で肉の焼けるにおいをかいでしまった時の感情。
妬ましさと寂寥感の混ざった言いようのない感情に、である。
私は男である。胸に特別複雑な感情を持ち合わせてはいない。
まあそういうことであろう。
そんな私(少女)の内情にもかかわらず、彼女は盛大にもてなしてくれた。
いや彼女だけではなく、館全体が、殿を務め生還した勇者を出迎えるような歓迎っぷりであった。
食祭の間とやらにたどり着くまでは約1分ほどであった。
その間に両手では足りないほど頭をワシャワシャと撫でられ、時に抱きしめられた。
「慌ただしくてごめんなさいね。本当は広間で会わせてあげてもよかったのだけど、彼らが譲らなかったの。」
私の乱れた髪を治しながら、彼女はこのようにつぶやいた。
彼女が言うには、通常、彼女のような給仕服の人間しか館にはいないらしい。
今日は事情が事情であったため、抗争担当である黒装束の人間が館の中を徘徊しているということであった。
彼らとやらはその黒装束らしい。
当時の私は、自分自身の演技力に酔いしれていた。
今だから言えるがその実、大したことはしていない。
『触らぬ神に祟りなし』作戦、つまり極力話さないようにするという作戦自体大したことない。このような消極的方針は猿でも思いつく。またこれも思考の浅さ故だが、そもそもとして当時の私が抱いていた不安は本当に存在したのであろうか。
言い換えるならば、物質的に少女そのものであるこの私という存在を、他人であると疑うということは起こりえたのだろうか。
加えれば少女の性格を考えると、この時私のした『ほとんど話さない』は違和感を生むものでしかない。
演技力はむしろ負の方向に働いており、それを「事情」がごまかしてくれたのである。
自分自身の力で安寧を手に入れたと奢っていた私は、まさしく道化そのものである。
いや、後の惨劇を防ぐ機会を自ら捨てたのであり、むしろ『働く無能者』とでも呼ぶべき愚か者であったのだ。
食祭の間は、一層異様であった。
床も壁も天井も白で塗りつぶされており、まるで雪原のようであった。
部屋の中央には、机一つと椅子四つがぽつんと取り残されたかのようにおかれている。
天井からはらせん状のオブジェ突き出している。おそらく照明代わりであろう。
赤青緑の多様な宝石で彩られたらそれと相まって、机周辺のみが人間の立ち入ることの許された場所のように感じさせた。
椅子にはすでに先客が座っていた。金髪で白磁のように白い肌、少女が友人と呼称するその存在であった。
「茜無事だったのね。」
この時私は少女の名前を知らなかったことに気が付いた。
どうやら少女の名前は茜というらしい。
「座ったら?」
「その様子だと駄目だったのね。」
沈黙を破ったのは目の前の金髪少女であった。
何かひどく重たいものに押さえつけられた唇を、無理やり動かしたような震えた声色で、目尻にはわずかな光が見えた。
少女は笑顔であった。笑顔とは、相手のために浮かべるものであり、この時の少女の笑顔を例に漏れなかった。
一言も発するのない私の手を、優しく握り、柔和な笑顔を私に向ける。
彼女は強い女であった。
(筆者の指示で後書きに回すように書かれていた為この部分を後書きに記載します。)
何が「駄目」なのかは不明瞭であったが、目の前の少女が私の依頼主と深い仲、友人であることは明らかであった。
「今すぐにでもここを離れましょう。」
やにわに立ち上がると、そう言い放った。
「離れる?」
私にとっては寝耳に水であった。
一つには離れる必要性を感じていなかったからであり、もう一つには離れる可能性を低いと見積もっていたからである。
認証システムだけではなく、館の外壁自体もそれこそ魔法に近いものでないと破壊できない代物であった。道中で攻撃されるリスクと考えるとここ留まった方が、間違いなく安全であった。
また、この館に用があるのは私ではなく少女である。離れるとなるならばその前に彼女を連れてくる必要があった。
考え事をしていたのか、はたまた、周りの音が騒々しかったためであろうか。
金髪少女からの反応はなかった。
「そうそう、あのコインはまだ持ってる?」
「コイン?」
通信機器で少女に連絡を取ろうとしたときであった。
「そうこれぐらいの。あの時のコインよ。」
首をコテンと傾けながら、人差し指と親指で可愛らしく丸を作って表現する金髪少女。
念のためにポケットに手を入れたが、指先は空をつかむだけだった。
目の前の少女が嘘をついているようには思えない。
複製できていなかったのだろうか。
この予想は半分当たり半分外れていた。
しかしこの事に気がつくのは当分後のことであった。
金髪少女に声をかけようと口を開いたとき、すべての思考が吹き飛ばされたのである。
精神攻撃や物理的攻撃を受けたわけでもない。
足元の地面が、消え失せた。
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【後書き1】
幼女が行なった複製。これは紛れもなく魔法である。
皆様ご存知の通り、魔法と魔術は決定的に異なる。
一般的には、神のみ行使することのできるものが魔法で、それ以外は魔術という区分がされている。
しかしそれは正確ではない(そもそも神の定義がなされていない以上、意味のある区分とは思えない)。
魔術と魔法は、経由する手段で異なるのである。
つまるところ、理を作り変える(無に帰すことも含む)ものが魔法であり、理を利用するものが魔術といえよう。
今回の複製が何故魔法に該当するかは、幻視や生物創造と比較すると理解できるだろう。
幻視では、幻視を見せる対象者の認知に作用する方法を採るにしても、少女の姿に幻視させたい対象(この場合私) に作用する方法にしても、知覚する情報のみを変化させているだけで、法則を捻じ曲げているわけではない。
生物創造では、何を持って生物たらしめるのかということを理解した上で、生物の構成物質を組み立て一つの生物を創造する形になる。幻視に比べれば、情報だけではなく物質自体を組み替えている為、魔法により近いものではある。しかし、生物創造はあくまで創造するだけである。想像した対象の趣味思考や性格などの情報に該当する部分に関しては、環境(つまり理)の影響受け入れなければならない。
つまり、複製のように複製元(少女)の構成情報を、複製対象者(この場合私)の意識を保ちながら、組み込み変容させるという、魂の非連続性を覆すような術式に対しては一段階劣るのである。
故に魔法を使うものの存在を、我々は敬意を持って、魔法使いと呼ぶのである。
今回の場合、幼女の術式はさらに一段階精密であり、少女の服装や持ち物をすべて複製し同じ場所に収めるという偉業も成し遂げていた。
私の適応能力も大したもので、わずかながらのストレッチと演舞、そして発声練習をした後、私は振る舞いも含め少女となった。
【後書き2】
夢が閉ざされそうになっている絶望的状況で、一人の友人のために笑顔を気丈にも浮かべられる人間がどれだけいるのだろうか。
確かに、彼女の演技は完璧ではなかった。
相手の不安を消し去るために重ねた柔らかい手からは、恐怖による震えが伝わってきたし、声色も希望に満ち溢れている様にはできていなかった。しかし私はこの少女が■きであった気に入っていた。
■せになって欲しかった。■なんかと出会わず、いままで自由に■■を歩んで欲しかった。■■なぞしなければ、今頃彼女■■■■、話を戻そう。
転生者失格 彼岸の鳥 @bird_in_equinox
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