26-2. ただ凛として
……やがて泣き止むエンジであったが、状況は一向に好転しない。どれだけ見渡しても暗闇の中だ。
それでも立ち上がり、再びエンジも歩き始める。
行く先は分からない。道なき道を行った先に、何があるのかも分からない。
たとえ無駄な行為だったとしても、いや、無意味でいい。この暗闇に慣れ、浸りたいとは露ほども思わなかった。
とぼとぼと歩く。前か後か、右も左も分からない。しかし不思議と、足取りに迷いは無かった。
一体、どれだけの時間が過ぎたのか? 飲まず食わずで体力の限界が近づいてきた時だった。
突如として、エンジの目の前に光明が差したのである。
その光はエンジの目を眩ませ、空間を切り裂き、暗闇を真っ白に染め上げた。
「こんな所にいたのか。探したぜ」
逆光で顔は見えないが、ライの声だ。
「どうやってここに⁉」
「話は生きて帰れてからだ。さぁ、行こう」
差し伸べられた手を、エンジはゆっくりと掴む。強く握り返したライは手を引っ張り、白い光の中へと突入した。
眩いばかりの白を通り過ぎると、急な浮遊感と体にかかる重力。ふたりは上空から落下していた。
「でえええええええええーーーーーーーーぇぇッッ!!」
今まで味わったことのない恐怖体験。これから訪れるであろう死を前にして、エンジは絶叫することしかできなかった。
「見ろよエンジ!」
ライが指し示す方向には、日が落ちる寸前の夕日があった。空も、山も、海も、すべてが夕焼けに染まっている。
あまりにも美しく、壮大な風景に言葉が呑まれてしまう。
「頭から着水しろよ!」
見惚れている間に時間は過ぎ、ふたりは海面へと突っ込んだ。打ちつけられる身体に、水圧の負荷がかかる。
そして泳げないエンジであったが、なぜか今は恐怖よりも安堵の気持ちが強い。自然と体の力が抜け、押し上げられるようにして海面から顔を出した。
「お主ら無事かぁ⁉」
揺れる波音の隙間に、ルリの甲高い声。自力で船を漕ぎ、救出しようと頑張っている。
手を繋いでいた相棒はどこかと、顔を巡らせたふたりは、至近距離で互いに目が合った。
「また会えたな」
そう言うライの顔は海水に濡れ、髪の毛が貼りついている。それでも紫色の凛々しい瞳は真剣そのもので、薄紅色の唇は壊れてしまいそうなほど繊細だ。
「僕は信じていたよ」
自分でも驚くくらい、すっと出た言葉だった。
それを聞いたライの目からは涙が溢れ、綺麗な顔面をくしゃくしゃに歪める。恥ずかしくて隠そうとする手を掴み、エンジはそっと彼女に口づけを交わした。
断頭台から救われた光。果てしない暗闇を切り裂いた光。
いつだってエンジの脳裏には、あの白よりも白い閃光が瞬いている。
了
白よりも白く光れ 笹熊美月 @getback81
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