26-1. Lotus

 暗い、暗闇の中をエンジは歩いていた。


「ここは一体、どこなんだろう……?」


 歩けども歩けども、ちゃんと自分が前に進めているかどうかも分からない。気が狂いそうになりながらも、決して歩みを止めなかった。


 途方に暮れながらも歩き続けていると、彼方から見覚えのある巫女装束を着た女性の姿が見えた。赤みがかった黒髪を見間違えるわけがない。


「姉上!」


 急いで駆け寄ろうとするも、距離が縮まる気配が一向にない。それどころかツバキは振り返ろうともせず、さらなる闇の中を進もうとしていた。


「僕も一緒に行きます!」


 追いかけるエンジであったが、歩き続けた疲労により足がもつれて転んでしまう。まだツバキの姿が見える内に、伝えたかったことを大声で叫んだ。


「生きる意味も! 産まれた理由も! 王族としての責務も! 紅の矜持も! 何もかもがいらなかった!」


 ツバキは紅の姫として最高の素質を持っている。容姿端麗で頭の回転も速く、武道の才に溢れる勝気な性格で民からも慕われていた。


 だからこそ期待に応えようとして、無理に努力する姿をエンジは見ていた。


「ただ生きているだけでよかった!」


 復讐なんてしなくていい。復興なんてしなくていい。ましてや、勢力拡大なんてしなくていい。


 国が滅んだ時、ツバキも姫の立場を捨てるべきだった。ひとりの女性として幸せになる権利だってあるはずだ。


「生きて! 生きて生きて生きて! 生きて大切な人と一緒にいたい!」


 ライ、ミズ、ルリ、アサギ、アスナ、スオウ、ウメ、そしてツバキ。みんな本質は善人であり、これから順調に時が進めば仲良くなれそうだった。


 意外な組み合わせで親友になったり、まさかの恋人同士になったりした未来もあったかもしれない。


 しかし今、エンジの周りには誰もいなかった。


「それなのに、なぜ人は生きられないっ⁉」


 どうして殺し合わなければいけなかったのか。もっと早く伝えるべきだった。もっと早く気づくべきだった。


 最善と最悪の狭間には、いくつもの可能性があったというのに。


 叫んでいる間も、ツバキは後戻りしない。毅然とした態度で歩み続る。


 そして闇に呑まれ、姿が完全に見えなくなり、エンジは泣き崩れた。

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