第六章「降臨篇」

 一〇〇年の時を超えて英霊が復活!


 東城美咲内閣総理大臣が構える危機管理センターではその様子が逐次報告されていた。

 統合幕僚長が受話器を置く。

「太平洋、交戦海域に旧日本軍の戦艦、巡洋艦、駆逐艦らしき艦影を確認、また、上空に零戦が出現しました。バンクなどで共闘の意志を示しています」

 美咲は驚いたが、やがて不敵に口角を上げる。

「わかりました。地球連邦即応軍全部隊に伝達──これより我々は、大日本帝国陸海軍と共同戦線を展開。地球外生命体を全力で倒します!!」

 美咲の宣言に、皆の士気、そのボルテージが最高潮となる。

「「了解!」」


 皆が内閣総理大臣の命令を実行すべく仕事に向き直った、その時だった──!


「総理、靖国神社上空に敵宇宙艦隊ワープアウト!!」

「なんですって!?」

 画面が切り替わる。 

 艶消し灰色で塗られた宇宙艦、スリットから覗く光。間違いなく地球外生命体の襲来だ。

 ──美咲の全身に悪寒が走る!

「総理!」

「ただちに皆をシェルターに退避!」

 宇宙艦は続々とパワードスーツを展開する。もはやこれまでかと思われたが──


 ──パワードスーツのうちの一機が身をひるがえし、地球外生命体艦隊に正対する。

 まるで行く手をさえぎるようだ。明らかに様子がおかしい。


 ノイズののち、通信が入る──


『……こちら抵抗軍総司令官荒垣健。敵パワードスーツをハイジャックした!!』


 ……とんでもない宣言に皆呆気にとられる。

「荒垣総司令官!!?」

『エイリアンの体液がぬめぬめと気持ち悪いが、乗り捨てられていたものを拾った。こいつはコックピットに入っちまえば俺のような老人でも脳波で操縦できる。まるで映画だな、あのラストシーンの、エイリアンの体液を浴びて宇宙人化した男が乗ったパワードスーツのようだ──』


 荒垣機は両腕のビームキャノンを構え乱れ撃つ!

 襲いかかるパワードスーツを薙ぎ払った。 


『──俺は抵抗軍総司令官として英霊とともに、地球外生命体との最終決戦に挑む!!!』


 美咲は担当者に振り返る。

「すぐにジークフリード隊を呼び戻して! 荒垣総司令官を援護するのよ」

「了解!」

 そのやりとりに被せ、荒垣が宣言する。


『行くぞ、ここが決戦の場だ!』


     *    *


「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


 荒垣機の道を開くべく英霊の零戦が先行しつつ、敵パワードスーツを蹴散らす。

 中には特攻するものまでいる。


 彼らと共に進撃し、荒垣機は敵旗艦に取りついた。着地の鈍い金属音が響く。

『こちら抵抗軍総司令官荒垣健。北朝鮮巡洋艦白頭山聞こえるか!?』

『こちら白頭山、金公正キムコンジョンだ』

『敵旗艦に取りついた。よく聞け──ミサイルをレーザー誘導する。今から俺ごとミサイル攻撃しろ!!』

『──!!?』


 その通信の間にも、パワードスーツが無限に荒垣機に群がる。零戦はそれらに特攻し、荒垣機も両腕を構えビームキャノンを連射する。

 ……やがて群がるパワードスーツの迎撃を零戦に任せ、荒垣機は左腕のビームキャノンの出力を絞り旗艦の一点を指向する。これが誘導レーザーの代わりとなる。


『今だ! 撃つんだ金公正!!!』

 ……金公正はバシスを振り向く。

 彼は拳を震わせていた。歯を食いしばり、涙をこぼす。

 二〇二二年、彼ら異世界は当時の防衛大臣であった荒垣に命を救われていたのだ。

 バシスは迷いを断ち切り、決断する──

「金大将、巡航ミサイルを撃て」

 その場に居合わせた皆がバシスを見る。

 彼は、泣いていた。

「今ここで撃たなければ、荒垣総司令官の奮闘と決意を無にし、世界が滅びる! 地球連邦大統領としての命令だっ! ……撃てっ……!!」

 最後は嗚咽で言葉にならなかった。

「……了解」

 金は正面に向き直る。

「本艦巡洋艦白頭山より巡航ミサイル発射!」

「了解!」

「発射します……!」

 ……命令が復唱される中、金はうつむいていた。 

 そのような彼を見つつも、バシスはミサイルに転移魔法をかける。最後の勝負だ。渾身の魔法でミサイルを強化する。地球外生命体のバリアに対抗できるように。


「(荒垣閣下…………!)」


     *    *


「巡洋艦白頭山より巡航ミサイル発射されました。バシス大統領によれば到達は三分後です」

 統合幕僚長が美咲に報告する。

 美咲はモニターを見つめていた。ひとりの英雄の命が尽きようとしているのだ。

「……荒垣総司令官との通信を開いて」

「了解」

 しばしのノイズののち、回線が開く。

「こちら荒垣だ。どうした総理?」

 美咲は涙ぐみながらも、やがて口を開いた。

「…………荒垣閣下。閣下は二〇一一年の東京湾巨大生物上陸災害に始まり、炎の破壊神カグツチとの戦い、魔界軍との大戦。その決戦のたびに内閣総理大臣や防衛大臣として陣頭指揮に立ち、国民を鼓舞してきました……閣下は二度も三度も世界を救ってきたのに、こんな最期なんて……! 悲しすぎます!!」

 ……荒垣は無言だったが、やがて全てを悟りきったように穏やかな声色で語り出した。

「東城総理。頼みがある」

「何なりと」

「大戦が終わったら、妻と一緒に靖国神社にまつってくれ。俺はいなくなるわけじゃない。英霊として皆を見守ることにする」

 その通信を聞いていた高官らは、皆、こらえきれずに慟哭した。

「……わかりました。日本人は、いや、人類は永遠に荒垣健抵抗軍総司令官のことを忘れないでしょう」

『──っ、敵が群がってきたようだ。通信を切る』


 通信が切られても、東城美咲はじめ国務大臣、政府高官らは直立不動の敬礼を保っていた。


     *    *


 甲高い機械の作動音と共にビームキャノンが連射される。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 荒垣機は巡航ミサイル到達まで持ちこたえるべく、ビームキャノンを乱射し敵パワードスーツを撃墜する。

 ──カウントが始まった。


『到達まで、十、九、八、七、六──』


 荒垣は目を瞑る。

 ふと、右手に包まれるような感触があった。

「(優衣!?)」

 彼女の温かい手が、一緒にトリガーを押してくれているように思えた──

 荒垣健は穏やかに最期を迎え、安堵した。


『三、二、一 ──!!』


 ──閃光が走る──!

 轟音と共に東京をキノコ雲が包み込んだ…………


     *    *


 ……機体下方に青の魔方陣を回し、ジークフリード隊、アレクシス機が靖国神社境内に着陸する。

 内閣総理大臣東城美咲、太陽鎮守府総督の高原博嗣たかはらひろつぐらが出迎える。

 僚機のコックピットからは東城宏一と東城洋祐が降りてきた。

 ヘルメットを外したアレクシスは遥と抱擁したのち、美咲に敬礼する。遥、洋祐、宏一も姿勢を正した。

「荒垣総司令官のことは聞いています。……間に合いませんでした……」

「戦場では仕方ないわ。それより今は、皆の無事を祝いたい」

 美咲、と洋祐が切り出す。

「ガリウス皇帝が敵パワードスーツを鹵獲ろかくした。のちに防衛装備庁に回そうと思う」


 アレクシスが頷く。

 日方共同開発戦闘機【F3『ジークフリード』】の後継機として、人型可変戦闘機【F4『メサイア』】の構想があった。

 だが肝心の四肢、それも関節の駆動システムで開発が遅れていたのだ。

 

 ……のちに地球外生命体のパワードスーツのデータは、異世界の魔法とあわせ人型可変戦闘機の開発に活用されることとなる……


「わかったわ……お義父さん、防衛省との調整をお願いします」

「任せろ」

 宏一は感慨深そうな表情だ。

「……板についてきたな。三〇年前まで可愛いお嬢ちゃんだった美咲ちゃんが、日本の総理大臣になるとは」

「まぐれですよ」

 義父に美咲は謙遜するが、顔を引き締める。

「まぐれで内閣総理大臣臨時代理になりましたから、次の国会の召集でやめなければいけません」

「総理……」

 アルベルトが残念そうに義母の宣告を受け止める。


「臨時国会を召集しなければね」


     *    *


 内閣より天皇を通じて臨時国会が召集された。


 まず行われたのが首班指名選挙だ。内閣総理大臣は衆議院議員から選出されるのが掟ではあるが、東城美咲内閣総理大臣臨時代理は参議院議員である。

 いずれ事態が収束し、内閣が責任を取って衆議院を解散した際、美咲は衆議院に鞍替えして立候補するだろう。


 衆議院事務総長の報告を受け議長が宣言する。

『……よって当院は、東城美咲君を内閣総理大臣に指名することに決しました!』

 この瞬間、内閣総理大臣臨時代理に過ぎなかった東城美咲外務大臣兼内閣府特命担当大臣が、正式に日本国内閣総理大臣に指名された。

 与党自由主権党、公民党、そして日本改新党が拍手で讃えた。


 NKHアナウンサーが原稿をめくる。

『……また現在、方舟の闘技場コロシアムに臨時拠点を移した地球連邦議会ですが、バシス大統領による演説が始まろうとしています。戦時関連法の審議と、殉職した荒垣総司令官を地球連邦最高階級の軍人として扱うことへの審議がある模様です』


 バシスは演壇に立つが、瞑目し、すぐには口を開かない。

『……ある男の話をさせてください。たまたま出世コースに乗った正義感と愛国心の強い男です。二〇一一年。巨大怪獣ヤマタノオロチが上陸し、閣僚全員と政府高官が皆逃げ出す中、彼はたったひとりで内閣総理大臣に就任し、日本国を守り抜きました。その後は知っての通りです。阿倍政権、続く岸本政権にて防衛大臣に抜擢されました──』

 皆がバシスの熱弁に呑まれだす。

『──二〇二二年。日本と異世界であるわれわれ方舟が接触した時、破壊神が核ミサイル攻撃を行いました。先王アリスを奪ったあの神の炎にわれわれは戦慄しました。女王ミュラが命に代えて臣民を守ろうとしたその時! ……彼は立ち上がりました。『これは太陽因子を宿すふたつの精霊皇国がひとしく背負う十字架だ』と! ……護衛艦やまとの放った迎撃ミサイルにより方舟は救われ、より強固な絆が生まれました』

 方舟の皆が荒垣を偲ぶ。荒垣は彼らにとってまさしく命の恩人なのだ。

『二〇四五年。地球世界と精霊世界が魔界軍の手に堕ちようとしたその時、老いた彼は再び立ち上がりました。再び、建国の神話が紡がれたのです。……しかし皆さん、忘れないでいただきたい──』

 バシスが言葉を区切り、会場を見渡す。

『──英雄だから奉ろうという考えは間違っています! 荒垣健はあなた自身です!! 日々逆境に苦しみながらも生き残ろうと戦う人々を代表し、明日への希望を繋げた、皆の勇気の象徴なのです! ですから、引け目は感じないでいただきたい! もし、荒垣健に大元帥の称号を贈ることで皆の勇気が報われるのならば、どうかこの決議に一票を投じていただきたい!』

 ……聴衆は目頭が熱くなるのを感じていた。

 投票の結果は──



 ──荒垣健元日本国内閣総理大臣を、地球連邦序列最高位の軍人【大元帥】として扱い、ジョージワシントンをも上回る七つ星の階級を授けることが決定された。



 

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新日本神話:弐 外山康平@紅蓮 @2677

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