仮現(ライジング)~力を持つ者の定め~

留野洸希

短編

 ある樹木の頂上、土や木の葉を氷で固めている藁の家から少年が出てきた。

 丸顔で目鼻立ちが整った少年、綺麗な純白のウールの服を着ている。


 少年が背伸びをしていると、彼の母親らしき人が紅色のドラゴンを見送っている姿が見えた。

 彼女はボロボロの白いウールのワンピースを身に纏い、長い亜麻色の髪の毛を全体的に左に纏めている。


「おはよう、ミクサ!」

「アレオ! ドラゴン様たちがいないからって呼び捨てにしないの」

「だって、ドラゴン様たちがミクサはボクの召使いだから自由に呼んでいいって言っていたからさ」


 溜め息をついたミクサと女性は、藁の家から木の卓袱台を取り出して、木の皿に野菜を盛り一人でご飯を食べようとする。

 皿の中は、葉野菜だけではなく根菜類も入っている。

 それを見て、アレオは彼女に問いかけた。


「ねぇ、ミクサ。ボクのご飯は?」

「ちゃんとお母さんと呼ばないと、ご飯をあげないわよ」


 アレオはミクサに駄々をこね始めた。

 そんな息子を横にいながらミクサは、しばらく無視していた。


「ボクが悪かったよ、お母ちゃん。だから、ご飯を食べさせてくれる?」


 諦めてアレオがお願いした。

 すると、ミクサが別の皿を卓袱台に置いて人差し指を前に突き出した。


「朝食を食べる前に私から一つお願いがあります」


 葉野菜と肉を盛ってある皿を少年は、自分の分を一気に口の中に入れた。


 次の瞬間、アレオはむせて咳が止まらなくなっている。

 そんなアレオを見て仕方ないな、そう思いながらミクサは、地面から綺麗な水を集めた。


 その水を球体にして、目鼻が整っている息子の前に近付けた。

 球体をアレオはゴクリと飲むと、下を指差してミクサに話しかけた。


「私が朝ご飯を食べ終わったら、地上に下りてみようと思っているの。だから、ドラゴン様たちにはそのことは内緒にしてほしいの」

「本当に!? じゃあ、今すぐに行こう!」


 首を横に振る顔が整っている母親。

 アレオは再び、駄々をこね始めた。


「私はまだご飯を食べ終わっていないの! だから地上に行くのは私が食べ終わってから、分かった?!」


 ミクサが怒鳴ると、アレオは恐怖のあまり泣き始めてしまった。


                    ■□■


 息子を宥め終わると、ミクサは急いでご飯を食べ終わらせた。


 一息つくと、ミクサは両手を下から上に舞い上げるような仕草をし始めた。

 次の瞬間、彼女の目の前に水が集められ、透明な背もたれが高い氷の椅子が徐々に形を成している。

 椅子の足と背の方から水が噴射している。


「アレオ! さぁ、地上に下りましょう」


 ミクサの声に反応して、アレオが元気に頷いた。

 アレオが走ってミクサに駆け寄ると、母親は息子を離さないように強く抱きしめて、椅子に座った。


 彼女が背を椅子に預けると、突如椅子の足の水が斜めに動いたと思ったら、落ち始めた。


 息子を離さないようにしっかりと抱きしめている母親は、息を止めていた。

 何も知らない少年は、下から来る風圧の恐怖、落ちて死ぬという恐怖を知らない。

 そのおかげか分からないが、その感覚を目鼻が整っている少年は楽しんでいた。


 しばらく、ミクサは恐怖で失神して、アレオは楽しんでいた。


 すると突然、椅子の落ちる速度がゆっくりになって、前からの衝撃が来た。

 アレオは驚いて、ミクサに力強くしがみついた。


 下を向いていたはずなのに、いつの間にか九十度上を向いていた二人。

 下から小さな衝撃が来たことに少年は、更に驚く。

 しばらく恐怖で縮み上がっていたアレオは、辺りをキョロキョロしようとするができなかった。


「ねぇ、お母ちゃん! 苦しいから放してくれる? もう地上に着いたみたいだしさ」


 どうしかにしてアレオは、母親の頬を強く叩く。

 すると、ハッと我に返った母親がそこにいた。


 母親から解放された綺麗なウールを着ているアレオは、息を吸って吐いての繰り返しをする。


「本当に空気が美味しいね、お母ちゃん」

「そうでしょう。椅子を水に変えるから少し待ってくれる?」


 アレオが頷くと、辺りを見渡す。

 そこには、人より大きな木があり下から上を見ると、太陽の光がキラキラしている。

 光につられてアレオは歩いてみると、足に樹木の頂上と違って硬い感触がする。

 その感覚が新鮮でアレオは、何度もジャンプする。


 母親に話しかけようと目鼻が整っている少年は、彼女がいた場所を見てみる。

 だが、そこには誰もいなかった。


 その時、後ろから大きな地鳴りがしていることにアレオは気付く。

 ゆっくりアレオは後ろを振り向いた。


 そこには、自分と同じくらいの人間がいた。

 人間たちは、逆光で何かの生物だか分からないが、腰に獣の毛皮を巻いている。


 目鼻が整っているアレオは、膝が笑って動けなかった。

 飢えているかのようにガリガリに痩せている彼らは、食料を見つけたかのように喜んだと思ったら、突如アレオに襲い掛かってきた。


 襲われる瞬間、アレオの頭に直接声が聞こえてきた。


『余の魔力と同調するものよ、余と代われ』


 声が聞こえてきた途端、アレオがに自分の手を目の前にかざした。

 その瞬間、かざした手から突風が起きた。

 そのことにより、襲ってきた人間たちは元にいた場所まで後退した。


 綺麗なウールを着ているアレオは、自分で動かそうとして、魔法を起こしたわけではないのに、魔法が発現した。

 自分の手を見つめるアレオ。


 脚の震えが徐々に収まり、ゆっくりと手足の動きを確認するかのように、彼の身体は動く。

 その瞬間、感じたことがない感覚に少年は襲われる。

 それは、カラカラに乾いた喉に水を入れた時の感覚に似ている。


 その感覚は、自然界にある魔力マナをアレオの中に取り入れているもの。

 魔力マナがある程度、取り入れ終わるとアレオの口が勝手に動く。


『余の名はハント。そちらのグループのリーダーと話がしたい。出てきてくれるか?』


 見も知らない人間の中をよく見てみると、そこには捕まっているミクサの姿がアレオには見えた。

 少年は、彼女に手を伸ばして必死に口を動かす。


「お母ちゃん、助けて……!」


 捕まっているのが理由か分からないが、母親は動揺した顔で首をゆっくりと横に振った。

 ミクサの行動の意味をアレオは考えようとしていると、痩せている人の中からガタイがいい人が出てきた。


「オイラがこの領地を支配している領主だ。お前らは何者だ?」

『何者だと思う?』


 時間に経つにつれてアレオは、眠くないのに意識を遠のいていく。

 なので、彼は何とか意識を保っていると、ガタイのいい人が答えた。


「見たところ、オイラたちの奴隷じゃないだろう。ここにいる女もそうだ。もし、お前が答えなければ……」


 何者か分からないハントがアレオの身体を操って、目の前に手をかざした。

 そう思ったとたん、手のひらから炎の球体が出た。


 一瞬で炎の球体は領主に当たり、何もできずに彼は焦げ臭い焼死体となった。


 唖然としている人間に、ハントは両手で大きな炎を作って彼らに放った。 

 すぐに炎は彼らと母親の元に行って爆発が起きた。


 アレオは、母親の安否が心配でどうにかなりそうな時、背中に違和感を覚えた。

 何とか自分の意思で後ろを振り向こうとすると、そこにはドラゴンのような虹色の翼があった。

 翼は太陽の光に当たると、綺麗に光を発している。


 戸惑っているアレオは、自分の意思ではないのに飛び始めた。

 加えて、自分の身体で動かしたことがない、操ったこともない翼の扱い方を知っている。


『貴様は何も気にすることはない。余に全て任せておけばいいのだ』


 煙が晴れると、彼らの周りには氷の塊で守られていた。

 領主以外の人を守ったミクサは、アレオに氷の刃の魔法で攻撃してきた。

 その攻撃をアレオは炎で溶かした


「ここは私がくい止めるから早く逃げなさい!」


 ミクサが叫ぶと、敵対している人間たちは腰を抜かして立てられない様子。

 逃げ出せないのを見てミクサは、彼らの中心とした氷の釜倉を作り覆わせた。


『チッ。どうやら貴様は余の人形の母親であり神族みたいだな。尚更、死んでもらわないとな……。その前に――罪のない余の同胞を殺した巨人の仲間を根絶やしにしてからだ』


 直径の大きさで、大人以上の炎をアレオの左右の手で一つずつ作り出すハント。

 それを合わせて飛んでいるアレオは地面に向けて落とした。


『ダブル・フレア』


 ダブル・フレア――両手で炎を作り出す下級魔法。


 地面と炎が衝突する瞬間、ミクサが両手を上に掲げて大きな氷のドーム状の盾を作り出した。


「アイシクル・ドーム」


 アイシクル・ドーム――氷のドーム状の盾を自分の周りに作り出す上級魔法。


 二つの魔法が激突する中、水蒸気爆発が起きる。

 その時、ハントがアレオの身体に魔力マナを取り込もうとする。


 綺麗なウールの服を着ているアレオは、煙の中から何かが来る。

 そんな直感が働いた。

 目鼻が整っている少年は、斜め下に自分の両手にかざして力を入れた。


 すると、偶然か分からないが大人の身長より大きな氷の結晶型の盾を作り出した。

 盾ができた瞬間、煙の中から氷の槍が飛んできた。


 盾と槍、拮抗している中、武器が何本も続けて飛んできた。

 盾が槍の勢いを抑えようとしている時、真下から氷の槍が飛んできた。


『ほぉ。もう貴様は氷魔法も使えるようになったのか。流石は余と同調するモノだ。なら、その力も神族を殺すために使わせてもらうぞ』


 余裕しゃくしゃくでハントがアレオに話しかけている時、真下から槍が飛んできた。

 間に合わない、そう思ってアレオは目を瞑った。


『安心しろ、余の人形。貴様は殺させぬ。目を開ければそこには素晴らしい景色が見えるぞ』


 恐る恐る目鼻が整っている少年は、目を開けると氷の結晶が空から降っている景色が見えた。


 結晶が落ちていくごとにアレオは、ミクサとの記憶がよみがえる。

 初めて魔法を見た時の感動。

 怒られて氷で捕まった記憶、など良い記憶だけではないが、そんな母親との記憶。


 突然、ハントがアレオの身体を操って煙の中に急降下した。

 地上に下りると、そこには右半身火傷しているミクサがいた。

 右半身の服がほとんどない彼女を見て、アレオは駆け寄りたかったが無理なことであった。


 ミクサが何かを呟いている、そのことにアレオは気付いた。

 右手からは炎、左手からは氷の同時攻撃をハントが、アレオの身体を使って放った。

 ミクサは左腕で何かをすくい上げる仕草をして、地面から湧き水が出て氷の壁を作り出した。


 その時、ニヤリと笑うアレオの顔。

 そのことでアレオは、嫌な予感がしてミクサに叫ぶ。


「お母ちゃん、逃げて!」


 いうことが効かない身体をアレオは、懸命に自分の意思で動けそうとしていた。


『叫んだところでもう遅いな。あの女の命は余の手中にある』


 徐々に煙が晴れるとそこには、ミクサの氷像があった。

 アレオは目の前に手を伸ばす。

 しかし、そこには反応できないミクサがいる。


「お母ちゃんを元に戻してよ! ハントとかいう人!」


 無視するハント。


 ミクサの氷像に近付くアレオ。

 アレオの中にハントは、左手で氷の金槌を作り出す。


『貴様には心をなくしてほしいのだ。それ故に心の支えになっている貴様の母親を殺させてもらう』


 氷の金槌をゆっくりと持ち上げたと思った矢先、即座に力強く下ろした。


 氷像が割れた――ミクサが死んだ。

 その事実を知りアレオは、声にならない叫び声をあげた。


 その時――。

 後ろから誰かに締め技をされる。

 反射的に後ろを見てみると、そこには死んだはずのミクサがいた。


『貴様! どうしてここにいる?』

「簡単な話よ。あなたが壊したのは私が作った氷像だからよ」


 目鼻が整っているアレオの中にいるハントは、ミクサから逃れようと暴れ出す。

 ミクサはアレオの身体にしがみ付きながら詠唱を始めた。


「我が身に宿りし、マナの欠片、それは我が唯一の命の煌きなり。全ての生きしモノ、命の産みの親にして、生ける母、其れは慈愛に満ちたる穢れなき優しさに満ちる光の産み」


 ミクサの凛とした声が響く。


 その声を聴いていると、アレオは寂しくなった。

 それは、家族を看取っているかのような寂しさに似ている。


「運命は止まらない、止まることを許さない、過ぎ行くは時の矢。時が止まりし世界に作られた人の子の為、我に力を」


 突然、アレオの肉体とミクサの周りに太陽の光が差し込む。


 光が当たると、アレオの身体に激痛が走った。

 身体の一部一部が作り変えられているかのような激痛。

 その苦痛に耐えながらアレオは、意識を保っていた。


「この世界の導きのままに、呪われし人の子を解放せよ。世界の根源より放たれち力。マナの元よ、この人の子に集え!」

『神族よ、何をする気だ! 離せ!』


 ハントが最後の反抗で、アレオの身体を炎でミクサごと覆った。

 しかし、母親であるミクサの手を緩めることはなかった。

 彼女は大きく息を吸って叫んだ。


「原初マナの加護!」


 次の瞬間、アレオは先程とは違う別の感覚に襲われる。

 得体の知れない力が彼の身体の中に入ってくる。

 それと同時に、炭酸飲料を飲んだときのように、身体の中で炭酸が弾ける感覚に似ている。


 その感覚に襲われた瞬間、アレオの激痛が収まる。


 アレオは後ろを振り向いてみると、そこには誰もいなかった。

 首を傾げていると、アレオのお腹から手のひらサイズの虹色のドラゴンが出てきた。


「あれ? お母ちゃんは?」


 そのアレオの問いに小さなドラゴンが答えた。


「あの母親なら消えた。貴様を余から守るためにな」


 必死に母親を探すが、アレオはミクサを見つけられない。

 現実を受け止められなくて、少年は訳が解らず泣いた。

 泣き出すと、ガリガリに痩せている人間たちに彼は捕まった。

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