Walk in the Dark


 その暗がりを歩きながら、赤いスカーフの少女は鼻唄を交えている。


 手にした携帯端末を操作フリックしながら、収穫した成果を眺めていた。そのいずれも、小さな、小さな人間の物語だった。彼らに共通していたのは、自らの脚で歩む性質を持っていたということ。自らで考え、自らを律し、自らの意思の下に、その終わりへと向かっていった、ということだ。


 彼女は、彼らの「最期の物語」に、満足した様子だった。


 有体に言って、彼女は「死神」だ。こと創世よりも遥かに昔から、その形態を変えながら、全ての生物に寄り添い歩いていた、大いなる神性のひとつだ。かつては海の姿で星を覆い、かつては狼の姿で獣の死を看取り、かつては太陽の姿で地表を照らし、そして今は、人間の姿で人間を見守っている。


 死神は多くの末端に分かれ、それぞれが望むままに、生命の終わりを観測し続ける。定点観測装置オブザーバーとしての群体の中で、この「赤いスカーフの少女」は、特にこういった物語の蒐集を好んだ。


 生物は必ず死ぬ。だが、人間は他の獣よりも、やや能動的に死ぬ。人間が造った道具によって。人間には計り知れない挑戦によって。人間とは異なるものへの愛着によって。人間が定めた規則によって。止まっていれば生き延びられたものを。歩き始めたから彼らは死ぬ。


 彼らは変革を望んだのだ。今よりも素晴らしい明日を求めたのだ。そして死んだ。足を踏み出し、地を踏みしめ、前へと体を運ぶ、その途中で。


 そのことを思うと、少女はたまらなく嬉しくなった。その道が隔絶されたものであること。行き止まりであること。その先は崖であること。しかし、誰も足元を見ないこと。まるで自分が、死が、愛されているようだ、と思った。誰もが死に向かって歩いて来てくれることを、心の底から愛おしく思った。


 死神に、死を制御する力はない。彼らはただ、それを蒐集するだけである。暗闇の中を歩き、やがて光に辿り着くもの。足を踏み外し、死の奈落へと堕ちていくもの。そのいずれも、死神にとっては尊重し、敬愛すべき命である点に変わりはない。しかし、やはり、自らに歩み寄って来てくれるものこそを、死神は愛していた。


 死へようこそ。そう言って、彼らを抱きしめてやりたくなった。彼らの最期を、何度でも繰り返して見続けたいとさえ思った。


 だが、それは記録の中だけに留めておくとしようか。


 やがて少女は路地裏を抜け、信号に差し掛かった。長い長い横断歩道だった。道路を挟んで向こうの情景は、まるで陽炎のように歪んでいる。少女が信号を待っていると、それに並び立つ影がいくつかあった。


 壮健、という言葉の真逆にいるような、痩せぎすの少年。

 覚束おぼつかない足取りで、頬を押さえて薄笑う老人。

 毅然とした姿勢で、信号の向こうを見据える青年。

 気障きざな風体の少女と、それに手を引かれた少女。


 信号が青になると、彼らは一斉に歩き出す。長い横断歩道を越えて、その向こうを目指し、歩いていく。


 少女の鼻唄は続いている。彼らを見送るようにして、その後ろを少女は歩き始めた。愛すべき子らの道程を見守るようにして。


 やがて、その誰もが陽炎の中に消えていく。


 全ての風景が閉ざされ、再び暗闇が世界を覆う。


 少女の鼻唄だけが、暗闇を歩き続けていた。

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【短篇集】歩いていたら死んだ件 @Mapusan

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