温もりの極み

黒羽カラス

第1話 ほのぼのとした狂気

 駅に向かう目抜き通りで早朝の通勤ラッシュが始まった。炬燵こたつを背負った人々がのろのろと這いずるようにして先を急ぐ。一様に表情は緩い。どこか眠たげで自分が作り出した快適な温度に浸っているようだった。

 駅の自動改札は劇的に変わった。俯せの状態でも手が届くように低くなり、通り易いように広げられた。急な階段は全て廃止され、幅広のベルトコンベアが採用された。ホームでは沢山の炬燵が静かに電車を待っている。

 電車がホームに滑り込んできた。車輛のドアが開くと乗降者の炬燵がぞろぞろと這い出す。次に待機していた炬燵がゆっくりと乗り込む。

 座席が取り払われた車内は広々としていた。床はふんわりとした繊毛せんもうに覆われている。その中、炬燵同士がかっちりと嵌って一つの巨大な炬燵を作り上げた。

 目の高さにある窓の景色をのんびりと眺めながら各々の仕事場に向かった。


 夜を迎えた。電車内には赤ら顔の人々が多くなる。炬燵の中で眠りこける者が続出した。最悪の場合、終点まで運ばれる。炬燵に入った駅員に揺さぶられてようやく目を覚まし、馬鹿にならないタクシー代を払うことになるのだ。

 気力を振り絞って降りた炬燵達は家路にく。真っ直ぐに帰ることをやんわりと拒絶した者は新たに赤い暖簾を潜った。

 気楽な見た目に反して人々は気忙しい毎日を送っていた。憂さ晴らしを酒に頼ることはままある。心の癒しを求めて公園に赴く者もいた。

 どのような街にも公園は存在した。常緑樹に囲まれ、遊具の類いは一切ない。広場のようなところに炬燵達が集まって親しげに語らう。または一人の時間を味わう空間となっていた。


『こたつ広場』


 名付け親はわからないが、新しい公園の愛称として世間に受け入れられていた。

 昼夜を問わず、こたつ広場には人が集まる。長い話の時には座った姿勢が常で持参したミカンを食べながら一時の会話を楽しんだ。男女間等で仲が進展すると、少し形態が変わる。今回、集まった人々はその現場を目撃した。邪魔にならないようにそれとなく距離を空ける。

 街路灯の下、男性の炬燵に女性がそっと脚を入れた。若い二人は恥じらいを浮かべた顔で向き合った。

 男性は下がり気味の視線を上げた。女性の目をしっかりと見詰める。

「貴女の、飾り気のない炬燵に惚れました。結婚を前提に付き合っていただけないでしょうか」

「……わたしは貴方の、個性的な炬燵布団が前から気になっていました」

「それでは」

「はい、よろしくお願いします」

 しおらしい声で応えた途端、周囲からささやかな拍手が送られた。二人は控え目の笑みで一礼した。

 炬燵が縁で二人は結ばれた。やがては子供が産まれ、小さな炬燵を挟んで行楽に出掛ける姿が見られることだろう。


 ――時に2145年、文華ぶんか35年の日本での話である。

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